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「痛みは可愛さで忘れるもんなのよ」連合

田房永子2012.06.14

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 妊娠中、助産院でやってる安産のためのワークショップに行っていた。陣痛の痛みを散らす呼吸法を教えてもらった時、先生が「私はこの呼吸法で陣痛を散らしてるあいだに、赤ちゃんが出てきちゃって、自分の股を手でおさえながら助産院の玄関で『出てきちゃいましたー』って言ったんだよ」と話してくれた。他にも「陣痛そんなに痛くなかった」「いきまずに出た」という人に会う機会が多く、マタニティヨガへ行けば「田房さん体やわらかいから安産だね」と言われ(みんなに言ってる)、彼女たちの話を聞いているうちにいつのまにか「陣痛こわい、痛いのいやだ」という不安がほぼ消滅していた。「安産すぎて予想外の場所で出てきちゃったらどうしよう」という心配をするほどになり、かかりつけの産婦人科の助産師にその心配を投げかけると、「この病院に電話してくれれば、実況で教えてあげるから大丈夫。赤ちゃんをバスタオルで包んで抱っこしたまま救急車を待てばいいからね」と、普通のこととして教えてくれた。私は自信でみなぎり、最終的には「一人自宅出産」もどんと来い、な気持ちになっていた。陣痛がどれだけ痛いもんなのか、楽しみだった。
 ところが! 出産直前に差し迫ると、急に「陣痛は痛いよ~。がんばってね」と言われるようになった。もう助産院やヨガに行かなくなっていたし、もしかして自分の耳がそういう情報に敏感になっていたのかもしれない。
 「すっごく痛いよ~(笑)でも大丈夫。赤ちゃんがかわいくてすぐ忘れちゃうから!」は定番のフレーズである。本当によく聞く。「陣痛はすごく痛いらしいね。私は帝王切開だったから分からないけど、帝王切開の縫った傷のほうが痛いからきっと大丈夫だよ!」と、出産は途中から帝王切開(お腹を切る生み方)に変更することだってあるのに、何故か自然分娩(お股から出す生み方)が前提で言われたりする。
 そもそも私は「もうすぐ出産予定日」って言っただけで、「陣痛って、やっぱり痛いんですかね? こわいです、不安です」とかまったく言ってない。なのに「痛いよ」「痛いよ。でも大丈夫」と言われる。
 相手は「これから初出産を迎える妊婦を励ましている」だけだから「いや、私は陣痛が楽しみなんです」とはちょっと言えない。「痛くないって聞きました」なんて言っても、経験者に「そんなの滅多にない」って言われたら、未体験者はもう何も言い返せない。
 黙ってると更に「大丈夫! 赤ちゃんが生まれたらもっと大変だから!(笑) でもそれもいい思い出になるよ!」とまで言われてしまう。「痛いかどうか、赤ちゃんを可愛いと思うかどうか、それで痛みを忘れるかどうか、更にいい思い出になるかどうかなんて、私が感じることなんだから決めつけないでください…」と力なく思うのがやっとだった。
 半年くらいかけて育ててきた「陣痛が楽しみな気持ち」はあっという間に消え去って、「こんなに言われるってことはやっぱり相当痛いんだ…どうしよう怖い!!」と恐怖に変わった。「痛いし、生まれてからもそんなに大変なら、人類は一体、なんのために子孫を生むんだろう…」とマジでかなり参ってしまった。「あっ、ワタシ無痛分娩の予定なんで、大丈夫で~す☆」と言えればどんなにいいだろう。このために無痛分娩にしとけばよかった、と本気で思った。
 もう予定日まで1週間しかない。恐怖を取り除きたくて「たまごクラブ」の付録冊子「お産が楽になる最強のコツ」を読んだ。「分娩は富士山登山を2往復するくらいの体力がいります。体力をつけておいて!」とか「中学時代からテニス部で腹筋を鍛えていたので自信があり、5時間の安産でした!(神奈川県・Yさん)」とか書いてある。「富士山…中学からのテニス…ダメだ…もう間に合わない…!」と絶望感でいっぱいになってしまった。
 3日くらい絶望していたが、こんな恐怖を抱えたままでは痛みを100倍くらいに感じてしまうと思い、ネガティブなことは排除してポジティブなイメトレを強化した。今まで聞いた「痛くなかったよ」セリフ集を思い出して、それだけで心をいっぱいにした。陣痛中の心を支えるイメージトレーニング法(イメジェリー)と呼吸法の復習もした。
 それが効いたのか、陣痛中、イメジェリーと呼吸法がうまくできて、助産師さんに「ぜんぜん痛くなさそうですね」「痛みに強いほうですか?」と何度も聞かれた。一番痛いとされる「子宮口全開タイム」は5分間ほどなぜか体がガタガタ震え、すぐに「いきみタイム」になった。
 助産師さんが「会陰切開します?切らないほうがいいですか?」って、タレと塩どっちにします? みたいなノリで聞いてきた。「どっちがいいんですかねえ?」と聞くと「賛否両論なんだよねえ」と言うので切ってくださいと頼んだ。いきんでるうちに、赤ちゃんの頭がまんこの皮膚(大陰唇)に触れた。まんこの皮膚の情報量のすごさに驚いた。内臓の中の感覚はないから、赤ちゃんの体はどこか別のところにあって、輪切り状態でテレポーテーションされたものが私の大陰唇から出てきてる、そういう感じだった。とにかくまんこの皮膚と内臓の感度の違いっぷりが面白くてアハハッと笑ってしまった。助産師さんが「赤ちゃんの頭触ってみる?」と言う。「エーッ! こわい! どうしよう?! せっかくだから! 触っちゃおうかな!」自分の股に手を伸ばした。やわらかくて少し毛の生えたあたたかい頭がそこに埋まっていて、それが自分が今まんこの皮膚で感じているもののイメージ通りの肌触りなので、可笑しくてアハアハ笑ってしまった。置いてけぼりの夫は泣きそうな顔で黙って私の手を握っていた。とにかく面白い、出てくる出てくる! 赤ちゃんのほうが早すぎて、先生の会陰切開の準備が間に合わなそうだった。私は調節してちょっとずつ出そうとしたけど、そうしてるとなんか痛くなりそうで、思い切って出したらまんこのどの位置がどういう風に裂けたかが分かってそれも面白くて「YEAH~~~!!」って感じだった。赤ちゃんが出てきても「YEAH~~~!!」で、ここまでは痛いっていうのがほとんどなかった。そして胎盤が出たあと、先生(イケメン)がガッチョンガッチョン私のアソコに指つっこんで外側からはおなかグイグイ押しまくってきて(あとで聞いたら多量出血の処理だから大切な作業だった)、そんなことするのは知らなくてイメトレしてなかったので急に痛くなり「聞いてねえぞ、やめろぉお!!」って暴れると、先生や助産師さんたちが私をおさえつけながら「出産より痛がってるね」とアハハと笑った。夫もつられてアハハと笑い、私も痛いんだけど「いてーいてー」と派手に痛がってる自分が可笑しくて、熱湯風呂におさえつけられる上島竜平って感じで楽しかった。

 お産は「餅つき大会」に似ていると思った。ヨイショー! ドッコイショー! なリズミカルな感じ。餅つき大会も、臼と杵のあいだに手が入れば大怪我をするし、餅がのどに詰まればおおごとだ。緊張感がないわけではない。だけど「杵が当たったら、痛いよ…」とか「餅がのどに詰まったら、死ぬよ…」ってことだけを考えて餅つき大会をすることって、あんまりないと思う。「今度、餅つき大会に参加します」という人に、「杵が当たったら痛いよ~(笑)でも、つきたてのお餅って美味しいから大丈夫だよ」って言う人は見たことがない。
 命に関わる出産というものを、楽しもうとするなんて不謹慎。そういう前提がある。ハッキリそう言う人もいる。まるで今まで出産で命を落してきた人たちを弔う気持ちで分娩に取り組めと言われているよう。実際そういう意味だと思う。
 受験生には「落ちる」「すべる」という言葉を言ってはいけない、という風習があるのに、どうして死の恐怖を感じるただでさえ不安な出産を控えた人に対しては「痛いよ」ってネガティブなこと言うのが普通になっているのか、本っ当に謎だ。
 自分が妊娠中、「そんなに痛くなかった」って聞いただけで気が楽になれたので、私もそれを妊婦の人に言いたくて、保健所で行われている母親学級(妊婦たちの集まり)に「先輩ママ」として体験談を話す集まりに参加した。
 妊婦が10人ずつの班になっていて、そこに先輩ママが2人ずつ配置される。私とペアになった先輩ママはトリーバーチのあの金の卍メダルみたいなのがついたパンプスを履いていた。完全なる偏見なのだが、私はトリーバーチというブランドになんだか首がかゆくなるような印象を持っており、「他の人達と一緒」を重要視する女たちの象徴、悪目立ちを何よりも嫌う女たちがこぞって手にする金の卍メダル、という勝手な思い込みがあるのですが、当然向こうも私には興味がなさそうだった。
 そのトリーバーチさんと一緒に自分の体験を語るのだが、私は上記の「そんなに痛くないし楽しかった。イメトレ(イメジェリー)はおすすめです」ということを話した。それに対しトリーバーチさんは「え~、私は痛かった」と言った。そこで私は「いや、そもそも『痛い』とネガティブなことばかり伝えられてることがおかしいと思いませんか? どういうことなのか一緒に考えてみませんか?」とは言えず、「そうですよね、痛いですよね…」と言った。不安げな顔をしている妊婦たち。トリーバーチさんは勝ち誇った顔(そう見えた)で「ほんと超痛かった! でも大丈夫! 赤ちゃんがかわいくてすぐ忘れちゃいますから!」と、お決まりのあのフレーズを一語一句そのまま言い出して、ドヒャーッ! と思った。しかし、そうやって聞いてみると「陣痛は痛い。しかし赤ちゃんの可愛さで痛みは忘れられるので大丈夫」という文面は非常によくできているんだなと思った。十人十色の出産も、だいたい当てはまる一文。「そういうことにしときましょうよ! ね、みんな一緒が一番でしょ!」そんなメッセージが込められている。
 私は「そんなに痛くなかった」と言うためにここに来たのに、この不動フレーズを覆す空気を作る勇気も話術もなく、「うん、まあ、そうですね」と結局飲まれてしまった…。
 そのあともトリーバーチさんはノリノリで「痛いけど、がんばってくださいね~。大丈夫だから!」と何度も言っていた。たった3ヶ月前に出産しただけで、初対面のしかも1ヵ月後くらいに出産する人に、よくそんな屈託なく気持ちよさそうに先輩顔ができるなあ…、と思った。彼女達にとってはみんなと同じ痛みを体験するのは大切なことで、もしかしたら陣痛が痛くなかったら困ってしまう人もいるのかもしれない。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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