『はじめての出来事』を何度も繰り返すアタシも、けっこう好きよ

「脳汁」という言葉、ご存じかしら? 辞書には載っていない言葉なので、ここ10年くらいの間にできた造語みたい。「脳汁がドバドバ出る」なんて感じで使うことが多いのだけれど、これは「脳の中で快楽物質がガンガンに出て、しびれるような快感を感じる」という意味になるわけね。って、知っている人からすれば「何をいまさら」という感じでしょうが。ちなみに現在のアタシの「脳汁ドバドバTPO」って色々あるんだけど、そのひとつが、メンズのお洋服でありながらスパンコールとかラインストーンとかウロコものを使った「アタシセンス」を鷲づかみにするようなアイテム(主にドルガバ)を組み合わせ、「モード」なカッコを決めたときかしら。もうひとつは後述しますが。

さて、「あたしの名前? 全然出しちゃっていいよ」という許可を得たので書きますが、ここ数年仲良くさせていただいている中村うさぎさんと、本日、ご飯を食べながら、脳汁に関して大盛り上がりになってしまったの。うさぎさんからの「ねえ、自分の記憶のいちばん古い“脳汁ドバドバ体験”って、何?」という質問に、「ちょっと待って、思い出すから。その間に聞かせて、ノリちゃん(うさぎさんの本名は典子)にとっては、何?」と返すアタシ。そこからのやりとりを可能な限り正確に思い出して書き起こすわ。

「小学校に入学する直前かな、叔母があたしをデパートに連れてってくれたのよ。自分の娘、あたしからすれば従姉妹と一緒にね。従姉妹はあたしの1つ下なんだけど。で、小学校入学のお祝いとして、あたしにスカートを買ってくれたわけ。そのスカートはあたしもかなり気に入って。そしたらさ、従姉妹は“私もスカートが欲しい! お母さんはどうして私には買ってくれないの?”って泣くわけよ」
「ま、泣くよね、子どもだし」
「そうそう。幼稚園児なんてさあ、“ノリちゃんは来年小学校にあがるのよ。そのお祝いで買ったのよ。あなたが来年、小学校にあがるときには、ちゃんと買ってわよ”って、いくら言って聞かせてもダメじゃない」
「うん。めちゃくちゃわかるわ」
「あたし一人っ子だから、年の近い姉や妹と自分を比べる経験って一度もなかったんだけどね……、買ってもらったスカートをはいたあたしの横で、従姉妹がワンワン泣いている姿を見て……」
「脳汁が?」
「出たねぇ、ドバドバ」
「うきゃあああーアハハハハハ!(歓喜の絶叫) 同じだ! 5歳だか6歳にして、すでに中村うさぎがそこにいる! “対・オンナ”、そして“ファッション”で脳汁!」
「そうなのよ。もう原体験からして、いまのあたしそのままなのよ! でね、マツコ(・デラックス)に同じ質問をしたらさ、マツコは“幼稚園くらいのときだったわ、家に誰もいないとき、母親の鏡台の前で母親の口紅を使って、自分で口紅をひいたのよ。そのときの高揚感っていったらアンタもう!”だって」
「きゃあああっ! あのオンナも5歳だか6歳で、すでに清々しいくらいにマツコ! あのオンナ、初女装で脳汁!」
「そう。あたしさあ、マツコの場合はメイクだけじゃなく“母親の鏡台で母親の口紅を使って”ってのが加わってるのも大きいと思うんだよ」
「あー、“母親と共有したい”っていう」
「そうそう、“母親と自分を同一視したい”って言ってもいいくらいの」
「わかるー。マツコって常々自分を“マザコンだ”って断言してるけど、いまのマツコの行動も、女装アイデンティティと、マザコンっつうか母親への愛が根っこになってるもんね。いやー、裏切らないねえ!」
「ホントそうなのよ。あたしの友人に、ファザコンと言い切ってしまってもいいくらいの“父の娘”がいるの。そのオンナはね、小学校時代かな、学習塾で一番の成績をとってきたとき、その成績表を見ながら父親がすごく自分のことを褒めてくれたときに、ありえないほどの脳汁が出た、と」
「その人って、いま、父親くらいの年の人と付き合うのって大丈夫?」
「うん。大丈夫っていうより、むしろオヤジ好き。ダメなオヤジじゃなく、尊敬できるオヤジが大好き。でね、いまも、付き合っているオトコに褒められる瞬間が一番うれしいんだって」
「はあー、ホント裏切らないね。その人とノリちゃんを、同じオンナとしてくくっていいものかどうか」
「そうそう。あたしもたぶん、成績を父親に褒められたこともあるだろうし、そのオンナも、姉とか妹を差し置いて自分だけスカートかなんかを買ってもらったときもあるはずなの。でも、お互い、それを“強烈な快感”として覚えていないんだよ」
「もうさ、その子がもともと持って生まれてきた種(たね)が、外殻破って芽を出した瞬間の解放感とか高揚感っていうのがあるんだろうね。で、その種の通りに育っていくと」
「ホント、あたしもそう思う。で、●●(アタシのニックネーム。ミクシィで使ってる名前でもあるので一応ナイショ)さんは?」
「アタシねえ……、たぶん3歳か4歳くらいのときだと思うんだけど、母親と手をつないで、デパートに行って、自分で洋服を選んだの。Tシャツ」
「うんうん」
「アタシさあ、父親が選んだと思われる、マジンガーゼットみたいなオトコの子アニメのプリントが大きく入っているようなTシャツを着せられるのがイヤでイヤで仕方がなかったのよ。だから自分で選ぶって言い張って、青いTシャツを選んだの。紺とかじゃなくて、サックスブルーに近い色だった」
「あー、オトコの子の色なんだけど……」
「そうそう、微妙にガーリー、みたいな。でね、それを選んだとき、母親が“とってもいいよ。○○に似合ってる。お父さんが買ってくるより、はるかに似合ってる”みたいなことをアタシに言ったのよ。その瞬間ね、脳汁が滝のように! アタシそれ聞いて、母親の脚にギューッってしがみついて喜んだの、いまでも強烈に覚えてるわ」
「それ、ホントに●●さんそのものだよねぇ。ファッションであり……」
「そう。でも、称賛者とか承認者は、近い立場の同性じゃないの。母親なの。マツコが“母親と自分を同一視したい”というマザコンなら、アタシはずっと“母親に承認されたい”と渇望してるマザコンってことよね。それ、自分でも思い当たる節がありすぎるわ。いやー、それにしても、これ楽しい!」

 これをお読みになっている推定6人の読者のみなさんの「脳汁初体験」って、どんなもの? 当然、うさぎさんと体験ともマツコの体験ともアタシの体験ともまったく違うものだろうし、違うことこそが自然なんだけど、その「快」の原体験が、大人になってもなお自分を突き動かす、「快」の大きな柱のひとつになっている、ということは当てはまるんじゃないかしら。「何が自分の柱になっているか」を見つめることって、自分に向き合い、自分を知るためのものすごく大きな手がかりになるような気がするのよね。そういえば、ほんの数ヶ月前にもアタシ、「母なる者からの承認に、途方もないほど救われる」という経験をしたばかりだし。その件に関してはまだうまく文章化できないから、現時点では「詳しくはいずれ」としか言えないんだけどさ。

 で、もうひとつ。アタシは「快」というものに非常に大きな価値を見出している人間で、確か1冊目の本で「人の首を縦に振らせる一番の決め手は“言ってることが正しいか間違っているか”なんて部分じゃないと思う」みたいなことを書いた覚えがあるの(確か、その後には威圧感も大事」という文章につなげたような。ま、いまとなってみりゃ、さらに「威圧感だけではないんだけどね」と続けなきゃいけなかったな、とは思うけど)。

 加えて、1冊目か2冊目か忘れたけれど、「なんだかんだ言っても、人は『快』に惹かれるもの」とか「社会とか、不公平だったり抑圧的だったりするシステムに異議申し立てをする人たちに対するリスペクトはあるけれど、アタシが自分的に“より有効”と思っているのは、“アナタはまだ知る機会を持てなかっただけなんだろうけど、こんな楽しい『現実の味わい方』もあるのよ”というものを見せ、“それがアナタ自身の『現実の楽しい味わい方』のヒントくらいになってくれたら、アタシも楽しいし嬉しいわ”ってことをきちんと表明することのふたつ」みたいなことを書いたような記憶があるのよ。

 アタシはこういう人間なので、これからも「快」とか「楽」といった感情とか、あるいは「光」(宗教くさくてちょっとアレだけど)とか、「希望」(自己啓発くさくてちょっとアレだけど)とか、そういった「何か」で人と手を結んでいきたいわ。数千人、数万人単位でなくていいから、共感の輪を結んでいきたいの。ここんとこ、ある別れで相当落ち込んだ日々を送っていたのは事実なんだけど、ようやくきちんと、あの人とのことを振り返って、あの人と過ごした日々の中の「快」「楽」「光」「希望」を抽出してみようという気になった感じ。実際に抽出できるまでにはまだ時間がかかるかもしれないけれど、その気持ちがしっかり固まったという意味では、今日の大盛り上がりは本当に意味があったわ。

 そして、このネタをアタシに振ってくれ、しかも自身も物書きでありながら、「アタシ、今日のこの話をラブピースクラブのエッセイに書きたい」というお願いを二つ返事で了承してくださった中村うさぎさんにも限りない感謝を。また、「“対・オンナ”と“ファッション”が脳汁初体験だったオンナとは、中村うさぎのことである」ことを明らかにできるかできないかは、このエッセイにリアリティを与えられるかどうかの境界線でもあったと思います。ありがとうございました。


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『はじめての出来事』を何度も繰り返すアタシも、けっこう好きよ
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