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「仕方ない」の先

田房永子2016.04.18

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 以前、住むための物件を探してる時のこと。見に行ったマンションがやたらと「防犯」しまくっていた。
 もちろんオートロック、各階の廊下に防犯カメラ、ピッキング防止の見たことない形のドアノブ、さらにものすごく目立つわけではないが、「不審者に注意」「不審者を見たら110番」の貼り紙がマンションの共有スペースの要所要所に貼ってある。
 管理人だか自治会長だかの「不審者を立ち入らせない」「この空間で非常なことをさせない」という気迫がひしひしと伝わってくる。私は少し胸が熱くなった。
 私の、住居に対しての気持ち、こんな感じ。出かけた先から家に帰ってきた時の、家に入る時の、気持ちって、こういう感じ。そういう風には見えなくても、心の中ではずっとずっと、不審者に警戒してる。それが骨身に染みついている。
 そんな「警戒心」が具現化されたマンション。なんか落ち着く。この気持ちを分かってくれる人がマンションを管理してるんだなーって。
 帰り道、夫は「あれだけ警戒してるってことは、過去に不審者の事件があったんじゃないか?」と言ってきた。
 「確かにちょっとすごいよね。でも私はあんまり違和感なかったよ。どこに住んでも、あんな気持ちで毎日生活してるからね。私の気持ちがもし目に見えたとしたら、あんなマンションになるよ!」って笑いながら言ったら、夫は冗談だと受け止めたのか、「それ病気だろ」と笑った。
 ぎょっとしたけど、ある方向から見たら私は病気なのかもしれないなって思った。
 でも私には、“病気”になった理由がある。
 「道を、街を、人を、世の中を警戒してるし、そうなっちゃったのは実際に子供のころから見知らぬ大人から危険な目、いやな目に遭わされまくってきたからだよ」
 って、ただ口から言ってみたら、「そうか・・・」ってしゅんとした感じになってた。
 私は夫が手を伸ばせば何を取ろうとしてるのか分かるし、夫も私が部屋の中で何を探しているのか分かる。ツーカーの仲だけど、この「警戒心」の件に関してだけは、私がツー、ツーと2段階で説明しないとカーしてくれない。それは仕方ない。昔はもっと、ツーツーツーツーくらい必要だった気がする。ツーがまだあることではなく、減ったことに注目したい、そんな気分。

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 今年の3月28日、タイムラインに流れてきた作家の東浩紀さんのツイートを見て、あの「病気」と言われた時と同じ感覚になった。

 勝手ながら、東さんのツイートを2つ抜粋します。前後がありますので、もし見たい方は検索したりして見てみてください。

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@hazuma
うちも娘が10歳になってきたので、そういうこと(男性の性的視線)を考えねばならなくなるわけだけど、その感覚には確かに男女差があって、たとえば娘を学習塾に通わせるとき、妻の意見で山手線を使わない場所に変更したりして、なるほどこれが女性から見える東京の現実かと思ったりするわけです。

@hazuma
他方で男性は、山手線が危険な場所だなんて、まず思わないからね。日本/東京は世界でいちばん安全だ、レイプもないしとかドヤ顔して言っているひとたちは、そういう感覚をもつ人々の存在にも目を向けたほうがいいとは思います。
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 この2つのツイートの、文字の並びを、じーーーっと見てしまった。今も見てしまう。
 肌で生傷を感じている、その記憶から警戒するのが当たり前の人生を歩んでいる、そういう自分と、そうじゃない人のギャップが、このツイートでよく分かる。
 なんでそんなに上から目線なのか、なんか神様っぽい言い方だな、つまり他人事感がすごいな、とも思うんだけど、言ってくれてありがとう、という温かさも、みぞおちのあたりから湧いてくる。

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 ネットのインタビューで、「今も警戒してしまう。警戒するのが当たり前という時期が長すぎて、今も抜けない」ということを話したら、それが歪曲した形で拡散されて、ひどい悪口を書かれたことがあった。私の顔写真を見て、「ブスが何言ってるんだ」「お前なんか狙わない」みたいなやつ。
 私だって別に、好きでそういう感覚になったわけじゃないし、ブスとか関係ないだろ。関係あるとしたら、むしろブスがそういった体験を語ることに意義があるだろが。
 という反論は、特にしないことにしている。言っても仕方ないし。でもこうして書いてしまう時もある。

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 私のiphoneの中に、キオスクを撮った写真がある。去年の夏、どこの駅だったか思い出せないが、東京の駅構内にあるキオスクに文庫が並んでいる棚があって、その中に「むれむれ痴漢電車」というタイトルの文庫本が2冊置いてあったので撮った。

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 内容がどんなものなのか確認しなくても、キオスクで販売する商品として背表紙だけで完全にアウト。写真をよく見たら、その本の隣に「機内サービス」っていうのもあった。たぶん飛行機のCAのことだと思うけど、新幹線とかにも車内販売員がいるからなんか彷彿とさせてアウトだと思う。そもそもキオスクで官能小説を買う必要性が謎だが、昔からキオスクでは官能小説が売られている。最近は減っていると感じてたけど、敢えてこのタイトルを並べちゃうキオスク。
 例えば、宅急便の運送員の社内の売店に「昼下がり人妻 宅配のお兄さんを連れ込んでおそっちゃいました」とかいうタイトルの本が売られてるみたいな奇妙さ。例えが伝わりづらいな。
 もっとオープンな場所で例えたい。参拝客300万人来る有名な大きい神社の初詣で、その神社側が出している露天で「人のお金で悠々自適に暮らす!スリの手口教えます。」とかいう本を売ってる感じ。神社は「スリにご注意」とか看板で呼びかけているにも関わらず、そういう露天も出しているというダブルスタンダード。
 あともう一個。郵便局の窓口の横っちょで売られてる、郵便グッズのところ、記念切手とか通帳ケースとかが並んでるとこに「振り込め詐欺天国」とかいうタイトルの、振り込め詐欺で一攫千金した青年が成り上がっていくハードボイルド小説が置いてあるみたいな感じです。
 有名な神社や郵便局でそんなことになってたら、問題になると思う。ミヤネ屋が調査に来るかも。客を馬鹿にしてるのかって。どういう意図なのかって。
 「スリ行為」も「振り込め詐欺」も「痴漢行為」も、他人を無断で侵略する暴力であり犯罪だというのが共通してるけど、痴漢だけは本来はミヤネ屋が出動するべき事態が「日常」になっている。

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 テレビで「魔女の宅急便」を放送してた。いつか娘と見たいなって思ってたから、録画した。ジブリの中で一番好きな作品。
 リアルタイムでは、10歳の時に母親と映画館で見た。そのあとも何回か見たけど、今回はすごく久しぶり。娘と一緒に見始めた。
 キキには結構感じ悪いところがあったり、自分のことをイヤになることがあったり、そういうのがリアルで親近感が持てて、好きだったんだと思う。
 でも、子持ちの37歳になった私、「魔女の宅急便」を観ていて、だんだん暗い気持ちになってきてしまった。「となりのトトロ」の時もそうだったから(以前このコラムに書きました)「え、またかよ」「これもかよ」と思った。
 キキは13歳だけど、彼女のメンタリティや社交スキルは32歳くらいだと思う。13歳の女の子って、絶対に、こんなにオトナじゃない。いい子すぎるとか真面目すぎるとかリアリティがないとかって話じゃなくて、この「見た目と設定は13歳、でも中身は32歳」って若い女性が世の中から求められている像そのものな気がして、その大衆の感性ってもともとあって宮崎駿がそこにフィットしたのか、宮崎駿の才能が創り出したのか、とか魔法とぜんぜん関係ないことばかり考えてしまってつらくなってきた。ただ楽しく国民的映画を観ようとしただけなのに。

 魔女が映っている画面を娘と観ているだけで、その“悩み”を口に出したりはしてない。脳内で、あれやこれや、私ってどうしてこうなんだろう、と悩んでみている。だけど実は悩んでいるふりで、実際はそんな自分を嫌悪はしていない。
 だって、痴漢に遭わなくても警戒し、作家のツイートに眼球と心が動かなくなり、ネットで「被害妄想ブス」と罵られ、キオスクの文庫本の棚の品揃えを無意識にチェックし、国民的映画にケチをつける、そんな37歳になってしまった原因に私が関与していることは、「女体」を持って生まれたということ、それだけだからだ。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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