『all about loving you』の解釈は人それぞれとはいえ…

2012年2月 8日

 岡崎京子の漫画『ヘルタースケルター』が雑誌『フィールヤング』で連載されていたときだけ、アタシは『フィールヤング』を発売日に購入していて、連載終了から数年が経って単行本化されたときも、あまりの喜びに確かこのコラムでもそのことを書いたことがあるの。そこからさらに9年近くが経過し、今度は映画化されるんですって。蜷川実花監督で、沢尻エリカが「りりこ」を演じるとか。

 先に言っておくと、アタシは「原作ものは、どこまでも原作に忠実に作らなくてはならない」という持論を持っているわけではないの。映画なら、そうねえ……、トリュフォーの『当然炎のごとく』(原作は『ジュールとジム』。映画の原題は原作に準じています)や『恋のエチュード』(原作は『ふたりの英国人女性と大陸』。映画の原題もこれに準じてます)、アタシたち性格の捻じ曲がったオカマたちの間では薬師丸ひろ子ではなく「三田佳子主演」になっている『Wの悲劇』。ここ数年のテレビドラマなら『セクシーボイスアンドロボ』や『野ブタをプロデュース。』(どちらも木皿泉脚本)などは、「原作を使った映像作品」というより「原案を使った映像作品」に近い作りになっていたけれど、素晴らしかった。「原作とどの程度まで同じにしているか、が、いい作品かどうかの分かれ目ではない」ということを、アタシはこれらの作品から教わっているわけね。

 アタシにとって重要なのは「原作のエッセンスを、きちんと掬い上げているか」という点ね。たとえば、キャラクターのビジュアル的な雰囲気や話の流れは原作に忠実なのに、伝わってくるメッセージがなぜか原作とは大きく隔たってしまっているような作品だと、アタシはカチンときてしまうのよ。アタシ以上にその作品を愛しているファンたちの心中は察するに余りあるわ。

 というわけで、『ヘルタースケルター』の映像化に関しても、そりゃファンですから、いろいろ言ってはいるんですよ。「りりこのマネージャー・羽田ちゃん役が15歳以上年上の寺島しのぶって……。いい女優だけど、ここは満島ひかり一択だろう」とか、「りりこの所属事務所の社長・ママの役は桃井かおりより岡田茉莉子で。あるいは鰐淵晴子」とか。それはまあ、「ファンゆえに、ビジュアルイメージを満たしつつ演技力もある人をチョイスしがち」な部分なのですが。

監督の蜷川実花は、初監督作の『さくらん』を見た限りでは、アタシは「動画」の人ではなく「静画」の人だと思うわ。スクリーンに映る最初の画面がもっとも素晴らしく、その後カメラが移動したり出演者が動いたりすることで生まれる「流れ」が、最初の画面のインパクトを超えていない、という点において。比べちゃいけないのかもしれないけれど、『さくらん』の取っ組み合いより、『突然炎のごとく』でジャンヌ・モローが見せるごくごく軽い平手打ちのほうが、はるかにスリリングだったし。まあ、『ヘルタースケルター』では、その傾向がどのように改善されているか、楽しみでもあるけれど。なんといっても、「りりこ」は「変貌していくオンナ」「動画の極みのようなオンナ」なので。顔が崩れ、精神が崩壊し、暴れまくり、そして最後には「大衆の欲望のいけにえ、見世物(芸能人の本質)」から、「きわめて自覚的に日本を飛び出し、きわめて自覚的にメキシコで見世物になる」変貌を見せるオンナなの。それがどのように描かれるんでしょう。楽しみだわ。

 ただね、ひとつだけ、猛烈に気になっている部分があるの。映画の公式HPを見ていたら、寺島しのぶが、自らが演じる羽田ちゃん役についてコメントしていたの。以下、抜粋します。

「だめだめマネージャーも、沢尻さん扮するりりこには無償の愛を捧げる」
「こんな生きにくいりりこがいとおしい」
「愛を持って全力で受け止めたい」

 嘘! 嘘!! 嘘よ!!!(『死刑台のエレベーター』のジャンヌ・モロー風に) 「恐怖政治から逃れられず、ついには自分から逃れる意思も奪われて、ずるずるの共依存になってしまう」関係が「無償の愛」とか! アタシはもともと「無償の愛」というものを信じていない(というか、「無償の愛は存在する」ことが大前提になる危険は、何度も書いているように、「母性」と呼ばれている「何か」に、過剰に美しい意味づけをすることの危険とほぼ同義だと思っている)のですが、『ヘルタースケルター』は、ドロドロの共依存の関係が、やたらエッジィに、しかも読む側の精神状態によっては「美しく“見えてしまう”」ような展開になっているだけなのよ。あ、「だけ」というより、そんな難しいことをサラリと可視化しているところが、この作品の真骨頂と言うべきかもね。「おぞましくも美しい」という作品、なかなか作れるもんじゃないから。

寺島しのぶ……。アタシは寺島しのぶ、好きなのよ。そんなしのぶが、すぐれているのは自分の体(声帯や表情筋含む)を意のままに操る、身体表現者としての役者の部分だけだとは思いたくないの。「掬い上げた内的世界を、肉体を使ってどのように表出させるか」が、役者に求められているものじゃないの? このままでは、まるで見当違いの内的世界からエッセンスを掬い上げようとしていることになりかねない……。お願い、しのぶ、アナタを高評価したままでいさせてよ……。

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高山 真(たかやま まこと)プロフィール

高山 真高山 真(たかやま まこと)プロフィール

編集者・ライター
高山さんへのメールは taka52you@hotmail.comまで。
初の著書『こんなオトコの子の落としかた、アナタ知らなかったでしょ』 を、LPCでは直筆サイン&メッセージカードつきで発売中。
本人似顔絵イラスト by わた


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