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2000/9/12〜2001/6/1
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映画を見たい!この週末に。
新聞で映画広告を探す。目に止まったのがBAISE-MOI。
仏では1週間で上映禁止、アタシたちふたりなら無敵、イクところまでいくわという
キャッチコピーにひれて決めた。
「越境する女たち21」展のドキュメントブック編集会議、やはりあれだけ大きなイベ
ントとあっていろいろもめごとがあっただけに、また走り出すのにエネルギーがいる
。景気づけに映画を見たあとに会議しようという訳で、編集係の3人でいくことにし
たのだった。
さて、BAISE-MOI。
暴力、セックスが溢れるパリの街で、同じ様な寂しさを抱え、出会ったふたりの女が
、凄まじく酷いレイプにあう。ひとりは抵抗し、ひとりはされるままに。どうして抵
抗しなかったのかと問い詰める、すると「生きられた方がいいじゃないか」と答える
。タフな始まり。
レイプされたのかと責める兄の額を撃ち抜く。その直後、恋人を撃ち殺されしまった
女に出会う。その女は恋人に「13日までに友達に手紙を渡して」託されている。そし
てこのふたりの復讐疾走が始まる。車の強奪、キャッシュ強奪、金にものを言わせる
男、乱交パーティーで、次々ことごとく撃ち抜いていく。
映像は容赦なくたたみかけるように、炸裂し、血が飛び散る。そしてファック。愛の
ないセックス。
見ている私を打ちのめしてゆく。
そして死への疾走に結末がやってくる。ひとりは、撃ち殺され、ひとりはこめかみに
拳銃を押し付けた時、警察の手に落ちる。
撃つとき、ふたりの顔は悲しげだったね。
物として扱われる女の体、それへの復讐だね。
女の監督だよね。
あのレイプシーンは女監督の物だね。
暴力、ドラック、セックス、目を覆うシーンの連続だったのに、なぜか後味が悪くな
いのが不思議だね。
BAISE-MOIを見た私は、あるフェミニストが、「女性的身体の固有性というものも認
めない」ということを言っているのですが、その言説に符合するものを感じた。社会
は女性の身体を幻想のなかに閉じ込めている。そこから女性の身体は解放されてしか
るべきもの。映画は徹底的に心と身体を引き裂くことによって、社会が作った「女性
の身体」の在りようをさらけ出した。しかし、それだけでない。もっと、能動的なア
クションの表明があった。復讐というものだけではない、主人公たち、彼女達の身体
に対してのレジスタンスがあったと思う。
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