アデランスのCMでお帽子着用をカミングアウトした、歌手の三善英史。なんでもインタビューで、「つけはじめたのは昨年の9月から。隠したくなかったんです」と言っているらしいわ。「薄毛を隠していることを隠さない」という、少々込み入った堂々っぷりですが、その「少々込み入った」部分に目くじら立てちゃいけません。友人のドラァグクイーン・ブルボンヌも言っているように、「女装とハゲにとって、ヅラはファッションアイテム」なんですから。
さて、みなさん、お帽子かぶっていらっしゃいます? いえ、正確には、お帽子かぶらせていらっしゃいます? ええ、ベッドタイムの必須のお作法・ゴム製のお帽子を。ちょっと前までは「コンドーム」という呼び方が一般的だったけれど、いま、特に若い子たちの間では「ゴム」と言ったほうが通りがいいみたいね。
いえね、お帽子のことを話題にするのには理由があるの。最近、あるオンナ友達から、「ある超難関大学でフェミニズムを勉強しているオンナの子ちゃんが、彼氏に“ゴムつけて”と言えず、涙を流してる」という話を聞いてビックリしてしまったのよ。
そのオンナの子ちゃんも、頭じゃ判ってるのよね、「頼んでもゴムをつけないオトコ(『オトコの子ちゃん』という敬称は省くわ)なんて、付き合う価値などない」とか「つーか、こちらが言う前につけろよ」ってことは。だからこそ、そんなことが言えない自分に対する不甲斐なさや、その程度のオトコと付き合いを続けてしまっている自分のグダグダ加減に対する不甲斐なさで、涙が出てきてしまうんじゃないかと。彼氏に対する怒りのほうが上回るなら、そういう種類の「涙を流す」という表現にはいかないような気がするし。
そんな思いをしてでも、“彼氏”ってつなぎとめておきたいものかしら。なんかこれって、オンナの子ちゃん個人の意思でそうしているというよりも、世に蔓延する「恋人のいない女子の人生って、終わってない?」というテーゼに飲まれちゃってる気がするのよね。「オシャレじゃないなんて」とか「キレイじゃないなんて」っていう強迫観念と同じカテゴリーに入っている、アレよ。「愛されないと価値がない」っていう、アレ。でも勘違いしないで! そのオトコは「愛ゆえに」ではなく「性欲ゆえに」ゴムをつけないのよ!
ところで、お帽子は望まぬ妊娠だけではなく、数々の性感染症も防いでくれるもの。現時点で最も深刻な性感染症はHIV陽性になること(それが免疫不全状態にまで進行してしまうと、エイズ)よね。だからゲイたちはお帽子を着用しているの……と言いたいところだけど、一部の人たちはリスキーなセックスをことのほか重視していて、HIVポジティブになってしまう人は右肩上がりで増えているのよ。まあ、ゲイ全体の名誉のために言うと、これはゲイだけの傾向ではないわね。検査もしないままお帽子なしのセックスを複数の人たちとしているヘテロセクシュアルなんて、ハッキリ言って珍しくもなんともない存在だし。先進国と呼ばれる国々でHIVポジティブになる人の数が増えている唯一の国は日本だしね。
リスキーなセックスにふける一部のゲイの人たちのことを憂慮して、あるゲイは「いま、HIVに感染することを、『死』に直結するものとしてではなく、『慢性疾患』としてとらえる動きが起こってきた。それは間違いではないけれど、だからこそ危機感が薄くなったのではないか。本来、とても厄介で恐ろしい病気であることを、みんな忘れかけているのではないか」と言ったそうよ。確かにそれもあるとは思うけれど、アタシ、もしかしたら、もっと厄介で恐ろしい(アタシにとっては、ね)考えにとらわれている人もいるんじゃないか、と感じることがあるの。
リスキーなセックスを嗜好する人たちの中には、意識的であれ無意識的であれ「別にこのまま死んでもいいかな」とか、「危険極まりないことを自らに課しているときだけ、“生きてる”って感じがする」と、心のどこかで感じている人もけっこういるような気がするのよ。もうちょっと柔らかい表現にすれば、「70歳や80歳まで健康で生きたとして、そこになんの喜びがある」とか、「生きがいって、なんなんだよ。この先、どんな前向きな行動が、僕や私に“生きてる!”って実感させてくれるんだよ」と思っている……というか、ね。
つまり、「絶望」か「自傷の誘惑」のどちらかに、みっちり搦めとられてしまっている感じ。これ、ゲイだけじゃなく、若いオンナの子ちゃんやオトコの子ちゃんの間でも、かなり浸透してしまった考えだと思うんだけど……。
「ゴムつけて、と言えない」のも深刻だけど、「ゴムつけて、などと最初からいう気がない」のも、ねぇ……。この先は、もう少し自分なりの考察が必要なので、次回へ持ち越しさせてね。これ、単に「セックスはナマでなくちゃイヤ」ってだけの話じゃない、というよりも、セックスだけの問題ではないと思うから……。