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 ちょっと前の話になるが、この夏、フランスの海岸で全身を覆う水着ブルキニを着用することがカンヌを始め30もの自治体で禁止され、警官がスカーフで頭を多いチュニックを着用した姿で海岸にいた女性(実際はブルキニ着用していたわけではない)を引っ立てる写真が世界中で批判を招いたのは、ご存知のことと思う。
 日本でも、ずいぶんたくさん報道され、一躍フランスは「ブルキニを取り締まる変な国」として有名になったようだ。

 意外と知られていないのは、ヴィルヌーヴ=ルベ村を人権団体ヒューマン・ライツ・リーグが行政裁判の最高裁、国務院に提訴して、国務院は、「信教と個人の自由という基本的自由を、深刻かつ違法に侵害する」として、この条例の凍結を命じたことだ。結果、30の地方自治体のうち26自治体において禁止の条例は凍結された。日本の報道は、4自治体が、この判断に抵抗して条例を凍結しなかったことばかりを大きく報道しているが。

 多くのフェミニスト諸団体も、脱がされる女性の写真を見て、事件後すぐに、警察の横暴に反対する声明を出した。
 フランスのフェミニストは、スカーフ、ブルカ、ニカブを女性抑圧の象徴と考えることでは一致している。女性の自由を奪い、身体を隠す服装は父権的な道徳に押し付けられたもので、そこから解放されなければならないと考えている。
 しかしそれを着用している女性個人を迫害すべきとは考えない。むしろ、警察権力がイスラム女性が海岸に遊ぶ自由を侵害したことに対して抗議したのである。
 比較的最近の2009年に出来たフェミニスト団体Osez le feminismeは、「この事件でイスラム女性は、人種差別と性差別の犠牲者である」という声明を8月24日に出した。OLFは、特にイスラムと名指すことなく、「すべて宗教は、男性たちによって考えられ、構築され指導されて来たもので、父権主義の反映である」とする。そして、「われわれはイランやサウジアラビアや他の国の女性たちが、髪を風になびかせて公道を歩く権利を勝取るために闘っていること」や「フランスでも、自由に反する宗教的抑圧のもとに生きている女性がいること」について黙っていることはできないと前置きした上で「しかしながら、我々はブルキニ禁止条例に反対する」とした。

 MJS(社会主義青年運動)前会長ローラ・スリマニは「彼女たちを侮辱するのが好きな新植民地主義者は気に入らないかもしれないが、イスラム女性を解放するのは白人の男ではない」と言った。
 イスラム教徒のフェミニスト、アナヌ・カリミは、「なんのやましさもなく女性を抑圧する人種差別的父権主義」を告発した。ブルキニの考案者、アエダ・ザネッティはこの服をフェミニスト的な目的で考案したと、英ガーディアン紙に語った。「2004年初めにブルキニを発明したときは女性にもっと自由を与えるたえめで、彼女たちからそれを取り上げるためではありませんでした」
 しかしすべてのフェミニストがブルキニを着る女性を擁護しているわけではない。「Femme et libre」会長ヤエル・メリュルは、「性差別と警官の人種差別とかいうものに焦点をあてるフェミニスト団体は、ブルキニがなんであるかを問題にしていない。ブルキニは反啓蒙主義の反映だ。バミューダやダイビングスーツとは違う、女性に性的な対象物として烙印を押す服なのだ」と言う。女性の権利大臣のローランス・ロシニョルも近い立場で「ブルキニは旧弊である」と言う。ジャーナリスト、カロリーヌ・フーレは、「ちょっとでもフェミニストであったら、また過激主義を心配するだけの者でも、ブルキニを着ている女性の横で泳ぐことに気まずい思いをするだろう。この原理主義的な水着を砂浜で着るという行為は、他の人たちはみだらであると言っていることになる」。そう言いながらも、彼女は禁止には反対した。「大学でのスカーフと同じように、禁止することでこの原理主義的なモードを後退させられると思うのは間違いだ。逆効果で、犠牲者としてのプロパガンダになり、若者がますます影響されてブルキニが広がるだろう」と彼女は言う。トップレスで抗議する過激なフェミニスト組織、Femen(フィーメン)のインナ・シェヴチェンコも、「ブルキニには反対だが、禁止はブルキニを着る女性を増やすだけ」と禁止に反対している。

 こうして並べてみると、普遍主義、世俗主義、共和主義的なフランスの伝統的フェミニズムと、多文化主義の新興フェミニズムの分裂は顕著である。
 しかしながら、イスラム教徒の女性が置かれた文化的コンテクストを捨象してブルキニを「女性の権利後退の象徴」とか「旧弊」と一方的に決めつけるフーレやメリュルの議論には説得力が感じられない。最近 « Un universalisme si particulier, féminisme et exception française》(かくも特殊なる普遍主義、フェミニズムとフランス的例外)を著したクリスティヌ・デルフィは、かつて普遍主義的フェミニストだったが、フランスのフェミニズムを「イスラムフォビア」であると告発し始めた。
 ブルキニ禁止条例は、ニースのテロ事件の直後に発令されたものであり、潜在的にフランス人の心にあるイスラムフォビアが、テロに刺激されて生まれたものだと客観的な第三者には見える。全身を覆う水着を着た女性たちとテロリストには直接の関係は感じられないのだから、理性的とは思えない。
 そこに「女性抑圧の象徴であるから」といった一見正当に見えるような理由をつけることには問題を感じる。

 ブルキニをどう評価するかは別として、条例で禁止することに反対したフェミニストたちは、見識を示したと思う。

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中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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