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STOP!家庭教育支援法案

打越さく良2018.02.14

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院内集会盛況、ほっとするのもつかの間
 自民党が用意しているといわれる家庭教育支援法案のことは、17年3月7日更新の本コラムで取り上げた。法案は未だ提出されないが、通常国会は長い。1月22日に召集された第196回通常国会の会期終了日は、6月20日を予定しており、かつ、会期延長もありうる。

 いつ何どき提出されるかわからない、そうすれば数の力で一気に可決成立してしまう、用心に越したことはないと、私も呼びかけ人である24条変えさせないキャンペーンでは、1月29日、「家庭教育支援法案の何が問題か?」と題した院内集会を開催した。1月のブックレビューで最新の著書を取り上げさせていただいた杉山春さんほかのスピーチはいずれも法案の重大な問題点を浮かび上がらせた。会場は満員となり、また多数の議員や秘書の方々にご出席いただいた。この法案を懸念する方々が多いと知り、ほっとした。
 ほっと…してはいられない。
 2月8日、自由民主党の青少年健全育成推進調査会の会合が開催された。議題は、「青少年健全育成基本法案」、さらに「家庭教育支援法案」。いよいよ提出されるのだろうか。提出されたら、数の力で圧倒されてしまうのか。

だいたい、法律が必要な理由がいい加減
 支援法案、というネーミングに、ついうっかり支援してくれるならいいではないかと誤解する人もいるかもしれない。しかし、支援と掲げながら、保護者に「第一義的責任」を課し、統制しようとしている問題点については、以前取り上げた際に書いた。

 そもそも、どうしてこの法案が必要なのか、全くいい加減だ。本法案によると、と現段階の法案の文言を引用したいが、それはできない。自民党がオープンにしようとしないからだ。一昨年10月に法案がオープンにされた際に、批判がわき起こったため、守りに入ってその後の修正を施した法案を隠しているのかもしれない。情けない。真に必要な法案だと自信があるなら、オープンにすればいい。そして、批判を浴びても、いやいや必要があると説得すればいいではないか。以来ひた隠しにしていること自体が、法案が批判に耐えられないシロモノだと自白しているようなもの。しかし、いったん提出してしまえば、数の力で可決してしまうのか。立憲民主主義はただの多数決主義とは違うはずだ。

 ともあれ、一昨年10月段階の法案の文言を確認しよう。保護者に家庭教育の第一義的責任を課すことの問題点は以前のコラムで触れた。だいたい、保護者の家庭教育力が落ちているとしたら(そんな言説がアヤしいことも以前のコラムに書いたが)、その保護者に責任を課すのは無謀ではないか、課さないほうがいいではないか、と早速ツッコミたくなる。

 法案の目的(1条)はこうだ。「家庭をめぐる環境の変化に伴い,家庭教育を支援することが緊要な課題となっているとした上で,教育基本法の精神にのっとり,家庭教育支援に関する施策を総合的に推進すること」。
「家庭をめぐる環境の変化」とは、①同一世帯に属する家族の構成員の数の減少、②家族と共に過ごす時間の短縮、③家庭と地域社会との関係の希薄化を家庭をめぐる環境の変化としてあげているが、いずれも実証的なのか定かではないし、それでなぜ家庭教育責任の強調が必要なのかもわからない。

たとえば、①は核家族化を念頭にしていると思われる。核家族化が「家庭の教育力の低下」を招いたという言説は、ありふれている。しかし、そもそも、核家族化の進行という事象そのものが極めて疑わしい上、それによる家庭教育の低下も十分な検証がない。広井多津子は、1970年代以降、厚生省(当時)や自民党等から、家庭の機能低下が指摘され、家庭の「反省」や「自覚」を促しつつ本来「家庭が果たすべき役割」を家庭に押し戻すことが打ち出されたと指摘した上、こうした方向性は、戦後の社会的混乱の中にあり、支援が必要な問題家族が念頭にあった政策から転換後の、「豊かな社会」において自助努力すべき家族を想定し、ポスト福祉国家における家族活用政策に結びついている、と分析している(広井多津子・小玉亮子『現代の親子問題 なぜ親と子が「問題」なのか』日本図書センター、2010年の第1章、第3章(広井多津子執筆部分)参照)。

 以前のコラムでも取り上げた広田照幸も、地域差、階層差はあれど、かつての時代と比べたら、総じてどの家庭でも子どものしつけに時間や情熱を注ぐようになってきており、「家庭の教育力の低下」といった言説にはいくつもの誇張や短絡が存在していることを明らかにしている(『日本人のしつけは衰退したか 「教育する家族」のゆくえ』講談社現代新書、1999年)。

 上記②も、正確な事実認定か不明。広井によれば、研究の分野では1960年代から、厚生白書では1970年代から、親子の会話不足や親子関係の希薄化が指摘されるようになったが、むしろ会話不足が批判されるようになった1970年代以降、増加しているとのこと…(広井・小玉 前掲書の第2章(広井多津子執筆部分)参照。もっとも、短縮したかどうかはともかく、確かに、男性が子育てや家事に費やす時間は先進国中最低の基準にとどまっている。6歳未満の子どもを持つ夫の家事・育児時間は1日あたり67分(内育児時間39分)であり、「先進国中最低の基準」なのだ(平成29年版少子化社会対策白書)。

 しかし、それは、子育て世代の男性の長時間労働や、未だ根強い性別役割分担意識によるのではないか。それを解消しないで、家庭教育の責任を家庭に課されてしまったら、ちゃんとやれと言われるのは専ら女性になり、性別役割分担をますます強化してしまう。超時間労働は、1980年代以降に相次いでなされた労働の規制緩和によると考えられ。そっちを問題にしなければいかねないはずだ(木村涼子『家庭教育は誰のもの?家庭教育支援法はなぜ問題か』岩波ブックレット、2017年、9頁)。端的に長時間労働の抑制など働き方の見直しや、性別役割分担意識を解消すべきだろう。

 ③の「地域社会との関係の希薄化」も、実証的かどうか定かではなく、ノスタルジックなイメージにすぎない。確かに村落共同体に人間形成の機能が果たされているところもあったかもしれない。しかし、共同体の暗黙の規範や統制の中で、親は極度に無力であったのだ。また、「村のしつけ」を美化する一部の識者がいるが、そこには差別や抑圧が組み込まれている等様々な問題があったとの指摘もある(広田前掲書)。閉鎖的な地域社会が一概に望ましいとも言えない。村の秩序や掟を破ったら、村の人々から集団で交際を絶たれる、村八分。今もなお集団によるいじめを示す言葉として通用する不穏な言葉を思い浮かべれば、濃密な地域社会をうっとりはしていられない。そもそも、社会は変化し流動化しているのに、村社会を美化して戻れるはずもない。

というわけで、家庭環境を支えたいのであれば、労働環境の是正や姓別役割分担意識の解消のほうが有益であり、家庭教育支援を喫緊の課題と設定することには無理がある。

国家的な家庭教育振興政策の行き着く先は…
 法律が必要な理由が全く説得的ではない。となると裏の理由があるはずと考えざるを得ない。以前のコラムでも触れたが、戦前の家庭教育振興策を思い起こしてしまう。
 戦前において、国家が家庭教育の必要性を強調し、直接その振興に乗り出したのは、1930年以降のことです。第一次世界大戦を経て、資本主義化が進展し、自由主義や民主主義の価値観が普及した状況を、文部省は懸念し、「思想善導」と称する教化を図り、1930年、文部省訓令第18号「家庭教育振興二関スル件」を発表し、家庭教育に対する母親の役割の重要性を強調した。

 ファシズム体制が強化される中、文科省は、1935年「教学刷新評議会」を設置し、学校生活及び校外生活をあげて「国体」「日本精神」を強調した教育の実施を促していきました。1936年、教学刷新評議会が文部大臣に提出した「教学刷新二関スル答申」には、「家庭教育二関スル事項」として、「学校教育一任の傾向」の改善と学校と家庭との連絡教化を求め、学校と家庭双方が同じ目的(「教育ノ精神及ビ方針」)のもとでともに子どもの教育に当たることを要請した。
 「改正」教育基本法の精神を家庭教育にも及ぼそうとする家庭教育支援法案はこの際限ではないだろうか。そして、この「教育ノ精神及ビ方針」として文部省思想局刊行の冊子等から確認されるのは、「日本精神」と普遍性ではなく固有性の強調である。この点も、「改正」教育基本法と類似する。そして、家庭の中でも、「個人主義的傾向」を矯正し、「日本精神」を養わなければならないとされる点も、「個人主義」の尊重を一切掲げない「改正」教育基本法と家庭教育支援法案の問題に連なる。

 さらに、「総力戦」体制となる中、1942年に発出された文部次官通牒「戦時家庭教育指導二関スル件」は、戦時動員の観点から戦争を遂行する母親の修養・確保に重点が置かれ、子どもの教育への比重は縮小された。母親が修養すべき内容としては、次代の皇国民を育てるための、「日本婦道」や「強健ナル子女」を産むための保健衛生等があげられた。「家生活ノ刷新充実」として母親が努めるべき生活項目に、防空、防火、防諜等の国防訓練等が挙げられた。おお。そのうちJアラート訓練を母としてやれ、それが家庭教育責任だと言われかねない…。

 他方で、1937年以降国民精神総動員運動が進められる中、国家統制を目指した隣組・常会の組織化が図られた。隣組・常会を国家統制の最小単位の活動拠点として据え、「道徳錬成」という精神的統制とともに国民生活の統制が目指されたのである。隣組・常会は、1940年に発足した大政翼賛会の傘下に組み込まれ、翼賛運動を担い、侵略戦争を鼓舞する国民運動の機関としての役割を果たしていった。「家」を基盤とした国家への奉公を会員に要請した前術の大日本婦人会も同様。同会の会員たちは、隣組・常会で、「婦人報国」の使命を果たすことを求められ、国家統制網の中に絡め取られ逃げ場がなかった。

 そして、子どもの出征を万歳と送り出す。あるいは、学童疎開に送り出す。親子の情愛もへったくれもない。むしろ、家族はずたずたにされ、人々を国家に捧げる装置となった(奥村典子『動員される母親たち 戦時下における家庭教育振興政策』六花出版、2014年及び木村前掲書、参照)。

 過去のこのような家庭教育責任の強調の行き着く先に想起すれば、家庭教育支援法案を警戒し阻止しなければならないことは明白だろう。国会構成を思い起こせばめまいがするが、できる限りのことはしたい。
みなさんで法案を是非阻止しましょう。

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打越さく良(うちこし・さくら)

弁護士・第二東京弁護士会所属・日弁連両性の平等委員会委員日弁連家事法制委員会委

得意分野は離婚、DV、親子など家族の問題、セクシュアルハラスメント、少年事件、子どもの虐待など、女性、子どもの人権にかかわる分野。DV等の被害を受け苦しんできた方たちの痛みに共感しつつ、前向きな一歩を踏み出せるようにお役に立ちたい!と熱い。
趣味は、読書、ヨガ、食べ歩き。嵐では櫻井君担当と言いながら、にのと大野くんもいいと悩み……今はにの担当とカミングアウト(笑)。

著書 「Q&A DV事件の実務 相談から保護命令・離婚事件まで」日本加除出版、「よくわかる民法改正―選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて」共著 朝陽会、「今こそ変えよう!家族法~婚外子差別・選択的夫婦別姓を考える」共著 日本加除出版

さかきばら法律事務所 http://sakakibara-law.com/index.html 
GALGender and Law(GAL) http://genderlaw.jp/index.html 
WAN(http://wan.or.jp/)で「離婚ガイド」連載中。

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