<?xml version="1.0" encoding="euc-jp"?>
<rss version="2.0">
    <channel>
        <title>私はUNTIL　ＦＴＭによるコラム</title>
        <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/</link>
        <description>ラブピースクラブのＦＴＭスタッフのコラム、体験記,苦悩と出来事を綴る。ローターは好き！男は嫌い。</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
        <lastBuildDate>Sat, 18 Feb 2012 16:55:21 +0900</lastBuildDate>
        <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
        <docs>http://www.rssboard.org/rss-specification</docs>
        
        <item>
            <title>アマゾンズ</title>
            <description><![CDATA[<p>彼女達と出会ってない歳月より、彼女達と出会ってからの年月が遥に長くなった私と彼女達。１０人前後の同い年グループの私達の結束は、卒業して、それぞれが就職した頃に結ばれた。旅行に飲み会にクリスマスパーティー・・・いろんな所に行き、話し、笑った。私達のグループの名前はアマゾンズ。今ではそのネーミングの理由は薮の中だ。</p>

<p>２０代中盤頃、アマゾンズは年々全員で集まることもなくなっていた。“◯◯に彼氏が出来た”そんな話題が増え、アマゾンズの会は私を入れて５人ほどのメンバーが年に数回参加する程度のものとなっていった。唯一全員が集まる時のは結婚式くらい。２０代後半にはほとんどが結婚していき、既婚組と既婚＋子持ち組に分かれ付き合いを続けていた。そのどちらにも属さない私を含む数名は、共通の話題を持てず、次第にアマゾンズの面々とは疎遠になった。</p>

<p>週末の繁華街、４２歳になったアマゾンズのメンバーが集結した。２０年以上前、私達がいつも待ち合わせ場所として使っていたその場所に集まった９名のおばさんと、“２０代のオトコ風”の謎の１名。アマゾンズの集団は雑居ビルを目指し歩き始めた。</p>

<p>予約したのは掘りこたつがある個室。<br />
「B子向こうに入りなさいよ」<br />
「C子行きなさいよ！」<br />
なかなか見ることのない不思議な光景に私は首を傾げながら奥の席を陣取った。「奥に入ると出にくいから嫌なのよ」<br />
いっこうに席順が決まらない。立ったまま小競り合いをしているのだ。<br />
「私すぐ、トイレ行きたくなっちゃうからあんた入ってよ。」<br />
みんなの目的は一つ、トイレに近い席を奪いあっているのだ。<br />
結局、出口に近い所に人がひしめき合う不均等な並びで落ち着き、アマゾンズの集会が始まった。<br />
「カンパーイ」<br />
息子のために毎日４時に起きて弁当を作るという幹事、A子の声と９人の声が部屋に響いた。</p>

<p>１０人中、未婚は２人。離婚して高校生の子供がいる人が１人、あとは既婚で中学生から高校生の子供を持つ母親だ。結婚して仕事を続けたのは１人だけ。あとはスーパーやコンビニでパートをしているという。<br />
子供の成長ぶりや夫の仕事の話し、カラダの変化といった近況報告で盛り上がりながら、ジョッキのお酒はみるみる空になっていった。２０代の頃と違って子供を持つものもそうでないものも同じように笑え合えることがうれしかった。20数年前経ったと思えないほど、あの時のままの笑い声。しかし、歳月は着実に私達に年を刻んでいた。</p>

<p>私「ねぇ、みんなFACE BOOKとかTEITTERとかやってないの？」<br />
みんなをネット上で探そうと、iphoneをいじりながら私が質問すると、狭い個室から笑い声が消えた。<br />
私「FACE BOOKかTEITTERのアカウント教えてよ」<br />
A子「何？FACE BOOKって？」<br />
他「なんか聞いたことあるけどね・・・」<br />
ザワザワ<br />
B子「私、見たわよFACE BOOKの社長。あの人、学生の時からすごかったんだってね。ニュースでやってたわよ。でも最近、社長がよくテレビに出るわよね、ジャパネット高田の社長とかさ、そういえばこの前通販で・・・・」</p>

<p>FACE BOOKのいつの間にか通販の話しになっていた。</p>

<p>みんなはどんな世界で生きているのか次第に興味が湧いてきて、私は質問を続けた。<br />
私「あのさ、今さ、“いかちー”って若い子言うじゃない。学生の子達とか、C<br />
子とかD子とか年頃の息子がいるから知ってるでしょ？」<br />
C子「そんなの知ってるよ！こういう人でしょ！！！」<br />
C子はカラダを大きくして見せるポーズをとって私に誇らしく答えた。<br />
私「それ、もしかして“いかつい”じゃない？」<br />
C子「・・・・・・」</p>

<p>つっぱり、衣紋掛け、膝掛け、ばったもん・・・・私達の会話には死語が溢れていた。夜も更けて酒の勢いが止まらなくなった頃、向かいに座っていたC子<br />
が突然私の頭を指して言い出した。</p>

<p>C子「あのさ、アンティルの髪型ってどうなってるの？」<br />
右と左の髪の毛の長さが違う、今流の髪型をしている私の髪型にC子は釘付けになったのだ。<br />
私「今の流行だよ。ほらこっちが短くてこっちはこんなに長いんだよ。ジェルしてるからまだこの違いわかんないかもしれないけどさぁ」<br />
C子「それ、おじさんの８・２分けってこと？」<br />
私「・・・・・」<br />
C子「寝起きとかどうなるの？？右だけ長くて左が短くてどんな髪型になっちゃうの？？？」<br />
C子の興味心は帰り際まで続いた。<br />
C子「今度寝起き見せて」</p>

<p>終電が近づく時間になった頃、みんなが帰りたくないと言い出した。<br />
「今日、だんなが帰ってこなくていいっていってるからどっか泊まっちゃう？」<br />
「うちも、咳が止まらないとか言ってるけど、私がいたって同じだから、いいよ」</p>

<p>４時起きのA子も、DVを受けて早くに離婚し一人で息子を育てたF子も、病気続きで薬が手放せないD子も、結婚願望がだれよりも強かったのに今は独身がいいというG子も、“女だから”“母親って”とか、つっこみ入れたら切りがないほどジェンダーコードにまみれの会話をしてたけど、私は彼女達がいるその時間に２０代後半に感じた寂しさを抱くことがなかった。<br />
 “だれかのために帰らなけゃ”<br />
そんな事を言い出す人は誰一人なく、この時間を永遠にしたいと思っている心が見える夜。あまりに違う時間を過ごしてきた１０人だけど、その時間の果てに私達はまた集まった。歳をとることは案外楽しいことかもしれない。心から笑い合えることができるアマゾンズの中に自分がいることに私は少しにんまりしつつ、月夜を歩いた。</p>

<p>別れ際、一人が<br />
「次回のアマゾンズの会合の日を決めよう！」<br />
と言い出した。<br />
「そうだ！そうだ！」<br />
予定を確認しようと私以外の全員が携帯ではなく、鞄から手帳とペンを取り出し、同じポーズで手帳を広げた。<br />
私「みんな携帯使いなよ！」<br />
F子「紙が一番信用できるのよ！」<br />
みんなの笑い声が夜空に星を作るように伸びていった。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/02/post-95.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/02/post-95.html</guid>
            
            
            <pubDate>Sat, 18 Feb 2012 16:55:21 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>知りすぎる指先。正直すぎる膣。膣の中って不思議。</title>
            <description><![CDATA[<p><br />
２５年前私は考えていた。それはペニスのない私がセックスを考えあぐねた日々。<br />
“カラダの部分で一番挿入に適している部位はどこなんだろう？？？”<br />
『足の指の方が適しているんじゃないか？ いや待て！ やはり足の指じゃ失礼だろう』<br />
『柔らかくも固くもなる舌がいいんじゃないか？ 筋肉を鍛えて細やかで大胆な動きができるようにしよう。いや！長さが足りない。それにクンニとの違いがわかり難い』<br />
『思いっきり太って、まんこの毛の部分をペニスのような筒状にして根元を縛ってみよう！いやそれじゃ見かけが悪すぎるんじゃないか？！！』</p>

<p>結局私のカラダの中で適している挿入物は“指”だった。唯一無二の“指”。勃起しているペニスがどれだけ固いのか知らない私は、イメージの中のペニスを観察した。『パンの耳くらいじゃないか？』私はペニスの固さを想像して指に神経を集めトレーニングを開始した。『私の指には骨はな〜い』呪文のようなイメージトレーニングだ。当時カラダが柔らかくなると言われ流行していた“酢”の中に指を入れるオリジナルのトレーニング方法。それは半年にもおよんだ酢との戦いだった。しかしそんな私にある朗報が入った。</p>

<p>“ペニスにも骨がある”</p>

<p>私は喜んだ。私の指とペニスの形状は同じだったのだ。もう酢トレーニングをする必要がなくなった。『あとは指に肉がつけばいい。筋肉だ！』私は指にバーベルをかけ指先だけでバーベルを持ち上げるトレーニングを始めた。<br />
『私の指もペニスに近づける！！』<br />
私の指は勃起もできる。だっていつも立っているから。ペニスのように自由に反ることだってできる。しかし、近づこうとしても、どうしたって超えられない壁があった。指にあってペニスにないもの。それは敏感すぎる感覚だった。指の情報量は多い。形、堅さ、温度・・・。目をつぶっていたってそこに何があるかわかってしまう。鈍感そうなペニスとは違う私の指。それは私をセックスに冷静な人に変えてしまう装置だった。<br />
『この人の膣壁のヒダは細かいな』<br />
『あれ？ 今日は粘り気が強いぞ。』<br />
『膣が右に傾いているなぁ・・・』<br />
私の指は内視鏡のように正確な状況を私に伝えようとする。頭の中では膣の内部が再現される。同じ膣など一つもない不思議。その様子は精密な機械並みに頭にインプットされる。そして同じ膣でもいつも同じではない。</p>

<p>ある夜のこと、前戯が終わり挿入へと盛り上がろうと指を膣の入り口から中へと挿入した時だ。つきあっていた彼女とのセックスで、膣の入り口を過ぎ、挿入へと進んだその時、私は動きを止め、涙を流した。<br />
『形が違う』<br />
それはあきらかに違っていた。狭い洞窟の入り口をくぐったら、そこは大きな鍾乳洞だったという感じによく似ている。その壁は固く、張りつめた緊張感を漂わせている。そう、それはペニスの痕跡だった。私にはペニスが入った痕跡がわかる。挿入することで知ってしまう残酷な事実。指を入れながら号泣する私にみんなが驚き、驚愕した。そう、それは真実だからだ。</p>

<p>知りすぎる指先。正直すぎる膣。その苦悩を私は背負う。</p>

<p>指でセックスをするものとペニスでセックスをするオトコの違いは、指とペニスが象徴しているように思う。鈍感で考えることがないペニスと感覚を捨てられない指。私は鈍感に生きることができない。オトコとは何か？！オンナとは何か？！</p>

<p>そして４０代、私は第二の膣を手にしてしまった。それは口だ。ここ数年で私は性的な興奮を感じると唾液が口を濡らすようになってきたのだ。膣の感覚より早く反応する唾液。ホルモンバランスの崩れで膣が弱っている私が手に入れた新たな感覚。スケベな唾液。私は何になろうとしているのだろうか？</p>

<p>今年は久しぶりに豊かなセックスをしたいものだ。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/02/post-94.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/02/post-94.html</guid>
            
            
            <pubDate>Mon, 06 Feb 2012 18:06:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>カムバックホーム</title>
            <description><![CDATA[<p>あのうんちはどうすればよかったのか？<br />
今でもその謎は解けない。サーティーワンのカップアイスのようになったそのコップを持って看護士は明るい日差しの中にある廊下を掛けていく。笑い声と<br />
羞恥心で満ちた部屋で私はベットに潜り込む。<br />
４１度オーバーの熱が冷めずに、嘔吐を繰り返す私は、明日には退院できる！と信じながら点滴と薬に身をまかせていた。</p>

<p>朦朧とした意識の中で『病院食もやはりタイ料理なのか・・・』などとぼんやり考えていたが、リゾート地にある島一番の病院の食事は実に豪華だった。メニューが選べるのだった。卵はスクランブルエッグ？それとも目玉焼き？魚or肉？食べることなどできない私にはあまり関係ないサービスだったが、日本にはないサービスに驚いた。しかも毎日友人が高級ホテルからバトラーを連れて高級食材と共にやってくる。竹を編み込んだ籠の中にはドラゴンフルーツや自家製蜂蜜や特製ヨーグルトや豪華なケーキ・・・。病室には食べ物が溢れていた。しかしやはり私は食べることができない。</p>

<p>大きな窓からはヤシの実が見える。ベットと室内のトイレの往復で息を切らす<br />
私にはこの世界がすべてだ。ときおり開くドアの向こうには燦々と光が輝き、ここが南国だと教えてくれる。どうやら中庭がある開放的な作りになっているらしかった。部屋には大きな液晶TV。『私は何をしているんだ』悲しみは深まった。</p>

<p>２日目になっても３日目になっても、私は一向によくならなかった。１年働いてようやく休みを手に入れた夏休み。しかも１泊ウン万円もする高級ホテルだ。<br />
１日でもいいあのホテルで過ごしたい。しかしよくなるどころか原因さえわからない。私は寝ながら思い当たる病原体を考える。同じものを食べた友達は何でもない。私しかしていないこととはいったい？？？？？？<br />
『！！！もしかしたらあのプールでは？？？？！』</p>

<p>ダイエットのためにと張り切って泳いだプール。前のホテルのプールは不思議な色をしていた。そこでジャブジャブと泳いでいた私は何度か水を飲んだ。<br />
その味は錆びたような少し変わった味がした。<br />
『！！！！いやあのマッサージ屋さんの飲み物では？！！』<br />
友達は飲まなかったマッサージ後のドリンク。ホテル以外で唯一飲んだもの。<br />
美味しい美味しいと飲んだあの液体。『あー私は何をはしゃいでいたんだ。あのプールで本気で泳がなければ、ごくごく飲まなければ・・・』と悔やみ、夜は枕を濡らした。</p>

<p>４日目を過ぎた頃から熱は３８度から３９度あたりまで下がり始めた。意識がはっきりしたとたん、私は猛烈な寂しさに襲われた。１日１回ないし２回来るいい匂いの友人を心待ちにした。友人が帰り夜になると私を助けてくれるのはTVだった。しかしもちろんタイ語、何を言っているのかわからない。看護士もタイ後、掃除のおばちゃんもタイ語、そのうち私は初めての感覚を味わう。ホームシックだ。『日本が恋しい』。そんな私を慰めてくれるのはクレヨンしんちゃんと吾郎だった。見慣れたしんちゃん、日本の街並み。タイ語で話すしんちゃんではあったが、私はしんちゃんの登場を心待ちにしていた。<br />
そして吾郎は日本の野球アニメの主人公だ。一度観たことがあるそれはストーリーが頭に入っている。唯一、しっかり楽しめる息抜きになった。</p>

<p>日本に帰る日まであと２日。『１泊でもホテルで過ごしたい！』その希望は私から見ても無理な話しだった。熱が下がらない、歩けないのだ。<br />
医者「このままでは帰国できるかわかりませんね。」<br />
英語のわかる友人が訳して私に告げる。<br />
私「這ってでも帰ります！」<br />
医者「３７度３分以上の方は出国できない決まりになっているんですよ」<br />
私「！！！！」</p>

<p>私の目標は“ホテルに帰る”から“２日後日本に帰る”ことに変わった。この時点で熱は３８度オーバー。しんちゃんや吾郎に別れを告げて頭まで布団に潜る。とにかく熱を下げなければ。帰国予定日前日の夜。医者と共に看護士がやってきた。<br />
医者「これで熱が下がっていなければまだ退院できませんよ。」<br />
私「・・・・・・」<br />
ぴぴぴ<br />
看護士「３７度９分です」<br />
医者「やはりもう少し入院してください」<br />
私「いやです、いやです。ワンモアチャンス〜！！！」</p>

<p>私の涙目が効いたのか、結局出国の直前の夕方の結果によって判断することになった。</p>

<p>ぴよぴよぴよ／鳥<br />
看護士「グッドモーニング！！」<br />
私「WHERE　IS 　DOCTOR？」<br />
一人でやってきた看護士に聞く。<br />
看護士「HOLDAY!」</p>

<p>なんということか、ドクターは休みだという。じゃあ誰が退院許可を出すのか？！！</p>

<p>私「I HOPE TO GO JAPAN! BUT WHO CHECK　FOR  MY　Flight　＆　MY BODY  MY IMIGRATIN?!!!」<br />
   （私は日本に帰りたい。しかし誰が帰れるかチェックしてくれるの？！！　）</p>

<p>必死な訴えが身を結び、結局、医者がいなくても熱が下がれば退院できるということになった。条件は３７度３分以下。看護士が体温計を私に手渡す。私は<br />
北極にいる熊になっている自分を想像し、正座して体温計を脇に挟んだ。<br />
ぴぴぴ／体温計　その数字は３７度８分を示していた。</p>

<p>私「OH! NOOOOO!!ワンモアチャンス　ワンモア！　ワンモア！！」<br />
看護士は見るに見かねてもう一度体温計のボタンを押した。<br />
今度はあまり脇を締めずに終了の音が鳴るのを待った。<br />
ぴぴぴ／体温計　３７度７分。<br />
私「ミステーク！ミステーク！プリーズプリーズチャンス！！！」<br />
体温計を渡さない私に看護士は明らかに困った顔をしている。廊下に消えた看護士はもう一人の看護士を連れてきた。陽気な看護士は笑いながらOKマークを作る。脇にそっと体温計を挟み、何かいい策はないかと思ったその時、神は私を味方した。</p>

<p>ドアからもう一人の看護士<br />
「▲＄％＆‘」（００）＝０」<br />
病室から看護士が出て行った。残るは私ただ一人。私は一瞬で３７度８分を示していた体温計をリセットし、指で先をこすった。最新型の体温計は子供の頃にやった水銀体温計とは違い、思うように操作できない。コツコツコツ・・・<br />
看護士の足音が近づいてくる。</p>

<p>看護士「FINISH?!」</p>

<p>私は急いで体温計を脇に戻し、それを差し出す。病室にはもう一人の看護士が戻っていた。</p>

<p>35度<br />
看護士は笑って体温計を指で擦った。<br />
私「プリーズ！プリーズ！カムバック　ホーム！」<br />
看護士「コングラッチレーション！」</p>

<p>私は生まれてはじめて病室のベッドでガッツポーズをした。空港に行くタクシーに乗り込もうと車いすに乗る私は、その時はじめてこの病院を見た。開放的な大きな病院。私を送る看護士のみんなはみんな体温計をこする真似をしていた。日本と言えば折り紙、新聞で作ったやっこさんをお世話になった看護士に渡す。うんちちゃんの退院。</p>

<p>それから後のことは覚えていない。私は無事帰国し成田から感染病専門の病院へと移っていった。２０１２年私はあの地に行く決心をしている。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/01/post-93.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/01/post-93.html</guid>
            
            
            <pubDate>Tue, 31 Jan 2012 17:54:19 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>検便</title>
            <description><![CDATA[<p>自分のうんちをコップに入れたことがありますか？</p>

<p>昨年私は常夏の国タイで休暇をとっていた。久しぶりの休日で身も心も弾んでいた。その島は別名ココナッツアイランド。ヤシの実と、どこまでも続く青い海が私を非日常の世界へと運んでくれた。<br />
ホテルにはプールがあった。少し太り気味の私は、このバカンスでダイエットしようと毎朝５００mを泳ぐことを目標にした。誰もいない朝日の中のプール。<br />
タイはプールまでも青いのか？！と思うほどの水面、その色はブルーオーシャン。プールサイドで飲むパイナップルジュースも美味しい。夕方までプールサイドで音楽を聞いたり、昼寝したり。夕方になるとバイクで街に出かけ、ありえないほど安いマッサージを受け、マッサージ後は、素朴だがカラダに滲みる冷たいお茶を飲む至福の時間。『あーなんて幸せなんだ・・・』<br />
	<br />
しかし２日目に悪夢の前兆がやってきた。なんか風邪ぽい。一緒に行った友達にカラダの不調を訴え、常備しているおなじみの日本製風邪薬を飲んで一人部屋で眠り込む。明日からは、大奮発して予約した超豪華リゾートホテルが待っている。なんとしても治さねばならない。しかし、次の日になってもまだカラダはだるかった。『気合いしかない・・・』超豪華リゾートホテルにチェックインしてウェルカムドリンクを飲みながら私は海に誓った。</p>

<p>私達の部屋はありえないほどリッチな部屋だった。窓の向こうはすべて海のビラ。東南アジア特有の熱気を扇風機のように和らげてくれる海風。少し寝ようと私はキングサイズのベットに横になった。『寒い・・・』『苦しい・・・』『気持ち悪い・・・・』夕日が落ちる部屋で私は一人唸っていた。友達はエステに出かけている。立てずに床を這い回り、洗面所に行こうとする私。そこに<br />
♪ピンポーン　○△＄）＄（＃‘“（”キャーーー<br />
殺人現場のようになっている部屋で掃除担当の女性が悲鳴をあげる。<br />
（以下想像）<br />
女性　「どうしました？」<br />
私　　「うーうーーー」<br />
女性　「頭を打ちましたか？どこか悪いのですか？」<br />
私　　「あーー」<br />
女性　「待っていて下さい！バトラーを呼んできます！」</p>

<p>女性は１０分後、バトラーと友達を連れて戻ってきた。意識が遠のく中で友達とバトラーが英語で話をしている。<br />
友達「これから街の病院に運ぶからね。」<br />
私　「うーーーーーー」</p>

<p>これまで味わったことのない吐き気、気持ち悪さ、そして４１度オーバーの熱と寒気。血を抜かれ、注射を打たれ、読めない名前の病院のベットで私は苦しんでいた。<br />
医者（友人通訳）<br />
　「入院です。」<br />
私『いやーーーーーーーー』</p>

<p>その病院は観光客でも最高級ホテルに宿泊していないと入れないという病院だった。個人部屋は広く、軽く１０畳はある。シャワー完備でこれまでに行ったどの病院よりホテルっぽい清潔で広い部屋だった。いっこうに症状が変わらない私はそんな部屋をかすかな意識の中で認識し、安堵した。夜、友人は私を残しバトラーと帰って行った。</p>

<p>入院２日目、目が覚めると目の前に看護士がいた。もちろんタイ人だ。まったく言葉が通じない同士、身振り手振りで情報を伝える。体温はまだ４０度。吐き気は少し治まったがまだ辛い。看護士はそんな私に優しく微笑みかけ紙コップを渡した。それは日本のそれと似た検便カップだ。看護士はそのコップを差し出しながらトイレを指差す。これは間違いない。検便をしろということだ。<br />
私は点滴をつり下げながらホテル並みのきれいなトイレに入って思った。<br />
『これ、どうやってうんちをとればいいのだろう』<br />
小学校の時の検便を思い出してみる。確か小さなスプーンがあった。でもこれにはない。ではトイレに落ちたウンチをどのように紙コップに入れればいいのだろう？まだ朦朧とする意識の中で紙コップをまじまじ見てみる。毛糸が絡まっているようなタイの言葉が刻まれているがなんて書いてあるかわからない。しかし唯一その紙コップでわかるもの、それは“線”であった。世界共通の“線”<br />
『そうか！ここまでの量を入れろということか！』</p>

<p>しかし問題はどのようにうんちを入れるかという問題だ。そこで私が出した答えは“この線に届く位の量のうんちを自力で調節してダイレクトでコップに入れるということ”だった。それ以上でも以下でもいけない。失敗したら手についてしまうことだってある。私は緊張と吐き気で渦を巻くカラダに力を込めてトイレに座った。『今だ！』線に届く量のうんちが出たと思う所でギュッとカラダに力を入れ、その隙にコップを抜く。手につくことなく紙コップを救出した。が、しかしその線より３cmほどうんちが多い。『どうしよう・・・・』しかし私にはその後を思案する力は残されていなかった。紙コップを床に起き、私は眠り込んだ。</p>

<p>コンコンコン<br />
友人がバトラーと共にやってきた。バトラーは果物やパンや特製ケーキが入った大きな籠を持っている。<br />
友人「どう？」<br />
私「うん、あんまり調子よくない。はやくホテルに帰りたい（泣）あのね、<br />
　　朝、検便したんだ。看護士の人呼んできてくれる？トイレに検便したのが<br />
　　あるから」<br />
友人「うん！」</p>

<p>友人は扉を開けて看護士を呼びに行った。扉の向こうにヤシの木がそよいでいる。<br />
友人「呼んできたよ！」<br />
私「ありがとう」<br />
看護士「ぎゃーーーーーーーー」<br />
トイレから看護士が飛び出してきた。そしてもう一人看護士を連れてやってきた。<br />
２人目の看護士「ギャーーーーーーーーーーー」<br />
その声につられ友人がトイレに入った。</p>

<p>友人「なんなのあれ・・・」<br />
私「何ってうんち・・・」<br />
コップにはちょうどジェラードのように先が尖った健康そうなうんちがアイスほどに乗っている。<br />
私「だってさ・・あのさ・・なくてさ・・」<br />
看護士は半分笑いながらどちらがこのコップを持つか争っていた。<br />
笑い声と悲鳴と共にドアの向こうに帰って行く看護士。ドアの隙間からは気持ちいい風が病室を満たしていた。</p>

<p>つづく</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/01/post-91.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/01/post-91.html</guid>
            
            
            <pubDate>Sat, 21 Jan 2012 15:06:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>アンティルのお正月</title>
            <description><![CDATA[<p>人は変われるのだろうか？<br />
２０１２年１月、そんなことを考えながら過ごしている。このコラムを通し自分の生き方を<br />
辿って、今の自分と比べてみるとなぜだか昔の自分が懐かしい。社会の中に入れなくて、外側でSEXに明け暮れていた頃と、社会の中に入り込み生きる私。その２人の私は明らかに違う。自分の言葉を口から発することができなくなっているような気がするのだ。</p>

<p>社会＝男の生きる世界と考えると、この世界は男とのつきあいが重要だ。男として生きなきゃ！と必死になっていた２０代から３０代中盤はその世界に振り落されまいと全身に力を込めて過ごす毎日だった。そして今、私はその“無理”をやめた。もちろんトラブルは増える。ふとした時に男の世界にも女の世界にも入れない、入れてもらえない自分がいたりする。</p>

<p>年末の忘年会で仕事仲間の後輩に<br />
「アンティルさんはゲイですか？」<br />
と聞かれた。<br />
「女性が好きだよ」<br />
と答えると。腑に落ちないというような顔をされた。<br />
何人かのグループでスキーに行った時、スキーを履けずによろけている女性に手を差し出してみたら、腕をつかまれた。手をつなぐことを拒否された気がしてとても悲しくなった。みんなにとって私は男だ。</p>

<p>最近とみに思う。女性と話すことが本当に楽しい。男の話のなんとつまらないことか。<br />
「巨人のさぁ、あの試合よかったよなー」<br />
「日本サッカーの未来は・・・・」<br />
「どう調子は？・・・へーそいでさ・・・」<br />
普通の話からその人の生き方にまで及ぶ女性との会話とはまるで違うまったく違う生き物のコミュニケーションなのだ。相手も付き合いが長くなればなるほど私を“自分とどこか違う生き物”として認識する。そこで私がうまく生きられるはずもない。しかし、この社会で生きる以上、この“男”とも必要最低限のコミュニケーションをとらなければならない。それにはどうすればいのか。その答えを“自分らしい”取り戻しながら手に入れたい。それはこの社会で魔法を手に入れるようなものだ。だれかその秘策を教えてほしい。</p>

<p>最近私はカミングアウトのことを考える。仲良くなった人たちに自分のセクシャリティについて告白すべきか。それが外国人の場合はどうなのか。いつまでも隠している後ろめたさから・・・という感じ？なんだかわからないが話したいと言う気持ちが入り交じる変な意思でもそのどれもとも違う気もする。 “FTM”という称号をもらい、社会に“馴染める”存在になった頃に“FTM”とカミングアウトすることが少し楽しかったあの頃ともちょっと違う。なにせ今の自分はきっと“FTM”とは言わない。では何というべきか。しかも、それを探すことに今の私は意義を見いだせない。それは常に自分は変わり、そして自分が自分であることに逆らうことはできないと思うからだ。ならばこのカミングアウト的欲求をどうすればいいのか・・・。</p>

<p>２０１２年の幕開け。私は異国の地でスケートをした。旅で出会ったマレーシア人と日本人と韓国人とのグループ。何年ぶりかのスケートだ。この後は「ショッピングだ！」とみんなを誘いながら出かけたこのスケートで私は頭を強打した。倒れた瞬間私は久しぶりに“あっ！やばい”と思った。立ち上がろうとしても立ち上がれない。頭がガンガンする。１０分後には頭の中に頭ができたのではかと思うほど腫れ上がり、首をまっすぐにしていることができなくなった。さきほどのツアコン並みのパワーはどこへ行ったのか。私は一言も発せられなくなり、みんなを置いて車で一人黙ってホテルに帰った。思えば一昨年、私はアメリカで救急車に運ばれ大金を要求された。昨年はタイでなぞの伝染病にかかり１週間入院した。そして今年、私は氷を頭にのせてこのコラムを書いている。あーこんな自分を今年は変えたい。</p>

<p>長い間連載させていただいた「本当にあった笑える話」の連載があと１回で終了することになりました。漫画家の坂井恵理さんにより視覚化されたアンティルはどうだったでしょうか？この連載より数年先を行ったマンガ版アンティルに今年は追いつけ追い越せでこのコラムを改めて始めたいと思っています。よろしくお願いします。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/01/post-92.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2012/01/post-92.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 05 Jan 2012 22:08:30 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>あなたは女？それとも男？</title>
            <description><![CDATA[<p>「あなたは女？ それとも男？」そう聞かれる度に、「私はアンティル！」と答えてきた。<br />
性同一性しょう害がポピュラーな“しょう害”となり、“FTM”または“私はアンティル”という説明の仕方がもっともしっくりきている昨今だが、世の中には「私はアンティル！」では通じない局面がいろいろある。<br />
たとえば銭湯。FTMやアンティルなんてカテゴリーはあるはずもなく、私はどちらに入るか選ばなければならない。それは大抵誰と入るかによって変化する。カノジョと入る時はヒゲをそって女風呂へ。そして一人の時は男風呂へ。太ったせいか「あの人男かしら？！」と、ヒソヒソ話しをされることもなくなりカノジョと一緒なら他人に迷惑をかけずに“おばさん”として入浴できるため、今の私には“選択”があるのだ。<br />
男風呂になぜ入りたくないかと言えば、それはこのコラムでも以前に書いたが、男風呂というのは汚く、男の体が何十体もあるそのスペースが私にとっては落ち着かない場所だということがわかったからだ。男が嫌いなFTMは男風呂には入れない。性同一性しょう害手術をする一番の目的が“銭湯”と“プール”であったのにも関わらず、私は結局女風呂に戻ってしまった。しかし私はこの自由を手にしたことで銭湯ライフを満喫できているのだ。</p>

<p>先日私はカノジョと２丁目の新しいバーに行った。そこは女性限定というバーだ。私はこれまでのレズバーと同様、気軽に飲みに行くつもりで向かった。入り口では何も言われることなかったがカウンターでお酒を飲んでいると店長という人がやって来た。ツカツカ・・・そして犯人を捕まえる警官のように私をにらみつけながら話しかけててきた。<br />
店「あのさっ。あなた誰？」<br />
ア「あー今日初めてきたアンティルです。こんばんは。」<br />
店「あのさ、何？そのヒゲ？」<br />
ア「あーこれね、FTMなんで１０年前に手術して生えてるんですよー」<br />
店「あなたさぁ、女なの男なの？」<br />
私はこの２丁目に一番合わない言葉を聞いてモゴモゴしてしまった。<br />
ア「私はアンティルです」<br />
店「ヒゲ生やしてんだからFTMだよね、じゃあ男だと思ってんでしょう？」<br />
ア「FTMだけど、自分が“男”だとか“女”だと言い切れないですよ。だって　　そもそも１００％“女”だとか１００％“男”だとかなんだかわからないし。私は私とか言いようがありません。」<br />
店長の語気が強くなる。<br />
店「じゃあそのヒゲなんなの？手術もしてるよね？じゃあなんで手術してんの？別にしなくてもいいんじゃない？！」<br />
ア「３０になる前は、手術もホルモン注射をしないことで、自分は自分だ！というスタイルを貫こうと思っていた時もありましたけど、もう手術しちゃってもしなくても自分を見失うこともないんで、銭湯にもプールにも楽に入れて、バリバリ（胸を隠すためにつけてつぶすサポートグッズ）ともさよならしようかと思って・・・　」</p>

<p>初めて会って怒りと敵意をあらわにする人を相手に、私は私の人生をみんなが聞いている状態で話さなければいけない状況になった。</p>

<p>店「でもさっ、あなた女じゃないでしょう？」<br />
ア「あのさぁ、あなたさっきからいってるでしょう？じゃあ、あなたは自分をなんの疑いもなく完全な女だと言い切れるの？」<br />
私も怒りモードになってきた。<br />
店「ここさ、女しか入れないんだよ。ここ公共の場所なんだってことわかってる？」<br />
ア「公共？・・・・」</p>

<p>“公共”という場所を聞いて、この店長がここまで怒っている原因の一部を理解した。自分が作った場所。自分が決めたルール。そこが決めたルールを守らないのはこの場所が公共の場所という意識がない、尊重していないという怒りなのではないかと。そう思った時、私の怒りはすーっと引いた。自分が尊重されていないと感じる時、それは誰もが嫌な思いをするものだ。</p>

<p>ア「この場所にあるポリシーを軽視したわけではありませんが、そう感じさせてしまったのならごめんなさい。今すぐここを出ます。」<br />
店「・・・・・」</p>

<p>店を出た時、私は無性に泣きたくなった。この問答に納得したはずだけど。どうしようもなく涙が出る。“場所への敬意”が足りなかったことは今でも反省しているが、いろんな人が聞いている状態で「あなたはなんだ？男か女か？はっきりしろ」と言われるは私にとっては暴力だった。“女”という大きなカテゴリーに住み、レズビアンとして自分の居場所を作ろうと社会に訴えている人でさえも、性別＝アンティルという世の中の一人しかいないマイノリティーの前ではマジョリティになる。FTMに対する嫌悪が体中からほとばしっていた。どちらが悪いかとかそういうことじゃなく、その傷がズキズキとカラダ中を走って涙腺を刺激する。男から言われるのならまだしも、“女”から言われるのはなんと辛い。</p>

<p>何日か涙が止まらなかった。私の自由はどこにあるのだろ。隠され、否定される時、私は魔法をかけられたような気分になる。地を這う軟体動物になって人間の顔を見上げる。その顔は私に悪夢のような笑顔を向けている。<br />
それでも私はアンティルだ。私の自由は私の心の中にある。その自由はけして小さくないことを実感できた時、私は一人でも生きられるといつも思う。<br />
あなたは女ですか？男ですか？それとも・・・・</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2011/09/post-90.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2011/09/post-90.html</guid>
            
            
            <pubDate>Tue, 06 Sep 2011 19:02:06 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>”俺”と言ってみるわたし</title>
            <description><![CDATA[<p>ひしぶぶりこコラム・・・キーボードを打つ手が震える。ただいまお腹にぶるぶると振動するマシーンを装着しながら久しぶりのコラムを書いていいる。あっ！また同じ字を２度打ってしまった。</p>

<p>このマシーン。実に半年ぶりの装着だ。もう使うことはないと心に決めたダイエットマシーン。止めた理由は、痩せる痩せる！と喜んで、ある朝、鏡を見たら右っ腹の所に“三”という字が浮かんでいて、牛の背に烙印された管理番号みたいな傷を作ってしまったからだ。いつか消えるだろうと、笑っていたら、その字がどんどん濃くなって、結局“三”の字は日に日に濃くなり、今では遠目でもわかるほどに成長してしまった。私と牛が脳裏であまりに重なり、鏡を見るのが辛くなってそのマシーンはクローゼットに入れた。<br />
なぜまたその悪夢を繰り返しているかというと、それはただ私が肥えているからだ。</p>

<p>あー本当に肥えている。最近、私と会う人の視線がおかしい。顔を見る前にまず私の腹を見ているのだ。「こんにちは」とか「はじめまして」と腹を見ながら挨拶される恥ずかしさがおわかりだろうか？名刺を差し出すその視線の先に腹がある光景をあなたは見たことがあるだろうか？私は生まれてはじめてエステというものに興味を持ち、うん十万するダイエットコースを申し込もうか迷っている。それほど私は肥えている。</p>

<p>このコラムをお休みしていた半年間、腹以外に変化したことがある。それは“私”だ。海外にいることが多かったこの時間で私は外国人の友達が激増した。しかもその関係が濃い。２日に１度はスカイプで２時間以上の電話をし、メールで今日の話しを報告し合っている。日本の友達より海外の友達と接している方が多いくらいだ。その友達達は私がオンナであることを知らない。そして中途半端に日本語を理解し話す。</p>

<p>これまで“私”は、自分のことを“ひと”と言ったり、できるだけ主語を使わず会話する技法を身につけ、生きてきた。<br />
なぜこれまで使わなかったかと言えば、それは“私”が“私”だからだ。<br />
“私”が“私”のままで生きるためには、私は“私”でもないし、“俺”でもない。一人称を持たない“私”が“私”なのだと。なんと言われようと、変だと言われても“私”は“私”を守るために“ひと”以外の一人称を捨てた。</p>

<p>しかし、“私”はついにその禁断の一人称に手を出したのだ。<br />
この外国人達には“ひと”と言えば“人間”と理解し、“私”というと「なんでいつまでそんなにビジネスライクなんだ」ということになる。しかしそんな不便さがその理由ではない。私を突き動かしたもの、それは、今の私と外国人男子との関係において、“私”は“俺”や“僕”だからだ。日本の男子とは築けないような相手を知りたいと思う濃密な人間関係。スカイプで話している時、メールを送る時、“私”はいつも“友情”という言葉が浮かべている。絵に描いたような“友情”、マンガに出てきそうな“熱い会話”。その関係を本気で信じられると思っていることを含め、私はこの状況をふかんして楽しんでいる。どこか距離のある“私”と“俺”、“俺”と“おまえ”男の友情。だからこそ“私”は“俺”にも“僕”にもなれるのだ。そうそれは仮面のようだ。</p>

<p>しかし、これまで使ったことがなく、使うことにどこか気持ち悪さを感じていた“私”が“俺”や“僕”を使おうとしたってそう簡単にはいかないのだ。<br />
まず照れくさい。頭の中で違うキャラクターを作ってやっとの思いで口にする<br />
「俺さぁ・・・」なんか“自分”が大きな存在になる違和感を覚える。そして一番難しいのが“俺”と“僕”の使い分けだ。「４０歳過ぎて“僕”っていうのかな」とか「フォーマルなのは“僕”？」「親友には“俺”？」TPOがわからない。今の所は８：２で“俺”の勝利。しかし何度言っても馴染まない。<br />
がんばって“俺”を使いながら、そんな状況を楽しんでいるとメールの内容や会話もなんだか“通常”の“友情”を逸脱する。<br />
「○○くんに早く会いたいよ。」<br />
「○○くんに会えないとさみしいよ」<br />
そして返ってくる言葉が“俺”に拍車をかける。<br />
「アンティル。俺も・・・」<br />
「アンティル。早く顔を見たいよ・・・・」</p>

<p>さて“私”が“私”であることにこだわり、それが私の生き方になりジェンダーになっていった“私”。そして新たな体験、仮面となった“俺”“僕”。そんな仮面を、もし、私がオンナであることを知っている人が見たらどうなるか。<br />
もしそれがFTMを嫌うレズビアンだったら・・・。FTMとレズビアンとの攻防。次回はそんなことを書いてみたいと思います。<br />
アンティルの昔話。長いまま放置してしまってすみません。現在連載中の「本当に笑える話　ピンキー」ではこのコラムを追い越し、昔話しの続きを坂井恵理さんと共に連載中です。 </p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2011/08/post-89.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2011/08/post-89.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 18 Aug 2011 16:53:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>洞穴と憧れの黒肌</title>
            <description><![CDATA[<p><br />
肉体改造に明け暮れたあの頃、新たに始めたことは脱・色白だった。おもちのように白く、カラダを焼いても赤くなって終わってしまう私にとって、こんがり小麦色の肌は憧れだった。女も男も“クロがかっこいい”と言われていた９０年代前半。サーファー雑誌がコンビニに溢れてたっけ。ただでさえ、男にしては“華奢”なカラダをさらに貧弱に見せる白い肌。少しでもマッチョなカラダに近づくべく、私は日焼け街道を進む決心をした。</p>

<p>目指すは海。サーフィンの名所に近い親戚の家にあった壊れかけたサーフボードを抱えて海に入った。カラダも鍛えられるし、日焼けもできるし、一石二鳥。いくら私でも毎週海に通えば少しは黒くもなるだろうと思った。しかし私はサーフィンをしたことがない。</p>

<p>そこはサーフィンの名所だけあって波が高く、しかも潮の流れが速いため、サーファーがよく沖に流される場所だった。見よう見まねでサーフボードに乗り、沖に向かってパドリングをする。しかし波は高い。サーフボードを沖に進もうとすると、波にぶつかり私のカラダは空に投げ出されそして深く海に沈む。そのたび、ボードがカラダをえぐり血がダラダラ流れる。『おかしい？！』みんなこんな思いをしてサーフィンをしているのか？！！しばし格闘し、浜に上がるサーファー達を見てみると、私のサーフボードにはないものが付いている。<br />
『何だあの紐は？！！』<br />
サーフボードが流されないため、そしてカラダから適度な距離を保つためにボードと足首を結ぶ紐が私のサーフボードにはなかったのだ。</p>

<p>紐をつけて沖に出る。傷は減った。でも沖に出ることさえ相変わらずできない。そんな格闘をするうちに私のカラダは少しずつ黒くなっていくように思えた。『これでボードの上に乗れるようになれば、さらに太陽と近づく。こんがり肌になれるぞ！』<br />
押し寄せる高い波の下に潜るように、海の底めがけ、サーフボードの先端に体重を乗せる。ようやく沖に出ることに成功した。さぁ！あとは追い風のように流れる波のスピードに合わせてサーフボードをこぎ出し、勢いをつけて立ち上げるだけだ。１，２，３！サボーン。それを続けているうちに私はだいぶうまくなっていた。そして気がつくと周りには人がいなくなっていた。サーファー達の頭がウキのように遠くで浮かんでいる。<br />
『あれ？？？』<br />
沖で一人になった。</p>

<p>冷静になろうと、辺りの様子をうかがう。カモメが空を舞っている。そして左の方角にはさっきまで見えなかった岩場が見える。荒々しい岩肌の中にぽっかりあいた黒い陰。その陰は奥にむかってその色を濃くしている。その時、私は叔母が言っていた言葉を思い出した。<br />
叔母｢行くのはいいけどね、年に何人も行方不明になっている浜だから気をつけるんだよ。あの辺はすぐに沖に流されるしね。あとね、浜の西には、流された人達の死体がなぜか吸い込まれる洞穴があるんだよ。・・・・｣</p>

<p>『あっ！！！！』<br />
『あの洞穴だ。私のすぐ近くにその洞穴がある！！！！』</p>

<p>じっくりとそして確実に洞穴に近づく私のサーフボード。よく見ると、洞穴に向かって激しい波しぶきが立っている。ギザギザの岩肌。あそこに行ったら命はない！！私は人生の中で最速であろう早さで両腕を回し、波をかき分けた。こんな所でくたばるわけにはいかない！私はこんがり小麦色になるんだ！！！<br />
そして２時間後、ようやく私は九死に一生を得た。空はすっかりオレンジ色だった。そして私のカラダは空より濃い赤い色になっていた。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2011/01/post-88.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2011/01/post-88.html</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 26 Jan 2011 01:59:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ニューヨーク一人旅</title>
            <description><![CDATA[<p><br />
会社に入社した頃からこれまで以上に燃えたこと。それは筋トレだった。Tが一番私をオンナだと実感する時、それは私の背中に手を回した時だった。オトコと比べて狭い背中、細い二の腕、貧弱な肩。もともと168センチで48キロだった私は、必死のトレーニングし、Tと別れる頃には55キロまで筋肉を増やしていた。＋8キロはすべて筋肉だ。仕事がない時は、とにかく筋トレ。会社に行き始め、スポーツジムに行く時間がなくなった私は、雑誌の最後のページにあるような、“これであなたもマッチョ！自宅でできるトレーニングキッド”を買い、プロテインを飲み鍛えていた。トレーニングは最低２日に１回。それは10年ほど続いた。</p>

<p>1988年。私はニューヨークにいた。夜に一人で街を歩けば殺されてもしょうがないとガイドブックに書いてあった時代だ。安いツアーで行く初ニューヨーク。「ここが殺人現場だった所です」と言われても頷くほど、暗く、黒いシミだらけの部屋が宿泊先だった。それもガイドブックに“一人で歩いては行けないエリア”とされていた場所にあるホテルだった。英語ができない私は、ありえない部屋だ！ と怒り、ましな部屋にしてくれと、辞書片手に抗議した。<br />
根負けしたフロント係は、“イエローモンキーめ！”と文句を言いつつ新しい鍵をくれた。殺人現場から強盗現場へ。ほんの少しのグレードアップだ。<br />
しかし、そのホテルには必ずなくてはならないものがなかった。あんなに旅行会社に確認したのに、それはなかった。スポーツジム・・・。<br />
『飛行機に乗ってたから筋トレ２日もやってない！どうしよう。』<br />
鏡を見て、上腕三頭筋をチェックする。<br />
『あっ！少し減ってる！！私のこれまでの苦労が！！』<br />
焦った私はフロントに向かった。</p>

<p>「Where is ジム？」</p>

<p>「ジム君はどこ？」<br />
そう聞いていることは薄々わかっているがそれどころじゃない。私は必死で質問した。<br />
「Where is ジム？！！」<br />
「ジム　is マッスル」</p>

<p>ラチがあかない私は、必死でバーベルを上げる真似をする。ウィークデーのホテルのロビー。こんなホテルでもおめかしをしたカップルがバーを目指すホテルのロビー。ジャージ姿の私は、ついにエアロビを踊り出した。</p>

<p>「THIS!」</p>

<p>ようやく理解したフロントマンが私にジムの地図を書いてよこした。時間は深夜１２時。それはホテルの横の道を５００メートルほど入ったビルの５階にあるという。<br />
『あ〜よかった。これで上腕三頭筋も僧帽筋も保てるぞ！』<br />
喜びも束の間、その１分後、私はニューヨークの現実の恐ろしさを知る。</p>

<p>深夜のニューヨーク、危険エリア。そしてそのさらに奥地。人通りはなく、薄暗い路地。ビルの前で数人のグループがたむろしている。<br />
『持っているのはナイフ？この叫んでいる人はドラッグ中毒者？』<br />
私は自分の無謀さに恐怖した。『でも、行かなきゃ！』<br />
どうみても１４、５にしか見えない見知らぬ日本人に、路地裏の住人は注目した。『いかん！このままではジムに行く前にやられてしまう！』<br />
そう思った私は、この街に埋もれられるように、ジャンキーなニューヨーカーになりきることで、危険を回避しようとした。ジムまで４００メートル。左腕に大きなラジカセを抱え、ラップを刻む黒人のようなイメージで、私は楽しげにがに股で歩き始めた。チューインガムを噛んでいるふりもした。しかし、残り２００メートル位のところであることに気がついた。<br />
『ここはニューヨークだ。私のイメージは西海岸のヤンキーではないか？』<br />
私は必死にニューヨークを舞台にしたミュージックビデオを思い出した。<br />
マイケルのスリラーか！私の足取りは、わけのわからないステップを刻む。<br />
『いや違う！そうだ！ニューヨークと言えば、シャーク団！ウェストサイドストーリーだ！』私は右手を鳴らしながら恐怖など微塵もない地元のアジア人として歩いた。長い５００メートルの旅。<br />
ようやくジムがあるという場所に着いた。『やった！』<br />
エレベーターを登り、５階を目指す。もう危険なことはない。『さぁ！やるぞ！！』エレベーターの前にはCLOSEDと書かれた看板がぶら下がっていた。</p>

<p>続く</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/12/post-87.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/12/post-87.html</guid>
            
            
            <pubDate>Mon, 20 Dec 2010 18:49:40 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>オンナものの名刺</title>
            <description><![CDATA[<p>会社員生活１日目が本格的に始まった。同期とのランチを済ませ、私は自分の机に向かった。あらためて見る社内。社員のいるスペースは２０畳くらいだ。私の横には５つ上のオトコの上司が、そして私の前には10歳ほど離れたオトコのプロデュサーが座っている。</p>

<p>『視界の中にオトコが2人もいる・・・』</p>

<p>父親以外とこんなに長く同じ空間に座っているのは小学校の卒業式ぶりではないだろうか？　席に座って１時間。そんなことを考えながら原稿用紙に向かっていた。１日目は企画書を作るという課題を与えられた。つい数日まで電気器具を運び、夜はオナニーに明け暮れる生活をしている私が企画書を書くなど、想像さえしなかった現実だ。何でもいいからやりたいことを書くように言われ、頭を回転させてみるが、“想像する”という作業をすると反射的にセックスのことばかりが浮かぶ。これも長年培われた空想とオナニーの共同作業の産物か？　入社１日目で、過激に攻めるわけにもいかず、大人しい想像物を原稿用紙に埋め込んだ。</p>

<p>「明日からは各担当の現場に見学に行ってもらう。」<br />
会社員１日目が終わった。</p>

<p>「はい、名刺」<br />
生まれて初めて持つ自分の名刺。名前には○子と本名が入っている。普段、お店のファミリカードやどこかに泊まるときには、男女どちらでも使いそうな名前を使っていた私には、本名が印刷された四角い紙は、社会と向き合っていかなければならない現実を思い知り、身を構えさせるものだった。</p>

<p>“私はこういうものです”</p>

<p>男物の服や靴を履く私が、○子という名刺を差し出し、名乗ることは大きな試練に他ならなかった。しかも、その会社での仕事は、社内にいるより他社に出向き、外部の人と会うことの方が多い。これからは大勢の人と会い、自分の生き方を知られた上で、関係を築いていかなければならい・・・・。</p>

<p>さぁいよいよ名刺を持って、上司Pの現場に出向く時間がきた。上司Pが週のほとんど仕事しているその会社には、夜だというのに大勢の人が仕事をしていた。</p>

<p>上司P「○○さん！うちの新入社員紹介します。」<br />
○ ○「そうか、新人社員入れたのか。」<br />
上司P「昨日入ったばかりなんですよ。ほら名刺出しな。」<br />
アンティル「はじめまして。こういうものです。」</p>

<p>こういうものだと言って出した名刺は自分が女子であることが示されてある。</p>

<p>○ ○「へぇ〜えっ　えっ！　えっ！！　英子（仮名）」<br />
アンティル「・・・・・」<br />
○ ○「オンナの人なの？！・・・・へぇー！！・・・あっそう！！！」</p>

<p>やはりこの反応かと私は身を固くする。全身をチェックする視線が容赦なく私のカラダに降り注ぐ。笑い返すこともできず、今までのように睨み返すわけにもいかない私は、両足で地面を必死につかむ。なかにはこんな人もいた。</p>

<p>アンティル「はじめまして。こういうものです。」<br />
○ ○「えっ！えいシ？えいし？ヒデシ？」</p>

<p>この日だけでこんなやりとりを１０人以上はすることになった。<br />
会社員となり、そのことを実感させてくれる名刺は、新入社員には本来ならば持っているだけでうれしいものなのかもしれない。でも私には見たくもないものであり、隠したいものであった。それをすすんで10枚も撒いた後、私に残ったのは意外にも強さだった。</p>

<p>『こんなものに負けはしない！』</p>

<p>人影のない給湯室で私は名刺を睨みつけた。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/11/post-86.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/11/post-86.html</guid>
            
            
            <pubDate>Mon, 08 Nov 2010 12:08:41 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>アンティル、就職する。</title>
            <description><![CDATA[<p>「是非うちの会社に来てください」</p>

<p>受かるはずのない就職試験に受かってしまった。今までの生きていた世界に、もう一つ新色が加わったような驚きが、電話を握る手から部屋中を染め上げる。<br />
それは喜びや感激とは違う、ただ私の前に差し出された世界が今までとはちょっと違う、少しだけ世界が広がったような、いや物理的な視野でホントに面積が膨張したような新たな世界の誕生だった。<br />
「少し考えさせてください。」<br />
今思うと、変な答えをしたもんだと思う。試験を受けとておいて、考えさせてくれはない。<br />
「では３日だけ、猶予をあたえます。返事待ってます」<br />
ガチャ。</p>

<p>私が迷った理由はただ一つ。家の仕事をしていたからだ。私が跡を継ぐことなど考えたこともなく、すぐやめるだろうと思っていた父は、私が本気で油にまみれて父に教えを請うことをしだいにうれしく思っていたようだった。私がオンナを好きなことと、それにともなう数々の奇行で戸惑い、会話もなくなっていった両親と私との間に生まれた新たな関係は、仕事を通し変わっていった。</p>

<p>男物のスーツを着ている私と笑って昼ご飯を食べる父と母。両親の私へのまなざしは私の小さな喜びだった。両親もそう思っていると感じていたから、本気で私に仕事を教えようとしていたのがわかったから、今さら家業をやめますなんて言えないと思った。もらった猶予の期間が刻々と過ぎる。そして３日目、その事実を告げた。</p>

<p>「マスコミの会社に受かったんだ。でもこのまま家の仕事を続けたいと思う。」<br />
「本当！！！！！！」</p>

<p>ここ数年見たこともない笑顔で両親が笑った。</p>

<p>「就職しな。ずっとやりたかった仕事でしょう」<br />
「でも・・・・」<br />
「うちの仕事は量販店がこうも多くちゃ、未来がないからさぁ」</p>

<p>この頃の両親は私のセクシャリティーに寄り添うとしていた。戸惑い、私を否定することがなくなったかわりに、私の将来に仕事を通して力を貸そうとしていた２人。その両親にとって、私が私の力で社会に出ようとすることは、何よりもうれしかったのだと思う。そして、会社の面接に受かったことで私の未来に希望を持てたのかもしれない。<br />
「うん」<br />
私は就職を決めた。すごくうれしかった。</p>

<p>あの時と同じ坂を登る。今度はポロシャツと綿パンだ。会社に着くと１人のオトコが座っていた。</p>

<p>「よろしく。H。W大学出て代理店にいたんだ。」<br />
「あぁ・・・よろしく。」</p>

<p>Hは仕切りに私に話しかけてくる。</p>

<p>「もう一人、受かったやつがいて今、向こうに呼ばれて行ってるんだけどさぁ、すごいチャラチャラした奴でやなんだよね。・・・・」</p>

<p>ザ！サークル！！繁華街でよくすれ違った私とはまったく違う同世代の代表のような、今でもラケットを持ち歩いているようなHが、私に話しかけてくる。<br />
私は“私とHがいる”この状態に馴染めずカラダをこわばらせながら、曖昧な相づちを打っていた。同世代のオトコと世間話しをするなんて、小学生以来していない、いや、世間話しまでランクを上げると幼稚園以来かもしれない。</p>

<p>「そうなんだ。」<br />
「よかったよ！アンティルみたいな同期で。」</p>

<p>『どうき・・・動機？動悸？銅器？同期？』</p>

<p>胸の中でドウキがこだまする。あぁ、私は新たな世界にやってきたのだ。<br />
コーヒーの宣伝で呟くトミー・リー・ジョーンンズ扮する宇宙人ジョーンズの気分だ。この人は私と同じ世界の人？誰？この世界に私がいてもいいの？</p>

<p>そしてロン毛で早くも業界用語を連発するのオトコ、Yが加わり、お披露目会が開かれた。</p>

<p>「今日から入社する、Y君だ。DJをやってたそうだ。」<br />
「へぇ&#12316;」<br />
「よろしくっす！」<br />
「で、H君だ。代理店にいたからうちも付き合いのある人とも顔なじみだそうだ。」<br />
「Hです。よろしくお願いします。夢は社長になることです。」<br />
「そして、期待の新人一番若いアンティルさんだ。電気屋さんだったそうだ。あとオンナだからみんな間違えないように」<br />
「え&#12316;&#12316;&#12316;」<br />
「はい！アンティルです。がんばります。」</p>

<p>驚く人の中でHの顔が引きつるのが見えた。</p>

<p>顔合わせが終わり、私達３人の新人だけで昼食をとりに行くことになった。</p>

<p>Y「なんにする？この辺でうまいとこどこなの？」</p>

<p>いつでも自然体、無理はけしてしないストリート系男子、マイペースYがHに話しかける。</p>

<p>H「俺、いつもこのあたりのカフェで打ち合わせするからうまいとこ知ってるよ」</p>

<p>Hは先ほどの態度が嘘のように、私と距離を持ちはじめた。</p>

<p>『やっぱりなぁ』</p>

<p>そんなことは私の予想の範疇、そんなことでくじける柔な私ではない。<br />
しかし、これまでどんな社会の目にも負けないで生きてきた私に最大の試練が待っていた。</p>

<p>Y「Hは彼女いんの？」<br />
H「うんまぁね。」<br />
Y「へ&#12316;俺さ今つきあってるのいるんだけどさぁ、就職したらすごい喜んじゃってさ、でも結婚とかいわれんのうざいし。あっここのパスタうめ&#12316;！」<br />
H「俺のサークルの先輩がさぁ、すげえもてる人でさ、自分で会社もやって俺もそうなりたいんだよね。あと３年くらいしたらさ。」<br />
Y「へ&#12316;そうなんだ。そんで俺さぁ・・・・」</p>

<p>わからない、どうやって会話に入っていいのかまったくわからない。<br />
私が培ってきた人と人とのコミュニケーションというものが、この世界では通用しないのか？相手が聞いたこと、話したことにまず頷き、質問し、相手を知りながら、私の意見をいいながら育むコミュニケーション、会話のパターンが築けない。</p>

<p>私はよく知らないパスタを見つめながら、これから交わる世界への不安を募らせながら新生活１日目を終えた。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/10/post-85.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/10/post-85.html</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 20 Oct 2010 13:54:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>就職活動</title>
            <description><![CDATA[<p>家業で修行をしながら毎日を過ごしていた頃、転職情報誌を見かけて私はとある編集プロダクションの試験を受けた。経験も、大した学歴もなく、“オトコとして暮らすオンナ”の私が受かるはずなどない華やかな世界。家業に本腰を入れるためのきっかけに過ぎなかった中途採用試験。その試験の一次試験に私は受かった。子供の頃からいいなぁ&#12316;と思っていたその仕事。５月のある日、私はワイシャツに茶色いダブルのスーツをまとい２次試験に向かった。</p>

<p>見るからにおしゃれな高級住宅街。外車が並ぶ建物の１角にその会社はあった。<br />
新卒で受けた就職試験の時のように、スカートもハイヒールも履かず、自分にとってもっとも自然かつ、もっともフォーマルな恰好で、聞いたことがないようなカタカナの名前がついたオフィスビルのエレベーターに乗った。<br />
「こんにちは！」</p>

<p>前のように無理に甲高い声を出すこともせず、扉を開けた。<br />
受付の女性が私の名前を聞く。<br />
「アンティルです。よろしくお願いします。」<br />
「はい、そちらに座ってお待ちください。」</p>

<p>面接を待つのは４人。大きな机を囲むように座っている。定番の黒のリクルートスーツの中で、私だけジャンポール・ゴルチエ。緑かかった茶色のスーツは今ではもう誰も着ない、あの頃でも決して就職試験には着ない斬新な色使いだ。</p>

<p>真剣に何かのメモを読んでいる人、どうやらすごい人数の人が試験を受けているという話をしている人、その中で私は人間社会に強引に連れてこられた獣のように辺りを真剣に見回していた。そんな中、一人のオトコが私の視線の前でコピーを始めた。２０代後半のいかにもマスコミ人っぽいオトコだ。オトコが私を見た瞬間、いつもの癖で、そのオトコを睨み返してしまった。私には習慣があった。じろじろと私を見る街の人々の視線に、いつも“私の何がおかしいって言うんだ！”という気持ちを込めて、相手が視線をそらすまで、相手を睨みつけるという習性だ。その癖が出てしまったらしい。らしいというのは、その時の私にはその自覚がなかった。後からそのことを人から聞いた。</p>

<p>面接を待つ人達が面接室に入って行く中で、なかなか私の名前が呼ばれない。</p>

<p>「あの&#12316;もう一度お名前を教えてください。」</p>

<p>さっきの女性がまた私の名前を訪ねる。</p>

<p>「アンティルです。」<br />
「えっ！ちょっと待ってください・・・あのアンティルさん来てます！」</p>

<p>ようやく私の番がきた。面接官は３人。６０代の社長と５０代の編集者、そしてもう一人がさっきのコピーオトコだった。</p>

<p>「あ、れ&#12316;女性だと思ったんだけど・・・」<br />
「はい。そうですけど、何か？」</p>

<p>そうして面接は始まった。なぜこの仕事をしたいのか、どんな本を読んでいるのか、影響を受けたメディアは何か、今のマスコミをどう思うか、もし今何かを作るとしたら何を作りたいか、好きな音楽が何か、私とは何者なのか・・・<br />
質問攻めの中、私はしゃべりまくった。５分、１０分、２０分・・・話は私の心の寄りどころでもあった中島みゆきの詞の世界の魅力までにも及んだ。<br />
もはや面接をいうより私の論文発表のようだった。</p>

<p>「いや&#12316;楽しかったよ。ありがとう。」</p>

<p>自分を隠すことなく、自分の言葉で挑んだその時間は、私にとってはじめての時間だった。小さな会社ではあったが、私にとってその会社は大きな社会だ。その中で、自分のままでいられたことはとても心地よく、カラダの底から力がみなぎるような瞬間となった。</p>

<p>長い面接が終わった。</p>

<p>『さぁ、帰るか！』</p>

<p>帰る道すがら、見るからにマスコミに似合いそうな、今をイキイキと謳歌する人々があの会社を目指し、坂を登っていく。ふとすれ違いざまぶつかったはずの肩と肩が私には透明に見えた。一時だけ交わった異なる２つの世界は、坂を下りそして上り、別々の世界へ流れ出していた。私は、まるでスポーツの後のようにすがすがしい気分で私の世界へと帰っていった。</p>

<p>それから数日、落ちるのが当たり前の事実に思えたから、試験を受けたことさえ忘れていつものように配達にあけくれていた。誰も受けたことをしらない就職試験。あの日以来、すがすがしさが続いて気持ちも上々だ。そんな時、試験を受けた会社から電話がきた。</p>

<p>「是非うちの会社に来てください。」</p>

<p>私の前に社会が現れた。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/10/post-84.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/10/post-84.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 07 Oct 2010 12:01:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>社会人への入り口</title>
            <description><![CDATA[<p> 家業の手伝いを始め、そろそろ本格的に電気関係の夜間学校に通い、免許を取ろうと考えていたある春の日、私は友達に会うために地下鉄に乗っていた。</p>

<p>油で真っ黒くなった右手の５本の指の爪を、どうにか綺麗にしようと、必死に格闘していた。１年も油を使う仕事をしていると、どんなに洗っても右手の爪は黒いままだった。左手の爪と比べると下僕と主人の手ほど違う。私のカラダの中でもっとも綺麗に保たなければならない左爪は、仕事中もテープで保護されていたために、ピカピカに光っていた。好きな人の中に入れる左手は何よりも綺麗でなくてはならない。私にとって親指と小指以外の左指は挿入するためにある、もっとも大切な部位なのだ。</p>

<p>『これから何十年もこういう油との生活が続くんだろうな〜』</p>

<p>などと、嘆くわけでもなく、諦めるわけでもないただのつぶやきが、私の心で鳴いた時、１枚の中刷りが目に入った。<br />
“リクルート〜マスコミ特集”<br />
地下鉄の扇風機に揺られてふらふらと揺れる中刷りが電車を降りても私の頭を離れなかった。</p>

<p>それから数日後、私はその求人雑誌を買った。<br />
中途採用専門の求人雑誌が全盛だったとはいえ、マスコミ特集があるのは年に数回だった。しかも、私が子供の頃から『こんな仕事をしたいなぁ〜』と思っていたある職種の求人は、ほとんど掲載されることはなかった。人気の職業。</p>

<p>幼い頃、小学３年生の私は２段ベットでオナニ-をしながら、その仕事があることをラジオで知った。自分の創造力を自由に羽ばたかせて、飛び回れる仕事。言葉で遊べる仕事。それはどんなに楽しいだろうと私は想像していた。<br />
中学生頃から、その仕事につきたい理由がもう一つ浮かんだ。まだ自分のセクシュアルティーに悩んでいなかった１２歳の頃だ。女子にほのかな想いを自由にのんきに抱いていた、そんな頃なのに、</p>

<p>“時間が不規則で結婚していなくても、好きな人がいなくても孤独を感じる時間がないほど忙しい仕事がしたい”。</p>

<p>そう真剣に考えていた。自分のセクシャリティーを知る前にすでに、自分を知っていた私はなんだったのだろう。結婚する人＝私　という方程式がなぜ私に植えつけられていなかったのか、今でもよくわからない。</p>

<p>有名な大学を出た人たちも大勢、募集しそうなその会社に私は記念受験をした。受かるはずがないから、気軽に受けることができた。なんの経験もたいそうな学歴もなく、学生時代に打ち込んできたものと言えばＳＥＸだけの私が受かるはずがない。</p>

<p>その仕事に憧れこがれ、夢中にがんばった経験があるわけでもなかった。そんな仕事をする自分を想像して楽しく眠りにつくたことが数十回あるだけの夢。でも、油にまみれた右指とこれから先使うことがないかもしれない左指を見つめた私の視線の先には、仕事と社会に対するふんわりとした夢が見え隠れしていた。</p>

<p>履歴書に志望動機を書く。その仕事について思うこと、そして私ならこうすると書いた数十行の文と、○○女子高校・・・と書かれた経歴、そしてオトコのようにも見える写真。新卒の時に、自分の心をだましてハイヒールとスカートのリクルートスーツを着て撮った写真とは違う。私のままの私の履歴書。性別だけは空欄にした。</p>

<p>１週間後、その会社から電話がきた。</p>

<p>「１次試験、合格しました。２次試験の面接に来てください。」</p>

<p>それからまた１週間後、私は男物の白いワイシャツにダブルの茶色いスーツを着て、おしゃれな街、代官山の坂を登った。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/09/post-83.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/09/post-83.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 30 Sep 2010 18:05:22 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>社会とわたし</title>
            <description><![CDATA[<p>私は、１０代の頃に描いた夢の世界を生きている。手術をし、希望のカラダを手に入れ、仕事も得て、望めば性別だってできる環境にいる。でもそんな中で私はあの頃よりも苦しい。それは多くの人が味わっているであろう生活の、仕事の、人間関係の悩み。社会から疎外されていると感じていたあの頃よりも、ずっと苦しい。社会と手をつなぐことって案外つらいもんだ。そんなことを考えながら私は、あの頃の自分を思い出している。</p>

<p>電気屋の仕事を始めた頃、私は大学時代の友人とよく遊ぶようになった。一人暮らしの友だちの家に行って飲み明かしたり、ドライブに行ったり。昔以上に同級生たちとつきあい始めた。その頃の私はＴと離れ、そして苦しみながらも、自分が立つのがやっとなくらいのほんの小さな場所だけど、自分が立っていられる場所を見つけたように思っていた。<br />
私を支えていたもの。それは私の声だった。耳をすませばいつも私の心の中から声がした。それはゆるぎない真実のように、上質な呪文のように、私を導いていた。<br />
「私は誰にも恥じることなんかない。自分を裏切らずに生きていればきっと周りは認めてくれる。人として生きるんだ。」</p>

<p>そしてこの頃から私は友人達にカミングアウトをし始めた。<br />
ア「あのさぁ・・・実は人（その頃の私の１人称）オンナの人が好きなんだ・・・」<br />
「やっぱり」「うん、知ってたよ。」<br />
だいたいの友だちがそんな風に反応し、最後にこんな言葉をかけてくれた。<br />
“ニューハーフ”という言葉が誕生したそんな時代だった。<br />
友「アンティルはアンティルでしょう。」</p>

<p>中には、カミングアウトの後に「いつかまともになってほしい」と他の友人に話していたという人もいたが、面と向かって私を否定したり、拒否する人はいなかった。カミングアウトという私の一番身近な社会への宣言は、自分自身の足だけが私を支えるものだと教えてくれた。そして私はこの頃からようやく社会の輪郭が見えたような気がした。それは海の向こうにおぼろげに見える島のような感覚。その感覚を獲た時、私は地面に踏ん張って立とうとしている自分の重力と底力を知った。</p>

<p>自分がちゃんと生きていれば周りの人は私を否定しないと、強く思えた私はいったい何に支えられていたんだろう。<br />
テレクラにも電話してみた、無理やり男とデートしてみた、好きでもないオトコの部屋にも行ってみた。でも、私にはやはりオトコと過ごす未来など考えられなかった。“オンナが好き”な私。Tがいなくなっても、誰になんと言われても私はそんな自分を認めて前に進むことしかできないと思った。自分を自分で引き受けるそんな覚悟があの時の私を支えていたのかもしれない。</p>

<p>自分がどうなるのかわからない大きな不安を抱えながらもしっかり２本足を踏ん張って立っていたあの頃。踏ん張る地面の中に潜む残酷さも冷たさを感じながらもその上に立つ心を持っていた自分をもう一度取り戻したいと思っている。</p>

<p>４０歳の私。自分の歩く場所を必死に探し、その歩みを力にしていた私からみたら今の私はなんという臆病だと、自分をなじりたくなる。社会と友好条約を結び、溶け込み生きようとする私はなんだかひどく情けなく思える時もある。私が対峙している社会は、苦しんでいる場所は、オトコが作ったシステムで動く社会。そんな社会で“自分”のままで社会に留まり続けるのは難しい。この社会の中で“自分らしくある”ことは、社会から疎外されていたと感じていたあの頃より、辛く、厳しいことなのかもしれない。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/09/post-82.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/09/post-82.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 16 Sep 2010 19:11:24 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>未来を見たい</title>
            <description><![CDATA[<p>Tが婚約してから数ヶ月後、私はTとの関係に絶望しつつも、届く連絡を断ち切ることもできず、味方と呼べる人もなく、この社会のどこに自分の置き場所を探していいものかもわからず暮らしていた。穴の中に住んでいるような生活の中で私は家業の手伝いを始めた。</p>

<p>その頃わたしは家業の電気屋で修行を積んでいた。<br />
親は戸惑いながらもほんの少しよろこんでいたようだった。一人暮らしを始めてからは自分の生き方に意見を言われるのが嫌で、寄りつかなかった家。でも私はちゃんと仕事がしたかった。油まみれになり、休みもなくいろんな家に行って頭を下げ、モノを売り、修理する父親の仕事。家業を継ごうなんて思ったこともなかったが、父一人しかいないその仕事の見習いとして働き始めた。</p>

<p>私の仕事は車や自転車で商品を宅配し、その使い方を教えるという仕事だった。多い時には５００キロ走り、１日３件ほどの家を回った。気楽だった。黒いスーツに白いワイシャツ。男物の革靴を履いて一人ハンドルを握る。自分がしたい格好を誰の目も気にせずしながら仕事ができる。親も私の格好に何かを言うことがなかった。私に仕事を教えることのほうが父親にとってはうれしいことだったのだろうか。</p>

<p>ピンポーン<br />
出迎える人たちは私＝“店の人”という見方が優先して訝しく思う人はほとんどいない。スーツを着た若い男の配達員。それが私だ。</p>

<p>私「アンティル商会です。配達に参りました。」</p>

<p>配達した商品の説明にかかる時間は２０分。お客さんのほとんどは主婦だった。<br />
淡々と説明して帰る家、“男”の配達員に警戒して玄関口で説明を受けるお客さん。お客さんを訪ねるたびに、社会と接点を持つことを恐れつつも、<br />
つながっていたいという想いが悲鳴のように私を貫く。人を避けつつも<br />
人に会いにいく仕事に希望を見いだそうとする私。そんな日々の中で私は日に日に想いを募らせていた。「性別とか関係なく私は私として生きていきたい。」<br />
その日も私はいつものようにハンドルを握っていた。</p>

<p>それは私がいつものようにTとのことで深く傷ついた翌日、高速で２時間ほどの所になる田んぼの中にある大きな家に配達に行った時だった。出迎えてくれたのは６０歳前の女性だった。いつものように商品を説明し、帰ろうとした時、その人は私に昼食を食べていってと声をかけてくれた。高校を出たばかりの少年に見える私が一所懸命説明する姿にその人は何か感じるものがあったのか、「ちゃんとご飯を食べてるの？」客間に私を通しもてなしてくれた。私はこの仕事で救われていたのだ。社会にも自分の居場所を見つけられず、友人にも本当のことを打ち明けることもできず、でも“人”に対し絶望しきれない私は、人と触れ合えることがうれしかった。<br />
「いつもお総菜を買って食べてます。でも貧乏だからいつもシュウマイ３個がごちそうです」<br />
「まだまだ修行中なんです。」・・・・・<br />
私と“普通”に接してくれる。男に見えるとか見えないとかそんなこと気にしてビクビクすることも忘れ、人の心と触れ合える体験が私にはうれしかった。<br />
「この辺りは昔ほとんど家がなくてねもっと静かだっただよ。」<br />
「へぇ&#12316;そうなんですか、このお宅はすごく古そうですね」・・・・<br />
陽が沈みかけるまで私はお茶と会話を楽しんでいた。<br />
「夕飯も食べていきなさい。イノシシの肉なんて食べたことないでしょう。待ってな！」<br />
「はい。でも・・・・」<br />
イノシシの肉は少し獣臭かったけど、幸せな味がした。<br />
「いっや、またこの辺来たら寄りなさい。いつでもいいからさ。」<br />
「はい。」</p>

<p>すっかり陽が沈み、人が辿りつきそうもない遠い海の色のような空の中、私は車を走らせた。心がふんわりとしたもので包まれているようだった。Tに悩み、社会を敵視し、人目を避け生きながらこの世の中に絶望仕切れない私の肩にそっと手を置いてくれるような人との出会い。<br />
私はハンドルを握りながら未来を見たいと思った。</p>]]></description>
            <link>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/07/post-81.html</link>
            <guid>http://www.lovepiececlub.com/watashi/2010/07/post-81.html</guid>
            
            
            <pubDate>Fri, 23 Jul 2010 02:06:18 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
</rss>

