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ママたちの根源ゲップ

田房永子2012.07.13

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 赤ちゃん連れで参加できるヨガレッスンで会ったヒロキ君(仮名:5ヶ月)のママ(30歳くらい)は、レッスン場に到着した途端、「うちの子、泣き虫なんで、泣くと思います。すみません」と謝罪した。
 赤ちゃん連れヨガでは、ヨガマットの横に敷いたタオルの上に赤ちゃんを寝かせておきながら、ママがヨガをする。赤ちゃんが突然泣くのはもちろん、最初から最後まで泣きっぱなしの子もいる。中断しておっぱいをあげたりおしゃべりしながら適当にヨガするので、誰かの子がずっと泣いてても別に迷惑ってことはない。
 それでもヨガ中に「自分の赤ちゃんが泣く」ことをすごく気にするママが一定数いる。ヒロキ君のママも「泣くのを気にする派」なんだな、と思うと、泣き始めることに神経をピンピンさせてる緊張感がこっちにも伝わってくる。
 ヒロキ君は即、泣き始めた。「泣き虫」な赤ちゃんって泣き止まなくて大変なのかな? と思ったが、抱っこしたら泣き止んでいた。泣き虫具合は私の子(Nちゃん:4ヶ月)と同じように思えるが、ヒロキ君のママは「うちの子は泣き虫だから…」というフレーズを繰り返し言う。更に、呆れたような困ったような微妙な口調で「うちのヒロキ、でかくって…」としきりに言う。そう言われてみると大きめかな? って感じだけど特に気にならない。顔をよく見ると、眉毛がしっかりしていて“女友達が多そうなフリーの30代出版系デザイナー”みたいな風格があって超可愛い。
 ヒロキ君が泣いても泣いてなくてもママは「この子、ほんっと泣き虫なんです。まったく、体はでかいくせに」と言う。赤ちゃんはみんなよく泣くし、体の大きさと泣くことは関係がないと思う。複数のママたちが自分の子供について話している中、ヒロキ君のママの発言だけは、単にヒロキ君を罵っちゃってるだけに聞こえて、気になって仕方なかった。
 そうやってでくのぼう呼ばわり的な表現でヒロキ君を称するのを耳にしているうち、さっきまで出版系デザイナーに見えてたヒロキ君が不思議とでくのぼうに見えてきてしまい、「ああー、言霊の力って本当にすごいな…」と思った。
 その後も、うちのNちゃんがたまたま泣いてないだけで「他の子はえらいね、あの子は泣いてないよ?」とヒロキ君(この時泣いてない)にささやいてるママの声が背後から聞こえ、「もう、もう、ヒロキ君が何をしたって言うんですか…許してあげてください…」と思った。自分の子には理不尽レベルで厳しい反面、他の子が何か可愛らしい仕草をすると、「あ~ かわいい~」「アハハ、かわいい~」といちいち丁寧すぎるほどのリアクションを取り、他人の子は誉めまくるヒロキ君のママ。
 この人は一体、何があったんだろう? と思った。こんなに自分の赤ちゃんを悪く言い続ける人を見たことがない。舅姑とか両親のジジババどもに、「この子は泣き虫ね! このままじゃでくのぼう行きよ!」と言われているうちにその言霊に心を奪われてしまったのだろうか? ヒロキ君のことが可愛いと思えないのかな? それで育児がつらくて追い詰められてるのかな?
 でも、ヒロキ君のママと直で話すと、別にそういう感じはしなかった。むしろ明るく育児に取り組み、ヒロキ君のことが可愛くてたまらないっていう雰囲気を発散させている。だけど結果的にヒロキ君を長時間に渡り罵っちゃっている。一体これはなんなんだろう。考えてみると、自分にも思い当たるフシがあった。
 うちのNちゃんは、起き上がるとキョロンとした顔だが、横になると渥美清ソックリになる。私はNちゃんが渥美清顔に撮れた画像を、携帯電話の壁紙に設定していたことがあった。それを知人に見られ「あっ、田房さんの子?」と言われたとき、咄嗟に「いやっ、これはあの、ブサイクに撮れたので壁紙にしてるんです」と焦って説明し出した自分がいた。赤ちゃんの顔なんてどれも似たようなものなんだからどうだっていいことなのに、Nちゃんの顔をその写真でしか見たことがない人に対し「この子は常にこういう顔なわけじゃない」と伝えたい気持ちが爆発していた。「私って、自分の子の顔を可愛くないと思われたくない、と思っているんだ」とそこで気付いて、びっくりした。私は人から「ちゃんと化粧しなよ」とか言われることのあるくらい、「外見意識希薄症」と勝手に病名をつけていいんじゃないかっていうくらい、自分の顔とかどうでもいいと思っている。だから、子供の顔を可愛いと思われたい、なんて、まさか自分が思っているとは思わなかった。
 そういえば私は、美人を目の前にすると死にたくなる病も持病として持っている。「自分の外見どうでもいい」と本当に思ってるんだったら、美人と一緒にいても死にたくならないはずだ。つまり私は、「外見意識希薄症」ではなくて、「外見に関して考える事を放棄してるくせに美人と会う時のみ『本当は美人になりたーい』と己の中の妖怪人間が騒ぎ出す病」なのだと思う。「うちの子は本当はもっと可愛い」ってことを伝えようと必死になってしまうことに、この自分の妖怪人間的病が関係してないはずがない。
 「本当は可愛い」なんてハッキリ言うのは恥ずかしいので「これはちょっとブサイクに映ってるんです。寝っ転がると渥美清に似るんです。寝っ転がった時だけ」と遠回しに言うことで、「常に渥美清ってわけじゃない」ということを伝えようとする。しかし結局は「これよりマシ」とか「ブサイク」とか「渥美清」というフレーズを繰り返しているだけなので、Nちゃんの印象として逆にそれらを強くしてしまっているし、渥美清にも失礼だし、いいことは何もないのに、言わずにはいられない。そもそも、渥美清な時のNちゃんが可愛いと思ってるから壁紙にしてるのに、人に見せるときは急に「可愛いの世間基準」に慌てて合わせようとしてしまうのも、本当に変なことだ。
 もしこの状況にNちゃん本人がいたとして、更にその日のNちゃんの渥美清度がやたら高かったりしたら、「今日は渥美清にすごく似てる」と誰も聞いていないのに言い出してしまうような気がする。客観的に考えれば、赤ちゃんを連れてきた人に突然「今日のうちの子は渥美清に似てる」と宣言されても、なんのことか分からずポカーンとしてしまうと分かる。だけどポカーンとされると不安になって「似ているねえ、今日のNちゃんは。渥美清に」と一人でNちゃんに向かって言い続けてしまうような気がする。その語りかけは本来、Nちゃんではなく周りの大人へ向けた「うちの子を可愛いと思って欲し~い」という妖怪人間的私念メッセージなのだが、状況的には「田房さんが自分の子にヒドイことを言っている」という場面でしかない。しかも最初に自分から渥美清宣言してしまったおかげで、せっかく誰かが「Nちゃんカワイイ」と言ってくれたとしても、それは「渥美清に似ていてカワイイ」という意味にも取れる「可愛い」になってしまう。自分で蒔いた渥美清からは逃れられない。どれもこれも、自分が強く持つ「自分の子供を可愛いと思って欲しい」という欲求が引き起こしたのである。

 ヒロキ君のママも、その「可愛いと思われたい欲求」のカラクリの渦の真っ只中にいたのではないか。彼女の場合は「泣かない子と思われたい欲求」と「標準体型と思われたい欲求」がオプションでついているために、結果的に我が子をでくのぼう呼ばわりしてしまうというループにハマっているような気がした。
 他にも、「うちの子、デブだから」と言い続けるママもいたし、自分の子が泣いてる時に他の子がフエフエと泣きそうになると「あ、うちの子につられて泣いちゃう…すみません…」と謝りまくり、なぜか「他の子が泣くのはうちの子のせい」ということにしておこうとすることで、自分の子に濡れ衣かけまくっちゃってるママもいた。
 赤ちゃんを通じてママ自身の「根源」みたいなものが唐突に出てくる。スジなんか通ってないし、脈略がないし、理不尽だし、自覚のないゲップみたいだ。
rihujin_20120711.jpg

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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