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「すれ違いの生活 1」

茶屋ひろし2011.06.03

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職場の近くに東京電力の営業所があります。ある日の午後、職場のオーラちゃんがその前を通りかかろうとしたときの話です。向こうから腰の曲がったおばあさんが歩いて来て、営業所からは、IDカードを首から提げたスーツ姿の男性が、携帯電話で話しながら出てきたそうです。
三人がちょうど重なろうとしたとき、とつぜん、おばあさんは立ち止まり、曲がった腰をシャンと伸ばして、その携帯電話の男性に向かって、「放射能を止めろぉぉぉ!」と怒鳴りつけたそうです。オーラちゃんは驚いて立ち止まりました。スーツ姿の男性も携帯電話を耳から放して、呆気にとられているようでした。
おばあさんは、腰をもとに戻すと、なにごともなかったかのように、そのまま通り過ぎて行ったそうです。
なにそれ、かっこいい・・、ひとりデモ? ピンポイント? しかも省エネ! と笑う私に、「茶屋ちゃん、笑えるんだー、ぼくは、なんか、怖かったよ」と戸惑うオーラちゃんです。
たしかに、瞬間的な非日常の出現は、怖いことかもしれません。しかし、放射線量を測ることがすでに日常化している現在です。各地で行なわれている反原発デモの様子を一切取り上げないテレビのニュースと、(おそらく)、そんなテレビを日々見ながら覚えている危機感を一発でパフォーマンスにしてしまう、おばあさんの意識とのすれ違いを、垣間見たような出来事でした。
さて、先月は私の家に居候がやってきました。二十三歳の男子です。二日の日に、刑務所から出てきました。知り合ったきっかけは省きますが、彼が服役していた二年間、ずっと手紙のやりとりをしてきました。身よりも友達もいない、という言葉に流されて、三回ほどお金を送りました。合計すると、三万円くらいです。寒くなってきたから毛布を買いたい、とか、下着やシャンプーを買いたいから、とか、そういう要求でした。
出所日が近づくにつれて、出所したらしばらく私の家に住まわせてもらえないか、と言う内容になってきました。半年前からです。
それに私はなかなか返事を書けずにいました。
周囲の人に相談すると、十人中十人に、「やめといたほうがいいんじゃない」と言われました。
彼とは二回しか会ったことがなく(しかも人に頼まれて留置所に差し入れに行った時に)、手紙のやりとりを続けているとはいえ、まだよく知らない部分がたくさんあります。恋人でも友達でもない、よく知らない男(そしてノンケ)を、六畳一間に受け入れて一緒に生活するなんてできるだろうか、ということと、捕まった容疑が窃盗だったこともさらに不安を煽りました。
面倒を見られないのに引き受けることは返って良くない結果になるのではないか、私の家が二部屋以上あったら、金銭的に余裕があれば、彼を更正させる意識があるのなら・・、ないない、と、居候を断る理由はいくつも思い浮かぶのに、私は、でもやっぱり見てみたい、彼がどんな人なのか、どういうふうに私と関わるのか、という欲にとらわれていました。
一度会った時点で、嫌なものを感じていたら、断っていると思うの、とか、必要とされている感じを手放せないのかもしれない、とか、出所してきてマンガ喫茶に泊まりながら仕事を探すのって荒むような気がする、とか、言い訳のようなことも思い始めて、保留にしているうちに、地震が起きて、あっというまに(って、そんなことはありませんが・・)出所日間近になっていました。
しょうがない、実際に会って話して、今後のことを決めたらいいか、と、とりあえず家に入れることにしました。
当日、大き目の紙袋に私物を全部入れて、職場のビデオ屋に現れた彼は、記憶にあった姿より小さい人で、ほっとしました。もっと、ぱつんとしていて、よくものを食べていそうな人だった気がしていたからです。留置所で面会していたときのイメージをそのまま伝えると、「あのころは、食べることしかすることがなかったから、太ってたんですよ、そのあと十キロはやせました」と笑いました。
黒いPLAYBOYのパーカーに、ドクロがプリントされたキャップつきの帽子を斜めにかぶっています。なんだか、「ドンキホーテ」です。
けれど、刑務所で髪を切ってもらったのか、真っ黒な髪が博多人形のように短いおかっぱになっていて、そこだけ違和感があって面白い。
「中ではずっと坊主なんですけど、出所日の半年くらい前から髪を伸ばしてもいいんですよ」と説明してくれました。
色が白く、眉毛がなく、目は細く、肩幅もなく、あとで聞けば、身長は百六十センチで体重が五十キロ、服は上下とも、レディースのMサイズがちょうどいい、ということでした。
若い男といっしょに住むことで、初めに私が気にしたのは、その威圧感でした。同年代の女の子が部屋にいるのと、それはずいぶん違うのではないかしら、ゲイの男の子ならまだしも、気のつかいようも、立てる物音も、自然に荒かったら嫌だわ・・、と思っていました。けれど、私より小さいその姿を見たとき、その辺りは、例えそうだとしても、なんとかなりそうだわ、と払拭されました。
私は仕事中で付き添えないから、一人で私の家に行ってもらえる? と合鍵と家までの地図を渡しました。歩いて三十分の距離です。
東北の刑務所から、開通したばかりの新幹線で出てきたそうです。バスじゃないんだ・・、と少しひっかかりました。「今、幾ら持っているの?」と所持金を訊くと、「二万七千円です」と答えました。それは私が送ったお金だと言います。あれ、毛布買わなかったの? 他にもアテがあった? 刑務所での作業で幾らか支給された分もあったのかしら・・、いろいろあとで確かめないと・・、「とにかく今は仕事中だから、帰ったら話そうね、疲れているだろうけど、あと少しだから」と送り出そうとしたら、「タクシー使ったら、幾らくらいっすか?」と訊いてきました。「歩きなさいよ。そんなことでお金使っていたら、あっというまになくなるよ」と即答してしまいました。
先が思いやられるスタートです。(続きます・・すみません)

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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