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「ターニングポイント」

茶屋ひろし2010.12.23

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二十年くらい前のアメリカ映画で、邦題が「愛と青春の旅立ち」みたいなタイトルの作品があって、こういう過ちを何度繰り返すのかしら、と思いながら、十年くらい前に、何かで知って見てみたいと、レンタルビデオ屋で借りたその「愛と青春」は、クラッシックバレエの映画で、原題は「ターニングポイント」でした。そのことだけを覚えていて、内容はもう忘れましたが、女性ダンサーの年齢に関するドラマだったような気がします(おおざっぱ・・)。

人生に転機が訪れる、という経験を一度はしてみたいものだわ、と、NHKの「プロフェッショナル」などを見ながら思いつつ、切れ目のない生活が続いているような私に、職場のオーラちゃんは、「茶屋ちゃんはどんどんお酒を飲みなさい」と毎日のようにけしかけます。最初の頃は、飲酒で体調を崩しているような私に、「休肝日をつくったらいいよ」とか、「酒好きの霊がとりついているよ」とか、いろいろと心配してくれていましたが、ある日、「今のうちに思う存分飲めばいいよ。そのうち入院することになって飲めない体になるから、安心しなさい」と予言めいたことを口にして、それからは、「えー、今日は飲まないの? 飲んだらいいのに。飲まない茶屋ちゃんは茶屋ちゃんじゃないよ」とまで言うようになりました。それが、しつこいな、と思うときもあって、オーラちゃんの予言を一足飛びに超えてみようと、「このまま飲み続けていたら、入院どころか、突然死んじゃうかもしれないね」と、自分で予言の内容を変えてみたら、オーラちゃんは苦笑して、「あなたはそんなに簡単に死ねませんよ」と、とつぜん凄みをきかすので、「じゃあ、飲みます・・」と、消極的にオーラちゃんのけしかけに乗っかるという、わけのわからないことになります。
今回、扁桃腺が腫れて入院することになった話を、私は自分なりに、日々の飲酒で体の免疫力が低下して起こったことだと診断したところ、オーラちゃんは不満そうに、「そうなの?」とまともにとりあってくれません。けっこう痛くて大変だったのですが、なんだか「プチ入院」のような響きになってきました。

ただなんとなく、オーラちゃんの予言に感化されて、それこそ人生の転機を迎えるような長期入院をして病室のベッドで物思いに耽る姿を、どこかで見たシーンのようにイメージしていた私もいました(くだらない・・)。

実際に入院してみると、物思いはどこにいったか、120%は喉の痛みに支配されて、それを紛らわすために、食堂にあったマンガ「NANA」を21巻、とりつかれたように読んでいただけのような五日間でした。
そんなわけで、常にベッドにニ、三冊の「NANA」が散乱している状態で、いつ看護士さんにつっこまれるかと、なぜか期待していましたが、一度も「NANA」に触れられずに終わりました。
あれ、おかしいな、向かいのベッドのじいさんには、(彼がノートパソコンで始終やっていたゲームをのぞきこんで)『私もそれにはまりましたー』なんて言っていたのに・・、「NANA」にははまらなかったのかしら、それとも「NANA」の時代はもう過ぎたのかしら、と、どうでもいいヤキモチをやいてしまいました。

そのじいさんは、脳震盪で倒れて入院したらしい、78歳の、どこかの病院のお医者さんのようでした。大部屋で、私は自分のベッドの周りを常にぐるっとカーテンで仕切っていたので、周囲の人々の会話だけが聞こえる状態でした。
看護婦ではなくて看護士と言うことが常識だと知っていますが、「看護婦(女性)」ばかりだなー、と思いながら、じいさんと看護士の会話を聞いていました。
「手が震えるのは、(脳のせいではなく)酒を飲んでいないからだよ」という冗談に、このおっさん、私みたいなことを言いよる、なんて思いながら、「点滴に気泡が入るのは、気にしないの?」とじいさんに指摘されて、「これくらいは入っても影響はないし」とタメ口で答える看護士に、ビデオ屋の私みたいな対応をしよる、などと、どちらにも感情移入をしていました。

看護士さんが去った後、見舞い客に向かって、その患者で医者のじいさんは、愚痴をこぼします。「看護婦が、娘か孫のような口をききよる」とか、「昔は気泡が入らないように厳しく指導されたものだ」と納得がいかないようでした。
私は彼の不満よりも、見舞いに来た同年代のじいさんたちが、患者のじいさんに共感するような言葉、「それはおかしい」とか、「時代が変わったんだよ」というような受け答えを一切せずに、「そういえばこないだゴルフに行った時に」などと、それぞれが自分の話だけをして、二人なら二人、三人なら三人で、なぜかその場が成立していて、全員が自分の話をかぶせ終わったあとに、「じゃあ、我々はこの辺で」とお開きになる、そのナチュラルな不毛さに圧倒されていました。

そして当然のように、毎日来るじいさんの奥さんは、じいさんの愚痴に全面的に受身の受け答えで、それが理想の夫婦で家族なら、やっぱり家父長制のセーフティネットもどうかと思うわ、なんて思ってしまいました。
私もひそかに点滴の気泡が気になってはいましたが、「影響ないし」という看護士のタメ口を信じました。毎回同じ量の点滴の速さも気になっていて、さっきのは一時間もかかったのに、今回は十五分ほどで終わりましたよ、いいんですか、雫が落ちるのがやけに早くて血管に刺したところが冷たくて気持ちよかったのですが、問題ないですか、そうですか、と、「はーい、じゃあ取り替えますねー」の笑顔を前にして、一言も発せないままでした。
退院して一週間ほど空けて、お酒を飲むと、少しの量で酔っ払い、ひさしぶりに二日酔いを経験しました。体質が改善されることと、酒が弱くなることは、同じ意味だったのかしら、と思いながら、あのじいさんが、「70までは、いつ死んでもかまわない、と思っていたけど、最近は惜しくなってきた」と見舞い客にもらしていた一言を、なぜか思い出しました。(それもすぐに別の話にかぶせられていましたが・・)。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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