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「キレイな髭、キタナイ髭」

茶屋ひろし2010.02.05

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ふと思い立ち、髭を生やしてみることにしました。といっても、男性ホルモンが少ないせいか、もともと量は多くありません。これまでは一本ずつ抜いて事足りてきました。
抜くのにほとんど痛みもありません。それどころか、髭を抜く作業が癖になっていて、それは心やすらぐ時間でもありました。職場のビデオ屋でも、ヒマをみつけては手鏡を片手に毛抜きを使って集中してしまうので、お客さんからは「いつもここの店員は髭抜いているか、煙草吸っているかだな、けしからん」と思われているんじゃないか、と想像しながらもやめられませんでした。
昔は女装をするたびに脛毛を剃っていました。そのあと、髭を抜く延長で、また生えてきた毛を抜いて遊んでいて気がついたことですが、少し生えるたびに抜いていると、三度目に生えてくるあたりから、毛が皮膚に埋もれて生えてくるようになります。これは、もう抜かれまい、という毛の抵抗かしら、と思いました。それでも毛抜きで無理に皮膚を破って抜いていると、当然のように肌が荒れた状態になります。痒くもなってきたので、脛毛に関しては抜くのをやめました。
髭の永久脱毛をしたゲイの人には、「いいわよー、お手入れ不要で、肌もキレイになって、全体的に顔面が引き締まった感じになるわよー」とコマーシャルのようなことを言われて惹かれます。
髭も抜いているうちに皮膚に埋もれて生えてくるという抵抗を示します。それを無理に引きちぎる感じで抜いているとやっぱり肌が荒れてきます。二十代の頃は肌の再生能力があり、一晩寝ると、その荒れも目立たなくなったものでしたが、このごろは、跡が残り、しかも次に生えようと待ち構えている毛根がうっすらと肌に映り、毛がなくても髭跡があるような、そんな状態が通常になってきました。
もともと量は少ないとはいえ、それでも加齢とともに増えてきた感じです。髭を抜いても肌が荒れるだけなら、一度生やしてみようと思いました。放っておくと二日目辺りから目立ってきました。抜きたくてウズウズします。それでも本数は、頑張れば数えることができるくらいの量です。周囲の反応も気になりました。ところが、三日たっても四日たっても、職場の誰も何も言ってくれません。職場で相方のオーラちゃんに、ついに自己申告をしました。「あの、今、髭を生やしているんだけど・・」
オーラちゃんは、今気づいた、と言った様子で、チラッと見たあと、プっとふきだしました。「やめといた方がいいんじゃない? 茶屋ファンが減るよ」と言います。
「茶屋ファン」・・扇風機みたいですが、私のジェンダーイメージ(見た目)を好きだと言ってくれる人たちのことです。プロフィールの女装写真をみていただければお分かりのように、私はいわゆる「女顔」です。線が細く、体毛が薄い(頭髪はいずれ・・)。
僭越ながら、私をタイプだと言ってくれる男性は、私より十は年上で、どちらかというと「ジャニーズ系」の若い男子を好む人たちが多いのです。
もう三十も半ばでジャニーズも系もないだろう、と書いていて恥ずかしくなりますが、そういうことになっています。
「そんなの、裏切ってやる」とオーラちゃんに宣言しました。するとオーラちゃんは、「どうでもいいけど、ホルモン治療を始めた人のような生え方だよね」と、まばらな髭の生え方を言い表しました。本店のスタッフのポチも、三日目に、「わ、髭生えてる!」と驚いて、「やめといたほうがいいんじゃないすか」とたしなめ、「なんか猫の髭みたいですね」と評しました。
どうやら、髭が濃い、髭をたくわえる、といった、「男らしさに」には近づけないようです。そのまま十日を過ぎてゲイバーに行っても、誰も髭のことに触れてくれません。オカシイわ、と思って、やはりここでも自己申告です。すると、髭の量が少なすぎて、誰も気づいていなかったことがわかりました(というより、自分が気にしていることほど他人は気にもとめていない、というセオリーかもしれません)。
そして、イメージに合わないからやめたほうがいい、といった忠告に加えて、その中途半端な生やし方は不潔に思われるだけじゃないか、という指摘を受けました。
ふけつ・・!
二十代の頃に髪を背中まで伸ばしていた頃は、よく母に「不潔!」と罵られていました。あの長髪は普段女装の意味もありました。毎日洗ってはいましたが、自分の勝手なジェンダーイメージと「キレイ、キタナイ」という価値観が相容れないもどかしさがありました。
男の髭も、眉毛や頭髪と一緒で、量が多くても、均一にカットされて整えられていると、不潔とは言われないような気がします。でも私の髭には、カットして整えるほどの量がありません。もともと眉毛がない人や禿げている人と共有できる悩みかもしれません。オシャレをするにも資本がない、ということでしょうか。
けれど、接客業としては良くありませんが、あえてキタナイと思われるのも面白いかもしれない、と思い始めました。
年末に書いた「包装紙」というコラムを読んでくれた人が、MTF(Male To Female)の人たちのことに触れ、「女になりたいというより、キレイになりたいという意味で性転換をする人も多いんじゃないかしら」と言いました。
たしかに、男の尻は汚い、とか、男の脛毛は醜い、とか、そういうイメージを刷り込まれてきた気はします。私の場合はほぼマンガからでした。ゲイのアダルトビデオを売る仕事に就いて毎日男の裸をたくさん見ることになって、それを「キレイ、キタナイ」であまり捉えないようになってきました。
ゲイのメディアでは、最初から、男の体を「キレイ」や「美しい」という言葉で肯定してきた歴史があります。それはゲイにしかできなかった価値の転換だと思います(「anan」は別として)。
田辺聖子さんの昔の小説を読んでいたら、主人公の女性が恋人の男性の脛毛について、「男の脛毛は汚いと言うひともいるけど、私はそうは思わない。自然なことが一番美しい」と述壊するシーンがありました。
「キレイ」という言葉が、無毛で肌つやがいい、ということだけに使われるという状況は、もれなく強迫観念がついてくるような気がして穏やかではありません。
そういう意味での「キレイ」は、ほとんどが自分の体(表面)の状態に対して使っていて、じっさい、他人の裸に対しては、好きになって付き合い始めると、相手の状態がどうであろうと、「この人はこの人だ」くらいの認識しかないような気もして、それをさらに自分に返して、「自分は自分でしかない」というところに持っていけるといいのかしら、と思います。
イメージを加工する楽しみ(苦しみ)も魅力的で、「自然なままが美しい」で満足できるかどうかは不安ですが、もう抜かれない、という状況に、私の髭は、喜び勇んで生えてきているような気もします。雑草のようです。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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