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永田カビの『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』にみる、「親との決別」、そして「生きづらさからの脱却」

高山真2016.06.29

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 あたくしの友人には、「マンガソムリエ」と呼びたい人がおりまして、あたくしの錆びついたアンテナに呆れているのか同情しているのか、あるいはその両方なのか、まあとにかく、彼は「いま読むべきマンガ」をいろいろ紹介してくれています。ゲイ・エロティックアートの巨匠・田亀源五郎(御大!)が一般誌『月刊アクション』(双葉社)で『弟の夫』(ノンケとLGBTは、隔絶された者同士でも理解できない者同士でもなく、地続きのものである…。そういったことを雄弁に伝える良質な作品です)を連載することになったのをいち早く教えてくれたのも、その友人。その友人が教えてくれたいちばん新しい作品が、永田カビという作者の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(イースト・プレス)という作品でした。

 この作品、もとは「pixiv」(ピクシブ)というイラストの投稿・閲覧ができるサイトで連載されていたものだそう。あたくしはどうもネットでのあれこれに異常に弱いオカマでして、ピクシブというサイトは名前しか知らなかったという体たらく。当然、自分の耳目だけでは触れられなかった作品です。彼のソムリエとしての腕前には感服するよりほかありません。

 『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』を、そのタイトルにからめて「体験レポ」と呼ぶことに、あたくしはためらいがあります。体験レポには体験レポのよさがあり、体験レポとして秀逸な作品もいくつもあるのを知っているにもかかわらず、そう呼びたくない自分がいます。この作品は、なんと言うか、「解剖」とか「手術」に近い。自分の痛む場所や、さまざまな感情…、そういうものにざっくり深々とメスを入れる作業。そして、メスを入れた場所を観察して、カルテにびっしりと所見を書き、自分で自分を癒していく作業…。その一連の「自分自身との格闘」を、マンガという形で表現した作品です。

 高校卒業後、「自分という存在を認識し、全面的に『居場所』を与えてくれる」人や場所を失った作者は、うつや摂食障害に長らく苦しみます。摂食障害が、親との関係性から生まれる確率が非常に高いことはよく知られていますが、作者もやはり、親、特に母親との関係に非常に苦しんでいます。

 永田氏は、自分自身と親との関係を、次のように表現しています。


 自分にとって親の評価が絶対だった 親から認めてもらいたい がんばらなくても許されたい それだけが原動力で動いていた
 「自分はどうしたいのか」がわからなかった 考えられなかった
 (『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』24ページ)


 私、親の要求に応えたいと思ってたんだけど 「親のごきげんとりたい私」の要求で動いてたんじゃ…
 親の事を思ってるつもりなのに少しも満足されなかったのは 親じゃなく「親のごきげんとりたい私」の要求で的外れな努力をさせられてたからだ…
 自分がどうしたいかより、親のごきげんとりたい優先だから こんなにずっと苦しかったんじゃないか…?
 (『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』56ページ)



 心理学者のユングは、「太古の昔からある、『母なる象徴』『母性』としてのイメージ」を「グレートマザー」と名付けています。たとえば、世界各地の遺跡から発掘される土偶的な、アレ。「豊穣」とか「産む性」をデフォルメするあまり、時に、いびつだったりちょいグロにさえ見えてしまう偶像。この「母なる、大いなるもの」のイメージを、永田氏はこの作品の中で、ラブピースクラブの田房永子氏の連載「女印良品」の「豊満な熟女に抱かれたい」という記事に出会ったのをきっかけに「人が普遍的に求める『母という概念』みたいなもの」と端的に表現します。そして、「受容してくれ~~」と魂の叫びをあげています(作中47~48ページ)。

 しかし、「グレートマザー」が時にグロテスクに見えるのは偶然ではありません。コインやカードには必ず裏面があります。グレートマザーの「裏面」は、産んだ子をコントロールし、飲み込んでいくパワーを持つ「何か」。まだ弱くて小さくて、人の目や手、人のケアがなければ大きくなることさえできない子どもには、抵抗することなど端から無理な「何か」です。その「何か」は、永田氏のこともしっかり飲み込んでいるのです。そして、永田氏は、飲み込まれ続ける人生に「NO」の叫びをあげます。

 「何か」に飲み込まれる人生に区切りをつけたい。自分の人生を生きる大人になりたい。小さくて、弱いままの自分でいるのはいやだ!

 本当に、切実な叫びです。そして、その切実な叫びとともに、永田氏が選んだのは、「同性との性的な接触」でした。そして、生まれて初めて、「親の知らないところで、親が希望はしないだろう人間関係に、依存する」という、「大人への第一歩」「自立への第一歩」を踏み出すことになります。

 あたくしは昭和40年代に、結婚圧力が異常に強いド田舎に生まれた、ゲイです。「この地で親の望むとおりの生き方を送ることは、自分自身が本当に送りたい生き方を殺すことだ」ということは、小学校に入るころにはなんとなく自覚していました。あの窒息するような数年間は、「もう一度やれ」と言われたら全力で「いやです」と即答するほど息苦しいものでした。しかし、「自分自身が本当に送りたい生き方」を通すことは、子どもだった自分には難しい。親の庇護なしで生きていく自分を想像することすらできない子ども時代には、「私は(僕は)、親が望むような子じゃない」という現実を前に、親が戸惑いや怒りや悲しみなどを露わにすること、そんなイメージを抱くことは、もっともっと想像の枠外にあるものです。永田氏の言葉を借りるなら、「子供でいた方が両親は可愛がってくれると思ったから 大人になってはいけないと思っていた」「狭い所に押し込められてるような苦しさは これだったんじゃないか」(作中57~58ページ)という思いは、確かにあたくしにもあった感覚です。

 親の望みと自分の望みがちがったとき、自分の望みのほうを選ぶこと。誰に聞いても、それは「当たり前のことだ」と言うでしょう。しかし、「当たり前のこと」なのに、その第一歩を踏み出すのは本当に難しいことも、多くの人が知っている。人間に反抗期があるのも、たぶんそういうことなのでしょう。あのように不器用で、痛々しい形でしか表現できない、言葉にできない思い。あたくしも、父親が望む「地元の国立大学に入って弁護士か会計士になり、実家の会社を経営面から支える」という青写真を破るために、父親と1年以上のバトルを繰り広げたものです。

 「誰かの幸せは、誰かの不幸だから。僕はその生き方は選ばない。そのレールには乗らない」と宣言したときの父の顔は、30年ほど経った今でもはっきりと覚えていますが、大人になった今でも、その言葉の厳しさ、キツさを、父に謝る気持ちはありません。

 そのバトルを相当強引にまとめ上げたあたくしは、ド田舎では米粒ひとつよりもツブシが効かないフランス語を専攻する東京の大学に入り、親があずかり知らないところで、「同性との性的接触」を含めたさまざまな人間関係を自分で構築し、自分で選んだ仕事をして、大人になっていきました。

 大人になるということは、“親や学校がセッティングしたのではない”(ここ重要)、さまざまな人間関係(公的機関と自分自身、という関係も含んでいます)を自分で選び、それらに薄く広く依存していくこと。「関係の中の、ひとつだけに強烈に依存する」ということをできるだけ避けること。そしてできれば、ギブアンドテイクを覚え、「自分からも何か与えられるものはないか。願わくば、それを相手に迷惑にならない形で与える方法はないか」と模索していくこと…。そういうことを、あたくしは親と離れて生活する中で、徐々につかんでいったような気がしています。

 もちろん、そんなトライアルの中で、ヘタをうった経験、しょっぱい思い、自嘲せずにはいられないマヌケさやイタさ、そんな諸々は山のように味わってきました。その失敗ややらかしも含めたうえで、です。

 あたくしにとっては、「ヘタをうった経験やしょっぱい思いを、自分で受け止めることができるようになったとき」、そして「恋やらセックスやらの、マヌケさやイタさを、『味』として楽しめるようになったとき」が、本当に大人になったときだったなあ、と思います。そして、大きなお世話でしかないことは百も承知で、永田カビさん(ここからは個人的な感情が入るので「さん」という敬称にさせていただきます)にも「マヌケさやイタさも、味」であることを知ってほしいなあ、と思います。

 ボーイズラブの小説やマンガなどが「性的な知識の全て」であった永田さんは、性的なことを極度に理想化しています。しかし、ボーイズラブ作品の中で「客体」として扱われているゲイの身から言わせていただくなら、永田さんも経験後に作中で気づいたように、それは「現実」ではありません。「理想の母」なるものが幻想であるように、「理想のセックス」も絵空事なのです。

 現実のセックスは(恋愛を含めた人間関係もそうですが)、特に経験が浅いうちにおいては、その経験の浅さゆえにマヌケだったりイタかったりする要素のほうがはるかに大きいもの。経験と知識がないうちのアナルセックスなんて、痛いだけだし、それに加えて汚かったりもするものです。しかし、マヌケもイタさも、味に変わりなし。痛かったり汚かったりも、経験に変わりないのです。そう思えるようになったとき、そして、「それも味。それも経験」ということを誰かと共有できるようになったとき、あたくしは大人になった自分を実感できるようになりました。

 私が「高山真」として書いていることは、大人になるための私なりの方法論、「現実」をできることなら楽しく味わうための私なりの方法論、そのふたつのみ…、そう言っても過言ではないと思います。それをそのままマネするのではなく、読者の皆さんが自分なりの方法論を確立するためのスパイスのひとつとして使ってほしい。願うことはその1点のみです。

 『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』は、大人になりたくて、でも親から上手に離れられない人たち、親がどうにも離してくれない人たちにとって、ひとつの克明な手がかりになる本だと思います。

 しかし同時に、本編の最終ページで、「親不孝が怖くて自分の人生が生きられるか!」という、涙なくしては読めない宣言をした永田さんも、道の途中です。僭越極まりないのですが、そんな素晴らしい「手がかり」を作品にした永田さんにも、もっともっと幸せになってほしいなあ、と願わずにはいられません。この本がそうであるように、その「幸せになる道のり」も、多くの人が「薄く依存する」対象のひとつになる、つまり、たくさんの人が「大人になるため」「幸せになるため」に、ある種の「救い」のような作品になるはず。私は、そう確信しているのです。

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