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呪詛抜きダイエット

田房永子2013.05.14

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 今年4月あたま、テレビに女優の遠野なぎこが出ていた。母親との確執を書いた自伝を出版するとのことで、「母親を大嫌いとは言い切れない」とその複雑な思いを語っていた。
「でも、私は母のせいで摂食障害になった。これはもう一生治らない障害だと精神科の先生からも言われている。このことだけは母を絶対に許さない」
 怒りを最大限に押し殺して、遠野なぎこの声は震えていた。一生懸命、力を振り絞って言っている、という感じが伝わってきた。
 私は、ハッとした。私も3年前に摂食障害と診断されたんだった。今現在だって完全にその症状が出てるのに、なぜだかすっかり忘れていた。遠野なぎこの著書を読むと、彼女の摂食障害は今のところおさまっているようだが、彼女の場合は過食嘔吐といって、たくさん食べたあとに吐くというもの。私は吐かないタイプの過食症だ。
 私の過食症の症状がかなりひどくなったのは6年前の28歳あたりの頃。家に常に大量のお菓子やパンがないと不安で、仕事帰りに必ずコンビニでお菓子などをバカ買いし、できなかった時はわざわざ深夜に買いに行った。それでも「1日の食費1万円!」とかおどろおどろしくテレビで紹介されている“過食症”の症状であるとは自覚していなかった。
 だから精神科クリニックで「過食症ですね」とあっさり言われた時、ホッとした。「『私は過食症ではない』と思い込む病気」が一瞬で治った、という爽快感があった。
 クリニックでは過食症状をおさえる効き目のあるSSRIという抗うつ剤を処方された。他の気分的な症状はとても改善したが、過食症については劇的に効いたという記憶はないまま、妊娠したので飲むのをやめた。
 そして子どもを生んでからの1年間、私は過食症状が出っぱなしだった。育児と仕事で生活が急に忙しくなったのもあって、コンビニで大量の食べ物を買わないと落ち着かない、という“症状”が爆発的に出ていた。特にひどく貪り食っていたのは、たけのこの里とコカ・コーラ。そしてコンビニの骨なしチキンに、茶葉の味が一切しない紙パックのミルクティー。昼間は赤ちゃんを見て、夜中に仕事をしながらたけのこの里を2~3箱いって、コカ・コーラも500ミリリットルのペットボトルが冷蔵庫に何本も入ってないと落ち着かなく、多いときで1日2リットルくらい飲むようになってしまっていた。やばいと思い、去年の夏に断食道場へ1泊してみたこともあったが、最初の1週間くらいで即、たけのこの里地獄に舞い戻った。
 たけのこの里やコーラはあくまで間食、夜食であり、家族と一緒に食べる料理は、あぶらギトギトの中華料理しか作らなかった。煮物とかあっさりした料理はぜんぜん食べたくない。毎日毎日、あぶらギトギトのおかずを白いご飯にのせてたくさん食べた。
 自分でもやばいと思うのに、それしか食べられない。惰性とか意志が弱いとかじゃなくて、何かがとりついた様に食べてしまうというほうが近い。気持ちも体もブヨブヨしていて、悲しみが大きすぎて運動なんてできる状態じゃない。本当にどうしたらいいか分からなかった。ここから抜け出す何か、とっかかりが欲しかった。
 そんな時、摂食障害であることを告白する遠野なぎこをテレビで見て、「そういえば、私も『過食症』なんだった」と思い出した。そして、「私が摂食障害になったのは、母のせい」とはっきり言う彼女を見て、私も、自分の過食症の原因がなんなのか、知りたい! 知るところから始めてみよう! と思った。

 私は、催眠療法が好きで、それによる効果をかなり信じている。ヒプノセラピーで前世を見に行って、自分の恋愛観に納得したり、精神科の催眠療法を受けて理不尽な思いを抱えたままの子どもの頃の自分に会って励ましあって和解したりした。「排水溝にコレがつまってたから流れが悪かったんだ」というのと同じ感じの謎解明や納得やスッキリ、を感じられると私は思う。催眠療法で「過食症になった原因」を探ることにした。以前、別のことを催眠で探って、うまくいったことがあったからだ。

 私は、役所の手続きとか、確定申告とか、公式の書類を書いたり提出したり、あと家計簿をつけたり、役所の窓口で職員と話して手続きしたりすることがものすごく苦手で、やってるとハラハラドキドキし、全身から汗が吹き出てしまってマトモにできない。苦手なので見たくもないから書類など普段は放置してるので、やらなきゃいけない時になると書類がなくなってたり、前にも書いたのに書き方がサッパリわからなかったり、それでさらに気持ちがパニック状態になってしまい、「こんな自分は生きるに値しない」という絶望に行き着いて、急速に死にたくなってくる。マジで「死んだほうがいい」っていう気持ちになる。単純に不得意なだけだと思ってたけど、去年、汗だくで「死んだほうがいい」と思いながら書類の記入を何時間もやっている時、これは病的だと自覚した。なぜこんなことになっているのか。私は催眠療法を受けて、催眠状態の感じがなんとなく分かるので、自分で軽くなってみて、過去を探ってみることにした。
 目を閉じて催眠状態になり、「私の書類手続きが苦手な原因がわかる地点へ行きたい」と念じた。高校3年生の時の光景が出てきた。私は美大予備校に通っていて、東京芸大を受ける予定だった。芸大はセンター試験を受けなきゃいけない。センター試験の申し込みは学校でまとめてやることになってた。申込用紙を受け取る期日と、出す期日が分かれていて、私はすっかり忘れていて、受け取る期日が過ぎてしまっていた。センター試験申し込みの担当の先生が、昔の担任で私の中ではかなり好きな先生だったから、「申込用紙をください」と言いに行った。私は先生が「おう! まだ申し込みには間に合うから、用紙やるよ、書け書け!」と言ってくれると思い込んでいた。だけど先生は目を細め、「超軽蔑」って感じの目をして私を見て、「はあ? なんなんだお前は今頃」「お前が取りに来るの遅れたんだろう。遅れたけど書類出させてくれなんて、そんなことが通るわけないだろう」と、ものすごく冷たく「もうダメだよ。お前はセンター受けれない。当然だろ」と言い、申込用紙をくれなかった。家に帰って号泣した。結局は、用紙をくれてセンターも受けれた。あの時の光景が出てきた。

 私は、あの時の先生の冷たい態度が原因で、書類手続き恐怖症になってたんだって気づいた。「優しくて好きだった先生が急に冷たくなったこと」と「冷たくさせてしまった自分」が「書類、手続き」に直結していて、大人になっても書類や手続きに関することをやる時になると、あの時の恐怖がバーっと出てきてるんだ、と分かった。先生の態度が「お前、生きてる価値なし」みたいな感じだったから、「書類手続き苦手な自分=死ぬしかない」という方程式が体に埋まってるんだ。
 大人になった私の目線で、あの時のことを考えてみた。
 あの時の先生は、ちょっとひどかった。私のだらしなさにのっかって、ちょっとやりすぎだったと思う。「おう、内緒で用紙やるよ」って言ってくれてもよかったし、「だめだよ」って普通に言えばいいのに、あの時の先生はひどかった。私も、期日を忘れてたのはだめだったけど、別にそれは「死ななきゃいけないこと」じゃない。つうか、「死ななきゃいけないこと」なんてない。
 と、思ってみた。そしたら、急にすっごいラクに書類や手続きができるようになった。本当に見違えるほど、むしろ家計簿が大好きになってしまった。本当にビックリした。
 そういうことがあったから、過食症の原因も催眠療法で知れるのではないか、と思ったのです。
 そしてこのあと私は催眠療法を受けて、「呪詛抜きダイエット」への一歩を踏み出すことになる。
〔次回に続きます〕
※呪詛抜きダイエットに関しては、経過をこの「女印良品」でリアルタイムで書いていきたいと思います。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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