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1964年の東京五輪、菅首相がキラキラ語る過去の記憶は、いったい誰のものなのか。当時の若者3人(身内ですが)に聞いてみた。

北原みのり2021.07.28

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 菅首相は15才のときに東京オリンピックを観戦し、その時の「感動」を今も胸に灯しているという。パンデミック時に東京五輪を強行するリスクを何度国会で問われても、返ってくるのは「安心・安全だから安心してください」というようなまやかしの言葉と、日本女子バレーチームへの憧憬ばかり。目に光のない菅首相が東洋の魔女を語る時は少しキラキラする。恐ろしい光だ。56年前、15才の秋田の少年の胸を打ったテレビの映像が、まさか2021年の私たちをここまで苦しめるものになろうとはね、だ。

 それほど凄かったのか? 久しぶりに両親に電話をしてみた。1964年の五輪、父さん、母さん、どう見てたの? 東洋の魔女とか記憶に残っている? 何が印象に残っているの? 楽しかったの? 私の両親は1945年生まれで、五輪の年に二人とも同じ大学に入学している。10月10日体育の日は1964年の東京五輪をきっかけにつくられた祝日だが、記憶力の良い父親は五輪開催の日は10月1日だったと言い、衝撃の事実を娘に語り始めたのだった。

「はっきり覚えてるよ。10月1日に五輪が始まったんです。私たちは、五輪なんてくだらない、東京から離れようってことで10月1日に合ハイしたんです(合同ハイキングのこと。男女で山などにキャンプに行くことを当時はそう言ったという)。その時初めて、ノリコ(母の名)と会ったんだ。高尾山から帰ってきたら、カメヤマさん(母の親友)に呼び出されて、ノリコが私と付き合いたいと言っているがどうかと打診されて、いいよ、と言って付き合うようになったんです。ノリコから付き合いたいと熱心に言ってきたのに、それが今はどうか。この前は、夫が先に死んだ友だちはみんな元気で幸せそうだと私の前で言うんですよ。そんなこと、例え思っていたとしても夫の前で言うことか? おかしい!? だいたいこの前なんて私のことを何と言って罵ったか、聞いてくれるか」

 話しは五輪からあっという間にずれ、それからは延々と最近母に「ぼけ老人」と罵られて傷ついたという話しを久しぶりに電話してきた娘に訴えるように、しかし楽しそうにするのだった。で、五輪の話しは? と聞くと、「ん? 五輪? あー今見ているけど? だってそれしかやってないから仕方ない」と、1964の話しは全く消えてしまっていた。父は結局、1964東京五輪の思い出はゼロであった。というか、1964東京五輪無視がきっかけで、私の両親が出会ったことに私は衝撃を受ける。「全部運命だったんかい」という、笛美さんの新著のタイトルがふと頭を過ぎってしまうよ。

 もちろん、よくあることで、母の記憶は全く違う。

「ロシアの選手が綺麗で、みんな真似してポニーテールするようになったなー。あー、でもあれ、中学生の時だったかな。 あれ? 何歳だったのかしら、あらやだ、覚えてない。え? 東洋の魔女? んー? というか私、高尾山になんて行ってない。あれは高尾山じゃない」  (電話ごしに「高尾山だよ!」と父の声が遠く聞こえてきた。平和だ) とのことだった。当時大学生になったばかりで恋愛に一生懸命だった両親にとって、東京五輪は全く目に入っていなかったようだった。戦後復興をなしとげた日本! みたいなプロパガンダに「日本中」が感動していたわけではなく、語られていない物語はやっぱりある。東京に暮らす若者としての「くだらねー、五輪」という空気のようなものが当時あり、そんな空気に私の両親たちも乗っていたんだろう。

 もう一人、私の大叔母(祖母の妹)にも電話をしてみた。88才の大叔母は驚くことに今も、東京五輪の選手村で使われていたゴミ箱とコップ(プラスチックの洗面用)とランプシェードを所持している、というか使っている。五輪が終わった後に後楽園で販売したのを買いに行ったという。五輪の記念を! というミーハーな思いもあるにはあったが、後楽園の近所に暮らしてたのでぶらりと行ってみた、くらいの話しだった。なぜ今も五輪グッズ持っているの? と聞くと、壊れないから、とのこと。ほんとに物持ちのいい大叔母なのである。どうしたら、そんなにモノを壊さないでいられるのか? だいたいコップを50年以上使っているって凄すぎない? そもそもゴミ箱50年なんてもつもの!?!?! などといつの間にか五輪とは関係ない話しになってしまい、「違う違う、五輪! 五輪の話し! おばちゃんは五輪は見たの? 東洋の魔女はどうだったの?」と聞いてみたが、何度聞いても当時30才になったばかりの叔母は、「楽しい雰囲気だったことは覚えてるけどーべつにー。道で何か競技してたなー、それはなんだか楽しかったな」くらいの話ししか出てこないのだった(記憶力抜群の88才なのに)。道での競技って・・・マラソンしかないだろう、と思うのだが、その程度の記憶なのであった。

※けっこうかわいい。ピンクのカップ

 私の周囲で当時東京に暮らしていた若者三人の感覚はこんな程度である・・・。たった3人の物語だけれど五輪関係者や政府の人々が力説する「スポーツの力」などとは無関係に日常を生きるフツーの人々の話し。東京と地方、世代、ジェンダーによってきっと見えていた1964はまるで違うものだろう。だからこそ、私たちにはそれぞれ自由な物語がある。だというのに、今、されようとしていることは、1つの記憶、1つの物語に私たちがしばりあげられ、「嫌だ」という声を封じられ、まとめられようとしているような暴力に思えてくる。

 「感動をあたえたい」「笑顔にしたい」
 そんなことを若い選手が当たり前のように言うようになっている(海外の選手も、そんなことを言うのだろうか)。聞いていてなぜこんなに恥ずかしいのか、なかなか言語化できなかったが、今回よくわかった。東京五輪開会式には多くの批判があるが、そのなかで私がもっとも適確な表現だなと思ったのは、韓国の平昌五輪開会式演出家の言った「浅いナラティブの羅列」という一言だった。強烈な皮肉だ。
組織を守るための嘘や隠蔽が当たり前のように行われる社会で、言葉は色あせる。幼稚園児に物事を教えるように人々の身体と精神を管理しようとする社会において物語とは「感動」「笑顔」「涙」というシンプルな感情を引き出すための説明的なものとなる。複雑さが嫌われ、わかりやすさだけを求められる関係性で、私たちは自分の言葉を表現することに臆病になる。そんな日本の今の空気があの五輪開会式に表れていたことを、その演出家は短い言葉で表現したのだ。
 スポーツで感動する、スポーツで笑顔になる、スポーツで勇気づけられる。そんな浅い物語の沼に無理矢理に頭抑えられ顔を沈められ、感動しろ、感動しろ、感動しろ! と金メダルの数を耳元で騒がれるような気持ちになる。人に感動を与えるなどということを、スポーツする若者が良きこととして言ってしまう居心地の悪さと、この社会全体を覆う浅いナラティブ沼・・・のイメージがつながった。

 東京の感染者は今日3000人を越えるだろう。昨日行った「私たちが止めるしかない東京オリパラ」に出演してくださった西村カリンさんは、ヨーロッパからみたら一日3000人の感染者は羨ましいほど少なく見える、とのことだった。でもそれはもちろん、ヨーロッパや他の国のように、いつでもどこでも誰でも無料にPCR検査できる体制を行政が整えていないからだ。東京で一日2万件を越える検査をした日は、去年の緊急事態選言以降数回しかない。検査数を超える感染者数が出るはずもなく、実態は恐らくヨーロッパ並の、数万人の無症状の感染者がいるだろう。
 そんな状態で強行されている東京五輪。西村さんによれば、IOCをはじめ、東京五輪関係者の人々は「外」の感染状況に全く関心がないという。日本国内で全く検査ができていないことや、緊急事態選言だというのにみんなフツーに暮らしていることだとか、感染が爆発していることとか・・・。そういう意味で情報は完全にバブルになっている。私たち自身が情報バブルの中、何が真実かわからない状況に置かれ、外と遮断されたなかで感動漬けされようとしているのかもしれない。

 50年後、私は生きていないだろうが、この東京五輪はどのように記憶されていくのか。語られていくのか。浅いナラティブの羅列に既に巻き込まれている怖さを警戒しながら、今日もテレビはつけない。(あ、でもつけてもいいんです! 私も上野選手見ました。好きな選手を応援しながら五輪を反対するちゃっかりさも大切にしていいんだよ、と宮子あずささんの言葉は良かった。ぜひ番組みてください)

ゴミ箱・・・昔はここに蓋がついていたそうですが、さすがにそれは割れたそうです。って、50年前のプラスチック、大切に使えばこんなにももつんですね・・・。

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北原みのり

北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めてフェミニストが経営する女性向けのプレジャートイショップ「ラブピースクラブ」を始める。2021年シスターフッド出版社アジュマブックス設立。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)・佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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