筆者
漫画家 鳥飼茜さん 「先生の白い嘘」で描こうとしたもの
2014.07.13
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「先生の白い嘘」を読んだ日、興奮して眠れなかった。こういう作品がついに出てきたんだ・・・、女と男が「性」を真ん中にしてタイマン張るような、そんな凄い作品が出てきたんだ! と震えました。
この社会で女として生きることの意味、女として生きるからこそ出会う理不尽、男であることを男たちがどう捉えているのか、性を巡る世界は、あなたにどのように見えているのか。そんな難題を怒濤のように私たちに突きつけ、そして静かな思考をじわじわと求めてくる作品だと思いました。
これは今まで言葉にされてこなかった世界なのではないか。近づけそうで、近づけなかった言葉を、鳥飼さんが描き出した。とても恐い話、だけど、知りたい。
震える気持ちで、全く面識のなかった鳥飼さんに無理を言ってお忙しい中、インタビューをお願いしました。インタビューは今年3月にラブピースクラブで行われました。(北原みのり)


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【「先生の白い嘘」で描こうとしたもの】

北原みのり(以下、北原) 揺さぶられる人の多い作品だと思う。性に対して真っ正面から切り込んでいる。どうしてこういうものを描こうと思ったのでしょう。

鳥飼さん(以下、鳥飼) いつぐらいからかな、人に話してることと商売で描いてる漫画がずれてる感じが時々、気になりはじめました。せっかく発言の場を与えられてる仕事だから、普通に思っていることをもっと自分の言葉で言いたいなという気持ちは昔からずっとありました。
漫画って、読んで良い気持ちがするものでなくちゃいけない、人にお金出してもらって買って頂くものなので、というのが原則としてある社会。
読んで良かったっていうようなのは、気持ち良いとか、楽とか、そういうようなものを与えるというのが原則と思っていて。
アシスタントの時、帯にも書いて下さった古谷実先生が「鳥飼さん、もっと思ってること、描いた方が良いよ」っておっしゃってて。結構、こういう(「先生の白い嘘」的な)表現の仕方って編集部的には嫌われるんですよね(笑)。力量が伴わないうちにこういうもの描くと中途半端になってしまう。
「おはようおかえり」みたいに、ちょっと長いもの描かせてもらえたのが、結果的にはやれるっていう、自信につながったんだと思います。

北原 不思議な気がします。読んでいて重い気持ちになったり、考えさせられる少女漫画は、昔はいっぱいあったように思いますが・・・

鳥飼 ありましたね。


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【ものを言えない空気、言いたいことを言うことの難しさ】


北原 普段思ってることと表現してることのずれがあるってことですが、例えば何が難しいとお感じですか?

鳥飼 今は、使っちゃいけない言葉とか、すぐ炎上するとか、ありますよね。
みんな、思ってることを言ってはいけないっていうの潜在的にあると思うんですよ。当たり前に平和で生きて死にたいって思っているのに、ちょっと言うと、政治的なことと思われる。そういう空気は、ネットだけではなく友達との会話でもある。実際、私と友達の間でもありましたし。

北原 そういう空気の中、よくここまで書いてくださいました。作品読んだフェミニスト友だちがみな、「こんな恐ろしいこと、フェミニストも言ってない」って、震えてます(笑)

鳥飼 フェミニズムでやってるわけじゃないけど、ほんと、体、気持ちを張ってますね。漫画の後ろに「すり減らしてます」って書いてます(笑)。

北原 例えば、最近、何か違和感感じていることとかありますか?

鳥飼 私は割と普段、いらっとしがちなんですけど(笑)、そうですね〜……例えば、くだものの名前に女の名前をつけるなよ!ということとかね。キウイに「熟れっ娘」とか、いちごに「女峰」とか。とちおとめとか、もういい加減にしてくださいって。じゃあ、バナナに男の名前つけなよって(笑)。
何を見てもそんな感じでちょいちょい怒っています。(笑)

北原 逆に果物の名前を女の子につけるパターンも多いですね〜。

鳥飼 そうですね。まあ逆の場合はさておき、美味しそうなくだもの=女の子のイメージって安易じゃないですか。そういう固定観念。そこはちゃんと突っ込んで考えたのかよって、気になってしまう。思いつきでやりすぎじゃないか、と。

ほんと昔から、いろいろおかしいよなあと思う人間で。例えば、親戚が集まって、みんなで飲んでるのにおじさんだけ寝ててよくて、「女の子だから片付けなさい」とか言われて、女だけ片付けて。「何で一緒に遊んでたのに、みんな片付けないの?」とか聞いて、「お願いやから波風たてんといて」とか、おばさんたちに言われたりする子どもでした(笑)

北原 じゃ、結構ずっといらいらしっぱなしで(笑)

鳥飼 そうですね。


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【作品への反響】

北原 いま、作品に対してどんな反応がきていますか?

後藤さん(鳥飼さんの担当編集者) 前作に比べて明らかにはがきでの書き込みが必ずある作品です。男女問わず共感をしている読者が大半ですけど、存在にイラッとしている男性読者も少数ながらいますね。「被害者意識の強い漫画だ」、「男性誌でやるな」みたいな。

鳥飼 まじですか?

北原 でも、男性誌でやることがおもしろいですよね。男性誌でやりたかったってことですか?

鳥飼 青年誌って、ふたを開けたら、読んでる人は男女半々。女性対男性ってけんかしてるわけじゃないけど、現実にある問題だから、女バーサス男という構図を私が見えるように描いたら、それを同じように、男と女がいる世界に向けて描かないといけないし、やる気にならないところもありましたね。


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【「女」を意識した時】

北原 鳥飼さんが、自分が女であることを意識したのは、いつ頃ですか?

鳥飼 赤裸々な話をすると、父親が持ってるAV、エロ本みたいなのがありまして、そういうのをこっそり見たりしてたんで、父親が見る女への目線と、自分がもってる性が同じものと思えなかった。
私もはじめて見たとき、嫌悪感というより、興奮、わー、これ楽しい、みたいな気持ちになって。中3くらいまでそんな気持ちでした。
自分自身を「女」という範疇に入れていなかったんですね。だから、消費される女の体に興奮してたんです。だからってお父さんを憎むとかお父さん敵とかも思わなかったし、男の性欲ってそんなもんか、と思っていました。
それと同時並行的に、うちの母は、男に生まれたら良かった・・・みたいな感じの人だったんです。
母親が家族の全責任も負うみたいな感じで、お母さんの家、みたいな。学校の提出物に書く保護者氏名も全部、母親の名前書かされていたし。それを嫌とも何とも思ってなかったし。母は、ずっと女は損だと言っていました。
自分が女って初めて思ったのは、高校生になって初めて彼氏が出来た時ですかね。性的なこととかもあるし、それがものすごくとまどいましたね。女の子として見られてるって思ったのがびっくりしたし。
痴漢とかもそれまでにもありましたけど、そのときは性を狙われてるっていう実感もなかったし、その時になって初めて、彼氏に対して女っぽい振る舞いをしたり、彼氏に媚態を・・・(笑)。
自分でもそういうのやるんだな、私もこっち側、ポルノ女優じゃないですけど、女っぽい女を持ってるんだなと、初めて気付きましたね。

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【学生時代の鳥飼さん】


北原 当時はどんな本を読んでました?
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鳥飼 10代の頃、中学校の頃は安野モヨコさんが一気に流行しだした感じで、「ハッピーマニア」とか読んでました。そういう影響はあります。女の人でもセックスしたければしまくって良いし、誰にも非難されることじゃない、という。あとは、母親の趣味で田辺聖子。
高校生の頃とかは、女性ですと岡崎京子さん、流行っていたし読んでた。かっこいいなって。

北原 漫画家になろうと決めたのはいつだったんですか?

鳥飼 目指していたことはないんです。芸大に進学して、できたら横文字のおしゃれな仕事に就きたかったんです。そんな浮かれたきもちで大学に入ったら、周りは本気な人がすごく多くて。言われてもないのに夜中に学校に残ってずっと絵を描いていたりとか・・・。次第に大学に、全然行かなくなって、1年に2単位とかしかとれなくて。
ずっとバイトしてました、飲み屋で。飲食店、キャバクラ、バー、お茶屋さんの一階の飲み屋さん(お茶屋さんとは舞妓さん方が生活する家で、鳥飼さんの働いていたその家の1階は外からも芸妓さんを呼ぶことができるスナックになっていた)でバイト・・・色々。おやじ、って言って良いのかな(笑)?おじさんのふるまいについてシビアな見方をしていましたね、あの時は。
芸妓さん、舞妓さんになる人達たちは、15,6とかで郷里から出てきて1年くらい?修行するんですよ。その過程でプロになっていくんです。自分の恋愛対象にならないおじさんに対して、なぜこう丁寧になれるのか、自ら何故こんな仕事を選ぶのか・・・全部疑問やったし、それに対して支払われる額についても考えさせられました。ね。

北原 鳥飼さんは、どういう風に働いていたんですか?

鳥飼 どなられてましたね。「人が歌ってる前を横切るな」とか (笑)芸妓さん方が主役なので、私は一応フロアにいるけど、ほぼ黒子として酒を造ったり。
違和感をもちながらも、ここにいて、もっと見てたいっていう気持ちが強かったです。ずっと観察していました。女が持ってる武器、ホスピタリティとかで格付けされていく世界です。一方、裏で先輩女性が後輩女性の手をつねってたりするのを見たりするんですよ。わ、こわいみたいな。嘘みたいな、テレビの中みたいな世界。そんなのって普通の生活で私には無かったから。
今思ったら、それも多分、演じてたんでしょうね。彼女たちも自然じゃなかったのかなとか。


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【漫画家になった経緯】

北原 漫画を描こうと思われたのは?

鳥飼 たまたま先輩が漫画を描いていて、賞を取ったというのがあって、ひとつ描いてみたんです。それを講談社のアフタヌーンというところの賞に出して、15万円もらえたんです。
大学生で、半月か1ヶ月かけて描いたものが、15万円で売れた、と思ったんですよね。お金もらえる、これで食べていける!と(笑)。これはすぐ漫画家になれるなと思ったら、1年くらいかかりましたけど。
漫画家になってから、向いていると思うようになりました。
漫画が好きだったのに漫画家になりたいと思わなかったのは、リアル過ぎたんだと思います。私は漫画の絵しか描けないし、根本的に内向的な人間だから、漫画家という仕事と相性がいいってどっかでわかってたんだと思います。だから、はねつけていたのかも。


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【「先生の白い嘘」の中のシーンについて】

北原 漫画の中で、先生と生徒の対話、すごく緊張感がある。
男と女の戦い、じゃないですか。真正面からの。二人とも傷ついている。どんな風にこの対話を描いたんですか?

鳥飼 その漫画自体、編集の後藤さんとすごく話し合って作っていて。
「対男性」ってゆう丸ごと構図みたいに書きたかったから、男性である編集さんとこれはリアルだ、これは嘘かもしれないなとか。本音のようにふるまっているけど、文化を内面化してるだけとか。つっこんで。
1週間くらい、ネーム出せず、悩んでいたんです。苦しい。この漫画、他の漫画描くのと全然違って苦しい。思ってることを描くのはしたかったことやけど、すごくしんどいこと。
多分、誤解されることも多いけど、出てくる人のセックス観みたいなものが、私の、そのものではないんですよ。一つの答えに収束していきたいんだけど、私と違う考えの人もいっぱい出てきます。それは、私じゃない人の、本質の部分なんです。
セックスっていうのは人にも話さんことやし、疲れますね。消耗しますね。でも書いてて、おもしろい。

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【セックスについての価値観】

鳥飼 セックスは大事であるのは大事だけど、どのくらい気持ち良いかっていうのに収斂されることに違和感がありました。最近、『ヴァギナ』(ナオミ・ウルフ)っていう本を読んで、しばらく漫画描けないなって思うくらい、ショックでした。ヴァギナは、女性の存在を丸ごと肯定するような、自信の源になるようなものであるべきだって書いてあります。
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そういう風にみてくれた男の人って果たしてどれくらいいるのかって。
自分自身も、どのくらいそう思えていただろうって。ナオミさんのような書き方してる人がいるの良いなって。あそこまで高みに上って描けないけど、ちょっと薄めてばーってまき散らしたい。

今、私が描いてるものは悪意とかも描いてて。私の悪意じゃないですけど、必要も含めて悪意を描いているから、女性器をおとしめるような書き方もしてたりするし、それで、ちょっと止まっちゃいましたね。もっと大事にすべきなんじゃないの?と(笑)。
男の人だけ悪いわけじゃないっていうのが根本的にはある。でも、男の人に対して優しい目線で書いたことないんじゃないかな。 
男の人に助けられてきたこともある、背中を押してくれた人もいるし、男死ね、という風には全然思っていない(笑)。でも「対女」になったときに、全体的に向けてはおかしいだろ!ていうのはありますよね。果物の話に象徴されることだろうし、もっと自覚的になってほしいって。無自覚に女の子だからこうだとかはしないでほしい。やるにしても、後ろにあるものは何だと見ようとしていて、もっとみんなも見て欲しい、いっしょに深淵を除いてくれる仲間を募集してる感じ(笑)。

性犯罪にあう女性、少なくないです。それを一概に全部レイプっていうのも変だけど、女でいるだけでこんな目にあうし、女であるっていうだけでパンツ盗まれるし、やっぱ、恐怖なんですよね。女っていうところを狙われているのが。
その時、相談したのが男の子だったりすると、「じゃあ坊主にすれば?」って言われたことがあって。
それって女性性を捨てろってことですよね。すげー嫌なこと言ってくるなと思った。 
でも反論できなかったんです、大学生の時。
結局、化粧したり、女の人としてよく見せようとか、見た目を気にして、そういうのを利用する自分がいる。そこを攻撃された気がして。「いいとこどりするなよ」って言われたように思いました。
もちろん、女性であることで、女の人も得してるところはあるじゃないですか。
でも、女性ということで得することもあるなら、損も受け入れろと言われ、それは受け入れられないなと、嫌な気持ちになりました。

北原 性的なおとしめられ方って、他に種類がないおとしめられ方だから。男の人でリアルにわかる人ってなかなかいない。例えば、DVについても、「女からの暴力もある」と反論されることもありますが、被害者の9割以上は女性なのにね。

鳥飼 そうなんです。わたしはDVって全男性的に、潜在的にあると思ってます。もちろん個々人は全く違うけれど、一個、これっていう糸を引いたときに、突発的に暴力が出るのって、男の人特有じゃないかなと。急に怒るし、大きい声出されるとか怖いじゃないですか。
子どもが男の子なんですけど、妊娠中にちょうど、秋葉原の事件があったんです。その時、自分の子が犯罪者になったら嫌だというのがすごくあって。
性犯罪だけじゃなくて男の人の怒りって手がつけられないという生理的な恐怖があって、犯罪者がテーマの本を読んでました。普通の妊婦さんは『たまごくらぶ』とか読むところ、私の机には「死刑」とか、「モリのアサガオ」とかが(笑)。お腹には良くないとか思いながらも、怖くても読むのを止められない感じで。
まともな男の子を一人世の中に放流、リリースするのが私的には大事だと思って。逆に実際に出てきてからはそういうのは思わなくなりましたけど。女とかお母さんというものが自由に、好きなことをしてるっていうのを見せてるだけでいいかなとか。だめなのかなあ(笑)。

話は戻りますけど、そういうDVとか性犯罪の事件が起きて感じた“怖さ”を男性に話すと「女も怖い、一緒じゃね?」みたいに言われてしまう。いや、違う、その男性特有の怒り方が怖いっていうのが全然伝わらない。そういうのがなんでだということを大学くらいからずっと考えてて。
結局、(男と女って)平等じゃないって話に決着するしかないって今は何となく思っていて。
もちろん平等じゃないからって、優劣なのかっていわれたら、そうじゃなくて。
どういう風に決着すれば良いかわかんないんですけど。

こういう話って同性からも「いい人もいるよ」、「優しい男の人もいるよ」と言われることが多いです。性犯罪みたいなものがあった時に、男全般を目の敵にするのは間違ってる、犯罪者の個々の問題だよとか言われる。でもそれは案外違うんじゃないかなって。

もし、そういう女に対する暴力的なのを絶対しないっていう優しい男の人がいるんなら、ソレをしてしまう優しくない男の人っていうのがいったい何なのかについて、もっと意識してほしい。
多分私は、潜在的にはそれは完璧には別個でないというか、少なくとも私が怖いって思う程度の暴力性っていうのを男性全般が源として持っていると思ってる。実際出ちゃうかどうかは資質によるとして。
なのでそこをどう制御するかってことについて、女が抑圧されたりを見聞きした時に、男性一般として検証したりは、やっぱりしてほしい。力を持つ側っていうのは、そういうふうであってほしいと思います。

北原 作品を描きながら、その答えに近づこうとしているんですね。

鳥飼 この先、描きながら答えに近づければ良いけど。出来たら、思っているようなことを、言葉じゃなくて、実感で、少しでも伝われば良いかなと。
あんま、ほとんど伝わらないかもとおもうけれど。


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 【鳥飼茜さん】
1981年生まれ 2004年に「別冊少女フレンドDXジュリエット」でデビュー。
講談社の漫画雑誌『月刊モーニングtwo』にて『先生の白い嘘』を、BE・LOVEにて『おんなのいえ』を連載中。
『先生の白い嘘』二巻、9月22日、発売予定です!


【北原ノート】
ふんわりと優しい雰囲気の方でした。が、話す言葉が鋭くて、ついつい長時間、昔からのお友達のように話してしまった。
鳥飼さんにとっては、顔を出し作品に対する考えや、また女であることのお話などを語って下さる、ほぼ初めてのインタビューだと伺いました。
初めてのインタビューで、私たちの場を選んで下さったことを、心から感謝しています。鳥飼さんが「なぜなの?」と考えるその鋭さと力に、これからも読者として楽しみにしています。
鳥飼さん、ありがとうございました。
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