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私のおばあちゃん

田房永子2013.01.11

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 私と祖母は相性がよいというか、お互いに距離を持って接することができる間柄だと思う。私と祖母のあいだには、私の母と叔母がいて、祖母と母と叔母はいろいろぐちゃぐちゃしている。私と母もぐちゃぐちゃになっているし、きっと母と叔母がいるからこそ、私と祖母の関係はいつでも安泰なのだと思う。
 90歳近い祖母は、貨物車両に爆弾が落ちて、後ろの車両が燃えたまま走っていたとかの戦争の話、祖父が若い時に一緒に事業を起こした相手の荷物の中から赤いひもだけでできたすごいパンツが出てきて男色ではないかと疑ったとか、若干の下ネタを含めた超どうでもいい話をしてくれたりするのでとても楽しい。だけど祖母と同居している叔母は、祖母抜きで私と会いたがる。祖母と話したくて電話をしても、祖母は同居している叔母に受話器をすぐに渡してしまう。世代が違いすぎる私と話すのはもう疲れてしまうようになったのかなーと思っていた。
 去年、私は「母がしんどい」(新人物往来社)という過干渉な母親に困っていた経験を描いた漫画を発売した。読んだ人から寄せられる感想は、主人公のエイコの母をなじるものがとても多かった。「エイコ」の話を読んだはずなのだけど、ほとんどが「田房さんのお母さん」とか「著者の母」という呼び方をしていた。漫画は確かにノンフィクションだけど、あくまで漫画でもある。事実しか書いていないが、私と母の全てを描いたわけではない。この感想はその「書いた事実」の部分だけに対してのことなのだ、と割り切って考えることがうまくできなくて、「エイコ」と「現実の自分」の境界線が分からなくなって、精神的に参ってしまった。「田房さんのお母さんはオカシイ、狂ってる、き○がい」という感想を読むたびに、「私の母は、マトモなことを言う時もある。いいところだってある」という“反論”が体の中から湧いてくる。自分で漫画に書いておいて、何言ってんだと押さえ込もうとするのだが、逆に「実際に会って確かめたい」という気持ちがとまらない。ちょうど出産したことも重なって、自分の子供を両親に見せてみたい、という思いも膨れ上がっていった。
 4年前に両親と決別を決めたとき、「両親と会うと私は不幸になる」と思えたこと、精神科クリニックの先生に「会わないのが一番」と言ってもらったことは、当時の私を救った。それを後押しするかのように読者の方からは「両親と金輪際、絶対に会わないでください」という熱烈な直筆の手紙がくる。だけど私は両親に会いたくなってしまっていた。どうしたらいいんだ。当時のクリニックの先生はもう亡くなっている。別の精神科クリニックへ出向いた。
 「あの~、会いたくなっちゃってて、あの~、でもそれは絶対にできないことなので、あの~」と話していると先生が「会っちゃいなよ」とサラッと言ってきた。「なんの問題があるの? あなたから一方的に拒否してるだけなんだから、向こうはむしろ待ってるよ。会ってみて、やっぱり嫌なやつらだなと思ったら、また会わなきゃいいんだよ」と言う。本当だなあ。どうしていちいち悩んでしまうのだろう。私は「会う、会わない」で悩んでいるのではなくて、「言うことと違うことをする」とか「自分勝手にわがままに行動している」と他人から思われたらどうしようということに怯えているだけだと分かった。だから、第3者から「やっちゃいなよ」と言われただけで、心が晴れ渡るのだった。
 それから1週間後、夫と娘と私で、レストランの個室でお食い初めをすることにし、そこに両親と祖母と叔母を招いた。娘が生まれてから4ヶ月経っていた。出産したことはそこで初めて知らせた。母へメールを送ると、かしこまった文面の返信がきた。今までは、どれだけ私に無視され邪険にされ距離を置かれても、私がメールをすれば「ラリッホ~♪ いつ会える~?」みたいな、何事もなかったかのような返信がくるのが普通だった。私が一生懸命、「私とあなたは他人で、私を一人の人間として扱ってくれ」と全力で訴えても、ガンガンにスルーされる。母からすると、私はまだ胎児の状態なのだと思う。中から腹を蹴られても、妊婦にとってはそれほど痛手でもない。
 そんなだった母からの返信が、かしこまった文面だったことは、衝撃だった。そりゃ「3ヶ月前、子供が生まれました」と娘に言われたら、いくらなんでもショックかもしれない、と思った。私はもう、母の感情を予想する(そして疲れ果てる)という癖をやめることにしていたので、考えるのはやめることにした。かしこまった文面の母とは、やりとりがしやすかった。昔みたいにイライラしたり、涙が出たり、唇や腕が勝手にけいれんしたり、夫に八つ当たりしたり、過呼吸になったり、ファミマのチキンを3個一気にヤケ食いしたりせずとも、読める文面だった。何かが変わった、と思った。だけど、そこに何かを期待するという癖も私にはもうなくなっていた。お食い初めには祖母も叔母も来てくれることが決まった。

 生まれたての娘の顔を見ていると、可愛くてうれしい気持ちになる。「母も私をこういう気持ちで見ていたんだな」と思うことが何度もあった。モンスター行動ばかりする謎の母の中にも、最初の1~2ヶ月には確実にこういう気持ちがあったんだ。それは愛情とか絆とかわけの分からないものじゃなくて、土着的な生理的な確信だった。
 祖母は。…祖母はどうだったんだろう。祖母が長女(私の母)のことを、誉めているところを一度も見た事がない。それどころか、けなしまくって嫌っているそぶりばかり見せ、私と一緒に長女のモンスター行動に困っている、という被害者姿勢を崩さない祖母。私にとっては完全に無害な存在でありながら、私と母の問題についての絶対的キーマンである祖母。
 祖母は最初っから、長女のことが煙たかったのだろうか? 自分の股から出てきた猿のような状態の時から、祖母は母を「可愛い」と思ったことはないのだろうか?
 私は、お食い初めでみんなに会った時、母の前で聞こうと思った。
「おばあちゃん、お母さんを生んだ時、どういう気持ちだったの?」
<次回に続きます>

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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