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TALK ABOUT THIS WORLD フランス編 ドパルデュー事件が示すもの

中島さおり2024.01.23

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ジェラール・ドパルデューは、フランス映画を見る人なら知らない者はない大俳優である。そのドパルデューが性暴力、セクシャル・ハラスメントにより名誉失墜する事件が、年末年始のフランスを席巻した。

12月の初め、国営テレビFrance 2 のComplément d’enquête. という番組が2018年に北朝鮮で撮影されたドキュメンタリーを流した。その中でドパルデューは卑猥な言葉で通訳を嫌がらせたり、女性たち(10歳の少女を含む)に性的な当て擦りを言ったりしていた。これにショックを受けた世論は、激しくドパルデューを非難した。
実はドパルデューは2020年から、レイプと性加害で告訴されている。すでに時効となっている件も含めて、撮影中に体を触られた、不快な性的当て擦りを言われたという女性たちの証言は数え切れない。映画界は、業界を背負って立つ巨人に、やりたい放題を許して来たらしい。

ドパルデューは、ケベック国家勲章やベルギーのエスタンピュイ名誉市民権を剥奪され、パリのグレヴァン美術館からはその蝋人形が撤去された。フランスのレジオンドヌール勲章剥奪も検討されている。出演映画が、ヨーロッパ各国のテレビで放映されなくなった。裁判の結果が出る前に、社会的な制裁を受けたのである。
ドパルデューへの非難が高まると、弁護の声が上がった。マクロン大統領自ら、20日のテレビで「ジェラールは偉大な俳優であり、フランスの誇りである。個人攻撃をやめよう」と呼びかけた。
12月25日のフィガロ紙に「ジェラール・ドパルデューを消し去るな」と題する意見記事が掲載され、名だたる映画人たち56名が署名した。俳優を断罪する役目は司法に任せるべきで、ジャーナリズムや世論が「推定無罪」を尊重せずに社会的に葬ってはいけないという内容だった。

しかしドパルデュー擁護はすぐに強い反撃を受けた。マクロン大統領は女性の権利擁護を謳った公約に反していると大不評を浴びた。映画人の署名記事には、反対する記事が8000人という桁違いの署名を集めて対抗した。ドパルデューを擁護することは被害女性を貶めることだ、名優であるからという理由で免罪されるわけがないという主張である。ドパルデューを擁護した意見記事の起草者が政治的に極右の俳優だということが分かると、署名した人々の中からも次々に離反者が出た。

この対立は世代間ギャップでもある。マクロン大統領がドパルデュー擁護をした理由も、彼の支持層である50代以上の世代がドパルデュー非難に熱心でないからだと言われている。身近な例だが、20代前半の私の子どもたちは、「パパは性差別主義者で、あの世代はどうしようもない」と70代の父親に容赦ない。(私は夫との年の差が大きい上に高齢出産したので父親と子供の年齢差が非常に大きい)
夫の世代は「68年世代」といって、1968年の学生反乱「5月革命」や、中絶合法化、ピル解禁を受けての性の自由化を担った世代だ。性に開放的であることが進歩的でプラスイメージであった時代に若者だった人々は、性的な行為にも冗談についても緩い。

和姦と強姦が「同意」のあるなしによって隔てられるように、冗談と嫌がらせは相手との距離感によって隔てられる。しかし、それは目に見えない。地位や権力(あるいは単にいまだに是正されない男女のアンバランスな支配関係)をカサにきて、その距離感を見間違う(意識的にせよ無意識的にせよ)ことはあるだろう。それを「たいしたことではない」と目を瞑ってしまう緩さが、彼らの世代にはある。
それに対し、その誤解こそ、相手の女性へのリスペクトの欠如であり、マチズムなのだ、それが許し難いことなのだと若い世代の感受性は言う。
フランスでは、クリスマスの食卓は家族・親戚が集まる場所だが、そこでは気まずい雰囲気が流れないよう、ドパルデュー事件の話題を避ける雰囲気があったと聞く。実際には、侃侃諤諤の議論になった食卓も多かったのではないか。

ワインスタイン事件から6年、フランス社会の感受性は劇的に変わった。
#MeToo自体が、それ以前からの変化を目に見えるものにした事件だったが、その後、映画監督のポランスキー、ニュースキャスターのPPDA(パトリック・ポワーヴル・ダルヴォール)、作家のマツネフ事件など、かつては社会的に糾弾されなかった有名人の性加害に対して、徐々に社会の眼は厳しさを増している。そして今回、フランス映画界の大御所ドパルデューの事件は、性暴力の加害者を非難する人々がマジョリティになる展開点を記すのではないか。

私は、それは良いことだと思う。著名人たちが著名人だからという理由で、性加害を見逃してもらうことがないと知れば、男性たちは女性をよりリスペクトするようになり、そういう社会では、昔より女性が生きやすいだろうから。
一方、ドパルデューが女性に対しておぞましいからと言って、その出演映画が追放されることがあるとしたら、それは良くないと思う。映画は彼一人の作品ではないし、また作品の中のその演技が、彼の女性に対する唾棄すべき性癖によって損なわれるわけでもない。人間には色々な側面があって、一つの特質で全てを塗りつぶすことはできない。

偉大な俳優であるからという理由で、いやらしい人間性が許されるわけではないが、性的にいやらしい人間が演じた作品がいやらしいというわけでもない。しかし2年前から映画を撮っていないというドパルデューの今後の俳優生命はもう絶たれただろう。映画界は今、分裂しているようだが、体質を改善して立て直しを図るだろう。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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