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「ゾンビの犯罪」

茶屋ひろし2013.12.25

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難波のオタクロードを見に行ってきました。日本橋はもともと電気街です。訪れたのは何年ぶりでしょうか。入り口に巨大なフィギュアが二頭(?・・何かは知らない)立っている店を皮切りに、ゲームとアニメの店がずらっと並んでいました。
その路地を入ったところにある、30年以上やっていると聞いた老舗のコミック専門店に入りました。梅田にあるウチの店と同じく、私にはほぼわからないラインナップです。参考のために見に来たのですが、商品知識が足りなくて意味をなしていません。へー、ここは天井が高い、と目の付け所が違います。
知っているものをつい、探してしまいます。目に入ったのは『川原泉傑作集』でした。かつての白泉社コミックスが愛蔵版として発売され始めたことは、梅田で知っておりました。『CIPHER』に『動物のお医者さん』・・、いったい何回買わせるつもりなのかしら。確かに、20年くらいたつと、持っていた本やCDは自然に劣化してきます。ちょうどいいタイミングで、ほい、と餌を撒かれた鳩のような気分です。条件反射でついばんでしまいそうになって困ります。連載時のカラーページを再現しました! って、そんなんいいから(見てみたい・・)、だいたいぜんぶ持っているし(汚いけど・・)、もう何度も読んだから(何度でも読みたいんだけど・・!)と葛藤が始まります。『火の鳥』の新装版はすでに買ってしまいました(黎明編)。『ここはグリーンウッド』も希望。
その流れに抗うように、今のマンガを手にしました。『リバーシブルマン』(ナカタニD、日本文芸社)です。梅田店で試し読みの小冊子を見てから気になっていたマンガです。難波に来るまで忘れていました。人の体が臓器をむきだしにして裏返るのです。グロいです。女の子が自分の鎖骨の辺りに手を突っ込んで、体の中からマシンガンを取り出します。そんな馬鹿な・・!
カフェを併設したお洒落書店(うらやましい・・)に移動して読みふけります。
その衝撃映像に目を奪われますが、設定を知ると「ゾンビ」ものでした。他に売れている『アイアムアヒーロー』(花沢健吾 小学館)もそうでした。
というか、私のように残酷なシーンを見たい人がたくさんいるんだわ、と思いました。
そういえば、出版社からの提案リストを見て、『日本残酷写真史』(下川耿史、作品社、2006)という本を仕入れたら、立ち読み率があまりにも高くて、本が痛みそうなので、ビニールで閉じてしまいました。
著者の名前が読めなくて(コウシ氏)、調べるついでにアマゾンのブックレビューを覗いたら、ここに写っているのは日本兵ではない! 事実ではない! とかで、「愛国者」の方々が、星ひとつをつけるために連なっていました(星ゼロ、ってないんですね。一つはつけなくちゃ否定も載らない)。
マンガは二巻とも買いましたが、一巻目でちょうど話も一息ついたので、そこで読むのをやめました。ちょっと、絵にあてられました。買った動機と矛盾していますが、基本的に肉体的に痛いシーンは苦手でした。
先日、東京の友人が遊びに来て、飲み倒した翌日、「鶴橋に行かない?」と誘われたので理由を尋ねると、「ヘイトスピーチを見ておこうと思って」と答えました。
二日酔いもあってその誘いを断りました。見たくないし聞きたくない、と思いました。
鶴橋に住んでいる人たちが嫌でもそれを聞かされていることを思えば、現場に足を運ぶのがこの世の勤めだ、という気もします。
やめてほしい、と思っているにもかかわらず、現状は見たくない。
残酷なシーンの載っているマンガや本は読むのに、現実にはそんなものは見たくない。私はこの辺で、思考停止に陥っているのかもしれません。
停止しているときは思考している人の助けを借りようと、映画『ハンナ・アーレント』を観に行きました。
そこでは、「思考不能」という言葉が使われていました。ハンナが劇中で「私は常に思考している」と言っています。
ナチスの将校だったアイヒマンの裁判で、彼が何百万人もの人間をガス室へ送って殺した罪を問われます。良心の呵責はなかったのか、との問いにアイヒマンは、なかった、私は命令に従っただけだ、と答えます。
ハンナはそれを「凡庸な悪」と名づけて、虐殺は、「思考不能」に陥った人間の過ちだったと「理解」します。
これを書いている合間に、12月21日に京都で行われた、在特会のヘイトスピーチと、それに反対の声をあげる人々が集まったカウンターデモの様子を、ユーストリームの中継で見ました。在特会10人に対し、30人くらいの警察官が二重の壁を作り、そして、その警察に歩行者の邪魔になるから立ち止まるな、と言われて、プラカードとコールを掲げて回転寿司のようにぐるぐるその場を巡る人々(100人以上だったとか!)の様子が一時間半に渡って収められていました。
ハンナの最後のスピーチにも泣きましたが、その中継映像にも泣いてしまいました。って、泣いている場合じゃないのですが、2009年の冬、幼い子どもたちもいる朝鮮人学校の前で、拡声器で汚い言葉を怒鳴り散らして学校の用具にまで手をかけた彼らの犯罪行為を思うと、怒りをこめて彼らを「理解」しなければいけない、と思います。
ユダヤ人のハンナは、「ナチス擁護」だと同胞たちから非難されたとき、その古い付き合いだった友人の一人に、「思考不能」の影を見ます。「友達は選ぶべきだった」と静かに映画は終わりました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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