2000/9/12〜2001/6/1
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VOL.01 ●美しい夕食
たった今、3階に引っ越してきた友人と、歩いて12分のところに住んでいる私の母が 、それぞれの家に帰っていった。
「今日は私がご飯を作るから食べにこない?京都みやげのにしんの昆布巻があるの。 」と誘った。

女ふたりは、それぞれに大和芋とイカの煮物、きんぴらごぼう、きゅうりの梅肉合え などを持って来た。
私の作ったつるむらささきの胡麻合えとスナックピースとあげの煮つけとともに、テ ーブルいっぱいにおかずが広がった。
美味しい夕食。いつもこんなことしているのかって?
週に1回は母のところに行って食べさせてもらっている。そして、一緒に暮らしたこ とがある3階の友人もよく加わって、ご馳走になる。

「なんだ、結局作ってきたの。今日は私が作ると言ったのに。うわー、美味しそうな 煮物!」
母はそんなひとだ。
そして、忘れてはならないとばかりに、持ってきたパンを半分づつに切っている。
わざわざ三鷹駅で下車し、しかも駅員さんにちょっと途中下車していいかと許可まで もらって、目的のパンを買ったのだという講釈つきのパンを切っている。
3階の友人と私に食べさせたくて、半分に切っている。いつも半分ずつにしてくれる母。 見れば、グットなパンだ。
パンが切れて、さあ食事。

3人の女はひとり暮らし。
ご飯を共にする。
「明日、品川の美容院へ行くのよ。」
「そうよね、今のちっとも良くないもの。やっぱり遠いけれど、品川のがいいわよね」
「ターリさんっちの人って一途ですね」
「そうね、整体の先生のところには30年通っているしね。美容院も20年ぐらいになる からね」
「どこの美容院へ行っているの」
と会話が弾む。
デザートを食べる。3階の友人がもってきたケーキを母がたべる。
「これ、ヨーロッパの庶民的なケーキ屋さんの香りがするわ」
思わず、私と3階の友人までそう思い込んでテイストする。
母はそんなひとだ。

ひとり暮し
ご飯を共にする
帰れば、それぞれの暮らし
選び取ったその生活
自分らしさの時間と空間
母もひとり、3階の友人もひとり、私もひとり、生きていることをドアを出る時に考 える。
                                 イトー・ターリ

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