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吐いたって、食べたいものを食べたい

深井恵2020.08.13

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母の抗がん剤治療が4回目となった。2週間に1回のペースでの抗がん剤治療。だが、今回は、担当医の夏季休暇のため、3週間ぶりの抗がん剤治療だった。

施設からの入院としては2回目。1回目の時に、紙おむつを忘れられていたので、今回は直前に施設の看護師に確認して、紙おむつも1週間分は持っていってもらうようにしていた。入院手続きの書類も事前に記入して、入院の前々日には施設のスタッフに託していた。入院の初日は、まず外来で血液検査等をしてから、その後で入院可能なのかを判断するとのことで、外来の受診待ちに半日付き添う必要があった。付き添いの分のヘルパーも手配して、準備万端、安心して出勤した。

ところが、昼休みにメールをチェックしたら、ケアマネージャーからメールが届いていた。「入院手続きの書類がない」とのこと。一昨日、施設のスタッフに託した旨を返信して、また午後の仕事に向かった。その後すぐに「入院手続きの書類が見つかった」とケアマネジャーから折り返しのメールが来た。と同時に今度は「高齢者受給者証」が必要なので、時間外でもいいから病院へ持ってきてほしいというメール。結局心配になって、1時間有給休暇をとって病院へ向かった。

病棟へ行くと、看護師から当たり前のように、また書類を書かされた。入院診療計画書や感染症検査の同意書、確認書等複数枚。入院手続きの書類だけですむ話ではなく、結局入院当日は家族が病院に書類を書きに行かなければならないということだった。受付時間の17時15分をすぎてもよいということだけ、まだマシだった。書類を書き終えて、やれやれと思っていたら、看護師から「施設の人がお箸とスプーンを持ってきていないから、下の売店ででも買って持ってきてもらえませんか」と言われた。前回の入院の時も持ってきていなくて、割り箸で対応したという。

初めて聞く話だった。紙おむつだけではなく、箸も持たせてもらえずに入院していたとは。「入院の準備物」のイロハから教えないとわからない施設の看護師だったのか。愕然としながら、売店に向かい、箸とスプーンがセットになっているものを購入し、病院の看護師に託した。

担当医と話をすることもできた。担当医の話によると、前回の入院時より10キロ体重が落ちているということだった。施設に面会に行っていた時から、痩せたな……と思ってはいたが、10キロも痩せていたとは。カロリーが足りていないのか、栄養吸収していないからか。食べ物に制限はないが、よく噛まずに飲み込むから、胃が受け付けられずに吐いてしまうと言う。プリンは食べられると言うので、毎日二個差し入れようと決めて、帰宅した。

入院中、新型コロナによって原則「面会禁止」になっているため、母には直接会えずに、差し入れを託しに毎日病院へ通った。県外に住む弟が送ってきた桃の皮をむいてカットしたものと、プリンを二個買って、毎日差し入れをしていた。少しでも体重が増えて体力が回復することを祈って。

1週間が経って退院予定の日店受付で会計をしてもらおうとしたら、「まだ計算していないので、支払いは後日」と言われた。おかしいなと思いながら病棟へ行くと、今度は病院の看護師から「差し入れの件ですが、食べてもはいてしまうので、もう差し入れはしないでください」と言う。今日退院なので、もう差し入れはないんだけどなぁ……と思っていたら、担当医が現れ、「今日退院できません」と告げられた。CTをとったら、がんが進行していて、腸にも転移している。胃は入り口から出口まで全てがんが広がっている。抗がん剤が効かなくなっている。

今回使った抗がん剤よりも強い薬を使うか、抗がん剤治療を止めて、緩和のケアをするか、選択を迫られた。だが、強い抗がん剤は、今の母の体力から見ると、命を縮めるおそれもあるので、進められないと担当医に言われた。緩和ケアを選ぶしかなかった。
あとどのくらいの命なのか、思い切って担当医に聞いた。1カ月か2カ月だろうとの答えだった。入所したばかりの施設は、引き払うことになった。もう、入院の準備物のイロハは、施設の看護師に教える必要はない。「面会禁止」の原則の例外として認めてもらえないか頼んだ。面会はいいでしょうと、許可が下りた。「オンラインで」と言われる恐れもあったが、対面での面会が認められたのがせめてもの救いだ。

あと思って1、2カ月なら、話ができる期間はもっと短いはずだ。口からものを食べられる期間も限られてくる。母が食べたいものを差し入れて、短時間でも面会機会を大事にしよう。

母に、プリン以外で食べたいものはないか尋ねた。「ニガウリが食べたい」と言う。「レンジでチンしたニガウリが食べたい」母のリクエストだ。
幸い、苗を植えて育てていたニガウリが1つ実っていた。薄切りにしてレンジでチンして、醤油をかけて次の日に差し入れに持っていった。
飲み込むと吐いてしまって苦しい思いをするのなら、噛むだけ噛んで、吐き出すのも一つの手だと考えた。母に、「後で吐くから、噛むだけ噛んだら、飲み込まずに吐き出したら?」と提案してみたが、「口は開かない」と言って、ニガウリをおいしそうに完食した。

これだけおいしそうに食べるのなら、後で吐かれても悔いはない。ニガウリを食べ終わった母は、「また明日、ニガウリを持ってきて」といった。病院食では、具のない味噌汁しか食べさせてもらえていないらしい。
「わかった。明日また明日ニガウリを持ってくる。そう約束して実家の畑に向かった。また一つ、ニガウリが実っていた。大事に収穫して持ち帰った。
こんな日が、いつまで続くのかわからない。しかし、食べた後で吐いて、少々看護師に迷惑がかかったとしても、人生最後まで食べたいものを食べさせたい。

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深井恵(ふかい・めぐみ)

九州某県の高校日本語教員。
日教組の「教え子を再び戦場に送らない」に賛同して組合加入。北原みのりさんとは、10年以上前(ジェンダー・フリー・バッシングがひどかった頃)に組合女性部の学習会講師をお願いして以来の仲。

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