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ぼろぼろの身体と政治の関係

中島さおり2018.07.31

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 7月のフランスと言ったら、マクロン大統領の側近がメーデーでデモ参加者に暴力を振るった事実が発覚して国を揺るがしていることや、ワールドカップ優勝、その陰でお祭り騒ぎに便乗した痴漢行為も目立ったなど時事ネタには事欠かないのだが、それを差し置いてここ数ヶ月のベストセラー小説を紹介することを許して欲しい。その理由は、時事的な事件以上に、個別フランスの枠を超えて、日本の読者にも訴えるものがあると思うからだ。

 そのタイトルは 『誰がぼくの父を殺したか』(« Qui a tué mon père », Seuil)。ミステリーではない。「?」がついていないことからも分かるように、弱冠25歳の著者エドゥアール・ルイ(Edouard Louis)は、仕事中の事故で背中を壊して働いていた工場を辞めた父親の運命が何に左右されたか、よく知っているのだ。
「オランド、ヴァルス、エルコムリ、イルシュ、サルコジ、マクロン、ベルトラン、シラク」と、彼は政権の座にいた政治家の名前を列挙する。「父さんの苦しみの歴史には名前がある。父さんの人生は、この人たちが次々に父さんを打ちのめした歴史だ。(中略)父さんの体の歴史は、政治を告発している」。

 シラク大統領の時代、事故があって寝たきりになった父親が消化不良で常用していた薬が、厚生大臣グザヴィエ・ベルトランの判断で保険で還付される薬から除外されてしまった。彼は薬が買えなくなり、胃腸をさらに悪くした。以下は本文を抜粋して引用する。レジュメよりも本文に触れて欲しいから。

「2009年、時の政権ニコラ・サルコジのもと、マルタン・イルシュは、フランス国家が仕事のない人間に支給していた生活補助RMI(revenu minimum d’insertion, 社会参入最低所得*)をRSA(revenu de solidarité active 積極的連帯所得*) に変えた。働けなくなって以来、それまで父さんはずっとRMIを貰っていた。RMIとRSAの違いは、RSAの目的が「仕事への復帰の奨励」だということだ。実際、その後、父さんは、酷い健康状態にもかかわらず、工場の事故の後遺症にもかかわらず、再就職するよう絶えず国家から嫌がらせを受けることになった。斡旋されたというよりむしろ押し付けられたと言うべき仕事だが、それを断れば生活保護を受ける権利が失われる。斡旋されるのは家から40キロも離れた都市でのハーフタイムの疲れる肉体労働ばかり。毎日の通勤に必要なガソリン代が月に300€かかる。やがてとうとう父さんは断ることができなくなり掃除夫の職に就いた。月700€で、一日中前屈みで他人のゴミを集める仕事だ。背中を傷めているというのに。ニコラ・サルコジとマルタン・イルシュが父さんの背中を打ち砕いた。」

「自分にとって政治が生きるか死ぬかの問題だと父さんは知っていた。
 ある秋、毎年、年度始めに子どものある家族に支給される学用品や学校カバンなどを買うための手当が100€近く増額された。父さんは有頂天になって、「海に行こう!」と叫んだ。それでぼくたちは家族6人、5人乗りの車に乗って出かけた。ぼくはトランクに入った。スパイ映画の人質みたいに。人質だったら、もっと良かったのだが。
 素晴らしい一日だった。
 なんでも持っている人たちのなかで、政治のやったことをお祝いしに海に行く家族を、ぼくは見たことが無い。なぜなら彼らにとって、政治はなにも変えないから。父さんから遠く離れてパリに来てから、ぼくは理解した。支配する側にいる人たちは、左翼政権に文句を言うし、保守政権にも文句を言う。けれど政権は彼らに消化の問題も起こさないし、背骨を砕きもしないし、海に行かせもしない。政治は彼らの生活を変えない。あるいは変えてもちょっとだけだ。これも不思議なことだが、政治をやっているのは彼らなのに生活になんの変化もないのだ。支配する側の人々にとって、政治はどっちかというと「スタイルの問題」、考え方、世界の見方、人格のあり方だ。でもぼくらにとっては、生きるか死ぬかだ。」

「2016年8月、フランソワ・オランドの下で、ミリアム・エルコムリ労働大臣は、マニュエル・ヴァルス首相の支持を得て、「労働法」なる法律を成立させた。この法律は解雇を容易にし、企業が従業員に、それまで働いていた以上の週労働をさせられるようにする。
 父さんを雇っている会社は、もっと掃くように、毎週、もっと長いこと前屈みになっているように要求できることになった。父さんの健康状態が悪く、移動するのも、呼吸するのも難しく、機械の補助なしで生活することができないのは、その大部分は工場で機械的な動きをしていたせいで、その次に道を掃くため、他人のゴミを掃くために毎日8時間前屈みになったせいだ。オランド、ヴァルス、エルコムリが父さんを窒息させた。」

「2017年8月、エマニュエル・マクロンの政府は経済的に最も脆弱なフランス人たちから毎月5ユーロを取り上げることにした。フランスで最も貧しい人々が屋根の下で寝るための扶助、家賃を払うための扶助から5ユーロをさっぴいたのだ。同じ日、もしかしたらほとんど同じ日だが、そんなことはどうでもいい、フランスで最も金のある人々のための所得税が引き下げられた。貧乏人は金を持ち過ぎていて、金持ちはまだ充分に金が足りていないというのだ。マクロンの政府は、ご丁寧にも5ユーロなんてなんでもないとまで言った。彼らは知らないのだ。彼らがこの犯罪的な言葉を口にしたのは、知らないからなのだ。エマニュエル・マクロンが父さんから奪ったのは、生活に必要なものだったんだ。」

 上の文章を書いたのはエドゥアール・ルイ。北フランスの工場地帯の労働者の家に生まれたが、粗暴な男らしさが支配するこの世界で親に疎まれ、学校ではいじめに遭う。彼は弱々しく女性的で、ゲイなのだ。勉強することでこの世界から抜け出した彼は、生まれたときの名、エディ・ベルグールを捨ててエドゥアール・ルイとなるのだが、それは邦訳も出ている処女作『エディに別れをつげて』(2014年)に書かれている。

 話題の新作は第3作目で、処女作と同じく自伝的な作品だが、彼を苦しめた父への視線は優しくなっている。実際、誤解を与えないよう言い添えれば、この作品で政治家への攻撃にページが割かれるのは最後の3割くらいで、それまでは息子と父親との愛憎、複雑な感情の相克のなかに父子の情愛が覘く。
 処女作が出版されてから、父は息子を誇りに思うようになり、父子関係は改善されたようだ。そして、会うたびに健康を損なっていく父親と、彼は話をしたという。

 この小説の最後の叙述によれば、「すべての悪は外国人とホモセクシャルから来る」と言っていた父は、今ではフランスの人種差別を批判し、息子の恋人である男性とも話をするようになった。
 また、小説には書かれていないが、著者インタビューによれば、FN(国民戦線)に投票していた父がそれを止め、息子の社会的な戦いを支持している。暴力的だった父親は新しい言葉を見つけたのだ。

 同じインタビューで、エドゥアール・ルイは、彼の出身の社会、貧しい地方の労働者階級の言葉「おれたちのことを語ってくれるのはFNしかない」を引いて、次のように続けている。「ブルジョワには2つの生がある。実際の生活と、映画や小説に描かれる表象と。労働者階級にはただ1つの生しかない。圧倒的に表象されていない」。

 この短い、檄文にも似た小説が「小説」と呼べるものなのかどうか分からないが、言葉を持たない人々に言葉を与え、万人に見えるものにしたという意味で、本質的に文学であることを私は疑わない。

 フランスの政治家を糾弾した小説が、日本人にどれだけの意味を持つか、それは明らかでない人には明らかでないかもしれない。が、私は名前を変えるだけで、このような糾弾は、日本でもまったく同じように通用すると思う。

「2007年に大統領候補だったニコラ・サルコジは、彼の言う「扶助を受けている者たち」を責めるキャンペーンを張った。「扶助を受けている者たち」は、働かないから、フランス社会の金を奪っているというのだ。」
 ともすると生活保護バッシングが起こる日本では、サルコジに賛同する人も多いだろう。そういう人たちに、具体的な一人の人間の不幸と政治の関係を問い直す、エドゥアール・ルイの言葉に一度、耳を傾けてもらいたいと思った。

*RMI (revenu minimum d’insertion, 社会参入最低所得) 制度とRSA (revenu de solidarité active 積極的連帯所得) 制度
1988年、ミッテラン政権のもとで創設されたRMIは、失業手当の受給対象から外れる失業者に最低所得を保障したもので、再就職を支援する目的でした。ただ、低収入の職に就くよりもRMIを受給し続ける方が収入が多くなるというケースが見られたため雇用を促進しないという理由で2009年にRSAに取って代わられました。RSAは、低収入の職に就いた場合、差額を保障するとともに、斡旋された仕事を断るとRSA自体の受給資格がなくなるという方法で再就職を促進する点が違っています。

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中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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