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医療の暴力とジェンダーVol.30 暴力と平和、そして身体

安積遊歩2024.02.01

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 あらゆる暴力を根絶した先にしか平和は来ないと考えている人が多くいるだろう。しかし、暴力も平和もすでにあちこちにあって、暴力に対する無関心という暴力が平和をなぎ倒し続けている。つまり最大の暴力は無知と無関心であると、私は思うのだ。

 医療は本来命に対する無知と無関心をやめるというところから出発していると思いたい。看護師という仕事をはじめたナイチンゲール、彼女は敵味方なく負傷した兵士たちを看護したことで有名だ。敵味方なく兵士は看護されて死や病を免れただろう。しかしその先には、また戦地に戻らなければならないという結果があった。

 医療は繰り返し兵士たちを助けながら争いを根絶するという、つまり絶対の平和を求めるというふうには向かっていない。日本の731部隊もまた平和とは真逆の医療を実践した。細菌戦で敵を根絶する、つまりジェノサイドを進めるための実験を軍医を中心に行っていたのである。敗戦後、731部隊の生体実験による膨大な資料はGHQに引き渡しを求められた。彼らは東京裁判にもかけられることなく、その後各地の医大病院や、製薬会社の役職に就任していった。私自身、福島医大で生体実験にも酷似する治療と称する扱いを受けた。そこにいた医師たちが731部隊の軍医ではなかったか、と何度も想像してきた。

 そのネガティブな歴史とは真反対の国境なき医師団。彼らは世界各地にある難民キャンプなどに出かけ、まさに献身的にそこにいる人々の命に寄り添い、助けようと力の限りを尽くしている。しかし、もう少し彼らにできることを考えるならば、日本人では中村哲さんのことが思い浮かぶ。中村哲さんは医師ではあったが、医療だけでは人々が助からないことにアフガニスタンに行って早々に気付いたという。そして灌漑用水路建設の様々を学びアフガニスタンのされた地に緑を蘇らせた。

 医療とは人間にとっての幸福と平和をもたらしてくれる大いなるサポートではある。しかしそれ自身は非常に権威的で権力的である。だから容易に個人の意思は無視され、患者の主体性が失わされてしまう。私たちにとって差別の極みであった旧優生保護法はその象徴だ。1948年、法律の制定にまず立ち上がったのは社会党の女性議員だった。彼女は敗戦後の東京の街路に溢れる戦災孤児と、その中で子どもを産み続けるべく追い詰められる女性達を見て、望まない妊娠による中絶を認めるための法律を作ろうとした。そこに男性医師の議員が介入し、不良な子孫の出生を予防するという文言を追加された。その結果として第一条に、「この法律は母体の保護と不良な子孫の出生を予防するものである」という文言が謳われたのだった。

 1996年にこの法律が改定されるまでに、20,000人以上の障害をもった人達が強制不妊手術をされたのである。強制不妊手術とはメスで身体を切り裂かれ、生殖器官の機能を奪うものだった。障害をもつ人々のこの社会における存在を、未来永劫抹殺すべく施された手術の数々。私はその後、同じ身体の特徴をもつ娘を産んだ。それはその法律が示した方向と真逆の方向だったから、この社会にとっては平和を脅かすものと認識されたと思う。しかし私にとって娘を出産するということは、娘の存在を通して争いの愚かさを問い、平和の重要性を伝えようという非暴力直接行動である、とも言えるものだった。

 もう一度繰り返すが、医療はクリミア戦争の中、兵士を再従軍させるために始まり、敵をさらに殺すための細菌戦の為にも使われ、兵士になれない人達に役立たずのスティグマをさらに貼り付ける。私はこうした医療にどのように希望を見出したら良いのか、呻吟し続けてきた。そして出した結論は、医療はあくまでも命のサポーターであって、医療を使う主体は一人一人の身体とその意志であるということだ。

 先月のはじめに私は肋骨を骨折した。先天的に骨が脆い特徴を持って生まれたために、10代の頃までに20回ほどの骨折をしてきた。それが閉経後にはまた起こるだろうと男性医師達から強迫的に言われてきた。その言われ方が辛すぎて、私は20代の頃から自分の身体の声を注意深く聞いてきた。

 まず最初に食生活に気をつけて、添加物の入ったものや精白された穀物・砂糖をなるべく食べないようにした。そして30代には、お酒やタバコの摂取もやめ、40歳で娘を産んだ。娘も骨が脆いという同じ特徴を持って生まれたが、極力医療の介入を避けて、骨折してもレントゲンを取らず、ギブスも巻かず、手術も一度もしなかった。

 そして私は50代で閉経したが、閉経後すぐには骨折はしなかった。63歳を過ぎた頃コロナの蔓延に伴って、肋骨の骨折が始まった。その中でも今回は事故によるもので激痛に襲われ、ニュージーランドに住む娘に会いに行くというプランは一度は諦めた。しかし更に生野菜の酵素を多く摂取し、芋シップなどを使い、痛みを軽減することに努めた成果もあって、1ヶ月後には激痛はすっかりなくなった。そして何より、平和の基盤にある助け合い分かち合うという人間関係に応援されて、ニュージーランドへの旅を実現したのだった。医療の暴力から出て、医療のみならず様々な関係性の中で平和を実現しようするこの身体。この身体がもっている平和の構築という使命を、私はさらに拡げていく。

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安積遊歩

安積遊歩(あさか・ゆうほ)

1956年2月福島市生まれ
20代から障害者運動の最前線にいて、1996年、旧優生保護法から母体保護法への改訂に尽力。同年、骨の脆い体の遺伝的特徴を持つ娘を出産。
2011年の原発爆発により、娘・友人とともにニュージーランドに避難。
2014年から札幌市在住。現在、子供・障害・女性への様々な暴力の廃絶に取り組んでいる。

この連載では、女性が優生思想をどれほど内面化しているかを明らかにし、そこから自由になることの可能性を追求していきたい。 男と女の間には深くて暗い川があるという歌があった。しかし実のところ、女と女の間にも障害のある無しに始まり年齢、容姿、経済、結婚している・していない、子供を持っている・持っていないなど、悲しい分断が凄まじい。 それを様々な観点から見ていき、そこにある深い溝に、少しでも橋をかけていきたいと思う。

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