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捨てていく私
オネエ仕草
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18.08.31 by 茶屋ひろし



先日、小さな書店で行われたある作家さんのトークイベントに参加しました。
涼しげな和服姿で、「ころころと笑う」という形容がぴったりの、かわいらしい女性でした。
小説家になる前はシナリオライターをされていたそうで、その頃(80年代)仲良くしていたという映画監督の話になったとき、「その方はどうやらコッチのほうだったみたいで・・」と、左手の甲をそっと右頬にあてました。

けっこう間近で話を聞いていた私は、うっ、となりました。体験するのも久しぶりです。それは、「彼は同性愛者だった」という意味にあたる仕草で、私の好みではありません。「彼は男性がお好きだったみたいで」とか、ストレートに言えばいいのに、と瞬間的に思いました。

同時に少し腹も立ちます。「からかってんの?」という気持ちと、「隠れてなきゃならないわけ?」と存在をないがしろにされた感じです。
男性的なゲイであれば、「俺はオネエじゃねーし」みたいな反発も起きるかもしれません。

この仕草にはいろいろな意味が含まれていて、どう指摘していいものやら悩んでしまいます。
一対一で話しているのなら、「私は不快です」と言えばいい話ですが、トークイベントの最中にそんなことを言うのも腰が引けます。
けっきょくスルーしてしまいましたが、後からいろいろ考えてしまいました。

話題になったその監督は、彼女にカミングアウトをしたわけではなく、そういう噂が立っていたとのこと。それは、女装した彼の姿を見かけた人がいたからだそうです。女装して高速道路をオープンカーで飛ばしていたとか。

もしかするとゲイではなかったかもしれません。

ただ、おそらく当時の感覚からすると、男性同性愛者も、今でいうトランスジェンダーも、「ホモ」や「オカマ」で一緒くたにされていたと思うので、彼女がした「オネエしぐさ」が妙にハマってしまうところもあるのです。
彼が直接言ってなかった「秘め事」としての意味合いも含めて。

あと、からかっているというより、楽しんでいるという意味で使っているのかもしれなくて、「オカマで何が悪い!」とこちらが先走ってしまうと、オカマが悪いなんて考えてもいない相手としてはびっくりしてしまう可能性もあります。

なんとなく、隠された存在にされてしまうことに憤るのは「ゲイリブ」の視点で、「オネエしぐさ」にそれでも黙らされてしまうところは昭和のオカマ世代だからか私、という気もします。

「LGBT」という言葉が世界的に膾炙してきて数年たちますが、この先「女装文化」みたいなものはどうなっていくんだろう、と思います。
私の中では、「女装」には、女性のメイクや、小説や映画の吹き替えなんかでの女ことばも含まれますが、男性の女装はもちろん、ゲイのオネエ言葉やしなやかな動きとしてのオネエ仕草など、ある人には不快感や拒絶反応を覚えさせ、ある人には楽しくて面白い「文化」のことです。

「男なのに女みたい」という存在は、「男は男らしく」がモットーの均質的な社会では排除の対象になったりしますが、均質的な社会を好まない人たちにとっては潤滑剤にもなっているような気もしています。

というか、「男らしい男」なんて私の周辺で会ったことがない。フェミニズムが看破した「下駄をはいた男」はそこいらにいるけど、メッセージとしての「泣くな、笑うな、喋るな、我慢しろ」みたいな「男らしさ」を体現している人なんて、今やほとんど見かけないし、そんなことしていたら病んでしまうことをわかっている男性のほうが多いような気がします。

女装文化が、まだそうした抑圧の強かった時代に、それ跳ね飛ばすかのように極端なかたちで花開いたものだったとしたら、この先、そこまでジェンダーに縛られない人たちがメインになっていって、その感覚が薄められて広く共有されるものになっていけばいいな、なんて思います。

高校生だったころ、クラスメイトを好きになって、彼がノンケだったことに絶望したことがあります。じゃあ、私が女だったらよかったのか、という自問自答や妄想は腐るほどしました。
そのあと徐々に、目の前の世界や頭の中に異性愛のモデルしかないからそうなった、ということがわかっていっても、それを受け入れるのにずいぶん時間がかかりました。40を過ぎた今でも揺り戻しが起きます。

当時していた半女装みたいな恰好や、強めのオネエ言葉を使っていたことを思い出すと、恥ずかしくもありながら必然だったんだわ、と思います。
異性愛の意匠しかないなら、それを使ってでも生きてかなきゃいけない。

いびつになるのは仕方がないし、そこで開き直る強さも持続しなかったけれど、それを他人に笑われたくないわ、という気持ちは残っています。

プロフィール
茶屋ひろし
茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)
書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!