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第7回 性暴力を受けたわたし。わたしも悪かったの?自分を責めて、誰にも言えない日々……。 自分を取り戻すには?

具ゆり2014.09.12

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「女」というだけで、多かれ少なかれ誰もが何らかの性的な暴力被害の経験はあると思います。
ただ、自分が「性暴力」被害を受けたと認識しているかは、多少の温度差があるでしょう。フェミニストカウンセリングでは「性暴力」被害にまつわる相談は決して少なくありません。「性暴力」や「性犯罪」「性虐待」の実態は、表れている数値が果たして実情を把握しているのか、何とも言えません。事件や対応を余儀なくされて表ざたになっているのは悲惨な困難ケースで、氷山の一角でしかないといえるでしょう。「性暴力」が誰にとっても身近な自分の問題になりうるのなら、それは個人的な問題ではなく社会や政治が根本的な問題を構築している結果と言えるのです。今回は、性暴力と被害者心理について考えてみようと思います。


Q1「性暴力って、そんなに起こっているのですか? 実態はどのくらいですか?」


A:「性暴力」とは、「意に反する性的な言動すべて」をいいます。
「性犯罪」としての強姦や強制わいせつのほか、児童期の性的虐待、DVの性的暴力、セクシュアル・ハラスメント、露出魔、痴漢、ポルノ、盗撮、デートレイプなど・・。もっと身近なできごとで言えば、セックスの強要、のぞまない性行為、避妊しない性交、職場や知人からの性的いじめ・からかい・中傷、わい談、.・・キリがないですね。どうでしょう、もしかしたら、あなたにだって心当たり、ありませんか?


内閣府「男女間における暴力に関する調査」では、「異性から無理やり性交された人(女性)」は10人に1人程度います。しかも加害者は8割が顔見知りか、よく知っている人間なのです。被害時期は、なんと小中学生時期と答えた人が20%で、全体の80%が20歳代までの間に被害を受けているのです。そして、そのことを誰にも相談しない人が70%近くにのぼっています。
暴力的な性行為を受けるということは、屈辱感や恐怖感、非現実感覚などで、その後の心身の変調、生活上の支障がでて当たり前なのに、多くの人が誰にも相談しない(できない)、しなかった(できなかった)のはなぜでしょう?
その問いには「はずかしかった」「そのことを思い出したくなかった」「何とかやっていけると思った」「相談してもムダ」「相談先を知らない」「自分も悪い」「相手の行為は愛情と思った」・・・被害者はそんなふうに思っているのです。


もし自分が被害者なら、と考えてみてください。ためらうことなく、病院や警察にかけつけ、何が起きたか、何をされたか、その相談や訴えができると言いきれますか? 例えば、盗難やスリであれば、おそらくすぐさま「私は被害を受けた!」と訴えるはずですね。それと同じ行動がとれるでしょうか・・・。


Q2「顔見知りによる強姦がそんなにあるとは思いませんでした」


A:そうでしょう。顔見知りによる強姦が8割を占めるという事実は、ほとんど知られていないので、たいてい驚かれます。
長い間「見知らぬ人からの強姦」だけが犯罪と考えられてきた経緯もあります。ただ、知っている人間からの暴力だから、余計に被害者へのショックと傷つきは深いのです。


顔見知りやデートの相手、夫婦間の強姦は犯罪だと考えられていなかったし、その意味で、その被害を届け出る被害者は現在も少ないのです。被害として見れば、相手が誰であっても同じ刑罰が与えられて当然のはずなのに、顔見知りだからこそ「恋愛関係のもつれ」だの「合意があった」だの、加害者側のお決まりのウソと開き直りで被害者が二次被害を受けるケースは後を絶ちません。セクハラ裁判など、明らかに加害者の悪意によって加害行為が繰り返された事件なのに、敗訴してしまう現実はあるのです。
  

「性暴力」として訴える裁判ですら「なぜ繰り返し、出かけたのか? 本当にイヤなら断れるはずだったのに、自ら出向いたのは? 逃げないで関係を続けた理由は?」そんな尋問が続くのです・・・。


残念ながら、一般社会にも専門家の間にも、まだまだ「強姦神話」(本当にイヤなら死ぬほど抵抗するはず)が判断基準として根強くあるからでしょう。相手が「合意があった」と言えば、その説明責任を被害者側が求められるという不公平な裁判で、被害者がどれほどの屈辱と苦痛を乗り越えなければならないか・・・。

 

 

 

 

 

 

Q3「被害にあわれた方は、どうしてそんな暴力から逃げないのでしょう? どのようにその苦難や心身の不調を乗り越えて生きていかれるのでしょうか?」


A:それは簡単なことではありません。ぜひ皆さんに理解してほしいところです。
暴漢に襲われるような被害や強制わいせつ、強姦犯罪ですら、被害者は「誰にも言えない」「何もなかったことにしたい」「自分も悪かった」と気もちは揺れてしまいがち。それでも犯罪被害だという権利意識がもてれば、それが自分を取り戻すカギになります。


その一方で、「顔見知りの人」からの犯行では、被害者がそのできごとを「暴力」と認識しにくい形で、非常に狡猾に行われることが多いと考えてください。加害者ははじめから企んでいるのです。突然犯行に及んでいるのではありません。まずは被害者を安心させ、信用させて近づきます。被害者が「何か変だな」と思いつつも、「まさか」と思わせるように、少しずつ自分の狙うほうに誘導していくのがうまいのです。時には優しく、加害者を疑うことに罪悪感を持たせるよう仕向け、逃げられないように接することに長けています。実に巧妙に相手をコントロールして自分の支配に屈服させるのです。
そして、さらに被害者への屈辱的な支配を強めます。逆らえば被害者がもっと困るように、またその暴力行為を誰かに話しても、「誰も信じない」「周りが困る」「家族の関係が壊れる」などと、被害者を怖がらせ、脅して「誰にも言わない」よう仕向けます。自分の性暴力行為がばれないよう、細心の注意と用心をしています。


残酷なことは、加害者はこの「秘密」に隠れて、何も失わず何食わぬ生活をしている反面、被害者は「共犯」の濡れ衣を押しつけられたうえ、その後も被害が繰り返されるという事実です。加害者は、一度モノにした獲物を簡単には手放しません。繰り返される性暴力・・・「どうして逃げなかったの?」被害者自身が最も自分を責める言葉だということを理解していただけるでしょうか?
 

被害者が子どもだったら? 加害者が家族(近親姦被害=親、兄、親族など)や先生だったら? 被害者は女の子だけではないし、男の子やおとなの男性性被害へのケアと回復へのサポートも考えなければならない課題です。
子ども期の性虐待被害者の中には不幸な痛ましい記憶を自動的に凍結したまま、生き延びている人もいます。一方でその癒えないキズに苦しみもがき続けている人もいます。複雑性PTSDですね。人から裏切られたのですから、どうしても人が信頼できず、自己肯定もできず、他者との人間関係で延々と苦しむ人生を送っている人もいます。


カウンセリングで会う人の中には、急性期の被害者もいれば、何年も何十年も前の被害に向き合うために来られる人もいます。その勇気と決断にまず敬意を表しています。
カウンセリングはクライエントの意志があって初めて成り立ちます。
苦しみや痛みという言葉で表現できないほどの感情を伴うこともありますが、自ら自分に起きた事実に向き合い、それをどう受け入れていくかです。その覚悟があって初めて、カウンセリングの準備ができた状態であり、過去・現在・未来の「私」、「私」の気もち、「私」のストーリーを語る場となるのです。


「私は悪くない」「私のせいじゃない」「私はサバイバーなんだ」
被害者が自分を語りながら、自分のストーリーを再生していかれる場に、
カウンセラーとして立ち会う責任をもたねばなりません。
被害感情や加害者への怒りや憎しみを当然のこととしてさらけ出し、そしてあくまでも自分の権利と名誉、誇りが失われたわけではないこと、自分自身をエンパワメントされるプロセスを共有し、自己承認されていく現場に立ち会わせてもらっているのです。

 

 

 

◆おススメ情報 <映画で知る子どもへの性暴力事件>

 

 

『ソウォン(願い)』(韓国 2013)

2008年に韓国で実際に起きた幼女暴行事件とその裁判結果を基に、被害者家族の苦しみと再生を描いた衝撃作。

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具ゆり(ぐ・ゆり)

フェミニストカウンセラー
フェミニストカウンセリングによる女性の相談支援に携わっている。
カウンセリング、自己尊重・自己主張のグループトレーニングのほか、ハラスメント、デートDVやDV防止教育活動など、女性の人権、子どもの人権に取り組んで20年あまり。
映画やミュージカルが大好き。
マイブームは、ソウルに出かけてK-ミュージカルや舞台を観ること。

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