アタシの大好きなマンガのひとつに、松田洋子氏の『薫の秘話』(講談社・全2巻)という作品があります。「マイナー&マージナル」の王道を突っ走る隙間エッセイストのアタシがどのツラさげて……という自戒の念はありますが、『薫の秘話』はあまり有名な作品ではないようで、アタシが友人知人にいくら素晴らしさを語っても、狐につままれたような表情になる人が多かったの。まあ、「素晴らしさ」といっても、「圧倒的な博学とボキャブラリーで、ちまちました皮肉を描く」という、およそ「素晴らしい」という言葉で語るには無理がありすぎる内容だったりするのだけれど。で、数年前、友人知人のひとりに、「アタシが語るよりアンタが読んだほうが早いわ」とコミックスを2巻とも貸したら、アタシったら、誰に貸したかをすっかり忘れてしまって、いまでも時々思い出しては泣く日々を過ごしているの。
そのマンガの中に、薫(ハゲ・小デブ・仕事続かない・プライドだけは高い・嫌味ったらしい・でも美形の若い男が好き・すでに中年・……と書き出してみて気づきました。アタシ、70%以上の確率でかぶってるわ……)が自宅に海外からの留学生を迎える、という回がありまして、玄関前に「WELKOME」という手書きの垂れ幕を貼っているのを、クソ嫌味なビジュアルの教育ママとこまっしゃくれた小学生のガキが目ざとく見つけ、こう言うの(うろ覚え)。
ガキ「つづりが間違ってるもの、なぜ飾る?」
ママ「バカはね、自らバカを露呈させるものなの」
ひー、すごーい! イジワル?。でもアタシも腸言いそう!
で、このやり取り、そのまま柳沢厚生労働省の、このバカ発言を思い出すわね。
「15から50歳の女性の数は決まっている。生む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」
当然のように批判が大噴出した後、記者団に「少子化問題はわかりにくいので、モノの生産に例えて機械などという表現を使った。適切でないと気づき、言い換えた。女性を蔑視する考えは全くなかった」と釈明し、「生む役目の人」と訂正したそうだけど、バカの上塗りだわ。これがこのバカにとって「女性蔑視」でないのなら、このバカの「女性蔑視」は、いったいどこまで悪魔的な内容なんだか。それになんだよ、「生む役目の人」って。じゃあアタシは生物学上、「生ませる役目」ってことなのかしら。イヤよ、そんなの。
最初の発言にしたって、「生む機械、装置」って部分だけが「バカ」じゃない。「一人頭で頑張ってもらうしかない」って表現も、手の施しようがないレベルの「バカ」でしょう。
先ほど少し触れたように、アタシはゲイなので、生物学上は「男」。だから「そもそもこういう問題に声を上げる資格があるかどうかということ自体、疑わしい」という自戒を忘れるつもりはないけれど、それにしたって、こんなバカが少子化対策のトップを張っているようでは、子どもなんて増えるはずがない。だって大変だよ。もし生まれてきたのがオンナの子だったら、その子が30になったときに本当に大変。今回のバカが前例を作ってくれたから、“公の場”でオンナを「機械」扱いするバカはさすがにいなくなっているにしても、「オンナ一人頭で生む数が少ないから問題になる」なんて言われる可能性は消えたわけじゃないもの。
小倉千加子氏の『結婚の条件』(朝日新聞社)の中で、小倉氏は、日本・イタリア・ドイツにおける少子化が深刻な問題になっていることを紹介し、「この三国は、“女性=母”と見なす風潮が強い国。少子化は、女性への母性の押し付けに対する、女性からの異議申し立て」という感じのことを書いていた。その説が図らずも、これ以上ない形で明らかになったバカ発言だわね。このバカ発言にとことん絶望しているオンナたちの数は、アタシなんかが想像するよりはるかに多いと思うわ。
フランスで出生率が上向いてきたのは、政府の金銭的・社会環境的なバックアップのせいだけではないと思う。日本にくらべて、フランスは、「女が、子どもを産むこと」と、「女は、妻・嫁になるもの」「女は、母(父と対になった、母)になるもの」が、決してイコールではない国。両親がはじめから法的な意味での「夫婦」ではない子どももザクザクいるけれど、そんなことが差別(国から受け取れるお金のことも、社会的な通念も)をうまないし、子どもを産んでも仕事を続ける人のほうが圧倒的に多いので、「子どもを寂しがらせる母親は母親失格」などという噴飯ものの言説が持ち上がることもない。そしてもちろん、「産まない・産まなかった女性」に対する差別は、するほうが見識を問われる。だからこそ、金銭的・社会的なバックアップが意味をなしてきているんでしょう。そういうことがバカには分からないのよ。
ホント、このバカは、どこまでも他人事なのね。だからオヤジはダメなのよ。アタシが尊敬してやまない友人のドラァグクイーン、エスムラルダは、2001年にJR山手線の新大久保駅で起こった事故に対するオヤジの意見に、お友達・Mさんとこんなふうに憤慨しているわ。それを取り上げて、バカオヤジへの怒りをみなさんと共有して、しめさせていただきます(『』部分、エスムラルダ氏の旧HP「女王様はご立腹」より無断引用。ごめんなさいね、エスムさん)。
『そんなMさんが、今日は憤慨しながら、アタシのところにやってきたの。何でも今朝の東京新聞に、「(新大久保の事故で、落ちた人を助けようとして亡くなった2人を)日本の若者にも見習ってほしい(53歳 会社員)」みたいな投書が載っていたんですって! 近年稀に見る(うそ。しょっちゅう見る)、このオヤジのダメっぷりに、アタシもびっくり。ハナから他人ごとだと思ってんじゃねえよ! お前こそ、爪の垢でも煎じて一生飲んでろ』