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呪詛抜きダイエット2

田房永子2013.08.20

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<2013年5月14日の「呪詛抜きダイエット」からのつづき>
 私は、自分が長年抱えている問題(過食症)を本格的に治療しようと思った。まずは「自分がたくさん食べてしまう原因」を催眠セラピーでみてもらうことにした。
 初めて行ったそのセラピールームは「禁煙できる」とか「高いところが怖くなくなる」とかの“暗示”を入れる催眠セラピーをするところだった。
 「過去にさかのぼったりして、自分が過食してしまうの根本の原因が知りたいのですが」とセラピストに言うと、「トラウマを見るのは苦しくて危険だから、私と親睦を深めたあとでしかできません」と断られた。
 しかし「『甘いものが嫌いになる』という暗示を入れると、本当に一切の甘いものが食べられなってしまいますよ。いいですか?」と言う。さらに「1度で効果が出る人は何千人いて2~3人で、ほとんどの人が1度では暗示にかかりません。何度か通っていただく必要があります」とか言われ、なんだか自分がやりたかったのと随分違ってきてしまい、面倒くさくなってきたので、提案された「『揚げ物のにおいを嗅ぐと吐き気がする。その代わり野菜が好きになる』という暗示」を入れてもらうことにした。
 私は催眠にかかりやすいほうだが、こんな暗示が効くとは思えなかった。7000円も損したなーって思った。
 帰り道、ラーメン屋の前を通ったらそのにおいで吐き気がして、めちゃくちゃサラダが食べたくなってサラダのことしか考えられなくなり、駆け足でファミレスに飛び込みサラダを注文した。
 それから毎日サラダというかレタスを食べないと落ち着かなくなってしまった。セラピストが「あなたの前に、レタスがあります。美味しそうなレタスで~す…」「みずみずしいレタスが、とっても美味しそうに思えま~す…」と、なぜかレタスのことばかり言っていたからだと思う。そしてその日ちょうどマツコ・デラックスがテレビで「練り物が好き」と言ってパクパク練り物を食べているのを見たのだが、レタス同様「練り物」がインプットされたのか、まったく好きじゃない「練り物」を食べ続けた。

 その数日後、知人の結婚式に参列したのだが、自分の太りきってしまった姿がみじめでみじめで、二の腕を出さなきゃいけないドレスを着るのが心底苦痛だった。
 こういう時の私には、みんなの前で「ずいぶん太りましたね」と言ってくる、私を「みじめ」の底に叩き落す人物が登場する。その結婚式でも「太ったね」と誰かに言われるのが怖くて内心ビクビクしていたのだが、見事に言われた。
 かなりショックで顔が引きつってしまった。でも「太っている」と自分で分かってて、「太ってますね」と言われて、ショックを受けるってなんか変だと思った。だったら太らなければいいのに、どうして私はわざわざ毎日、多すぎる食事を摂って太っているんだろう?  むしろ、私の核の部分は、「晴れの席で「『みじめ』な気持ちになること」を望んでいるんじゃないか? と思った。そう考えるほうがしっくりきた。
 セラピストは私の話を聞いて、「単なる悪い食習慣が身についてるだけ」と言っていた。そうなのだろうか? 何かがとりついた様に食べちゃうんだけど…。「おかずをつい食べ過ぎる」とかそういうんじゃなくて、わざわざ太る食べ物(菓子パン、惣菜パン、餃子、ハンバーガー、エクレア、等等等)を買ってきて食べる。食べてる時は、「太るからやばい」とか「これ以上はやばい」とかそういう感じがぜんぜんない。「社会」みたいなところからまったく別の次元に行ってしまう。だからコントロールなんてしようがない。むしろ「今日はこれだけ食べてやろう」っていう“前向きさ”すらあるように思う。 なのに自分の「太った体型」はまったく許容できない。「太っててもいいじゃない」って思おうとしたけど、ぜんぜん思えない。自分の体は、本来の自分よりも「太りすぎだ」ってすごくよく分かる。なのに、積極的に太ってしまう。 何か、私の中に「目的」があって食べてるとしか思えない。太る食べ物を選んで、大量に食べなければいけない「理由」があるんだと思う。その行為が「必要」なんだと思う。私はやっぱりどうしても、自分がどうして「太る食べ物を食べまくってしまうのか」が知りたいと思った。 数年前から通ってる催眠療法の先生のところに行って、それが正しいか見てもらおうと思ったけど、待てなくて、とりあえず自分で催眠状態になって、自分の心に聞いてみた。
 布団に横になったまま目を閉じ、「私が『食べなければならない』と思い込むようになった出来事の地点に連れてってください」と念じた。

 小学校の頃、不機嫌な顔をして集合写真に写っている自分の写真が頭に浮かんだ。私は着たくない服を着せられていて、不機嫌だった。上下緑色の服が写真に写らないように手で隠している。私の母は、男の子がスポーツの時に履くゴツイ靴とか、パジャマとして売られている服を私に着せて、遠足に送り出していた。そういう格好で、学校行事に参加するのは本当に本当にみじめで、つらかった。
 あの時の気持ちと、こないだの結婚式の時の気持ちが、まったく同じものだ、と気づいた。その場は「楽しい」んだけど、「自分の姿はみんなに見えないといいのに」って思ってる。
 私は、あの時の気持ちを、大人になっても再現してるんだ。と思った。大人になったら自分の好きな服を着れるけど、「着れない」ようにするには「太って似合わないようになる」というのが手っ取り早いから、私は太ってるんだ、と思った。そうとしか思えなかった。“とりついていた”のは、昔の私かな?
 小学校の頃、「こういう服は着たくない」と訴えても、母は“普通の服”や“私のお気に入りの服”は絶対に買ってくれなかった。私がイヤだイヤだと言ってすねると、母の友人等の大人たちに「イヤだって言うのよ、変でしょ」と笑って話す。他の大人は「変じゃないよ? かわいいよ?」と私を慰めた。
 しかしあれは、私のことじゃなくて、私の母を慰めていたんだ、と思った。私は「反発する自分がおかしい」と思わなきゃならなかった。「こんなことで、みじめな気持ちになること自体がおかしいんだ」と自分に言い聞かせたり、「みじめだ、ということを誰かに言っても分かってもらえない」という状態を一人で受け入れることをかなり頑張っていたんだと気付いた。そして大人になっても、その思いにずっと縛られてたんだと分かった。
 私は目をつぶったまま、頭の中で、不機嫌な顔をして遠足に参加している小学校4年生の私にかけより、「ひどいよね、着たい服着たいよね。着たい服じゃなくても、変じゃない服がいいよね。大人になったら、着れるよ。着ようね」と、当時の大人たちに言ってもらいたかったせりふを一生懸命言ってみた。 言ってるうちに、母は本当にひどい、と思った。 イヤな格好をさせて外を歩かせたり、「イヤだ」というのを聞き入れずに、何年間もそうやってイヤな格好をさせ続けるって、裸で歩かせるのと何が違うんだろうか。それは「いじめ」ってことでいいんじゃないか? と思った。 裸だったら他の人が通報してくれるけど、「大人からはイヤさ、変さがよく分からない微妙にイヤな子供服を着せる。お金がない等仕方ない事情があるわけでもなく、本人がイヤがってると分かった上でそれしか着るものがない環境を無闇につくる」って、本当に意地悪だと思うし、それが「いじめ」じゃなくて、一体なんなのだろう?
 私は、母から「いじめ」られてたんだ、と認めてみようと思った。
 涙がいっぱい出てきて、
 泣いた。

 泣いてみたら、私の「食べて太る行為」は、「母に私はいじめられてたわけじゃなかった」ということを証明する、という意味を持っているのではないだろうか? と思えてきた。
 「私はいつも、みじめなんだ」「母が選んだ服を着ていなくても、みじめな人間なんだ」「大人になっても、ほら、みじめでしょ」って思うために、太ってた。母にいじめられたから「みじめ」なんじゃない。母がやってたことは「いじめ」じゃなくて、私がもともと、「みじめ」な人だから、私は「みじめ」だったんだ、って思いたくて、太る食べ物をたくさん買ってきて食べてたんだ。太ることで、母を必死に肯定してたんだ。
 そうとしか思えない。
 母がどう思ってたかは関係がない。私はイヤだった。でもそれをずっと封印させれられて、結局、もう絶縁して会ってもいないのに、それでも母を肯定するために、知人の結婚式でみじめな気持ちになる。なんだこれ?
 私には、太らなきゃいけない理由なんて、もうなかったんだな~と思った。

 大人になって振り返ってみると、子供の私には、ほとんど大人の味方がいなかったなと思う。
 一度、本当に小学校でつらいことがあって、ものすごく落ち込んだことがあった。担任の先生がとにかくイジワルな人で、毎日イヤミを言われていたのだが、その日のイヤミは飛びぬけて私を落ち込ませた。それに気づいた家庭教師が「どうしたの?」と気づいてくれて、話してるうちに号泣したことがあった。
 家庭教師は東大生の22歳くらいの男の人だったけど、私の話を聞いて「僕も先生からこんなひどい目に遭って悲しかったことがあったよ」って、話してくれた。そのうちに家庭教師も泣き出して、2人でしばらくおんおんと泣いた。
 ああやって、大人が一緒に“吐き出し”に付き合ってくれると、その時はそのリアルなつらさがすぐには消えなくても、あとあと残らないと思う。何をされたか、もだけど、「気持ちを分かってもらえなかった」というほうの傷も、実は深く残るんじゃないかと思う。
 「いじめ」と「みじめ」の関係に気づいてから、ストンと喉が通った感覚があった。そういえば、「母と表面上仲がよい」時期や「母を極端に拒否、否定する時期」に限って、過食癖が進行してたような気もした。
 「太ってみじめな思いをする」ということは、私にとっては自分の自尊心を保つ方法の一つであり、生きていくために重要なことだったんだと思った。私の中で、「母のことが好き」なのと「自分が太ること」はセットになっちゃってるのかもしれない。でも、太って自分がみじめな思いしないと「好き」と思えないなんて、それは「好き」じゃないよねえ。
 明らかに、体と頭の何かが変わった気がした。

 そして次の朝、ものすごい吐き気で起きた。同時に下痢が始まり、すごい勢いで胃腸が何かを吐き出してる感じがした。熱が出てないのにフラフラして、そして全身が冷えてきて、「梅醤番茶」が猛烈に飲みたくて、お風呂に入りたくなった。飲みながら半身浴をして汗を出しまくったら、気持ち悪さがかなりよくなった。
 私はここ1年、ずーーーっと、つめたーーーい飲み物を飲んでた。キンキンに冷えたものをガブガブ飲んでいた。胃や腸に、相当な負担がかかってたと思う。自傷の一種だった、と思うことにした。それが、「すべての原因」に触れた途端、一気に「私たち、つらい!!」って胃と腸が叫び出した。
〔次回に続きます〕
※呪詛抜きダイエットに関しては、経過をこの「女印良品」でリアルタイムで書いていきたいと思います。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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