ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。

「たまごクラブ」の横一列感

田房永子2011.10.21

Loading...

私は妊娠してから「妊娠線できたらやだなあ、おっぱい垂れるのやだなあ」と思いつつ、「でも妊娠線も垂れたおっぱいも、『経産婦のシンボル』って感じがして、ちょっといいかもなぁ」という気持ちもどこかに感じていた。
 不安と同時に「体型が劇的に“悪化”することを受け入れる自分の潔さ」を誇らしく思う気持ちがあった。そこに誇りを持たないとやってられないわよ、みたいな、自嘲と自尊が入り混じる、大人にしか吸えない煙の旨さみたいな、そういう苦みばしった大人の女の感情みたいなものを、楽しむ余裕があった。
 だけど日本一売れている妊婦雑誌「たまごクラブ」を開くと意外にも、その余裕はたちまち消される。
「妊娠線は一度できたら一生消えません。(予防クリームを是非!)」
「おっぱいは垂れたら元に戻りません(産後もふわふわおっぱいを保てる体操については次号!)」
 そういう記事がバンバン載っている。見ただけで余裕や誇らしさは一気に消滅して不安になり、本を閉じる頃には「おっぱい垂れたら人生終わりだ…ヤバイ、垂れられない!」という恐怖だけが心に残っている。
 この「恐怖感」によって読者はクリームを買ったり次号を買ったりするわけだから、「たまごクラブ」が商業雑誌として「恐怖感」を煽ってスポンサーの商品を買わせようとするのは至極真っ当なことで、何も間違っていないと思う。
 だけど、日本一有名な妊婦雑誌であり、妊婦の一番の味方というイメージしかない「たまごクラブ」が「男に吸われて赤ちゃんに吸われて…垂れちゃう私たちのおっぱいも、なかなかいいよね(笑」とは言ってくれず、ケア不足のおっぱいの持ち主に侮蔑の眼差しを向けてくる、その予想外な事実は泣き出したくなるほどさみしい。
 この「たまごクラブ」の妙な厳しさは、美容や外見に関することだけではない。
 私は妊娠してから、「おめでとう! 元気な赤ちゃんを生んでね!」と言われるよりも、「おめでとう! 妊娠中は赤ちゃんが死ぬこともあるし、病気の子が生まれることもあるよね!」と言われるほうが気が楽なんだな、と思うようになった。(自分が人に言う勇気はないが)
 流産した時、周りから「流産はお母さんのせいじゃない」と言われても、原因はあれだったんじゃないか、これだったんじゃないか、と考えてしまった。今回妊娠した時、「今度は食べちゃいけないものとかちゃんと覚えて、妊婦がんばるぞ!」とはりきっていた。だけど、絶対食べちゃいけないものなんて生の豚肉くらい。そんなもん食べる人いないから、医者もわざわざ言わない。
 体を冷やしちゃヤバイとかも、冷えると体調が悪くなるので自動的に休まざるを得ない。気をつけるというよりも、オートマチックに胎児からの指示通りに体が動く、という感覚が強くて「妊婦として母として、意識的にこれを頑張る!」というものが見当たらない。
 健康な子が生まれるのも健康じゃない子が生まれるのも赤ちゃんが死んでしまうのも死にそうな赤ちゃんを助けられるのも、すべて偶然でしかない、としか私は思えなくなった。だから、「健康な赤ちゃんを生む方法」よりも、「予期せぬ事が起こった時の心構え」に関する情報のほうが、心が落ち着く感じがあった。
 産婦人科のサイトで、「どんな事態があってもそれがあなたの子供の人生、あなたのせいではないし、特に怖がることはないです」と、「平均」ではない場合のことを読む機会があった。「生まれてきた子が、障害児だって病気だっていいじゃない、死ぬ子は死ぬし生きる子は生きるよ。死んじゃったって、たいしたことじゃないよ」っていうノリを、婦人科とか医療関係のところでは、たびたび感じることがある。
 だけど「たまごクラブ」からはその空気をほとんど感じない。「障害児が生まれたら」とか「赤ちゃんが死んでしまったら」なんて記事は皆無だし、流産早産に関する注意の記事も、見出しには「自分だけは大丈夫と思っていたら危険です! 切迫流産・切迫早産 あなたは本当に大丈夫?」と書いてある。
 確かに流産早産はなんとしたって全力で防ぎたい。それは当然の気持ちだ。流産早産の兆候についての記事は、妊婦雑誌には必要だし、重要だと思う。
 だけど日本を代表する妊婦雑誌から「あなたは自分の赤ちゃんが早産になりそうなこと本当に気付ける? 大丈夫?」という聞かれ方をすると、自分が流産と妊娠という経験で得た、「流産とかって突然起こるし、防げなくても全くおかしくない」という記憶があっさりとかき消され、「気付けないとヤバイ」みたいな心理になってくる。そして記事には「流産・早産になりかけたけど免れて今は元気な赤ちゃんを生んだ人たちの体験談」が載っている。それを読んでいると、知らないうちに心の中に「気付いて免れた人=いいお母さん」「気付けなかった人=悪いお母さん」みたいな線引きのハッキリした認識が更新される。それによって自分が現在「早産の心配がない妊婦」というだけで、なんだかすごくいいお母さんになったような、異様な誇らしさが沸いてくる。
この異様な誇らしさがある程度まで沸騰すると、「たまごクラブ」を読むのが急に楽しくなってくる。まるで自分が妊娠・出産で「失敗」することはないかのような変な自信に包まれ、「悪いお母さん」に対して優越感を一方的に持ち始める。「悪いお母さん」が実は悪いお母さんでは全くない事を思い出せないくらい、「いいお母さん」の異様な誇らしさは持っていて気持ちがイイ。
 気持ちがイイ代わりに、自分に「悪いお母さん」な要素を見つけてしまった時、必要以上に自己嫌悪してしまいそうだ。だけど、異様な誇らしさを一旦持ってしまうと、手放すのが怖くなる。
「たまごクラブ」を楽しもうとすれば自然に異様な誇らしさが育っていく。異様な誇らしさを保つ為には「横一列」にいることが不可欠だ。横にいる人となんでも同じにしていれば、大きな「横一列」から外れることはない。「今日も自分は『横一列』から外れていないか」それを確認して安心する、ということが、「たまごクラブ」ではできる。同時に、「健康な子を生めば、『横一列』の端っこにはいられるけど、健康じゃない子を生んだ時点で、『横一列』なんて存在もない、全く別世界の暗闇に投げ出される」という、妊娠前に薄っすら持っていたその恐怖が増大していく感じも、「たまごクラブ」にはある、と私は思う。
 これから子供を持って家庭を作って社会を作っていく妊婦という立場の人が読むための雑誌が、そういうものであるということが、とてつもなく窮屈だ。だけど今の日本で、一番売れている妊婦雑誌の内容がこんなに窮屈であることは、当然過ぎるほど当然だ。
tamagoclub_20111020.jpg

Loading...

田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

RANKING人気記事

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOP