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    <title>無敵の女力　高山真</title>
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    <updated>2012-02-08T09:28:41Z</updated>
    <subtitle>編集者でライターの高山真のコラム。本も出版してます。</subtitle>
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    <title>『all about loving you』の解釈は人それぞれとはいえ…</title>
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    <published>2012-02-08T09:28:09Z</published>
    <updated>2012-02-08T09:28:41Z</updated>

    <summary>　岡崎京子の漫画『ヘルタースケルター』が雑誌『フィールヤング』で連載されていたと...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p>　岡崎京子の漫画『ヘルタースケルター』が雑誌『フィールヤング』で連載されていたときだけ、アタシは『フィールヤング』を発売日に購入していて、連載終了から数年が経って単行本化されたときも、あまりの喜びに確かこのコラムでもそのことを書いたことがあるの。そこからさらに9年近くが経過し、今度は映画化されるんですって。蜷川実花監督で、沢尻エリカが「りりこ」を演じるとか。</p>

<p>　先に言っておくと、アタシは「原作ものは、どこまでも原作に忠実に作らなくてはならない」という持論を持っているわけではないの。映画なら、そうねえ……、トリュフォーの『当然炎のごとく』（原作は『ジュールとジム』。映画の原題は原作に準じています）や『恋のエチュード』（原作は『ふたりの英国人女性と大陸』。映画の原題もこれに準じてます）、アタシたち性格の捻じ曲がったオカマたちの間では薬師丸ひろ子ではなく「三田佳子主演」になっている『Ｗの悲劇』。ここ数年のテレビドラマなら『セクシーボイスアンドロボ』や『野ブタをプロデュース。』（どちらも木皿泉脚本）などは、「原作を使った映像作品」というより「原案を使った映像作品」に近い作りになっていたけれど、素晴らしかった。「原作とどの程度まで同じにしているか、が、いい作品かどうかの分かれ目ではない」ということを、アタシはこれらの作品から教わっているわけね。</p>

<p>　アタシにとって重要なのは「原作のエッセンスを、きちんと掬い上げているか」という点ね。たとえば、キャラクターのビジュアル的な雰囲気や話の流れは原作に忠実なのに、伝わってくるメッセージがなぜか原作とは大きく隔たってしまっているような作品だと、アタシはカチンときてしまうのよ。アタシ以上にその作品を愛しているファンたちの心中は察するに余りあるわ。</p>

<p>　というわけで、『ヘルタースケルター』の映像化に関しても、そりゃファンですから、いろいろ言ってはいるんですよ。「りりこのマネージャー・羽田ちゃん役が15歳以上年上の寺島しのぶって……。いい女優だけど、ここは満島ひかり一択だろう」とか、「りりこの所属事務所の社長・ママの役は桃井かおりより岡田茉莉子で。あるいは鰐淵晴子」とか。それはまあ、「ファンゆえに、ビジュアルイメージを満たしつつ演技力もある人をチョイスしがち」な部分なのですが。</p>

<p>監督の蜷川実花は、初監督作の『さくらん』を見た限りでは、アタシは「動画」の人ではなく「静画」の人だと思うわ。スクリーンに映る最初の画面がもっとも素晴らしく、その後カメラが移動したり出演者が動いたりすることで生まれる「流れ」が、最初の画面のインパクトを超えていない、という点において。比べちゃいけないのかもしれないけれど、『さくらん』の取っ組み合いより、『突然炎のごとく』でジャンヌ・モローが見せるごくごく軽い平手打ちのほうが、はるかにスリリングだったし。まあ、『ヘルタースケルター』では、その傾向がどのように改善されているか、楽しみでもあるけれど。なんといっても、「りりこ」は「変貌していくオンナ」「動画の極みのようなオンナ」なので。顔が崩れ、精神が崩壊し、暴れまくり、そして最後には「大衆の欲望のいけにえ、見世物（芸能人の本質）」から、「きわめて自覚的に日本を飛び出し、きわめて自覚的にメキシコで見世物になる」変貌を見せるオンナなの。それがどのように描かれるんでしょう。楽しみだわ。</p>

<p>　ただね、ひとつだけ、猛烈に気になっている部分があるの。映画の公式ＨＰを見ていたら、寺島しのぶが、自らが演じる羽田ちゃん役についてコメントしていたの。以下、抜粋します。</p>

<p>「だめだめマネージャーも、沢尻さん扮するりりこには無償の愛を捧げる」<br />
「こんな生きにくいりりこがいとおしい」<br />
「愛を持って全力で受け止めたい」</p>

<p>　嘘！　嘘!!　嘘よ!!!（『死刑台のエレベーター』のジャンヌ・モロー風に）　「恐怖政治から逃れられず、ついには自分から逃れる意思も奪われて、ずるずるの共依存になってしまう」関係が「無償の愛」とか！　アタシはもともと「無償の愛」というものを信じていない（というか、「無償の愛は存在する」ことが大前提になる危険は、何度も書いているように、「母性」と呼ばれている「何か」に、過剰に美しい意味づけをすることの危険とほぼ同義だと思っている）のですが、『ヘルタースケルター』は、ドロドロの共依存の関係が、やたらエッジィに、しかも読む側の精神状態によっては「美しく“見えてしまう”」ような展開になっているだけなのよ。あ、「だけ」というより、そんな難しいことをサラリと可視化しているところが、この作品の真骨頂と言うべきかもね。「おぞましくも美しい」という作品、なかなか作れるもんじゃないから。</p>

<p>寺島しのぶ……。アタシは寺島しのぶ、好きなのよ。そんなしのぶが、すぐれているのは自分の体（声帯や表情筋含む）を意のままに操る、身体表現者としての役者の部分だけだとは思いたくないの。「掬い上げた内的世界を、肉体を使ってどのように表出させるか」が、役者に求められているものじゃないの？　このままでは、まるで見当違いの内的世界からエッセンスを掬い上げようとしていることになりかねない……。お願い、しのぶ、アナタを高評価したままでいさせてよ……。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『BREAK OUT』なオンナのエッセンスが欲しいわ……！ </title>
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    <published>2011-12-12T06:55:42Z</published>
    <updated>2011-12-12T06:57:26Z</updated>

    <summary>　ご無沙汰をしてしまって申し訳ありませんでした……。異常なほど寒くなったり、急に...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p>　ご無沙汰をしてしまって申し訳ありませんでした……。異常なほど寒くなったり、急にミストサウナのような湿気と暖気が戻ったり、みなさんお風邪など召していないかしら。最近の風邪は長引くタイプが主流みたいよ。アタシも熱自体は２日で引いたけれど、３週間ほど気管支の調子がすぐれなかったわ。</p>

<p>　実を言うとこのところ、体調の問題だけではなくいろいろあったので、しばらくプライベートでは超おとなしくしていたのだけれど、精神的に篭る生活はよくないわね。何かガツンと壁を破るような刺激を受けたいわ……。</p>

<p>　そんなときによくするのは、大きく分けて２つ。アウトドア的な打破法は、オサレをして伊勢丹と表参道のお店をあらかた食い尽くすこと。ま、「食い尽くす」とは言っても、ほとんどすべてのお店で試着し倒すにも関わらず、買うのは試着100着に対して1着くらいのものだけど。たくさん試着していくうちに、袖を通した瞬間、「自分の肩にあつらえたようにピタッと寄りそうカッティングの洋服」がどれなのか、わかるようになる。それを待っている感じね。</p>

<p>　インドア的な打破法としては、とんでもないパワーをもったオンナたちが主役の映画や文学に触れること、かしら。ジャンヌ・モローとブリジット・バルドーが主演した『ビバ！　マリア』とか、最近だと、シェール御大とアギレラが競演した『バーレスク』とか。まあ、『バーレスク』は、たぶん世界の興行収入の６割くらいはオカマたちが支えていたんじゃないかと思うのだけれど。「セックス」のためではなく「ショー」としてのセクシー、役を奪われたショーガールからの妨害工作、そしてシェールとアギレラ！（ちなみにご存じない方のためにご説明しますと、シェールはマドンナ以前、そしてアギレラはマドンナ以後の、ゲイのディーバです）</p>

<p>　いま挙げたふたつの映画は明るいパワーを持った映画だけれど、アタシは暗いオーラをまとった作品も好き。桃井かおりと岩下志麻、そして山田五十鈴が恐ろしい三つ巴の争いを繰り広げる『疑惑』のことは、過去に話したことがあるけれど、グロリア・スワンソンが主演した『グロリア』とか、文学だと桐野夏生の『ＯＵＴ』とかも、何か鬱々としたときに鑑賞したくなるのよね。</p>

<p>　これらの作品に出てきたオンナたちのように生きたいわけではないの。アタシは保険金殺人の疑いをかけられたいわけでもないし（『疑惑』）、死体をバラバラに刻みたいわけでもないし（『ＯＵＴ』）、マフィアの情婦になって追手から逃げ延びるようなこともしたくない（『グロリア』）。ただ、なんというか、時々、わりと気楽に生きているアタシですら、周りを高い壁に囲まれているような閉塞感を感じることがあって、それを打ち破るためのカンフルが欲しいのかもしれない、と思ったりもするのです。</p>

<p>八方塞がりの状況の中、『疑惑』の球磨子（桃井かおり）は暴れ、『ＯＵＴ』の女たちは死体を解体し、グロリアは銃をぶっ放しながら逃避行をする。もがいて、もがいて、壁を打ち破った先にあるのは、もしかたしたらもっと悪い状況かもしれないけれど、それでも「今、ここ」を越えるために、何かしようとする。その意気を感じたくて、アタシはこれらの作品をリピートするのかもしれない、と。</p>

<p>　もがいているうちに、何かが変わるかもしれない。そう思ってなければ、やってられない。いま置かれている環境に対して、一度でもそんなふうに思ったことがある人なら、鑑賞してもソンはない作品だと思うの。アタシもまだまだもがいてみなくちゃね。</p>]]>
        
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    <title>『自由の代償』に殺されるべき？　アタシのために「ふざけないで」と答えるわ！</title>
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    <published>2011-09-02T11:20:57Z</published>
    <updated>2011-09-02T11:21:19Z</updated>

    <summary>　地デジに変わったのを機に、家のテレビはＤＶＤを映すモニターになっているのだけれ...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p>　地デジに変わったのを機に、家のテレビはＤＶＤを映すモニターになっているのだけれど、困ったことに、こういう決断をしたときに限って何やら大変不穏で美味しそうなドラマがやっていたりするものね。友人から聞いたそのドラマとは、『それでも、生きてゆく』という作品。「大竹しのぶがすさまじい」「久々にヤツが本気になった」と、友人の熱のこもった絶賛に影響され、ちょっと公式ＨＰをチェックしてみたら、あら素敵、満島ひかりがヒロインをやっているのね。そして、ビックリしたことに、安藤サクラも出演！　きゃああっ！　ＤＶＤが出たら絶対に借りなくちゃ！</p>

<p>　アタシが安藤サクラを初めて見たのは、満島ひかりが主演した『愛のむきだし』という映画。あえてハッキリ言ってしまえば「ブス」の範疇に入れてもおかしくないルックスながら、安藤サクラの表情、声音、体から出てくる「何か」（この「何か」は、カトリーヌ・ドヌーブが「女優に必要なもの？　存在感。演技力は副次的なものよ」と言い放った言葉そのものの「存在感」というものだと思う）に圧倒されてしまって、４時間の上映時間の間、ずっとゾクゾクしっぱなしだったの。</p>

<p>　気になったアタシはその後、仕事のついでにちょっと安藤サクラのことを調べてたの。そしたら彼女、奥田瑛二と安藤和津の娘だというから、アタシったら腰が抜けるほど驚いたわ。だってアナタ、奥田瑛二と安藤和津よ！　アタシからすれば「鼻持ちならない」「おしゃれ気取ってるのに間抜け」を全身で体現する２人。マイナスとマイナス掛け合わせたらプラスになったみたいなもんよ。</p>

<p>　そして、安藤サクラを語るうえで、アタシがもっとも外せない映画だと思っているのは、『すべては海になる』という映画（ウチの近くのＴＳＵＴＡＹＡでは、いつの間にか扱いがなくなってしまっていたのが寂しいわ）。主演の佐藤江梨子は書店員で、映画の中では重要な小説として『小島小鳥の冒険』という作品が出てくるの。この映画内小説『小島小鳥の冒険』の主人公として出てくるのが、安藤サクラなのね。</p>

<p>『小島小鳥の冒険』の主人公・小鳥は、日本ではブスと言われてまったくモテなかったのを逆手に取り、世界を股にかけるヤリマンになったのね。そしてＨＩＶの陽性者になって帰国し、日本でずっと小鳥のことを待っていた男の腕の中で、「本当の愛」を感じながら死んでいくの。が、佐藤江梨子演じる夏樹は、このラストがどうにも不満で、著者である野原コイーヌ（村上淳）にそのことを問いただす。</p>

<p>「自由に生きている女が罰を受けて死ぬみたいだ」と。</p>

<p>するとコイーヌは「あのラストは出版社に書き換えを命じられた。本当は、小鳥が死なずに旅を続ける話だった」と明かすのよ。友人に勧められてなんとなく見たこの映画の中で、このシーンがもっとも心に残ったわ。「自由に生きている女が罰を受けて死ぬみたい」というセリフは、たぶん原作者・監督の山田あかね氏の本音に近いものだと思うけれど、このセリフを言うときの佐藤江梨子が、本当によかったのよね。</p>

<p>　で、この場面に花を添えるのが、「日本じゃブス。だから世界に出てヤリマンへと華麗な変貌を遂げる」という小鳥のキャラを安藤サクラが短い時間で寓話的に演じるほんの数分間。けれど、その数分が素晴らしかったの。アタシ的には、かなり頑張っていた佐藤江梨子が霞んだね。だって、小鳥を演じた安藤サクラ、底抜けに楽しそうだったんだもの。「ブス」が「モテて」、本当に楽しそうだったんだもの。――この映画を見た後なのよ、安藤サクラが奥田＆安藤の娘と知って腰が抜けたのは。</p>

<p>　歌舞伎役者の家に生まれ、しかしオンナだったらから、「舞台に立つ人」としては期待されなかったルサンチマンが、異様な迫力で花開いた寺島しのぶが、アタシは30代の日本女優ではダントツだと思っているのだけれど、安藤サクラは20代の日本女優でアタシがこれからもっとも注目する一人なの。これからも、ブスのポテンシャルを見せつけ続けてくれるだろう彼女に大きな期待を寄せているわ。あ、もちろん和津には昔も今もこれっぽっちも期待していませんが。うふふ。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『博士の異常な愛情』が「ママンの異常な愛情」に変わったら……</title>
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    <published>2011-08-03T04:23:43Z</published>
    <updated>2011-08-03T04:25:10Z</updated>

    <summary>『ブラック・スワン』があまりに面白くて、すでに３回も映画館で見てしまった高山です...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lovepiececlub.com/takayama02/">
        <![CDATA[<p>『ブラック・スワン』があまりに面白くて、すでに３回も映画館で見てしまった高山です。ナタリー・ポートマン演じる主人公・ニナはもちろん素晴らしい。ほぼ全編にわたって繰り広げられる、ニナの「正気と狂気の混じり具合」、および「その混じり方がエスカレートしていくにつれて輝きを増すニナの表情」に幻惑されているわ。最後に近いシーンで、ボロボロと涙を流しながらも恍惚とした表情でメイクをするニナの顔といったら！</p>

<p>でも、実を言うと、それだけでは同じ映画を３回も大きなスクリーンで見る決め手にはならないアタシ。この映画でナタリー・ポートマンはアカデミーの主演女優賞を獲得したのだけれど、少なくともアタシにとってはナタリー以上にインパクトの強い「母親」の演技を堪能したくなったのよ。ほら、役順的には２番手･３番手の役柄だから、１度目の鑑賞では味わいきれなかったのね</p>

<p>　この母親は、その昔、自分もバレエダンサーだったのだけれど、いまひとつ芽が出ないまま（白鳥の湖では「コールド（群舞）」止まりだった）、ニナを出産、その後はニナを一流のバレエダンサーにするために必死にサポートをする……という役どころ。でも、それはあくまでも表面上のものなの。いや、「表面上」と言うとやや語弊があるかも。母親本人は「私は必死になって娘の夢をサポートしている」ことをまったく疑っていないのよ。でも、母親本人のいちばん奥底に、「娘が私を超えることはできない。私がひとりでやってきて、娘のために途中であきらめた夢……その到達点に、娘は、私の必死のサポートを借りても届くことはできない」という感情があるの。本人さえも意識できないような奥底に、でも確かに。</p>

<p>　もうね、アタシったら２度目３度目の鑑賞では、この母親の「顔」に釘付けなのよ。ニナがバレリーナとして壁を突き抜けられないことを、全身で残念がるのに、顔だけが微かに、本当に微かに嬉しそうなの。どう見ても、「娘を励ますために、あえて朗らかな表情を作る」という風には見えないの。素晴らしい演技だわ。</p>

<p>「母性というものは、血縁を飛び越えた間柄でも受け渡しができるのでは、オトコでも持つことができるのでは」という「可能性」を描いた映画作品として、アタシがもっとも好きなのは『オール・アバウト・マイ・マザー』なの。すでに何度も書いていると思うけれど。以前に「高山真」とは別名義で書いた小説には、「自分の実体験を入り口にして、そのテーマに自分なりに取り組んでみよう」という意識がありました。でも、同時に、「そこまでの可能性を持つものは、同じ熱量のカタストロフを生む可能性もある……ということは忘れちゃいけないわ」とも思うのよ。</p>

<p>　例えば、ノーベル文学賞を受賞したエルフレーデ・イェリネクの、代表作とも言える『ピアニスト』。アタシはこの作品をまずは映画で鑑賞したのだけれど、母親側からのすさまじいレベルの干渉を経て、母娘の常軌を逸した共依存の中で生きてきたがゆえ、自らが持つ特異すぎる性的衝動（これも過干渉と共依存の中で育まれ、発酵してきたもの）を、「ファンタジーとしての性愛ゲーム」内で昇華させ、遊ぶための“知恵”も“知識”も“駆け引き”も、ついに最後まで知ることができなかった40代のオンナの悲劇が描かれる。主演のイザベル・ユペールが素晴らしかったわ。こちらにまで何か吐き気を催させるようなほどに（映画をご覧になれば、この言葉遣いが、この作品と演技に対しては褒め言葉であることがお分かりになると思います）。</p>

<p>　あるいは、「意思の疎通が完全にはできない子どものまま」の息子を溺愛するがあまり、極端から極端へと走っていく母親の姿を描いた映画『母なる証明』も忘れることができないわ。「このオトコは、私がいないとダメになる」という思い込みは、当事者同士の血がつながっていない恋愛関係においても大いにリスキーなのだけれど、それが親子関係になってしまうと、もう！　冒頭に描かれる息子の立ち小便のシーンと就寝のシーンで、こちらも吐き気を催させるほどの衝撃をアタシに与えてくれました。</p>

<p>　この３本の映画に強烈な印象を抱いた、ということは、とりもなおさず「アタシ自身が、そのテーマに異様に惹かれる」ということを露わにしているわね。「母性と呼ばれるモノの、いい部分だけを見て判断したり、その判断を唯一無二の正解にしてしまうことの危険性」はしっかり自覚しておかなくては、と改めて思ってみたり。14歳のときに母と死別したアタシは、要するに、14歳で「母性」との直接的なふれあいを断ち切られたわけだけれど、だいたいにおいて「手に入らないものほど美しく見える」ように、アタシはふれあいが少なかったがゆえに、「母性と呼ばれるモノの美点を見出したがる」のかもしれないわけです。</p>

<p>「サスペンスホラー」というくくりで紹介されることが多かった『ブラック・スワン』で、こういうことを改めて考えることができたのも、アタシにとっては思わぬ収穫だったかしら。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『女系家族』、この人の見解……</title>
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    <published>2011-07-01T03:06:54Z</published>
    <updated>2011-07-01T03:07:20Z</updated>

    <summary>　発売日と同時にアタシが買い求めるマンガ作品はそれほど多くないのだけれど、その中...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lovepiececlub.com/takayama02/">
        <![CDATA[<p>　発売日と同時にアタシが買い求めるマンガ作品はそれほど多くないのだけれど、その中のひとつが、よしながふみ氏の『大奥』。先日、第７巻が発売されました。この作品の面白さを、いまさらアタシがくどくどと説明するのは野暮というもの。「ジェンダー」という言葉を知っている人であれば、とっくの昔に知っていて当然の名作だしね。</p>

<p>　第７巻は、第１巻のラストで八代女将軍・吉宗が手に取り読み始めた「没日録」が最後まで進み、もう一度吉宗の代に戻ってくるまでを描いたもの。１巻では清廉潔白を絵に描いたような将軍として描かれていた吉宗とその右腕の久通が、実は相当な権謀術数の使い手であったことを描き、清濁併せ呑むオンナの気概を見せつけたこと（久通については、この前の６巻ですでにその芽は見えていたけれど）、チャップリンの映画『醜女の深情け』ならぬ『醜男の深情け』と呼びたい江島の悲恋（諸説ある「江島生島事件」、よしなが氏は「陰謀説」を採用）など、今回も見所が本当に多かった……。</p>

<p>　もともと将軍家の「血」を絶やさないことを第一の目的として作られた大奥の内部を描いた作品だから、必然的に「女と男たちが睦み、子をなすか、なさないか」という部分がメインテーマになる。それに沿った名台詞が読者たちの心をわしづかみにしているのは想像に難くない。例えば第６巻では、五代女将軍・綱吉の御代の大奥総取締・右衛門佐が、綱吉に対し、「女と男とは、種を腹に付け子孫を残していくことだけではない」と言い切り、すでに閉経した（世継ぎを産むことができなくなった）綱吉と一夜を共にする。このシーンは、ほぼすべての読者が「ここがメイン」と思うでしょう。たぶんよしなが氏もプロの漫画家としてそうなることを狙っていただろうし、その狙いは成功していると思う。</p>

<p>　ただ、そういった「メイン」とは別に、アタシ個人は、よしなが氏が話の本筋を邪魔しない程度にさりげなく差し挟んだいくつかの台詞の中に、よしなが氏の現在の「本音」がうかがえるような気がして、いい意味で「メイン」以上に背すじに電気が走るような感覚を味わっているわ。</p>

<p>６巻では、綱吉が、「第六代将軍を誰にするか」という案件（将軍の鶴の一声で決まるもの）を、衰えの著しい父親・桂昌院に気兼ねして決めかねる様子が描かれる。そんな自分を自嘲して言う綱吉の台詞がこれ。</p>

<p>「あわれな女であろう　一国の将軍でありながら　もうろくした父親の機嫌を損ねる事が何よりも恐ろしい」（『大奥』第6巻37ページ／白泉社）</p>

<p>ここで重要なのは、女将軍の御代において、父親・桂昌院は将軍の側室であり、綱吉にとっては『母親』のような存在であった、ということ。「家庭に入る」以外の人生を背負い、外の世界では自分自身が決定権を持ち、周りに指示を与える立場にいる女が、年老いて繰言しか出なくなったような母親の言うことだけには逆らえない……。こういった母子関係はむしろ現代のほうが重い問題になっているのでは、とアタシなどは思っているので、このシークエンスをよしなが氏が入れたことにゾクゾクしているわけね。</p>

<p>　で、今回の７巻に関しては、「男系」と「女系」のどちらが理に適った「血のつなぎ方」なのか、八代女将軍・吉宗が持論を述べるシーンが出てくる。アタシはこの場面にもゾクゾクしてしまった。その言葉は、吉宗の台詞にこそなっているものの、実はよしなが氏の見解そのものであるように思えてならないの。発売されたばかりの本だから引用は避けるけれど、ここはぜひ、皆さんの目で確かめていただきたいわ。</p>

<p>　素敵な本に囲まれて生きていく喜びは何にも替えがたいもの。あまりの暑さに外に出るのもイヤになる休日に、読書をして過ごすのもなかなか乙なものよ。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『名前をつけてやる』の、思いがはっきり見えるように</title>
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    <published>2011-04-06T02:25:26Z</published>
    <updated>2011-04-06T02:33:53Z</updated>

    <summary>　このところ、「外食の鬼」と化しています。もともとめったに自炊することがないのだ...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lovepiececlub.com/takayama02/">
        <![CDATA[<p>　このところ、「外食の鬼」と化しています。もともとめったに自炊することがないのだけれど、それにますます拍車をかけている感じ。レストランを経営する友人のところにしけこんで昼間からゆっくり食事したり、別の友人と会うときに和菓子を買っていったり。外食産業にたずさわっている人たちは、こういうときにダイレクトに打撃を受けてしまうから、まあ、不遜ながら「ちょっとでも助けになればいいかしら」と思ってね。もちろん、こういう生活をしているので、アタシのダイエット生活にも違う意味で大打撃がかかっているのですが。</p>

<p>　こういう生活になったのは3月25日、東北に住んでいる友人知人全員と連絡がとれてから。それまでは、ブログにも少し書いたけれど、何も手につかない日々がしばらく続いたわ。最後に安否がわかった友人（ノンケ）と電話で話しているとき、「ホント、何も手につかなかった」と言ったら、その子から「姐さんみたいな人が経済活動を止めちゃダメ。体の３割が無駄遣いでできている人がそれやめちゃったら、困る人たくさん出てくるよ。普通に金遣うべき」と、「体の３割が無駄遣いでできている」なんて軽口まで使って逆に励まされてしまったの。アタシもまだまだだわ。そんなわけで、いまのアタシは外食をし、そのたびに出たお釣りを募金に回している、という生活を送っているの。正直言って、外食する際に、あえて心を奮い立たせている部分はあるけれど。</p>

<p>　東京のアタシの周りの友人知人にもけっこういるのですが、現在、「今回はたまたま東京に住んでいたから被害を免れたけれど、いまも被災地で厳しい生活を送っている人たちのことを思うと、普通に生活していることに罪悪感みたいなものを覚える」と思う人が多いのではないかしら。かく言うアタシも、そういう部分があったわけだし。東京にいるアタシたちですらそうなのだから、被災地の人たちのご心労を思うと、やはりやりきれない部分は常に残ります。</p>

<p>「サバイバーズ・ギルト」という単語があります。「生き残った者が感じてしまう、罪悪感」のこと。「助かった」という、本来だったら喜ぶべきことを苦しんでしまう感覚は、極限状態から助かった人（周りにその極限状態で命を落とした人が多い）ほど感じやすいものだと言われています。東京にいるアタシたちですらぬぐいきれないこの感情が、被災地にいる人たちをどれほど苦しめているか。こういった心の問題は、同調圧力が強い日本では、何か大きな災害や不幸が起こったとき、必ずついて回る問題だとも思います。</p>

<p>　日本ではまだ「サバイバーズ・ギルト」という観念自体、あまり知られていないと思うけれど、「それは“サバイバーズ・ギルト”というものである」ことを知っているだけでも、その後のケアに大きな差が生まれるものだと思うの。</p>

<p>　自分の話しをして恐縮ですが、３年半ほど前、アタシがパートナーと死別したとき、しばらく「彼は死んで、なんでアタシは生きてんの」といった感情にとらわれたことがあります。それを救ってくれたのは、彼の母親でした。彼の死後から彼の母親が亡くなるまでの１年半の間、アタシと彼の母親は、確かにつながっていた。もっと正確に言えば「つながっていたと信じていられる」ことが、現在のアタシを救ってくれているのです。</p>

<p>「あなたが生きていることに感謝している」と言ってくれる人の存在が、あのときアタシにいたように、被災地の人たちにいてくれることを心より望みます。食料やインフラ、労働状況など、改善していかなくてはいけない分野が山積していることは百も承知で、気持ちのケアも後押しする環境が整いますように。</p>

<p>　最後に。原発の問題が現地の復興を大きく遅らせることは、たぶん疑いようのないことでしょう。アタシ個人の考えですが、大地震は「天災」で、原発の事故は、安全神話に胡坐をかいた「人災」だと思っています。今後アタシは「原発アリの生活」を送るか否か、そのこと自体を選びたい。選ぶ前に、もっと考えたい。原発と共存していくのなら、すでに起こっていることを踏まえ、さらにどんなリスクを目の当たりにするのか。原発の「効率のよさ」を捨てるなら、ほかにどんな可能性があるのか（個人的には、火山大国の日本で地熱発電がどのくらいの可能性および危険性があるのか、もっとシミュレーションしてほしい）。そしてほかの可能性を選んだ場合、どの程度不便になるのか。単に「原発ほど効率のいい発電手段はない」という言葉だけでは、もう頭を縦に振れないわ。「トラブルが起こった場合、原発ほど甚大な被害を各方面に撒き散らす発電手段もない」とわかってしまった今では。そういった「サンプルの提示」と「議論」が活発に起こることを望みます。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『気分を出してもう一度』詰め寄られてもね……</title>
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    <published>2011-03-03T05:05:31Z</published>
    <updated>2011-03-03T05:06:11Z</updated>

    <summary>　昨日の夜は、あそこへ行ってまいりました。ええ、2011年早々あたくしを恐怖のど...</summary>
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        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p>　昨日の夜は、あそこへ行ってまいりました。ええ、2011年早々あたくしを恐怖のどん底に突き落とした、整体師の先生のところにお邪魔したのです。</p>

<p>この寒さでもヘルニアがあまりひどくならないのは間違いなく先生のおかげなのですが、「治療中」という人生でもっとも抵抗が難しいタイミングで、夫婦そろって、自分の娘とあたくしの縁談を強硬に進めようとした方との再会です。緊張しないわけがありません。実を申しますとあたくし、先月お邪魔した時には、あまりといえばあまりの出来事に途中からすっかり我を失ってしまい、お金を払うやほうほうのていで逃げ帰ったのです。で、昨日……。</p>

<p>最寄り駅に多少早めに着いたので駅前の喫茶店で三島由紀夫などを読んで時間つぶしをしていたのですが、約束の時間になっても足が動かず、「仕事がおして１時間ほど遅れます。申し訳ありません。もし次の方の予約が入っているなら、また日を改めてお邪魔いたします」と携帯から先生に連絡してしまったほど……。幸か不幸か、先生の答えは「ちょうど空いてるから大丈夫」でしたが……。 </p>

<p>１時間後、さすがに２度も３度も時間をずらしていただくわけにはまいりませんので、喫茶店を出てご自宅へと出発しましたが、スニーカーを履いているのにこの足の重さはどうしたことでしょう……。 </p>

<p>先生のご自宅に着き、玄関を開けると、出迎えてくださったのは奥様でした。ええ、人の「NO」の返事を瞬時になかったことにできる、凄まじい特技をお持ちのあのお方……。あたくしの緊張は、喫茶店で時間つぶしをしていたときの比ではないほど急上昇。「高山さん、いらっしゃいませ」というお出迎えに必死で笑顔を作りましたが、自分でもはっきり分かるほどにその笑顔は引きつっておりました。 </p>

<p>楽な服装に着替え、布団に寝そべると、先生が「寒い日は体が固まりやすいんだけど、高山さん、ずっと同じ姿勢で本を読んだりパソコンやったり、とにかく体を動かしていないねえ。１時間に２〜３分でいいから、軽いストレッチくらいやってみないさい」と言いながら（こういったことを一目見ただけで瞬時に察する能力は流石です）、あたくしの肩に指を入れてきましたが、異変にはすぐに気づきました。先生が、１箇所１箇所、普段よりはるかに時間をかけて丁寧に施術してくださっているのです。これは先日の罪滅ぼしのつもりなのでしょうか、それとも「もうすぐ身内になる人間だから」という意識が知らず知らずのうちにえこひいきを誘発しているのでしょうか……。「ほら、高山さん、力を抜いて」と言われても、いまは無理ですわ……。 </p>

<p>いつもより長く丁寧な治療が終わり、お金を払おうと、先生に背を向けてカバンからお財布を出し、先生のほうに振り返ったときでした。いつの間にかそこには奥様が先生と並んで座っていらっしゃいます。いやだ、何このマジック……。時間にして15秒もないあたくしの意識の散漫を狙った鮮やかすぎる早業です。やられた……。 </p>

<p>その後の、実際には10秒にも満たない沈黙の対面が永遠にも思えます。切り出したのは奥様でした。</p>

<p>「ねえ高山さん、先月お願いしたことなんだけど……」 </p>

<p>とりあえず「はあ……」と受け答えはしたものの、先ほどまでの治療でいい感じでゆるくなった筋肉や関節が一斉に固まり始めます。だいたい「お願い」って！　あれは「問いかけ」でしょうに!! </p>

<p>「高山さんもいろいろお考えがあるでしょうから、あまりくどくどお願いするのも失礼だな、と主人と話したんですよ。ですからこれが最後。娘のこと、前向きに考えてくださるとうれしいんですけど」 </p>

<p>あたくし先月「結婚は考えてない」「50になっても一人身ですから、そのときまでお待たせしていてはお嬢様が可哀想」とはっきり申し上げたはずなのに、やはりこのババア、人の話はまったくなかったことにできるマジックまで持っていやがります。ちょっと見習いたい……。 </p>

<p>ここまで言われたからには、あたくしもリスクを承知で申し上げるべきところは申し上げなくてはいけません。 </p>

<p><br />
「あの……これからも結婚は本当に考えておりませんので、私を待っていては本当にお嬢様がお気の毒になってしまいます。先生には本当にお世話になっておりますので、これからもここに通わせていただきたいのですが、私を婿候補としてお考えになっているうちは、それをお断りしたまま通い続けるのも申し訳ありませんし……」 </p>

<p>　そこまで言って、ようやく奥様が口を開きました。 </p>

<p>「いえいえ、治療は続けてください。余計な気を使わせてしまってごめんなさいね。ではこの話、ひとまず忘れてくださいね」 </p>

<p>　ここまで聞いてもあたくしがまったく安心できないのは、賢明なる推定６人の読者の方々ならもうお分かりでしょう。「ひとまず」という言葉が何を意味するか、それが明らかになるのはまだまだ先の話ですもの……。</p>

<p>　さて、そんなこんなで今日のあたくしは、普段よりも30分は時間をかけて治療してくださったおかげでしょうか、すこぶる快調です。これなら素敵な春を過ごせそう……。それにいたしましても唸らざるをえないのは、先生方の見事すぎる飴と鞭の使い分け。どうせあの奥様、今頃は間違いなく「忘れて」という自分の言葉も忘れていらっしゃるはずなので、来月以降も様式美のように結婚をめぐる丁々発止が繰り返されるはず。あたくしも、もう少し体力をつけて臨まなければなりませんわね……。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『ウェディング・バンケット』のような温かい結末は、今回は望めそうにないのよ…… </title>
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    <published>2011-02-06T10:53:55Z</published>
    <updated>2011-02-06T10:55:10Z</updated>

    <summary> 寒い日々、推定６人の読者の皆様はいかがお過ごしですか。あたくしは先ほど、頚椎ヘ...</summary>
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        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p> 寒い日々、推定６人の読者の皆様はいかがお過ごしですか。あたくしは先ほど、頚椎ヘルニアの治療が終わったばかり。この寒さのせいか、首から肩、腕に違和感を感じていたあたくしは、かかりつけの整骨師の先生の元で施術を受けていたのです。 </p>

<p>ある宗教を大変熱心に信仰していらっしゃる方なので、数ヶ月に一度ほどの割合で少々返答に困る勧誘があるものの、それさえくぐり抜けてしまえば技術的には完璧な先生。すでにあたくしが5年以上、先生側からのありとあらゆる勧誘をのらりくらりとかわし続け、かつ、決して首を縦に振らないせいか、ここ最近は勧誘の仕方もある意味、流れ作業のようなもの。「すでに結論は出た」と思っているあたくしにとって、この施術は、なんのプレッシャーもなく享受できる、月に1度の小さな贅沢と言えましょう。ちなみにあたくしは、「他人様の信教の自由を認める代わり、あたくし個人の無宗教も認めてもらわなければ困る」というスタンスです。くれぐれも誤解なきようお願いいたします。</p>

<p>さて、話はほんの２時間ほど前、先生の治療院で肩から腕をパキポキやっていただいている最中のことでした。先生の奥様(60歳を少し超える程度でしょうか)が、いつの間にか横たわるあたくしの枕元に座り、矢継ぎ早にこう仰いました。</p>

<p>「高山さんは、結婚などは考えてらっしゃらない？ 結婚相手の宗教は気になるほう？」</p>

<p>　……いきなりの斬新な攻撃です。って言うか、客の体を丸ごと人質にとっていると言っても過言ではないときに、いったい何を言い出すんでしょう奥様ったら。思いっきり不意をつかれたあたくしは、普段の口調をすっかり忘れてしまいました。 </p>

<p>「結婚は……まだ……考えておりませんが……。ですのでお相手の宗教と仰いましても……。相手そのものを得ようと考えたことがないものですから……。ただ、私は人様の信教の自由に口をさし挟むつもりはまったくありません。その代わり、私が無宗教であることを認めていただく、という感じでしょうか……」 </p>

<p>　しどろもどろなあたくしの返答を待ちきれないといった感じで、奥様が畳み掛けます。<br />
「そうですか……。いえね、うちの娘なんかどうかしら、と思って……」</p>

<p>まあ大変！ 93歳（自己認識年齢）のババアが、お見合いすらすっ飛ばしてムコに！ っていうか奥様ったら、あたくしが「結婚は考えておりません」と言ったことは見事に聞こえておりません！ </p>

<p>整骨師の奥様は、施術中のあたくしの枕元で延々話し続けます。</p>

<p>「いえね、娘も38になって、どうにも心配で。主人とも話したのよ、高山さんは娘と年も近いし、人となりもしっかりしてらっしゃるし……」</p>

<p>そう言えばあたくし、便宜上こちらの先生には91歳ではなく40歳と申請していたんですわ……。　っていうか！奥様だけでなく、整骨師さんまでグルだとは……。施術中は力を抜いてリラックスしているべきなのに、肩に力が入ります。まだ体を人質にとられているあたくしは、言葉を選ぶしかありません……。</p>

<p>「いや……でも、いまのところ結婚そのものを考えておりませんから……。私が50になってもフラフラしておりましたら、お嬢さんがお気の毒ですよ……」<br />
「まあ、じゃあ高山さんが50になったときうちの娘もひとりだったら、もらっていただけます？」 </p>

<p>　どうしましょう……。自分の年齢を棚に上げて申しますが、人の話を聞かないババアの磐石っぷりたるや……。 </p>

<p>　2011年、あたくしは早々、こんな追い詰められたのはいつ以来だったの思い出せないほどの大ピンチです。どうしましょう……。施術、まったく効いてる気がしないんですが……。ババアやるわね……。（以下、次回）<br />
</p>]]>
        
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    <title>『ＢＯＤＹ』は商品です。オトコのそれは特に……</title>
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    <published>2010-11-04T06:36:09Z</published>
    <updated>2010-11-04T06:51:44Z</updated>

    <summary>　仕事が忙しいときにうっかり見てしまうと大変なことになってしまうのが韓流ドラマ。...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lovepiececlub.com/takayama02/">
        <![CDATA[<p>　仕事が忙しいときにうっかり見てしまうと大変なことになってしまうのが韓流ドラマ。「次はこう来るだろう」と予想したことの８割が当たるという、ベタ中のベタとも言える展開の連続なのに、再生を停止できないという困った事態に襲われるの。最初の出会いは『チャングムの誓い』だったのだけれど、その後、韓流ドラマにはまっている友人が、あれもこれもとＤＶＤセットを貸してくれているおかげで、男優事情にもけっこう詳しくなってしまったり。</p>

<p>　で、『バリでの出来事』のボンボン役の子とか、『ラストダンスは私と一緒に』の記憶喪失になったカメラマン役の子とか、ウォンビンとかウォンビンとかウォンビンとか、見れば見るだけ、お気に入りの男優ってのは出てきてしまうものね。あくまでアタシの好みの問題なのですが、顔だけなら日本の俳優のほうが見目麗しい子が多いの。でも、韓国の芸能界って、「顔」だけでなく「カラダ」も含めて商品なのね。背は高いわ脚は長いわ肩幅はあるわ胸板は厚いわ腹筋はキレイに割れているわ……。「オトコには筋肉がなければ！」と力説する周りのゲイたちが「クオン・サンウが超イケる」とか「オ・ジホに腰が砕ける！」とか「ソン・スンホンでしょうやっぱり」とか言っているのを、アタシも遅まきながらようやく肌で同意するようになったわ。</p>

<p>　くしくも最近、アタシたちの間では、メンズノンノの最新号に登場した妻夫木聡のセミヌードが話題になったばかり。「胸板」というよりは「おっぱい」と呼ぶにふさわしい、ふくよかなバストに、大変な親近感を抱いてしまったの。太ったというよりは、問答無用にたるんでしまった、そのカラダ……。ブッキーが映画『ウォーターボーイズ』で細身のカラダにはちきれんばかりのエネルギーを内包し、「若いイケメン」好きなゲイたちを一網打尽にしたのは10年前のこと。「オトコの若さっていうのは、オンナの若さよりも足が早い（腐りやすい）のね……」と、友人たちとしみじみ語ってしまったわ。そうね……、1年ほど前、木村拓哉が生番組の生着替えで、プヨプヨの上半身をさらしてしまったとき以来かしら、芸能人の肉体の加齢っぷりに親近感を覚えてしまったのって。</p>

<p>　3年前までパーソナルトレーナーがいた身として言わせてもらえば、30歳を超えても韓流の男優たちとか東方神起のような体型をキープするのは、「空いてる時間は読書をしたい」とか「空いてる時間は映画『疑惑』の桃井かおりと山田五十鈴のセリフを復習したい」とか「松田聖子の『一千一秒物語』をカラオケで歌いたい」なんて考えている人間には不可能よ（３つのうち２つは、こんなこと考えているのはアタシくらいのものだけど）。最低でも週４、1回につきたっぷり２時間はワークアウトにあてなければ無理。韓流の子たちは、カメラの前に立っていない時間帯のほうが、よりシビアにならざるをえないのね……。</p>

<p>　そんなことをつらつら考えながら、お気に入りのジーンズに穿き替えて外出しようとしたら、やっぱり（って言い方も悲しくなるけれど）ホックが留まってくれないでやんの。アタシもそろそろワークアウトを再開しなきゃいけないかしら。アタシがオトコの子のカラダを「商品」というか「オブジェ」として見ている以上、アタシも周りからそう見られることは受け入れなくちゃいけないものね。40超えてもう一度、商品価値を高めていくのが大変だということは知っているけれど、まあ、「ババアになってもオテンバはする」と、1冊目の本で書いていることを曲げるつもりはないし。いつになるかはわからないけれど、アバンチュールの意欲とチャンスが同時に訪れたとき、肝心の自分のスペックがダメダメでは、せっかくのチャンスをただ見過ごすだけになってしまう。そんなのはイヤ！</p>

<p>　というわけで、なんとなくではあるけれど、「完全復活」の予感がする今日この頃。まずは手始めに、某女性誌のイケメン特集になぜか載っていた、ドＭの友人（ノンケ）に連絡でも入れてみようかしら。うふふ。</p>]]>
        
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    <title>『ダブルマザー』もシングルマザーも幸福になれば……</title>
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    <published>2010-08-13T03:55:11Z</published>
    <updated>2010-08-13T03:56:06Z</updated>

    <summary>　ラブピースクラブで不定期に開催している、読者の方々とのおしゃべり会『サロン・ド...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p>　ラブピースクラブで不定期に開催している、読者の方々とのおしゃべり会『サロン・ド・タカヤマ』で、以前、参加してくださった方とこんな話をしたの。</p>

<p>「親友と、ひとつ決めていることがあります。『私たちのどちらかが、あるいはどちらともが子どもを生んだら、子どもを2人体制で育てよう』と。運よく私たちは仕事の時間帯がずれている。『預け（預けあい）、お互いの子も自分の子として育てよう』と」<br />
「ということは、生まれてくる子たちは、自動的に『母親が２人いる』ということになるの？」<br />
「そうです」<br />
「それから、この単語を使ったら怒られるかもしれないけれど……、あなたたちの『負担』も……」<br />
「そうです、軽くなるかな、って。仕事以外にも、風邪ひいて寝込んだときとか……」<br />
「言葉で説明できないけれど、なんかどうにもつらいときとか……」<br />
「そうです。そういうとき、お互いを頼れる先にしておこう、と。互助会みたいなものですね」</p>

<p>　アタシが「なんて素敵なの！」と叫び声をあげたのは言うまでもないでしょう。</p>

<p>　彼女たちは「シングルマザーになる」と決めているわけではないの。アタシにそのことを話してくれた読者の方は既婚者だしね。でも、「ダンナがいても、育児がハンパない大仕事であり、ときにとんでもないストレスになることは変わりない」ということを彼女たちが知っていて、「長屋感覚で（しかも信頼できる人と長屋感覚を作り上げて）、共同で子どもを育てるのもアリよね。自分が生んだ子でなくても『母』として対するのもアリでしょ」ということをすでに肌で感じていることの素晴らしさに、アタシは打たれたの。</p>

<p>「何かを知っていること」「知っている者同士で、手を差し伸べあう約束をしておくこと」、この２つは「安心」につながると思います。「ゲイであることは異常でもなんでもない。同じセクシュアリティに属している人はたくさんいる」と知ることができ、「その知識を共有できる人たちとつながってきた」から、アタシは生きのびてきたわけです。その２つがもたらす安心感があるかないか、が、どれだけ大きなことなのか、アタシは自分のこととして知っています。</p>

<p>……大阪で、子ども２人をネグレクトで死なせたシングルマザーが逮捕されたニュースを聞いて、アタシは「彼女にも、そのふたつがあれば、もしかしたら事態は違ったことになったかもしれない」と強く思ったの。</p>

<p>もちろん、子ども２人を死なせてしまった以上、彼女は法で裁かれるべきだと思う。でも、社会の中そのものに、こういった事件を誘発させてしまう要因というか状況があるのなら、それは指摘されるべきだし、考えなくてはいけない問題だと思うの。</p>

<p>社会心理学に「Fundamental attribution error」という言葉があります。ウィキペディアを引用すると、「個人の行動を説明するにあたって、気質的または個性的な面を重視しすぎて、状況的な面を軽視しすぎる傾向をいう」というもの。特に日本では、人を裁こうとするとき、この傾向が強いと思う。ウィキペディアには逆の概念も説明されていて、「人は自身の行動については逆の見方をする傾向がある」そう。なんでもかんでも「100％個人の問題」「社会のせいではなく、100％この母親の資質の問題」で片付けてしまうのは、このあとも同じような事件が起こることを黙認しているのと同じことのような気がするのよね……。</p>

<p>「母というものは、どんなときでも絶対無償の愛を持っている存在」という、異常なほど美化された考えの異常なほどの浸透っぷり。「頼れる者は自分だけ。それが大人というものだ」という価値観。そのふたつががっちりかみ合って美しく機能していくのは、湯水のように金を使える立場の人だけだと思う。平均年収が二百万を少し超える程度のシングルマザーたちにとって、それを機能させていくことがどれだけ難しい「社会」なのか、考えるまでもないでしょう。<br />
（平均が二百万円を少し超える程度、ということは、それよりはるかに少ない額で暮らさざるをえない人たちが山のようにいる、ということでもあります）。</p>

<p>　彼女は離婚後、風俗店に勤めて、生活費を稼いでいた。「身内のために体を売り続けることがお前にはできるのか」と問われたら、正直アタシは「イエス」と答えられない。仮に「どうしてもやんなきゃいけない」という状況に置かれたとき、自分がどこまでのストレスを抱えることになるか、わからない。「稼いだ金を、身内のためだけに使い続ける『滅私』を十年以上は続けるんだ」という意思を持てるかどうか自信がない。彼女が「育児をほったらかしにしてホストクラブに通っていた」という報道もあったけれど、「人間は、極めて困難な状況に置かれたとき、ぬくぬくとした状況にいるときよりも、はるかに極端な行動に走りやすい」というのは、ちょっと見回せばいくらでも具体例が見つかるものだし。そして世の中には、そんなギリギリの状況で生きているシングルマザーたちが、おそらくはアタシが想像しているよりはるかに多いのだろう、とも思うの。</p>

<p>　彼女にとって、「お金」のほかにも、「自分の置かれた状況が非常に難しいものである」という知識と、「その知識を共有したうえで、つながりあえる人たちの存在」があれば……と本当に思う。そして、ギリギリの状況で生きている人たちに、その２つがもっと浸透しやすい世の中であれば、と願わずにいられない。</p>

<p>ＰＳ<br />
「身内のために体を売り続けること」に対して、アタシが過剰なまでに「自分がその立場だったら」と思ってしまうには、理由があります。9月上旬に発売する小説に、そのことを書きました。自分の身に起こったこと、自分の身の周りに起こったことを書いたものですが、フィクションの形にしなければ書き上げることができなかったのは、「すでに会えなくなった人たちのプライバシーを守る」という意味以上に、自分の弱さのせいかもしれません。8月の終わりにはブログのほうで告知ができると思います。</p>]]>
        
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    <title>『恋するベーカリー』なんてぬるい題名じゃ、見逃すとこだったわ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.lovepiececlub.com/takayama02/2010/07/post-72.html" />
    <id>tag:www.lovepiececlub.com,2010:/takayama02//37.3002</id>

    <published>2010-07-07T14:19:36Z</published>
    <updated>2010-07-07T14:23:11Z</updated>

    <summary>歌舞伎好きが、季節にいちばん合った着物を着て歌舞伎座に出かけたように、映画を見に...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lovepiececlub.com/takayama02/">
        <![CDATA[<p>歌舞伎好きが、季節にいちばん合った着物を着て歌舞伎座に出かけたように、映画を見に行くのにおしゃれをして出かけるのも素敵なもの。いま、見に行く人々がいちばんおしゃれに気合を入れて見に行く映画といえば、『セックス・アンド・ザ・シティ２』になるかしら。そういえば２年ほど前、パート１が公開されたとき、六本木ヒルズの映画館に集まるお客さんの気合密度の高さが大変なことになっていると聞いたわ。集まったお客さんからすれば、六本木ヒルズこそがマンハッタン、ってとこだったんでしょうね（最近の六本木ヒルズはゴーストタウンと化しているけれど）。</p>

<p>アタシ？　アタシは逆張りが好きなので、「みなさんがマンハッタンでこの映画を見るのなら、アタシはミランダの住処・ブルックリンでこの映画を見るべきね。そう、イースト・リバーを越えるのよ！」と、隅田川を越えて錦糸町のシネコンでパート１を見たりして。うふふ。</p>

<p>　先日、パート２を見てきたのだけれど、今回は、日本のマンハッタン・六本木ヒルズでも、日本のブルックリン・錦糸町でもなく、日本のチェルシー（つまりオカマの園）・新宿のバルト９で鑑賞を。</p>

<p>●「プレゼントが液晶テレビ!?　ジュエリーじゃないの？」の名言を吐くわ、キスひとつで大騒ぎするわ、もはや名人芸の域に達したキャリーのウザさ、<br />
●まったくブレのない（そして数多のオカマがシンパシーを抱かざるを得ない）サマンサのヤリマンっぷり（ローレンス・オブ・ラビア！）、<br />
●戦うときには戦い、いたわるときにはいたわる度量でさらに株を上げつつも、あと一押しで誰よりもヤリマンへと開花しそうなポテンシャルを見せつけるミランダ、<br />
●保守本道を突き進みながらも、「このスカート、ヴァレンティノのヴィンテージよ！」と、ところどころでいい感じのエグゼクティブビッチっぷりが露呈するシャーロット、</p>

<p>　と、安心して見られるゴージャスムービーではあったけれど……、『セックス・アンド・ザ・シティ』の「セックス」の部分を、サマンサひとりに全部押しつけてしまっているのがどうにもこうにも不満だわ。もしパート３が作られたら、「セックス」の分量はますます減ってしまうのかしら……。</p>

<p>　と、そんな感想を漏らしていたアタシに、友人がある映画を教えてくれました。それがメリル・ストリープ主演の『恋するベーカリー』。タイトルだけで「ほんわか＆ちょっとおしゃれな、ぬるいラブコメかしら」と敬遠していたのだけれど、これがなかなか。原題は『It’s Complicated』（「込み入ってんのよ」って感じ）だから、このタイトルのほうが先に情報として入ってきていたら、食わず嫌いすることもなかったのに、とちょっと悔しい思いもしたわ。</p>

<p>　絵に描いたようなダメ男（しかも熊のようなメタボ）なのに、なぜかフェロモンだけは人一倍の元ダンナと、うっかり焼けぼっくいに火がついてしまう50代のベーカリー経営者（メリル・ストリープ。メリル本人は61歳）が、バツイチの建築家ともアフェアを繰り広げる……という話。シリアスに描こうと思ったらいくらでも描けし、また、メロドラマにしようと思ったらどこまでもソープオペラ調にできるテーマなのに、仕上がりはとってもポップ。アタシはかなり好みだったわ。</p>

<p>　メリルとオンナ友達、4人で繰り広げられるババアトークは、すでに本家『セックス・アンド・ザ・シティ』以上のあけすけっぷり＆愛らしさ。日本じゃ絶対に“アウト”なモノを使って、メリルと元ダン、建築家、そしてメリルと元ダンの娘ムコまでがはっちゃけるシーンにも思わず頬が緩んじゃった。“アウトなもの”をどう捉えるかで、人それぞれ印象が変わるシーンだけど、アタシは、“この年ではっちゃけること”の楽しさ、貴重さを重要視したいのよね。</p>

<p>　垂れ下がってきたまぶた、ドレスの下のリアルすぎるブラ、「立った状態で裸になるのは、肉がつきすぎているのが見えるからイヤ」という、アタシにとってもリアルすぎるセリフなど、「もう、決定的に若くない」という現実をたくさん散りばめながら、それでもポジティブでいることができる……という映画だった。</p>

<p>　アタシにとって、「ババアがアバンチュールを楽しむ映画」のナンバーワンは、ジャンヌ・モロー主演の『厚化粧の女』。自分にフラフラと寄ってきた20代のジゴロに「強い酒でも飲みなさい。シラフじゃ抱けないでしょ」と言い放つ、とてつもなくカッコいいババアをジャンヌ・モローが演じていたの。あまりにカッコよすぎて、「死ぬまでに、ここまでのババアになれるかしら……」とも思っていたのだけれど、「その域に達する前に、もう一段、行っていい場所があるのね、それもさしたる難しさもなく……」と、教えてくれるのが『恋するベーカリー』だったわけ。メリル・ストリープは40代から、ライトな（いい意味でね）映画で素晴らしい持ち味を発揮しているわね。ちょうどＤＶＤも発売（レンタル開始）されたから、「ババアのセックス」に何かしらのカンフルを与えたいと思っている方がいらしたら、レンタル屋さんに入ったときに思い出してみてはいかがかしら。<br />
</p>]]>
        
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    <title>『酔っぱらっちゃった』、ほぼ生まれて初めて……</title>
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    <published>2010-06-09T03:18:11Z</published>
    <updated>2010-06-09T03:27:24Z</updated>

    <summary>　先日、40歳の誕生日を迎えたアタシ。日本人の平均年齢を基準にして言うのなら、よ...</summary>
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        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p>　先日、40歳の誕生日を迎えたアタシ。日本人の平均年齢を基準にして言うのなら、ようやく折り返し、といったところね。今後、自分の人生がどう流れていくか、まったく予想がつかないけれど、わからない明日をあれこれ思い悩む前に、とりあえず大病せずにここまで来られたことをありがたいと思っておきましょう</p>

<p>　ここ5年ほどは、年齢的に、パーティーで馬鹿騒ぎするようなノリもなくなり、アタシの誕生日を知っている数人の友人と妹から当日メールをもらうくらいの、静かなお祝い。そんな心落ち着くモードもいまの自分にしっくりくるわ。そうそう、誕生日の前日に、新宿2丁目のあるお店を借り切って1日ママになる「バール・ド・タカヤマ」というイベントを開き、読者のみなさんとさまざまなお話に興じたのだけれど、あのとき頂戴したお菓子を、誕生日のケーキとして美味しくいただいたのもいい思い出ね。</p>

<p>　……が、人生折り返しを過ぎれば、また新しい景色が見えてくると言うもの。先週、ある友人から、こんなメールが届きました。</p>

<p>「今度の金曜日、2丁目に出てこれない？　久しぶりに姐さんに会いたがっているのがいるのよ。まだ言えないけど、それは“来てのお楽しみ”でよろしくね」</p>

<p>　そう言われたら、行かずにはいられないのが人情というもの。アタシは仕事を調整し、金曜日の夜、指定されたお店に出向きました。店にいるのは見知った面々。彼ら彼女らと挨拶を交わし、店のママに「まだ来てないの？」と訊くと、ママは「ごめんなさいね。“人”じゃないのよ。会いたがっていたのは、こちら」と、冷蔵庫からあるボトルを取り出します。愛しのクリュグちゃんでした……。</p>

<p>　お酒が極端に弱いため、シャンパンをフルートグラスで２杯飲んだら限界を超えてしまうアタシ。「だからこそ、どうせ飲むんだったら美味しいものを飲みたい」と思っているのだけれど、そんなアタシにとっての「愛しの３人娘」が「クリュグ、クリスタル、ベル・エポック」なのです。そうは言っても、まあずいぶんと高飛車なお値段がするものなので、アタシは正直にママに伝えます。</p>

<p>「いや、確かに大好きだけど、これを飲むお金は、正直言って、ないわ。いまのあたくしには分不相応……」</p>

<p>　しかし、その言葉を待たずにコルクは抜かれてしまい、一瞬青ざめるアタシ。いつの間にこの店、こんな有無を言わさぬぼったくりバーに……。が、次の瞬間、周りから一斉に</p>

<p>「おめでとう！」</p>

<p>　の声が。あらいやだ。サプライズパーティーだったのね……。</p>

<p>　栓が抜かれた後に固辞するのは無粋だし、もともと3人娘の中でも最も可愛がりたい子だし、と、ありがたく頂戴するアタシ。久しぶりのクリュグは本当に美味しい……。気がつくと、フルートはあっという間に空になり、即座に2杯目が注がれます。せっかく注いでもらったクリュグちゃんをぬるくしてしまっては……と、そのグラスも5分ほどで美味しく空にすると、居合わせたみんなで分けたクリュグのボトルもきれいに空に。「素敵な誕生日のお祝い、ありがとう」とエレガントに挨拶をしようと思ったら……あら……？　どうして2人目のクリュグちゃんが、栓を開けていない状態でアタシの前にやってきたのかしら……。</p>

<p>　さて、ここからは伝聞です。というのもアタシったら、まったく覚えておりませんので……。アタシはその後、２本目のクリュグをほぼ１人で空けた後、<br />
●ボックス席の低い丸テーブルを壁に斜めに立てかけ、それを背に床に座り込み「エマニエル夫人のようだわ！」とうそぶきつつ杯を重ね、<br />
●「アタシったらついに、週に1回も拭き掃除をしていないだろう2丁目の店の床に座り込んで酒を飲むようなオンナになったんだ！」と叫び、<br />
●お店に入っているオカマに「ちゃんと毎日掃除してます！　今日だって雑巾がけしました！」と食い下がられるや、すかさず、ベタ系ドラマで嫁の掃除の仕方に難癖をつける姑よろしく人差し指を床にすりつけてから目を凝らし、<br />
●床がきれいなのを確認した後で、その床に転がりながら本田美奈子の『Sosotte』を熱唱し、<br />
●イケメンノンケの太ももに顔をうずめて「普段のアタシはこんなわかりやすいことしないわ！　○○くん（イケメンノンケ）だって知ってるでしょ!?」と叫んだ後、盛大なゲップをお見舞いし（普段のアタシとのギャップのせいか、そのノンケは引きつけ寸前の大爆笑だったらしい）、<br />
●先に帰る友人を見送るために、四足歩行の動物のようにエレベーターホールまで這い進み、その後はタイの寝釈迦さまのような体勢でエレベーターに乗る友人を見送り、<br />
●見送った後もそこから動こうとしないアタシを、同じフロアのほかの店のお客がまたいでエレベーターに乗り込み続ける</p>

<p>　と、40のババアがやってはいけないことのすべてをやり尽くしたそうです……。</p>

<p>　推定6人の読者のみなさん、人生、ホントに何があるかわかりません。折り返し地点を過ぎてから、こんなどうしようもなく幼稚で斬新な地平を切り開いてしまったババアもここにおりますわ。「人生の後半だから」といって、臆することなど何もナシ。そんな意気をお互い胸に秘め、これからも走っていきましょうね……。</p>

<p>ＰＳ<br />
6月25日の金曜日、ラブピースクラブさんを会場に、お茶会「バール・ド・タカヤマ」を開きます。今度もみなさんとさまざまなお話に花を咲かせることを楽しみにしています。高山に話をしてみたい、高山の話を聞きたい女性なら、どんな方でも大歓迎です。応募詳細は、ラブピースクラブの「お知らせ」コーナーで詳細をご確認ください。ちゃんとシラフでお目にかかりますよ！（笑）</p>]]>
        
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    <title>『素直になれなくて』、こんな穿った見方をしているわけじゃないのよ</title>
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    <published>2010-05-17T02:36:58Z</published>
    <updated>2010-05-17T02:41:10Z</updated>

    <summary> 「渋谷なう」 　このセリフがテレビから流れてきたときのアタシの脱力の深さ、どう...</summary>
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        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p><br />
「渋谷なう」<br />
　このセリフがテレビから流れてきたときのアタシの脱力の深さ、どうやったら伝えられるかしら……。脚本家・北川悦吏子による木曜ドラマ『素直になれなくて』の破壊力に、アタシったら毎週、ドラマの筋書きにドキドキするのとはまったく別種の動悸を味わっております。<br />
 <br />
　北川センセイが筆を執ったのは、前作『たったひとつの恋』から３年半ぶりのこと。『たったひとつの恋』はオンエア当時、アタシたちの間で「くりぃむしちゅーのベタドラマを超えるベタさ加減だわ……」と、話題を独占していました。「くりぃむしちゅーのベタドラマ」、知ってます？　彼らの冠番組の目玉コーナーだったのだけれど、過去話題になったドラマを下敷きに、「ベタな展開」しか使わずにパロディ作っていく、という、なかなか壮大な企画だったわ。ほんの少し時代とずれてしまうだけで、「王道」は「ベタ」になり、笑いとして消化されてしまう、ということに、アタシが知る限り最初に目をつけた企画だったと思うの。<br />
 <br />
　が、『たったひとつの恋』は、「ベタは笑いになりやすい」という共通認識がすでに生まれてしまった時代に、「ネタにしてくれ」と言わんばかりのベタさ加減をもって登場した、すさまじいばかりのパワーを持つ作品でした。よく言えば天真爛漫、悪く言えば空気を読む気がない宝石商の娘・綾瀬はるかと、父親から受け継いだ小さな造船工場を営む貧乏人・亀梨和也が、一部の隙もなく積み上げる数々の“ベタ”にアタシたちったら悶絶。だって、「街角でぶつかって、亀梨が持っていたお魚を綾瀬はるかのお洋服にぶちまけるのが、ふたりの初対面」だとか「一緒にプールに落ちてお互いを意識する」だとか、70年代少女マンガもかくやのエピソードを初回からぶつけられたら、「作り手は大真面目なのか、それとも笑ってほしいのか……」と迷うのが当たり前でしょ！　で、最終回、バスを降りた瞬間にスーツケースを忘れてきた綾瀬はるかのために、登場人物一丸となって必死になってバスを追いかけるシーンで、ようやく「大真面目だったのね……」と呆然としてみたり（気づくの遅いわね）。「携帯からバス会社に連絡する」という手段が、子どものころから携帯を使ってきたはずの若い子たちの間から出てこない設定になっている……。哀しいことだけれど、こういうところに「年齢」って現れるのよね……。<br />
 <br />
　そんな北川センセイが、若者に大流行（プッ）のツイッターで出会った若者たちの恋愛模様を描く最新作『素直になれなくて』。アタシたちが期待せずにいられましょうか。いろんな意味のワクワクを胸に抱えて見始めた冒頭、上野樹里が放ったのが「渋谷なう」という一言でした。アタシの周りにいる、アタシより15歳くらい年下の子たちは、「なう」という言葉を、すでに半自嘲のニュアンスを込めて使っている子がほとんど（少なくとも、「これがオシャレ」などというニュアンスで使っている子は皆無）だったので、まずここで度肝を抜かれてみたり。一瞬「ぎんざNOW」かと思ったわ。「ぎんざNOW」って知ってます？　70年代に一世を風靡した（らしい）、TBSの夕方の番組。関東圏以外では（北川センセイが生まれ育った岐阜でも）放映されていなかったので、ナマで見たことがない人たちにとっては憧れの対象だったらしいのだけれど（アタシが生まれ育った地域でも放映されていなかったけれど、アタシは北川センセイと10歳の年の差があるから、肌感覚としてよく分からないの。おニャン子クラブを輩出し、とんねるずをメジャーに押し上げた『夕焼けニャンニャン』が放映されていなかった地域に住んでいた子たちの憧れの熱さには触れたことがあるけれど）、なんかね、「実態をよく知らない人の憧れだけが事を大きくしていく」という意味で「渋谷なう」と「ぎんざNOW」がだぶって聞こえてしまったのよ。<br />
 <br />
　その後も北川センセイは絶好調。どう考えてもオフ会の開催には不向きなはずのツイッターというメディアを媒介にして、登場人物たちが「初対面でなんの気構えもなく本名を明かしあう」オフ会を簡単に開くわ、ちょっと転んでひざをすりむいただけで、ほぼ初対面のオトコにおんぶされてそのオトコの家まで行くことを受け入れる“堅い”オンナがいるわ、線路をはさんだ駅のホーム同士で話を始めるわ、携帯電話を家に忘れてきたオトコ（瑛太）が、会って間もないオトコの知り合い（玉山鉄二）の電話番号をやすやすと暗記していて公衆電話からそのオトコに電話をかけるわ……。『たったひとつの恋』は「ベタの嵐」でしたが、『素直になれなくて』は「ベタ」を超えて、目が点にになるほどの「ありえない」の連続。いわば「超現実の嵐」でした。<br />
 <br />
「2010年の高校生が好きなアーティストにミスチルとかスピッを選ぶって」といったツッコミは、以前、どこかのネットニュースで出ていたような気がするけれど、アタシはそれ以上に、オフ会で集まった５人があっという間もなく「知り合い」から「超親友」になり、その絆を確かめ合うために、自分たちの集合体に「スナナレ会」と名前をつけるシーンで大爆笑。もちろん「スナナレ」とは、ドラマのタイトル『素直になれなくて』とリンクしていまして、５人が集まっていたお店で偶然流れていたシカゴの『素直になれなくて』からその名をいただいた、という設定なわけ。しかし、25歳前後の登場人物５人が５人とも、1982年のシカゴのヒット曲を「当然の知識」として知っている、というのは、いくらなんでもありえません。そのシーンまではかろうじて「1998年」くらいの感覚で見ることができていた（それでも相当にゆがんだ鑑賞の仕方ではあるのですが）ドラマが、ここで一気に「1989年」あたりにまで加速して戻ってしまったわ。このドラマの登場人物はどいつもこいつも、どう考えても60年代後半の生まれです（1970年生まれのアタシが始めて買った洋楽のレコードはマドンナの『ライク・ア・バージン』でした。確か1984年のことね）。<br />
 <br />
　谷亮子が与党から出馬する、という「究極のベタ」が現実世界で起きてしまった以上、ドラマでそれを超えるには「ありえないの連続」しかない……と北川センセイが思ったはずはないので、これはもう北川センセイのリアルがどうしようもなくずれてしまった、と考えるしかないのですが、それはそれで楽しみ方はいくらでもある、というもの（内館牧子大先生のドラマをギャグとして鑑賞するように）。ただ、2004年の春まで携帯電話のメールを使っていなかったことを「だってババアだもの」の一言で正当化していたアタシからすれば、北川センセイの「私は若い」「気持ちは20代」という方向への踏ん張り方（そして、見るも無残な失敗の仕方）は少しだけ同情に値するわ。エバーグリーンって、テクノロジーと寄り添う形では実現しないのかしらね……。<br />
 <br />
追記<br />
パソコンがついにいかれてしまって、原稿をアップするのが遅くなってしまいました。６月25日の『サロン・ド・タカヤマ』のお知らせも、本当ならばこの原稿でまずするべきなのに、この体たらく。ごめんなさい。今度も楽しいお話、たくさんしましょうね。</p>]]>
        
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    <title>『悪女』を「アクメ」と読んでみる2010年の春</title>
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    <published>2010-04-09T09:46:10Z</published>
    <updated>2010-04-09T09:46:39Z</updated>

    <summary>　このラブピースクラブのＨＰで、アタシもものすごく楽しみにしていた萬田潤子さんの...</summary>
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        <name>minori</name>
        
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        <![CDATA[<p>　このラブピースクラブのＨＰで、アタシもものすごく楽しみにしていた萬田潤子さんのコラム『三十路マンコの品格』。現在、『みそまん』のスペースにて、「みそまんとは、なんだったのか」というテーマで、アタシなりの考察をアップさせていただいています。とっても楽しく原稿を書かせてもらったわ。</p>

<p>　その原稿の中で、アタシは「パートナー的な存在のオトコより、この先パートナーにするつもりなどお互いにまったくないセフレのほうが、セックスの相性がはるかにいい場合もある。ってウソ。“いい場合もある”どころか、けっこうある」と書いたのですが、この１週間ほど、その言葉にうなずくオンナたちの多かったこと！　その数は、アタシの想像をはるかに超えていたの。「ルックスがものすごくいいオトコって、セックスはつまらない場合が多い」という部分を考慮に入れるにしても、かなり多くのオンナたちが「わかる！」と言ってくれたのは驚いたわ。（統計とったわけではないけれど、「イケメンのセックスはつまらない」は、かなりの確率で真実だと思う。やっぱり、“いつでも手に入るもの”に、人は熱意を注がなかったりするものよね。もちろん、イケメンでセックスに熱意を注いでる人間もいるけれど、そういうタイプは自分のところに留めておくのもほぼ不可能。モノガミー的なパートナーにするには不向きなんじゃないかしら。「モノガミー的なパートナーにするのが難しい」というだけで、その人の人間性まで否定するつもりはないので、お間違えのないように）</p>

<p>でも……、アタシの持論にうなずくオンナたちが多いのは、「カラダだけのセックスをオンナたちも楽しむようになった」「オンナたちがセックスに貪欲になった」ことの証明、というだけではないのよね（そうだったらどんなに素敵か、と思う）。というわけで、ここで推定６人の読者のみなさんに、ひとつ質問をさせていただくわ。</p>

<p>「自分の絶頂顔、キレイだと思います？」</p>

<p>　アタシは、自分のアクメ顔は間違いなく「ブス」だと思います。というかアタシは、普通の状態の自分の顔も美しいと思ったことがなく、かつ、「美しい＝好き。楽しい。幸せ」「ブス＝嫌い。つらい。不幸」という単純極まりない仕分けに辟易しているので、わざわざ「ブス＝面白い」という答えを一番に持ってくるようなオンナ。アクメのときの顔なんて輪をかけて美しくなく、輪をかけて面白いに決まっているじゃないの！</p>

<p>　というわけで、そんな自意識を持つ一部のゲイの間では、すでに「アクメ顔」は「面白顔」のひとつにカウントされています。「ふわーっと達する、呆け顔系」か「激しく達する、半べそ＆絶叫顔形」か、表現の違いはあれど、そういう顔を、色恋がらみの話の“笑いどころ”に挟み込んでいくわけね。アタシの周りでは「呆け顔系」が多いのだけれど。</p>

<p>　でも、それは思いっきり諸刃の刃。そんな難儀な自意識を持ってしまったら、いざセックスのとき、文字通りの意味でのエクスタシー（忘我）はなかなか訪れません。だって、自分の指折りのブス顔のひとつ・アクメ顔を、エロティックな時間の中に、笑いとは無関係な文脈で持ち込まなきゃいけないのよ。しかも相手は恋人だったりパートナーだったりするわけでしょ。この関門、くぐるのはかなり難しいわ。「自分のアクメ顔がどんなものなのか、考えたことがない人」や「自分のアクメ顔を認識したうえで、“これはこれでキレイ”と判断した人」にとっては、無いに等しい関門なのだけれど。「自分のマンコの色や形はおかしいのではないか」と思ったことがあるオンナなら、この気持ち、わかってくれると思うわ。実際はほぼ100％、「おかしくない」のにね。って、人のことならそう言えるのに、「あなたの顔はおかしくないよ」と言われたら、アタシは反応に困るんだけどさ。</p>

<p>　と、つらつら書いてみましたが、「パートナー的な存在のオトコより、この先パートナーにするつもりなどお互いにまったくないセフレのほうが、セックスの相性がはるかにいい場合もある。ってウソ。“いい場合もある”どころか、けっこうある」というアタシの持論は、単純に「カラダの相性」だけを問題にしているわけではないのです。「ブス顔をさらけ出して快楽に浸ることに自意識が“待った”をかけない……その程度に気楽なオトコのほうが、カラダのこと、快楽のことだけに集中できる」という意味でもあるの。</p>

<p>「ブス顔をさらけ出すことに、なんの精神的ハードルもないオトコをパートナーに選ぶ……。そんな選択肢もあるだろうに」という意見があるのは百も承知よ。でもねえ、それができたら苦労はしないのよ。やっぱりアタシ、ルックスでまず選別しちゃうもの。普段の生活でそこそこハンドリングできるようになった「ルックスに関する自意識」を、ルックスの格差を意識せざるをえないような相手とのセックスの真っ最中にもハンドリングできるか……。もうすぐ40歳になるアタシですが、不惑なんてとんでもないわ。この先のセックスライフがどうなるか、自分でもまったく予想はつかないのですが、どう転ぶにせよ、自分なりの格闘は続きそうね……。</p>]]>
        
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    <title>『笑顔の行方』なんて、アタシの知った話じゃありません！</title>
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    <published>2010-03-10T03:42:26Z</published>
    <updated>2010-03-10T03:44:22Z</updated>

    <summary> 　悲しいことに、世の中は自分の好きなものばかりで満たされているわけではありませ...</summary>
    <author>
        <name>minori</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p><br />
　悲しいことに、世の中は自分の好きなものばかりで満たされているわけではありません。アタシもたいがい好き嫌いの多い人間なので、嫌いなものに腹を立てたりうんざりしているだけでは身がもたなかったりします。嫌いなものに出会ったときの対処法のバリエーションを増やしていくのは、オンナとオカマが生きていくうえでの必須条件かもしれないわね。例えば、そうねえ、１冊目の本に書いたように、<br />
「相田みつをの作品と、みつをの作品に泣く人たちの精神性が嫌いなら、いっそ相田みつを美術館に行くことを罰ゲームのひとつにして楽しむ」<br />
　といったような感じね。</p>

<p>　さて、もうすぐ４月。新入社員が働き出す時期です。バラエティ系のテレビ番組に、新人アナウンサーがお披露目よろしく挨拶出演するのもそろそろかしら。となると、またアタシ（とアタシの周りの友人知人）が大嫌いな、あのフレーズが連発されるのね……。</p>

<p>「笑顔でみなさんを元気にしたいです！」<br />
「笑顔で不況の日本を元気にしたいです！」</p>

<p>　ひいいぃぃっ！　このフレーズからあふれ出す無自覚の傲慢さが、もう腸イヤ。この種の言葉を本気で口に出せる人たちに向かって、<br />
「アナタの仕事は“笑うこと”ではなく“原稿を正確に読むこと”でしょうが」とか、<br />
「ある特定の他者から“アナタが笑うと、僕（私）まで元気になれる”と言われるのと、“僕（私）は、笑顔で誰も彼をも元気にできる”という自意識を持つことの間には、広くて深い河が横たわっていましてね……」とか、<br />
「笑顔ひとつで国ごと救う気？」とか、アタシたちにとっては至極まっとうな意見を言ったとしても、遠くの星に石を投げるがごとくその言葉が届かないことが容易に想像できるだけに、ますますもって腸イヤ。</p>

<p>　まあ、そうは言っても、「相田みつを原理主義者」たちがいなくならないのと同様、「“私の笑顔で元気になって”原理主義者」たちもいなくならないのは仕方のないこと。こういう人たち、「傷つきやすい」という自己申告とは裏腹に、実は異常なまでに生命力強いからさ。そう諦めたアタシたちは、自分たちの考えをこう落ち着けることで一応の決着を見ました。</p>

<p>「ならばいっそ、“相田みつを体験”を罰ゲームにしてなんとか昇華したように、この種の言い草も生活に取り込んでしまいましょう。イラッとさせられ続けるよりは、精神衛生上はるかによろしいわ」</p>

<p>　例えば、友達の顔色が悪いとき。あるいは、ケチな恋もどきが終わって落ち込んでいたりするとき。すかさず、大仰に（つまり、確実に人の癇に障るように）驚き、これ見よがしに顔を曇らせながら、こう言うの。<br />
「どうしたの？　元気ないよ。すごく心配。だから私の笑顔で元気になってよ」</p>

<p>　すごいわよ。相手の顔色２秒で元通り。そしていつもの声のトーンになって、「いやー！　ムカツくこのオンナ！　っていうかいい加減にしてクソババア！」という罵詈雑言が返ってくるの。うふふふ。</p>

<p>「ペラい励まし言葉は、ショック療法としては腸有効」という処方箋は、みつをに限らず世の中のさまざまなクサい歌詞なども立証してくれていますが、「笑顔でみんなを元気に」は、過去に世の中を席巻した数々の処方箋に勝るとも劣らない効能があるはずよ。世の中のペラさ加減にどうにも居心地の悪い思いをなさっている方々、よかったら参考にしてみてちょうだい。</p>

<p>ＰＳ<br />
最近聞いた話だと、2011年に就職する学生たちの就職活動で、この種の言い回しが事故アピールの場で大流行してるらしいわ。そう、「仕事を通じて、笑顔でみんなを元気にしたい」とか、本気で言ってるんですって。アタシが面接官だったら落とすわね。うふふ。</p>]]>
        
    </content>
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