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尾頭さんは田代まさしのことを言っている。「シン・ゴジラ」感想文<前編>

田房永子2016.09.21

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  ※「シン・ゴジラ」の個人的感想文です。ネタバレあります。

 巨大不明生物が、大田区の道に沿って移動してた。それがすごく意外だった。私はアニメが苦手で特撮モノも興味が無く、ゴジラシリーズは一つも観たことがない。だからなんとなく、街に現れる巨大な怪獣っていうのは、建物を敢えて破壊したり人々を手でつまんで投げ捨てたりするものなんだと思ってた。
 だけど巨大不明生物は、建造物を意識的に壊すわけでも敢えて避けているようにも見えず、人が作った道をただその通りに進んでた。何かの意志や覚悟を持って上陸したわけではなく、「なんだか自分でもよく分かんないけど出てきちゃっている」感じ。私にはそう見えて、それがなんか気持ち悪かった。
 だけどその様子に見覚えがあった。ただ力任せに、何かに突き動かされてるだけの社会性も客観性もない存在。かと言って主観もない。ただただ、衝動で動いてるもの。
 そんな巨大不明生物を、政府は最初から「コミュケーションが取れない」と断定して、攻撃によって力尽くで抑圧して、ないことにしようとする。

 ああ~、この戦い、どこかで見たことある。って言うかこの戦い、私もやったことある。ていうか、日常的にやってる…。あ~!
 巨大不明生物は衝動で動いているというより、「衝動」そのものだ。そして政府は「理性」だと思った。
 正直そこまでの30分はめっちゃつまらなくて、あと1時間半どうしよう…って光らない腕時計を何度も観ては絶望してた。でも、衝動VS理性の話なんだ、って思ったら他にも全てがピッタリ当てはまるから、一気に面白くなって大興奮した。

 ここで言う「衝動」は、体の中からグワッと湧いてくるやつのこと。今日はちょっと控えようと思ってたのに、またやっちゃった、みたいなこと。人によって違うけど、衝動によって引き起こされる行動でよくあるのは飲酒、喫煙、暴食など。
 そういう衝動からの行動って、生活に支障が出ることがある。っていうか、支障が出るから「ちょっと控えよう」という理性が働く。大抵の場合、自分の中から湧いてくる衝動が何なのか、という理由を探ったりはしない。とりあえずノンアルコールビールを飲んでみたり、禁煙パイポに替えてみたり、手帳に「今月は暴食しない」と書き込んでみたりする。だけど効果がなくて反動で余計に次の日飲んじゃったり吸っちゃったりする。

 私は自分の衝動にすごく困っていた。私の場合の衝動に引き起こされる行為は、過食と、夫にブチギレて暴れてグーで殴ったりしてしまうこと。
 飲酒と喫煙と暴食と、暴力衝動を一緒にするな、と思う人もいるかもしれない。
 私もそう思っていたけど、自分の困った衝動について悩んでいる時、いろいろな衝動について調べたら、考えが変わった。
 特に興味深かったのは、痴漢加害者と万引きをする人のその衝動。痴漢加害者の人に直接話を聞いた時、その「やってしまう時の衝動がワーッと湧いてくる感じ」が、私の過食とブチギレ行動のその時の衝動の感じと、まるで同じだった。
万引きがやめられなかった人から、万引きする時のことも直接聞いたことがあった。その人に私の過食やブチギレ行為をする時の感じ(ワ~~ッと湧いてきてそれをすることで頭がいっぱいになる)のことを話したら、「同じだ」と言っていた。
 引き起こされる行動は違っても、衝動が湧いてくる感じ、というのは同じなんじゃないだろうか、と思うようになった。
 私は飲酒をまったくしないが、酒を飲む人たちも衝動に飲むという行為を引き起こされているように見える。ビールのことで頭いっぱいって感じだし、冷蔵庫で冷やしてなかった!とかショック受けたりしてる。次の日具合が悪くなるって分かってるのに、久しぶりに会った人たちとマトモに話せなくなるのに、べろんべろんになったりする。飲酒行為を起こす衝動がない私は、安易に「飲まなきゃいいのに」と思ってしまう。
 多くの人が、痴漢なんてどうしてするのか分からない、万引きなんて怖くてできないのが普通じゃないか、と思うのと、「どうしてこの人にはそんな衝動があるのか」と思う点においては、同列のことであると思う。行為としては、飲酒は合法であり、痴漢や万引は犯罪であっても。

 そういった、それぞれの人が持つ衝動にに引き起こされる行動というのは、生活や健康に支障が出たりすることで問題化される。だけど「支障が出る」からの「問題化」までの間には、たいがい「いや大したことないし」とか「やめようと思えばすぐやめられるし」とか思う期間があるものである。

***

 「シン・ゴジラ」での政府(理性)も、最初の段階では「生物」だとなかなか認めない。矢口蘭堂が「ネットに巨大不明生物だと裏付ける動画」があると指摘しても、「そんなことあるわけがない」「恥をかかせるな」と言って無視する。尾頭ヒロミが「上陸する可能性がある」と言っても「上陸はしない」と首相が発表してしまう。
 モタモタしてるうちに、巨大不明生物(衝動)は上陸(衝動が体を操り、具体的な被害を現実に生み出す)して東京(体、健康)を破壊し始めてしまう。そこでやっと、その重い腰を上げて、政府(理性)は巨大不明生物(衝動)を駆除しようと動き出す(問題化する)。

 政府(理性)は、立ち位置とか面目を保つという「世間で恥をかかないための組織」なので、かなりビビりである。巨大不明生物を倒しに行っても、線路に老人が歩いてることを即座に見つけ、それを理由に攻撃を中止する。いつもできるだけ、「問題は起こってないことにしたい。私の国(人生)にはよく分からない奇妙な巨大不明生物(衝動)なんてない」と思いたがる機関なのである。
 一方、政府(理性)の中でも、矢口は巨大不明生物が一体なんなのか、という視点を持っている。そして、巨大不明生物が核分裂で生まれたという事実にいきつき、その鍵を握る牧悟郎の存在を知り、カヨコ・アン・パタースンという仲間を得て、「ゴジラ」という名前をつける。

 人間は自分の衝動のでかさに気づいた時、そのヤバさに、理性が分裂して矢口的なものを生み出すんだと思う。
 私は興奮した。そうだ、理性は一つじゃないんだ。「衝動」一つに対して、それを統制する「理性」も一つだと思っていた。
 誰の理性の中にも、政府と矢口がいて、さらに牧悟郎もカヨコ・パタースンもいる。矢口がつけた「ゴジラ」という名前を、政府が了承する、という形で、理性が一致団結した。
 そして、ゴジラ(衝動)の正体が明らかになっていく。深海に捨てられた放射性廃棄物を食べて進化した生物だった。
 長谷川博己の顔を大画面で観ながら、うおおお…マジかよ…って思った。

***

 私は自分の過食やブチギレの衝動を探っていくしかない…と思ってカウンセリングやセラピーで掘り下げていった結果、そのどちらにも、自分の自尊心をボロボロに傷つけられた理不尽な過去の影響があった。
 どちらも、実母の記憶。私は小さい頃からずっと、強烈な母から、感情や意志や人格を否定されまくってきた。29歳までは「親のことでグダグダ言ってるのは恥ずかしい」という理性がフル稼働していた。
 だけど私の深いところにある自尊心(深海)には、自分で無意識に封印した理不尽な過去(放射性廃棄物)がどんどん蓄積され、自尊心は蝕まれ、そこで生まれた衝動(ゴジラ)が理不尽(放射性廃棄物)を食べ続けて進化していた。
 そして29歳のある日、ゴジラは上陸してしまう。そこからしばらく、明らかに私の体(東京)では身体機能(都民)が停止(避難)した。鬱状態(都市が麻痺状態)になったのである。だけど、私の体(東京)の中で「私は傷ついている、親を拒絶したい」という衝動(ゴジラ)と「傷ついているからなんなんだ、親を拒絶なんてできるけわけないだろう」という理性(政府)の戦いは続く。
 私は布団に入ったまま、体は動かないのに、頭の中は信じられないほどさかんに動き続け、毎日目がチカチカしていた。

 ゴジラは、衝動であり「魂」そのもの。それが放射性廃棄物(理不尽な過去、ストレス)を食べて、進化、強化して、東京を破壊しに来る。それは東京(自分の体)への攻撃でもあるし、メッセージでもあり、SOSでもある。日本というか地球(その人自体)に生命力があるからこそ、ストレスを食べて衝動が凶暴化する。それが東京(体)への攻撃(自傷的な行動)を引き起こす。というかゴジラ(衝動)がただ歩けば被害が出るだけでそこに意志はないものの、結果的に日本(その人の人生)に警鐘を鳴らす役割を果たしている。
 魂がストレスを食べ過ぎたら、体をいったん休めなきゃいけないのである。
 休まないまま、衝動による破壊的自傷行動が止まってないのに、いつも通りの生活をするというのは、都民を避難させないままゴジラに核攻撃するようなものである。自殺行為なのである。

 ゴジラが上陸した29歳の時の私はまず、自分に何が起こっているのか知るため、ネットを検索した。そして「毒親」という言葉を知る。自分と同じ悩みを持つ人が世の中にはたくさんいて、そんな言葉まであるということに衝撃を受けた。最初は「私はこれとは違う…」と思いたい気持ちだった。しかし徐々に「これは私の問題なんだ」ということを認めざるを得なくなっていく。
 そうやって、自分は根本的な問題を抱えている(深海に放射性廃棄物がある)と自覚するようになったことで、その後も過食やブチギレなどの生活に支障を感じる問題に直面した時、その原因を探るのが当たり前になった。
 衝動は向き合うと、たいがい原因のようなものが出てくる。私のブチギレの場合は、母からの理不尽な言動に傷つき納得のいっていない過去の自分(放射性廃棄物)がまだ私の中(深海)にいることが原因だと分かった。
 現実では、もう母とは関わりが無い。だけど夫からちょっと「母に言われてたっぽいこと」を言われると、瞬間的にザバーーーーッ!!と衝動(ゴジラ)が出てきてしまう。そして私の理性はすっとび(政府が太刀打ちできない状態)、夫の肩をグーでパンチしたり、物を投げたりの行為をすることで、物理的に部屋は荒れ、私の心と体(東京)がボロボロに傷つき、夫との関係も悪くなって、人生(日本)の存亡も危うくなるのである。
 夫が「母っぽいこと」を言うだけで、私は一人で「母といる時」に戻ってしまう。衝動(ゴジラ)に戻されるのだと思う。そして私の頭の中では「やめとけ、お前は今おかしいぞ」という理性(政府)もちゃんといる。だけど、目の前の「母<本当は夫>」という虚像に対して、私の中の衝動(ゴジラ)が覚醒してしまうのである。
 つまり衝動というのは、虚構である。理性はそれに現実を教えて正そうとする存在。
 「シン・ゴジラ」のキャッチコピーが『現実<ニッポン>対虚構<ゴジラ>』だと思い出して、ゾクゾクした。

 「シン・ゴジラ」は、ある意味自分が生み出したゴジラ(衝動)とどう向き合うのか、自分の東京(体)と日本(人生)をどう守るのか、一人の人間の精神の話だ。
 とても重要なのは、政府(理性)の中に、ゴジラ(衝動)に対して敬意を持つ者がいるってことだった。

  <来週月曜更新 尾頭さんは田代まさしのことを言っている。後編へ続きます>

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tabusa:kireru.jpg田房永子さんの最新コミックエッセイは、「キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」
田房さん自身が今まで誰にも言えなかった深刻な悩みは、特定の人間に限って「キレて」しまうこと。普段は温厚なのに、キレると物を投げる、暴言をはく、つかみかかる、泣き叫ぶ…、理性を取り戻した後に毎回自己嫌悪に。
そんな辛く苦しい毎日から、穏やかな生活を手に入れるまでの日常をコミックにしました。ラブピースクラブ限定のサイン本です。
販売価格:¥1,080(税込)
●著者:田房永子 ●出版:竹書房 ●131ページ ●2016年6月30日

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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