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TALK ABOUT THE WORLD フランス編 非正規滞在少年の快挙

中島さおり2022.06.16

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6月現在、フランスは学年末。この時期に、「コンゴ出身の非正規滞在の高校3年生が、願書を出した25校すべてから合格の返事をもらい、エンジニアへの道を歩み出す」というニュースが流れた。
日本だったら、「不法滞在の少年が東大合格!」というようなニュアンスのニュースなのだが、それを理解してもらうためには、少しフランスの進学システムについて解説する必要があるかもしれない。

フランスの高校3年生は6月半ばにバカロレア(高校卒業=大学入学資格試験)を受験して卒業となる。この試験に合格しないと進学はできないのだが、実は進学先は、バカロレアに先立って、すでに判明し(始めて)いる。
「し始めている」というのは妙な表現だが、これは事実の正確な表現で、それは大学入試に代わるフランスの進学先振り分けのシステム自体の奇妙奇天烈さのせいだ。

フランスには大学入試がない。原則的には、バカロレアを取得すれば進学できる。ではどこの学校にでも行かれるかというと、それぞれの学校には定員があるのだから、もちろんそうはいかない。当然のことながら、入試に代わって希望者を振り分けるシステムが必要になる。
昔は学校ごとに志望者の受付をしていて、高校生はいくつもの学校に、成績表や志望動機書などを持っていっていた。それがコンピューターを導入しての全国的な振り分けに変わったのが2009年である。当時のシステムはAPB (Admission Post-Bac) といって、「バカロレア後入学許可」とでも訳すのだろうか。志望者は、志望校は複数あっても願書は一つだけ揃えてコンピューターに登録すればよく、上級学校側はすべてこのシステムを通して、志願者の情報を得て選別できるようになった。このシステムでは、第一志望のほうが第二志望より有利に扱われるなどの規則があったので、本当はA校に行きたいが、自分の実力ではB校を第一にしておいたほうがリスクが少ないかもしれない、第二志望にするとB校も落ちてしまうかもなどと、高校生は頭を悩ませた。

その欠点(?)を補うためか、改良されたシステムのParcoursupが2017年に導入されて現在も施行されている。新システムでは序列をつけずに最大10まで出願することができ、しかも準備学級(高校に併設され、グランゼコールの受験準備をするエリート・コース)などは、理系準備学級、文系準備学級など、系列自体が1と数えられ、具体的な学校名はその下位カテゴリーとして、さらに20校まで登録できる。というわけで、冒頭の少年のように25校出願ということも可能になる(入試がないのでもちろん、受験料などというものは払わずに)。
高校三年生は、この出願を3月時点で行う。添付するのは高校2年生1年間3学期分の成績表と3年生の1、2学期の成績表だ。志望動機書のようなものも送るが、これが考慮される前に成績で足切りされる場合も多い。ただし成績表は点数だけで評価されるわけではない。点数には学校格差や教師による差があるから、その点は修正して考慮される。そのため、高校名や、高校教師たちによるクラスのレベルの評価、生徒一人ひとりに関するコメントは、重要視される。

願書を受け取った上級学校側は、それぞれの学校で行う教育の質に鑑みて、どの教科の成績を重視するか選ぶ自由がある。そこで、その学校なりに志願者に順位をつけてParcoursupに送り返す。それで蓋を開けて見た時に、同じ学校の生徒同士で「あいつより俺のほうが成績がいいのに順位が下だ」というようなことが起こる。学校が重視する科目の点が高いほうが、そうでない科目の点が高いほうより有利になるからだ。しかし本人たちはなかなか納得できなかったりする。

そうして6月の初め(今年は6月2日)に、結果が一斉に発表される。高校生はParcoursupのサイトにアクセスすると、どこの学校から受け入れ許諾の返事が来て、どこの学校から拒否の返事が来たかが一目瞭然になっている。

しかし、この時点で受け入れ先が決まる生徒はごく少数だ。なんせ、最大28校も願書が出すことができて、成績順に合格が決まるのだから、1日目は成績上位者が多くの場所を独占している。彼らは第一志望の学校に決定して、第二志望以下の権利をすべて放棄する。そこで、翌日にはウエイティングリストの上位にいた生徒が合格通知をもらえるわけだ。この生徒たちも、第一志望に合格したら、前日にはまだ留保していた第二希望以下の権利を放棄する。こうして、調整が長々と7月15日まで続く。
サイトではそれぞれの学校に関して、自分の順位と昨年、何位までが最終的に合格したかがわかるようになっている。そして自分が補欠の何人目であるかもわかり、その数字が日々更新されていく。待っていれば合格になるか、待っていても難しそうだから他の学校を最終選択したほうがいいかは自分で判断できる。

しかし行き先のなかなか決まらない生徒にとっては、ストレスフルな数週間である。7月15日時点でまだ行き先が決まらない生徒は、2次募集に応募することになる。

解説が長くなったが、そういうわけで非正規滞在の少年の話に戻ると、初日から25校すべてから承諾の返事を得るというのは、トップレベルの生徒でなければできない快挙なのである。

この少年、ジョナタン・キカンガは母親を亡くし、アンゴラにいるという父親とは連絡が取れず、3年前に単身、フランスにやって来た。当時はフランス語も片言であったという。彼のたどり着いた町、ブレストの移民支援団体が面倒を見て、フランス語を教え、里親を見つけ、技術高校に入学させた。当時から、教師たちは少年の頭の良さに驚いた。ジョナタンは、日本であれば小学校6年から中学3年に当たる4年間、学校教育を受けていなかったにもかかわらず、自分で勉強したという。

非正規滞在者の彼は、いつ何時コンゴへ送り返されるか知れない恐怖の中で、学業に成功して自分の道を切り拓くことを目標に精進した。そして全科目平均17.5点を叩き出し、エンジニアになる夢の第一歩を踏み出した(20点満点評価。フランスの成績の付け方は日本とは違って厳しく、100点満点の点数を単純換算したのとはニュアンスが異なる。10点が合格点で16点は高得点。18点はほぼ最高点でそれ以上はほとんどない)。進学先は第一志望のINSA Lyon(フランス国立応用科学院リヨン校)、工業系のグランゼコールである。

ただ一つの問題点は、正規の滞在許可証がないと、いつ何時、国外退去を迫られて学業を続けられなくなるかもしれないことだ。しかし、この快挙を聞いたフランス人たちからは彼の夢を応援する無数のメッセージが寄せられている。まさかコンゴに送り返されることはないだろう。滞在許可だって下りるかもしれない。

非正規滞在の未成年がフランスの高校で勉強して優秀な成績で卒業したというニュースはたまに流れる。2019年にも、バカロレアでマンションtrès bien(秀)を取った女生徒の話が報道されて、滞在許可を待っていると付記してあった。報道されるということは、ざらにはないということでもあるが、こうして滞在許可に至るケースが稀にあるのだろう。

一般には、非正規滞在の大学生(大学など上級学校に登録するためには滞在許可証は求められない)が学士号以上を取得したり、職についたりすると、滞在許可を申請することができる。法律で定められているわけではないので、必ず滞在許可を得られるわけではなく、担当の役人の采配に任せられるグレーゾーンだが、取得できるケースが多い。

近年は社会上昇のシステムとして学校が機能しなくなったと言われているフランスだけれど、こうして非正規滞在の少年が社会に統合されていく姿を見ると、もちろん例外的な頭脳であったからかもしれないとはいえ、フランスはいい国だなと思ったのであった。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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