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「NHKの集金」

茶屋ひろし2014.11.21

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春先のことでした。仕事から帰ってきてしばらくしたら、インターフォンが鳴りました。備え付けの受話器を取ると、それはNHKの集金でした。時間は夜の八時過ぎです。そんな時間に来ると思っていなかった私は動揺しました。それはもちろん、払っていないからです。いえ、払ったことがないからです。

 

「ご住所変更のお手続きがお済みでないようですのでお伺いしました」
「お」が多い・・・

「今、忙しいので、すみません!」と通話を切ってしまいました。
断れていませんが、NHKの集金はどうやって断ればいいのかよくわかりません。

 

この部屋に越してきて半年たった頃でした。実は初めて、インターフォン付きになったことで、調子よくボリュームを上げていました。近所に兄の家族が住んでいることもあって、何の疑いもなく出てしまったことが敗因です。それ以来ボリュームを下げたら、何度か、チャイムに気がつかず、兄の子どもたちを帰してしまいました。

 

職場で、その話をスタッフにしようと、まずは、「NHKの料金は払っていますか」と質問したら、「そうそう、払っていない人がけっこういるらしいですよね、そういうの、私、信じられません」とすぐに批判が返ってきたため、この話題は打ち切りになりました。

 

懲りずに別のスタッフに話しかけると、こちらは払っていませんでした。もう一人も払ったことがないと言って、聞くと私と同じで、そもそも親が払っていない家で育っていました。母親が、なんだかんだ言って、集金の人を玄関先で断っていた姿を思い出します。
「ウチはNHK見ないから」「払ってる人と払ってへんいる人がいるっておかしくない? 法律変えてから来てくれる?」「え、こんなに払うの?」などなど。

 

私は一度、新宿にいたとき、集金の人に口座番号を教えてしまったことがありました。その人は、とてもしょぼくれた様子の中年男性で、申し訳なさを全身に漂わせているようでした。払っていない自分が極悪人のように思えて、契約を交わしました。帰ったあとに、しまった、と激しく後悔して、翌日には口座を変えてしまいました。しょぼいのはどちらだったのか。


そんなことを思い出しながら、さらに半年すぎた今月、東京への出張から帰ってきた私は、三日分の着替えが入った大きいザックを背負って、駅から歩いて家の近所まで来たとき、このままもう少し歩いてスーパーに寄ってから帰るか、それとも一度帰って荷物を置いてから自転車で行くか、とライフの看板をその先に見ながら少し悩みました。
疲れていたし、この荷物を置いてしまいたい気持ちが勝って、アパートに向かいました。エレベーターを押そうとすると誰かが使っているようです。十人も住んでいないここでは、あまり鉢合わせをすることがありません。

 

自分の階に着いたとき人がいたので驚きました。それは、春にやってきたNHKの人でした。私より年下の細身の男性です。部屋番号を確認されます。さっき吸っていたのか、息がタバコくさい。
これ以上ないくらい下手に話しかけられます。
「お帰りでお疲れのところ申し訳ありません。前回、ご住所変更がお済みでないないということでしたが、すぐにご変更できますので。ささ、どうぞ、お先にお荷物のほうを置いてきてください。ご準備ができますまで、こちらでお待ちしております」
やはり、「お」と「ご」が多い・・。荷物だけ部屋に置いて玄関先に戻ると、書類とペンを用意した彼が待っていました。「こちらにご記入していただきましたら、ご変更のお手続きが完了いたします」

 

「いえ、まだ登録していないんです・・」「そうでしたか。そうしましたら、ご登録のほうをよろしくお願いいたします。こちらも必要事項を記入していただくだけで、すぐに済みますので」「いえ、お断りしたいのですが・・」

 

すると彼はドアの前でひざまずきました。
「受信料を支払っていただくことは法律で義務付けされていることでして、してもいいしなくてもいい、というものではございません。これを機に、ぜひご登録をお願いいたします」
そうして、彼は三枚写しの紙とボールペンを揃えて、下から両手で私に差し出しました。私を懇願するような目つきで見上げています。
そこまでするか、と驚いていると、その手が小刻みに震えていました。

 

怖いわ、もう、と私は観念して書類を受け取りました。その後の作業もすべて、踊り場の床に器械を広げて行い、始終両膝をついたままでした。
スーツは紺色でくたびれていて、首から提げてい身分証のケースはセロテープで補強されていました。
これがNHKのやりかたなのか、この人はひどい目に遭いすぎてこうなってしまったのか、よくわかりませんが、どちらにせよ、すごいことだし病んでいる、と思いました。


翌日、職場で、出張前にかき集めて積み上げた百田尚樹の「殉愛」という本の表紙を見ながら、そういえば、経営委員のことなど思い出す隙もなかったわ、と、あらためて戦慄しました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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