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日本では「アベノマスク」が人々を憤慨させたが、フランスでもマスクを巡り、日々、騒動が起こっている。コロナ危機を象徴する言葉は、「マスク」ではないだろうか。

ロックダウンが部分解除になったフランスでは、「十分にマスクを供給せず、機動隊員の命を危険にさらした」として、現役警官がエドゥアール・フィリップ首相を告訴した。警官が首相を告発するのは前代未聞の出来事だ。が、その点を除けば、政府のコロナ対策を批判する訴えは例外でなく、5月22日現在、すでに71件の告訴が共和国法廷に届いている。首相、元保健相、元保健相を相手取り、「他人の命を危険にさらした」「過失致死だ」「危険にある人への援助の欠如」「疫病との戦いに間に合う時点で対策をとらなかった」と訴えが相次ぐ。その内容はマスクだけではないが、十分な感染防止措置なくコロナ最前線で働かざるを得なかった医療関係者その他が、政府のコロナ対策を糾弾する時、その象徴がマスクであると言えよう。

われわれ一般人にとっては、この数カ月マスクは、初めは「するな」と言われ、次に「したほうが良い」と言われ、最後には「しろ」と言われ、ひょっとすると「しないと罰金」になりそうな、急激にステータスを上りつめた物体である。

コロナ危機の初期、マスクは予防の役に立たないので、必要ないと強調されていた。マスクは政府が徴用してしまって薬局では入手できなくなっていたが、われわれより危険にさらされて本当に必要としている医療関係者に回すのだと言われれば、そうかと納得した。

その頃、医師、看護師、介護士たちは、マスクが不足していると必死で訴えていた。政府が徴用したというマスクではとても足りないようだった。

保健相オリヴィエ・ヴェランは3月19日時点で、国の在庫はサージカルマスクが1億5000万枚、FFP2ウィルス対策マスクはゼロと発表した。必要な量は一日2400万枚と推定されていた。
中国からマスクが100万枚届いた、軍隊省から500万枚のマスク提供決定と私たちは聞かされた。マスクは駆り集められているようだったが、それでも必要な人全員には回らないようだった。医療関係者の他に、営業停止にならない商店や工場の労働者、戸外で外出禁止の違反者を取り締まる警察官、ホームレスの面倒を見るアソシエーション……。誰もがマスクを欲し、「ないない」とこぼしていた。
政府は絶えず「マスクを発注した」と発表していた。中国に10億枚。ああ、でもフランスが注文したマスクが、中国の空港でアメリカに横取りされてしまった! 病院からマスクが盗まれた! もうすぐ来るはずのマスクは、なかなか届かないのだった。
3月の終わりになって、ようやくマスクが中国から届き始める。フランス国内でも大小の企業が24社、新たにマスクを生産するようになり、大統領はさらに増やすという。

この頃になって、一般人に対しても急にマスクの株が上がり出した。つい最近まで、マスクに効果なしと言っていたWHOがコロッっと見解を変え、フランス医学アカデミーがマスクを推奨し、4月4日、保健当局トップのジェローム・サロモン医師が「一般にもマスク着用を勧める」と言い出した。予防の役は果たさなくても、すでに感染した人が他人に感染させない役は果たすということで、アジアで感染者がヨーロッパより抑えられているのが、まるでマスクのおかげのような話であった。

「他人に感染させないため」と言われては、本当に効果があろうがなかろうがエチケットとしてマスクをしないわけにいかない。そうは言っても、相変わらず、マスクは売っていないのだ。私がマスクを手作りしたのはちょうどこの頃だ。私だけではない。裁縫のできる人はフランス中で、手作りマスクをチクチク縫っていた。

4月も半ばくらいになると、マスクをしている人が増えてきた。企業が発注して配っているらしく、スーパーマーケットなどで働く人のほとんどにマスクが行き渡って来たのはこの頃ではなかったかと思う。

マスク不足にさいなまれた医療関係者や警官が国を責めているのは、初期に彼らにマスクが渡らなかった原因が、国がマスクのストックを持っていなかったことにある。「リベラシオン」紙によれば、マクロンが大統領になった2017年にはマスクの在庫が7億枚あった。ところが有効期間が切れたため6億枚を廃棄した後、在庫の補給をしなかった。
国は、使用期限が切れるマスクを購入管理するのをやめ、各病院で管理するに任せた。しかも病院の予算を削減したため、病院にはコロナ危機のような非常時に対応するマスクの在庫がなかったのである。
1月24日には、保健相だったアニェス・ビュザンは、国には数千万の在庫がある、一般人には必要になれば配布するから、薬局に買いにいかなくても大丈夫と言っていた。この時期、一般人はまだコロナ危機を遠いアジアの災難だと思っていた。
今では、一般人が「マスクは役に立たない」と言われていたのは、このマスク不足を隠蔽するためだったと言われている。たしかに同じサージカルマスクであれば、医療関係者の場合のみ予防に役立つというのは、少し考えれば変だ。

予定されたロックダウン解除の日が近づいて来た5月はじめ、薬局やスーパーマーケットに、マスクがまた現れるようになった。国が徴用したにもかかわらず、大手スーパーは在庫を隠し持っていたのである。マスクが入ると宣伝をしたハイパーマーケットには人が殺到し、一方、ロックダウン解除に向けて住民に配るマスクの調達に苦労していた自治体の長たちは、怒りをあらわにした。なぜ、自治体の入手できないマスクをスーパーが持っているのか。市販マスクの値段は高い。私の夫が薬局で買って来た布製の洗って10回使えるというマスクは、一つ5ユーロだった。使い捨てマスクは一つ65サンチームだそうである。

5月11日にロックダウンが部分解除になってすぐ、私の住む市では無料マスクが配られた。映画館やプールなど、閉鎖になっている公共スペースが臨時の配布所になって、1人に2枚ずつ、世帯代表が取りに行った。しかし対応は自治体によってまちまちで、パリ市は大きすぎるので、ネットで予約をして、しばらくしないと入手できないということだった。配られるマスクも、同じ自治体内ですらさまざまで、八方手配して集めたのだろうことがうかがわれた。

ロックダウンが部分的に解除されたフランスでは、公共交通機関利用にはマスクが義務づけされ、メトロに乗ると全員マスクをしているという、かつては絶対に見られなかった光景が誕生した。こんなシーンを背景に一つ入れれば、いかにも「未来社会」を演出できたろうに、SF近未来映画を撮る時に誰も思いつかなかったことを、映画関係者は悔しがっているだろうと思った。

しかし一歩メトロを出てパリの街中に出ると、今度はマスクする人が意外に多くないことにショックを受ける。マスクはかけていても鼻が出ていたり、鼻も口も出ていたり、かける意味があるのだろうかと疑問に思う。公共交通機関以外では、マスクの着用は義務ではない。「義務」でなく「推奨」のみとなると、そんなものなのだろうか? 日本のように、強制しなくても「要請」するだけでかなりのことができるところとは、やはり文化が違うのかもしれないとチラと思ったりする。

公共の場所で顔を覆うということにフランス人は抵抗があるのだという説もある。人類学者のフレデリック・ケックは「ル・モンド」に寄稿して、近代的市民は公共の場で顔を人前にさらすべきであるというのが啓蒙(けいもう)思想家たちの理想であったと言う。サロンでマスクをつけていた貴族に対抗する形で、この理想がフランス革命で実現され、植民地主義の時代に、北アフリカで身分証明証の写真を撮る際に、スカーフを取らせたことでさらに強められた、と言っている。そしてフランスでは、顔を覆わないことが近代性と自由のしるしなのだと、イスラムのスカーフの公共の場での禁止につなげている。

たかだかマスクをしない理由づけにご立派かつ少々強引なと思う説明だが、マスクに関連してイスラムのスカーフのことは私も考えた。クック先生とは逆に、これでマスクがフランスに根付くと、イスラムのスカーフに対する意識も変わってくるかもしれないなと思ったのだった。しかしこの両者はある意味、同じことを反対側から見ているのかもしれない。クック先生の記事のタイトルは、「フランスでは、マスク着用の義務化は革命である」というのだから。

しかしそんな大上段に振りかぶらなくても、マスクは新しいファッション・アイテムとして、もしかしたらすんなり受け入れられるかもしれない。ホームメイドから高名なデザイナーまでマスク作りは流行している。新しいおしゃれの感覚で顔を覆うことも自由になり、イスラムのスカーフの在り方も変わって行ったら良いと思ったりする。

とはいえ、あんなに欲しがっていたマスクなのに、手に入るようになったら街路に使い捨てマスクがポイ捨てされて、道路清掃人がブチ切れる原因になっている。これを受けて、国民議会議員エリック・ポージェは300ユーロの罰金を科す法案を提出した。マスク義務化の動きも出ており、いくつかの自治体ではすでに政令ができている。

政府の無策の象徴としてのマスク、フランス人の市民道徳について考えさせるマスク、時代の変化を感じさせるマスク、マスクは何重もの意味を担って、すべてのフランス住民の手に今、収まっている。ほしくてももらえなかったマスクが、つけないといけないものになるまで、たった2カ月のことであった。

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中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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