ウンコ18本目「セカチュー」というファンタジー

akukun17.jpg 「世界の中心で、愛をさけぶ」のブームにおいて、なによりあたしを苛立たせるのは、原作の書き手がオヤジであることや、あのレベルの小説がミリオンセラーになってしまうことでもない。たとえ300万部売れていても、300万人全員がこの本を優れた作品だと評価するわけじゃないし(その証拠に北原みのりもこの本の購入者である)。それよりも、この「セカチューブーム」の「正しい受け手」のほとんどが、若いオンナノコたちであることだ。ちなみに「正しい受け手」というのは、「セカチューで泣き、感動する人たち」を指す。

一部のフェミなどを除けば、たいていのヘテロ女子の夢(の一つ)は、自分が好きになった男から一生(もしくは自分が相手を嫌いになるまで)愛されることだ。だって、テレビもマンガもCDもそう言うんだもん。しかし、愛が永遠ではないことも、たいていのヘテロ女子は自覚してしまっている。恋愛結婚したはずの自分たちの親や、著名人の夫婦などを見ていればわかるもん。この理想と現実の板挟みで、安易なハッピーエンドなどもはや信じられない彼女たちにとって、「セカチュー」は「理想のファンタジー」だったのではないか。

以前にも少し触れたが、ドラマ版は、原作よりもかなり「まし」な作品であった(映画版は未見)。もちろん、単行本一冊と、テレビドラマ11話分とでは、盛り込める情報に差はある。だが、このドラマ版は、「原作に感動できなかった」脚本家が書いているとしか思えない描写が、しばしば出て来るのである。ちなみに、脚本家は女性である。

例をいくつか挙げると、原作に、主人公の朔太郎(以下サク)が、自分の恋人・アキをモデルに「白血病の恋人」というネタを作り、彼女がいつも聴いているラジオ番組に投稿するというエピソードがある(まだこの頃、アキは発病していない)。彼はラジオを聴いているアキを驚かせようとしただけなのだが、次の日、アキから「本当に病気で苦しんでいる人に失礼だ」と、怒られてしまう。これが、ドラマ版だと、まったく違う。サクの親友もまた、アキに片思いをしており、彼は、ラジオ番組で採用されるともらえるウォークマンを、アキにプレゼントしようと思い立つ。しかし、彼は文才がなく、サクに代筆を頼むのである。その週の投稿テーマは「哀しい話」だった。サクは、(自分もアキに恋心を抱いているので)いやいやハガキを書く。親友に何度もダメ出しされ、ようやくOKをもらえたのが、例の「白血病の恋人」のネタだったのである。この後の展開は全く原作通りだが、主人公のキャラクターは全く変わっている。

原作版のサクには、「白血病」というテーマを、恋人の気を引く手段として利用することに、何の屈託もない。このような無神経さは、小説の全編に渡って見ることが出来る。しかし、ドラマ版のサクは、アキより成績も運動神経も悪い、何かとウジウジと考え込む、気弱な「少年」である。原作版のサクが、やたらアキにつまらぬウンチクをたれ、彼女の話をまったく聞かないのとは正反対である。原作版のサクをひとことで言うと、「オヤジ」なのである。

また、この脚本家は、イジワルなことに(褒め言葉)、原作へのツッコミを、主人公以外のキャラクターに言わせたりもしている。サクは、アキを病院から連れ出し、二人でオーストラリアに旅立とうとする。しかし、アキは成田空港で意識を失い、数日後病院で息を引き取る。アキの死後、またウジウジと悩み、通夜にも葬式にも出ないサクに向かって、彼の父親が言う。「お前がトドメさしたんだろう。わかってて連れ出して、悲劇のヒーローは大いばりだな。亜紀さんのためじゃなくて、自分のために泣いてるだけじゃないか!」…いや、全くその通りである。

また、ドラマ版のアキは、サクのみに固執していない。自分の親友たちや、担任教師の女性にも、カセットテープに吹き込んだメッセージを残す。「先生は、こうでありたいと願う、私の理想でした。」アキの夢は、サクとの結婚だけではなかったのがわかる。

ドラマ版には、抗ガン剤で髪が抜け、頭をつるつるに剃ったアキと、サクのキスシーンがある。スキンヘッドで、目の下はクマだらけだが化粧もせず、パジャマ姿で、やせ衰えた自分を、山田孝之くん(ときどき我集院達也に見えるのはあたしだけ…?)のようなかわいい「少年」が愛してくれるのだ。「ありのままのダメな私を受け入れてくれる美少年」というのは少女マンガの永遠のテーマだもんね。また、原作のサクはアキの死後、たいした苦悩もなく(というか、そこは全く描写されていないのでわからない)新しい恋人を作るが、ドラマ版のサクは、アキの死後、なんと17年間も一人きりでアキを想い続けているのである。34才まで童貞だったのだろうか。とか、そんなツッコミはしてはいけない。彼は、オンナノコたちにとっての、理想のオトコノコなのだから。

大塚英志が、かつてこんな指摘をしていた。「うる星やつら」のファンにとって、高橋留美子の原作が頂点にあるのではなく、原作マンガもテレビアニメも映画もキャラクターグッズも、等価なのである、と。「セカチュー」も同じことなのだろう。「セカチュー」は、ドラマ版によって、「オンナノコ向けファンタジー」として良くも悪くも「補完」されてしまった。もはや小説版はオリジナルなどではない。平井堅や柴咲コウの主題歌も含めて、「セカチュー」であり、彼女たちは、自分好みの「セカチュー」を選ぶことが出来るのだ。しかし、純愛(つーか自己愛?)を全うするための唯一の手段が、「自分がこの世から去る」というのは、なんとも寂しいことだよなあ。

「セカチュー」や「Deep Love」で泣くオンナノコも、自己愛の強いリストカッターやゴスロリも根っこは同じ。んでもって、「冬ソナ」にハマる中高年は未だ男への希望を捨て切れてない所がイタイ。…なんて言ったら怒られるか。



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