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自己統合の物語としての「アナと雪の女王」

田房永子2014.06.16

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​ 「アナと雪の女王」は自己統合の物語である。
※(以下ネタバレあります)
 「自己統合」にもいろんな人によるいろんな解釈があるが、私にとっての「自己統合」は、「人の中にはいくつかの人格があって、それが主人格と一つになる(統合する)と、生きやすくなる」というもの。
 まず私の話をしたい。私には「書類が苦手」というクセがあった。役所の手続きとか、確定申告とか、書類を書いたり、窓口で職員と話して提出したりすることがものすごく苦痛で、やろうとするとドキドキハラハラし、汗が吹き出てマトモにできない。嫌すぎて見たくもないから書類なんか届いても放置するので、必要な時に書類がなくなってたり、それでさらに気持ちがパニック状態になってしまい、「こんなこともできない自分は生きるに値しない」という絶望に行き着いて、急速に死にたくなってくる。それが「書類」を処理する時のいつもの私だった。
 単純に苦手なだけだと長年思ってたけど、ある日、汗だくで「死んだほうがいい」と思いながら書類の記入を何時間もやっていて、これは病的な何かであると自覚せざるを得なくなった。
子供も生まれて、これから親としての書類の手続きがたくさんあるだろうし、20代の時はなんとなく適当に誤魔化したり親や夫に代わりにやってもらったりしてたけど、こんな状態で私、これからずっといられない。
 そんな書類に対する苦手意識が、自己統合(USPT)治療を受けてかなりよくなった
 その治療の模様は、私の漫画「呪詛抜きダイエット」(こちらで無料で読めます。http://www.daiwashobo.co.jp/web/html/tabusa/index.html)の第7回に描いたので、ぜひ読んでもらいたい。
 自己統合治療では、まず、私の中にいる「書類が苦手になる原因が起こった時の自分」を探した。
 私の中には、「高3の時、センター試験の申し込み書類の申請を忘れて、受けられないかもしれない恐怖を感じた人格」がいた。その時、「大事な書類を忘れるなんて、私はダメ人間だ」と痛烈に思ったけど、先生に「だらしない自分が悪い」「自業自得」と言われかなり冷たい態度をとられて、なかなか書類を渡してもらえなかった、というのがショックだった。

 結局センターは受けられたし、30歳を過ぎた私は健康に暮らしているのに、「高3の時の人格」はそのままずっと、「大事な書類を」身を縮めた状態で私の中に存在していて、「書類」に向き合う時になると、「高3の時の人格」がワッと表面に出てきて、役所の人に冷たく断られるんじゃないかとか思って、必要以上に書類に対して恐怖を感じてしまう、ということだった。
でも、自分でもそんな出来事忘れていたし、それが今の自分の悩み(書類苦手)とつながっているとは全く分からなかった。
 ここからが自己統合で、今の私(主人格)が高3の時の人格(書類に恐怖する人格)に対し「もう大丈夫だから、あなたはセンターも受けられたし、いまも元気で生きているから、安心して私と一緒に生きていこう」と、一つになって(統合して)くれるように説得する。了承してもらって統合すると、書類に対してむやみに恐怖を感じなくなり、恐怖を感じてもその恐怖の理由が分かっているので「もう高3のあの時じゃないから大丈夫」と自分に唱えれば、汗だくになることもなく、普通に書類の手続きができるようになったのだった。
 「アナと雪の女王」では、アナとエルサが住むお城が<1人の人間>でアレンデール王国は<その人間の生活>、アナが<「明るく幸せに生きていきたい」と願う主人格>で、エルサは<「過去に起きた出来事の恐怖と、『表に出てはいけない』という呪いをかけられた」主人格から分裂した人格>、と当てはめることができる。

 そもそもエルサの能力は悪いものではなかった。能力があることでアナと一緒に楽しく遊ぶことができていた時はむしろいいものだった。だけどたまたまその能力によって嫌なことが起きてしまい、自分自身が能力に恐れを持ってしまった。さらにトロールから「能力がバレると他者から攻撃される」と教えられ、ビビった親も厳重に管理するようになる。
 私の書類を提出するのを忘れるような性質も、時と場合によっては、「のん気でおおらか」とか呼ばれるようなものであったはずだ。だけどその時はたまたま条件が重なって、「これからは気を付ける」に留まらずに「こんな性質を持っている自分はダメで、人に見せてはいけない」と思い込んでしまった。

 先生(トロール)からも「お前はだらしない(お前は危険、この能力がバレたら攻撃される)」とお墨付きをもらってますし、親(国王)からも毎日のように「お前のだらしないところ、他の人に知れたら恥ずかしいから隠さないとね(手袋をしなさい)」と言われてますし、「私にも書類を普通に出せたりするかもしれない(雪の能力、どうにかすれば自分でコントロールできるかも)」なんて発想するわけがない。どうにかこのダメ能力が外にバレないように、自分(アナ)にも隠さなきゃいけないんですね。
 アナのほうは、なんで急にエルサと一緒に遊べなく(書類が苦手に)なったのか分からないので、「なんでなんで~??」と無邪気にエルサの部屋のドアを叩くのです。

 両親が死んで、アレンデール王国の戴冠式、お城の門が開く瞬間は、まさに成人して自立するにはこれからはすべての書類手続きを自分でやらなければならなくなった時。これ以上もう誤魔化せない。私だって幸せになりたい。
 お城がちゃんと門をあけたりして普通に機能してない(書類が提出できない)と、周りの国のやつら(近所の人たち)が「あの国おかしいんじゃないか(田房さんちの奥さん、役所で大量の汗かいてたけど大丈夫か?)」と探りを入れてくるのも当然。やべー、今日だけは門開けて戴冠式し(人前で書類出さ)なきゃなんない。エルサ(書類恐怖人格)、どう隠すかピンチ。
 しかしアナ(主人格)はこの門の解放を機に人生を謳歌したいので、彼氏とか作っちゃう(生命保険の契約とかしてきちゃう)んですよね。「私、この人と結婚するから!(生命保険入るね!)」とかいきなり言われても、エルサ(書類恐怖人格)的には冗談じゃないですよ、生命保険とかゾッとするほどわけわかんないし、これからなるべく静かにバレないように生きてこうと思ってがんばってんのにふざけんなよ、私がどんな思いであんたに隠してきたと思ってるんだよって感じ。だけどアナはそんなの知らないから「ハンスの兄弟もここで暮らそう」とか言っちゃって(大量の保険のパンフ持ってこようとして)、「私はなんでもないように人と交流(書類処理)できる人間じゃない」って思い込んでるエルサはもうわけわかんなすぎてパニック、とうとうアナやみんなの前でブチ切れて能力を見せてしまう。
 やっちまったエルサは「ありのままの自分を好きになる」と言って完全に開き直って服装も変えて強気な雰囲気になるが、あれは「書類の手続きなんかしないで生きていく!」って言ってるのと同じだから、それでは人としては社会で生きられないのです。だからその間、王国や城(生活と自分という人間)は凍ってしまったし、それで困ったハンスや他の国の人たち(役所や税務署)が押しかけてくるのは当然なのです。

 アナ(主人格)は、エルサ(書類恐怖人格)が閉じこもる氷の城に出向き、「二人で山を下りよう(自己統合しよう)」と説得します。「私に近づかないで ここでは自由に生きられるの。(私はもう書類とかない世界で生きていくんで、あんただけ好きに生きてください)」とエルサは言いますけど、アナは「アレンデールが氷に包まれて危機なの(あんたのおかげで今の私も安心して生活できないのよ、書類処理をしようとすると体震えちゃったりしてうまくできないのよ)」と告げます。せっかく自分の能力(書類が恐怖である性質)を認めることができて、そんな自分でもいいじゃない、って思ったのに、まさか、自分自身や周りの人(役所や税務署とか)にまで迷惑をかけているとは……。絶望です。

 自分は書類処理なんかできないって思い込んでるエルサは追いつめられて“怪物マシュマロウ”を誕生させる。体中から鋭利なつららが生えているマシュマロウは、逆ギレのやけっぱち。役所や税務署の人たちをなぎ倒し、さらに過食したり自暴自棄な自傷行為で、その時受けた傷によってアナの心臓が凍ってしまう。
 アナとエルサを主人格と分裂した一つの人格として観ると、アナが出会った二人の男も面白かった。
 エルサの能力のことなど知らない状態でアナが恋に落ちるのがハンス。自分の中にトラウマによる分裂人格がいることすら無自覚な状態で熱烈な恋に落ちる相手は、ハンスみたいな男がしっくりくる。ハンスは、アレンデールの国とか城とか、入れ物しか見てない。つまり「女のことを『女である』というところだけしか価値がないと思ってる男」と言い換えることができる。こういう男にとって、女の中にある人格は<幸せを夢見るアナも、トラウマに怯え心閉ざすエルサも>必要ない。
 私もハンス男と一緒に住んでいたことがある。ハンス男は私の中の<アナ>には「応援するよ」と言いながらも「漫画家になりたいって言ってるけどぜんぜんなれないじゃん、才能ないんじゃない(笑)」とけなしたりダメ出しを毎日繰り返し、私の中の<エルサ>には「頭おかしいんじゃない」と、とにかく冷酷である。こちらのアナにもエルサにも興味がなさそうな割には、アレンデールにはものすごく執着してきて、愛してると言ったり、自分の学歴や収入のスペックがどれだけ高いかを確認させたり「こんな僕と一緒にいられて君は幸せだね、君の幸せは僕のおかげだね」と洗脳のようなフレーズを唱える行為を休みなく毎日行う。そして「仕事はしたいならしてもいいけど、ちゃんと家事とかやってくれないと結婚はできない」と、“家計は助けるけど家事もきちんとする嫁”だけを所望し、じわじわと「結婚と引き換えに人格を殺せ」という要求をしてくる、それがハンス男です。一般的にモラルハラスメントと呼ばれています。
 主人格と分裂人格がバラバラの状態の人のほうが操作しやすいので無意識にそういう人に近づいてくるのがハンス男、映画の中のハンスも、ちゃんとした国じゃなくて、城が閉ざされて周りの諸国から怪しまれている不安定そうなアレンデールなら乗っ取るのが簡単だから近づいたわけですね。
 一方、エルサという分裂した人格と統合しようと奮闘している時にアナが出会った男、クリストフ。どこに出しても恥ずかしくない王子様であるハンスに比べ、クリストフは「友達はロバと石だけ」な、かなりヤバめな感じ。トロールたちはクリストフとアナをくっつけようとする。私はトロールに対し「あんたらがエルサに過剰な呪いをかけたんだろうが」って思ったけど、アナを主人格とすると、トロールはその時々によって言うことがいろいろ違って、当たっていたりはずれていたり、大事なことも言うけど基本的には適当な「世間(ちょっとした知人やインターネットや世論)」をあてはめることができ、そう考えるとオラフは「理解のある友人」があてはまる(映画でもそうだけど)。
 瀕死状態で回復のキスを求めるアナを「ちょうどよかった、お前そのまま死んじゃってよ(夢とか持ってると家事ちゃんとしないじゃん)」と切り捨てるハンス。他の国の人たち(上司とか同僚)に沈痛な面持ちで「アナが国の権利を私に託したまま死にました(彼女、俺と結婚するために夢をあきらめてくれたんですよ)」と報告、国王(自分に迷惑をかけずに家事も仕事もこなす妻を持つ男)になるにはエルサが邪魔(トラウマでグジグジされるのも嫌)なので、エルサも殺しちゃうことにしました。
 アレンデールの城(一人の人間)が生きるには、ハンス(モラハラ男)の言いなりになって、アナとエルサ(自分の性質や夢)を殺して、入れ物だけでハンスに生かされ続けるしかない、絶体絶命の状態。
 私はこの時、クリストフとキスするもんだと思っていました。アナとエルサの自己統合には、力強く寄り添ってくれる第3者の存在も重要だから、まずはクリストフとキスして、どうやってハッピーエンドになるのかな~って思ってました。
 だから、クリストフとキスしないでエルサを助けるために凍ってしまったアナにエルサが抱きつくことで解凍した展開にびっくり。
 まさに自己統合じゃないか!

 自分の能力を恐れなくていいんだ、「愛」でなんとかなるんだ、とエルサが気づいて、城に戻って、門を解放した状態で暮らすことができるようになったのは「一人の人間の自立」を表している。自分の“能力”にはいいところも悪いところもあって、ダメだと思い込むだけじゃなく、それがどんな性質か知って使いこなすと、いろんな人と知り合えるし、楽しい人生が待っている。さらに、統合すると自分の意志とかはっきりするので、嫌なやつと貿易するのやめたりできるようになる。
 アナとエルサがバラバラに暮らしてると、ハンスとか他の国のオッサンにNOと言えなくてアレンデールを乗っ取られたり、良いように使われちゃったりするんですよね。
 途中、開き直って氷の城で絶好調だったエルサが、アレンデールが凍ってると聞かされ、「なにもかも無駄だったの 無意味だったの」と嘆くシーンがあるけど、エルサが氷の城に閉じこもったことで問題が表面化したし、何よりも雪の中でティアラ(王族であるという世間体)やマント(寒くないのに寒いって本来の自分を隠しマトモな人のふりしてる)を脱いでいったのは、それまでトロールや両親、そしてエルサ自身がかけていた「いい子でいなきゃいけない」とか「自分を出しちゃいけない」「自分を好きになっちゃいけない」という呪詛、を抜く行為なので、アナとエルサが自己統合するためには、まずは氷の城の時期は絶対に必要だった。揉めた時にアナが、エルサの手袋を片方取ってしまったのもよかった。エルサにとっての手袋は親からの呪詛そのものだから。
 もし、あの戴冠式の日、アナがあんなに「自由を謳歌するぜ!」って飛び回るような気持ちではなく、「どうせダメだ…引きこもりの姉さんいるし…あたしに恋なんかできるわけがない」と卑屈な気持ちだったら、エルサの「今日一日だけマトモなふりする」という決意に巻き取られ、何事もなく戴冠式が終わり、せっかくの自己統合のチャンスだったのにまた門を閉じた城での「どうしてあたしはこんななのかしら」という生活が始まっただろう。
 私は「自分はダメだ」と閉じこもる気持ち(エルサ)を破壊するくらい「幸せになりたい」という気持ちを全身で表現するアナが大好きだ。でも、観る時によっては、エルサを放っておいてやれよって思う時もあるかもしれない。そんな楽しい映画だった。あーまた観たい。
 エンドロールのあとに出てきたシーン、マシュマロウがティアラを頭にのせると、鋭利なつららがひっこんで優しい笑顔になる、というのも、意味深だった。世間体は尊重しすぎても自分が苦しいけど、生きていく上で無視しすぎることもできない。
 エルサがまた氷の城にやってきて、マシュマロウの背中からつららが生えて、国が危機になることも、これから先あったとしても、アナが迎えに来てくれるから大丈夫だ!
 自己統合(USPT)治療の他に、ゲシュタルトセラピーというセラピーでも、「自己内対話」という自己統合をする時がある。そのゲシュタルトセラピーについても「呪詛抜きダイエット」の書下ろしに書きましたので、7月中旬に発売される「呪詛抜きダイエット」の単行本を、ぜひ読んでいただきたい!
「呪詛抜きダイエット」http://www.daiwashobo.co.jp/web/html/tabusa/index.html 
(この掲載分以降の約70ページの書き下ろしが単行本に収録されます)

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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