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批判的な手紙をもらう

田房永子2013.03.22

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 批判的な手紙を49歳の男性からもらった。封筒の中にはプリントアウトされた紙の束が入っていて「この手紙は、貴台および貴著に対してかなり激しい表現を用いています。田房さんの心の平和を乱すおそれがあります」と、仰々しい前置きが書かれた表紙が1枚ついていた。母との決別を描いた私のコミックエッセイ「母がしんどい」の感想で、こんな「批判です!」って感じのが送られてきたのは初めてだった。「注意! まず編集部が読んでから、田房さんが読み耐えられるかどうか判断してから本人へ渡してください。無理と判断した場合は破棄してください」と書いてある。編集部へ送られてきた手紙は、私より先に編集部が封を開けて読むことはない。どんだけ私はこの手紙からヒドく罵られるのだろう!
 「著者は自分自身のことしか目が向いていない」とか「○○ページにある結婚式のエピソードで、主人公は怒って両親との決別を決意しているが、そんなに怒ることでもない」とか「両親の問題でなく、腹を立てる自分のほうの問題なのだ」とか、マンガの中で母親を悪者にしているが、著者にも原因がある、ということが書いてあった。
 「母がしんどい」は、なんでもかんでも「あんたが悪い」と言われて育ってきて、何かあるととりあえず自責してしまう人が、「私が悪いわけじゃないんだ」と気づいて、自尊心を修復するために一旦「母親(両親)」を悪者と捉えることで前進する、という話として描いたので、こういった「母親ばかりを悪者にするな」という感想が送られてくるのは、当然だと思う。男性は「私も著者と同じような母を持ち、同じ道を辿った身だ。だからこそ著者にはより心境を高い位置に到達して欲しい」という。戦いを挑んでもいない相手から「まだまだだな」と言われ、ムカムカした。イヤーな気分になり、1枚目を読んだところで読むのをやめた。

 親がしんどいという問題は、段階があると思う。自分の親を「ちょっと変わってる人」として認識している頃は笑い話にできるけど、本格的に親の奇怪な言動が自分に絡んできて生活や健康に悪影響が出始めると、笑っていられなくなる。「フツウの親とはちょっとだけ変わっている親」がもしかしたら「自分の人生を食い荒らして乗っ取るモンスター」であるかもしれない、と気づき始める。だけど自分は「私の親はモンスターです」と自覚する人たちの仲間ではない、と思いたい。自認するのに時間がかかり、もしかしてモンスターじゃないかもしれない、と思って何度も親に会ったり関わって確かめてしまう。そのうち大変なことをしでかされ「モンスターだ」と認めざるを得ないところまできてやっと、エイヤッ! とあっち側の世界に飛び込む。行ってしまえば、意外と気がラク。「普通」の世界では普通じゃなかった自分の親が、こっちでは「普通」であることに拍子抜けした。
 しんどい親の問題は、そういう段階があるから、「うちの親はヘンじゃない。うまくいってる」と言いながら、親と密接な生活を送ることによって不健康になったり、生きる気力を失くしている人に対して「親と離れればいいんだよ!(もう一段階上がりなよ!)」って私はつい言いたくなる。
 「大人になってるのに、そんなにお母さんから生活のお世話をされてたら、精神的にしぼんでしまうのは人間として当たり前だよ。お世話される度にあなたは『やってもらって申し訳ない』と思わなきゃいけないことになってて、自分は何もできないと思ってるけど、『何もできない』のはお母さんのほうなんだよ。子供のお世話をすることでしか活き活きできない、お母さんのほうに問題があるんだよ。お母さんにとってのあなたの価値が『何もできない』ってところだから、あなたが生活の何かができたら、お母さんは困るんだよ。だからあなたのお世話をすることで、あなたを『何もできない』人にしつづけながら、自分の生きがいも保っているんだよ。あなたはむしろお母さんのために生きているんだよ。だから申し訳ないとか思う必要はないんだよ」とか、必死に言ってしまう時もある。
 自分が経てきた「段階」にいる人に会うと、「私はそこにはもういない! 今は上の段階にいる!」ってことを確かめたい欲求が噴出する。だからその人に“アドバイス”しているというよりは、その人を使って、今の自分に自信を持たせているという行動に限りなく近い。「あなたは間違ってないんだよ」って相手に言うセリフは、まんま自分が誰かに言ってほしいセリフで、自分の口から出てきたその言葉を聞いて自分が安心しているんだと思う。それを証明するように、私から必死に“説得”された相手はだいたい、「う~ん…」と首をかしげながら歯切れ悪く視線を落とす。私は一瞬の高揚感と達成感に包まれたあと、帰り道は自己嫌悪する。(一方的なセックスみたい!)
 そういうものを、49歳男性からの手紙に感じた。破って捨てようかと思ったけど、もう一度、ちゃんと読んでみようと思って、封筒から出した。
 「著者が未熟」で「イライラした」ということが6枚に渡って書いてあった。「イライラする」は頻繁に書いてあって、この男性が言うには“著者は本の中で「娘をイライラさせる母」を責めているが、著者もその血を受け継いでいる。その証拠に私はこの本を読んでイライラした”。とのこと。さっき「誰かに腹が立つのは相手の問題でなく、腹を立てる自分のほうの問題なのだ」って書いてたから、私が描いたものを読んでイライラするのはこの男性の問題じゃないのかな? と思ったけど、住所は「神奈川県横浜市」としか書いてないし、名前もおそらく本名じゃない感じで、反論しようがなくてイライラした。「著者は早くに反抗して不良少女になっていたほうが、より健全で爽快な人生を送れたのだ」と続き、「問題を起こさないと、親には無視されっぱなしだ。やるなら早いほうがいい、中学生のときにやるべき」と、「非行の走り方」みたいのが細かく書いてあった。それはこの男性自身が「そうすればよかった」と思ってることなんじゃないのかな、としか思えなかった。「やはり私は、自分の子供をつくらなくて正解だったと思う」と書いてある。もうマンガとは関係のない、男性自身の人生の振り返りが始まってしまい、私は男性の今までを勝手に想像して、勝手に切なくなる、という読み方しかできなくなっていた。だが男性は怒り心頭みたいで「著者にファン・レターを出して励ましてやろうかと思ったが、止めておく。著者は救いようのない人物だ」と書いてあった。男性本人は「抗議文」みたいな感じで書いてるのか、そういえば「1」「2」って段落がふってあって論文形式っぽくなっている。私はこの手紙から「お前が描いた本を読んで、こんなに心がかき乱された」ということしか伝わってこなくて、それは申し訳ないと思う反面、自分にとっては嬉しいことだし、これが「ファン・レター」じゃなくて一体なんなんだよ、と思った。
 とにかく「著者は未熟」という文面が続き、なぜか「まあでも、焦らなくてもいいでしょう」と慰められ、最後は「彼女の航海は、未だ始まったばかりなのだ。以上」で締めくくられていた。なぜか、読み終わったあとは最初に感じたムカムカがまったく消えていて、スッキリした読後だった。数年前の私なら、「お前は何も分かってない」「いずれ分かるでしょう」とか落とし穴に気づいてないみたいなことを言われるといちいちビクビクしていたけど、今は「ある人からは『何も分かってない』と思われる『段階』」を楽しみたい、と思っていることに気づいて、笑顔で紙を封筒に戻した。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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