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いまから2カ月前の、4/11。
花柄のスプリングコートを着た私は、「性暴力事件に対する無罪判決、おかしい」と、ラブピでの勤務後、東京駅へ向かった。
あの日は風が強く、長い時間立っていると足が震えるようなさむい夜だった。
にもかかわらず 行幸通りではたくさんの人が長い時間、声を上げ続けていた。

実父から性虐待を受けていた被害者に対し、「自分から服を脱いだ」「父親の車にのってホテルに行ったこと」などが理由で「抵抗しようと思えばできた」と無罪を言い渡すような司法判決。
あまりにも判決を下す人たちは、性暴力というものを想像できていないんじゃないか。
会場で発言した一人ひとりは、彼らの想像力のなさを、言葉で埋めるように、未来のために、言葉を尽くしていく、そういう時間だった。

そして、つい先日の6/11、3回目を迎える東京でのフラワーデモでは、「ハッカパイプス」あきおさんと2人で私が司会を務めることとなった。
現場で感じたことは,この2カ月で世の中が少し変化しているということだった。

まず驚いたのは報道陣の数だ。
フラワーデモを始めた4/11は、「メディアが来ていないね」と嘆いたことをよく覚えている。

2カ月ぶりに足を運んだ6/11の東京駅には、はじめからおわりまで、数えきれないほどの報道陣が集まり、デモが終わった数時間後にはウェブニュースで配信、翌日の新聞でも取り上げられた。
取材に来ていた記者のひとりからは、「私もこの判決、おかしいと思っています」と涙ながらに話しかけられることもあった。

こういった記事の一つひとつが世間に与える影響は本当に大きい。
フラワーデモが訴えてきた性暴力事件への無罪判決を疑問視する声は、回を重ねるごとにどんどん大きくなったのは、報道が影響していると感じる。

それと同時に、あの日、報道関係者への対応をしながら、思うことが多くあった。正直にいま、書いておく必要を感じている。
私たちの声を正しく報じてもらいたいからこそ、だから。

デモがおわり、ツイッターを眺めていると フラワーデモに参加していた方に呼びかける形で,「あなたも被害にあったのですか?」「どんな被害にあったのですか?」という質問をした記者がいたことを知った。
該当新聞社に対し、翌日電話で事実確認をした。
新聞社として、性暴力被害者への取材は普段どのように対応するように指示をしているのかうかがいたいと申し出た。
普段から、ツイッターで書き込んだような乱暴な取材方法を行なっているならば、改めるべき点が多くあると感じたからだ。

私たちは #me too に寄り添う、 #with you を可視化させるために集まった。
性暴力、性暴力事件に対する不当な無罪判決を許さない、と東京駅前の行幸通りというひらけた場所で 世論を作っていくという目的で集まった。

そんなフラワーデモでならば、自身の被害を話すことができると集まった人が多くいた。
ものすごいことだと思う。

話をやめたくなったら、そこでやめてもいいと何度もアナウンスをしていたのは、自分のペースでしか話すことが許されない言葉があるとあの場所にいた一人ひとりが感じていたからだ。

すべては、あの場所で、私たちの言葉を使って、すでに語られた。
だから、報道関係者へ強く望むことは、「私たちの声を聞いてほしい」という、ものすごくシンプルなことにつきる。

マイクを持って司会をしている真っ最中なのに、ほとんど強引に個別インタビューを申し出てくる報道関係者が何名もいた。

台本のあるデモではない。
あの場でどんな言葉が語られるのか、デモを呼びかけたひとりとして、次にマイクをもつ人には聞いておく必要がある。
個別取材は終わってからにしてもらえないか、と何度伝えても、「今、この人数が集まってしゃべるほうが、絵になるから、話してほしい」と、一方的なコミュニケーションを重ねるうちに、もはや「YES」以外の選択肢が与えられていない、見覚えのある関係性を味わった。

しかも、スタンディングデモ真っ最中に受けた質問にはこんなものもあった。

「今、世の中は #kuToo が話題ですが、それよりもフラワーデモのほうが重要だと思いませんか?」

どっちも私たちの生活に関係する大事なことなのでは?
私たちの訴えてることって、#kuToo の対極に存在するもののように思えますか?
と逆に、この取材者に言葉を返したかった。

そんな質問を受けた直後、#kuTooの署名活動を続けている石川優実さんから、「スピーチしてもいいですか?」と声をかけられた。
「もちろん!」
と、マイクを渡すと、会場に集まっていた方たちから、「がんばれー!」と声があがった。

あの場所で声をあげた私たちの言葉を、いま私たちの目の前にあるものを、書き換えることなく、もっているあなたたちの影響力で広げていってほしいと報道関係者に対し、そして世の中に対し、強く思うそんな6/11の東京の夜だった。

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杉田ぱん(すぎた・ぱん)

1994年、東京生まれ。小学生の時に浜崎あゆみが「わかったような顔して全て支配したつもり?私達夢ばかり見てる人形なんかじゃないって」と歌い、輝き、街へ出ればギャルがド派手な服で「自分アゲ」を高らかに叫ぶ時代、すくすくと育ったフェミニスト。

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