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No Women No Music 第30夜「アノーニ/絶望からはじまるプロテスト」

ほんま えつ2016.07.04

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 アノーニAnohniのニューアルバム『ホープレスネス』Hopelessness。「オバマ」という曲でオバマ政権への失望を歌うほか、社会への痛烈な批判とメッセージを打ち出した女性アーティストのデビューアルバム。オープニングの「ドローン・ボム・ミー」Drone bomb me、〈私の上にドローン爆弾を落として/山の向こうに吹き飛ばしてほしい/山の向こうの海の中へ〉から始まり、2曲目の「4ディグリーズ」ではたった4度の気温の上昇における自然界、地球の危機に皮肉を込めて警鐘を鳴らす。“女性・少女・少年である”ということゆえに晒される身の危険を皮膚感覚で捉えた「ウォッチ・ミー」Watch me。アルバム全11曲は、いま私の身近に差し迫ったじりじりと押し寄せる全世界的に覆いつくしていく不寛容、排他的な社会、政治への憤りを、一触即発しそうなギリギリの攻撃性を携えたエレクトロニカの打ち込みサウンドとともに、身体とその内なる奥深くから醸し出される重力の歌声で投げかける。

 アノーニは、1971年英国生まれ。本名アントニー・ヘガティ。10歳の頃にカリフォルニアに移住。1990年ニューヨークに移りニューヨーク大学の実験演劇コースに入学したという。“彼”(アントニー)はアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズという音楽プロジェクトで2000年にデビューし、全英年間アルバムチャートにも上る4枚のスタジオアルバムと2枚のライブアルバムを発表している。

 アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズの2012年にリリースされた『カット・ザ・ワールド』Cut The Worldというライブアルバムを聴いたとき、その底知れぬ絶望とナイフで自らの傷を深く切り裂くようなひりひりとした痛みに涙がとまらなかった。クラシックオーケストラをバックにアントニーのファルセットヴォイスがペシミスティックに彼の個人的なバックグラウンド、悲恋、性差別を物語る。なかでも音楽なしの語りで綴られる「フューチャー・フェミニズム」Future feminismは、つきつめた切迫感を伴うラディカルで重要な問いかけであると思う。7分にもおよぶ長い語りの一部分。

 〈私は神の女性化ということに非常に興味がある。女の子としてのキリスト、女性としてのアッラーといったことに、ものすごく興味があります。(略)/いずれにせよ、女性としてのアッラーは重要な出発点となるでしょう。母親としてのブッダも同じく。なぜなら、女性的な統治のシステムへと移行していかない限り、この地球上で私たちが生き延びるすべはないからです。〉(訳:野村佳子) ここでオーディエンスからの拍手が湧き起こる。

 アノーニ/アントニーの歌い語る、戦争、格差を生む経済、暴力、死刑、性差別、環境破壊、宗教、混沌と泥沼化したあらゆる諸問題の根源が家父長制度という枠組みのなかで絶え間なく維持され加速していく。家母長制というアントニーの理想郷。フューチャー・フェミニズムの思想は、ヘテロノーマティヴィティ(異性愛規範性)に問いかける。絶え間ない性差別に憤りと絶望を感じながらも、自らのアイデンティティを保つ究極の思想、それはアイロニカルなユーモアを込めて紡がれる。

 アントニー(男性であること)から、実際のプライベートでも使っていたというアノーニ(女性であること)へ、一人のトランスジェンダーのアーティストの地続きの絶望に心を寄せることで私は救われる思いだった。個人的なことは政治的なこと。セクシュアル・マイノリティであるということはもはや個人的なことだけではすまされない。アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズで語られた覆いつくす暗鬱は、アノーニとして潔く世界と対峙する勇気あるポリティカルな告発と警鐘へと変遷していく。

 〈あなたの思うような未来を私は拒絶する/私は二度と戻らない/過去にもう一度生まれ変わって/二度と家には帰らない〉(訳:荻原麻里)
「ホワイ・ディド・ユー・セパレート・ミー・フロム・ジ・アース?」Why did you separate me from the earthという曲での“あなた”は、アノーニの父親、故郷のメタファー、もしくはこの世を破滅へと導く家父長制なるものとも受け取れる。

 『ホープレスネス』に収められた「エクセキュージョン」Executionのきらびやかでポップなイントロは、80~90年代イギリスのポップシーンにおけるゲイ・カルチャーで極めて重要な存在だったブロンスキー・ビート、イレイジャー、ソフト・セルといったアーティストたちへのリスペクトを強く感じる。彼らはゲイであることを堂々と主張し、多くのゲイ(レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどすべてのセクシュアル・マイノリティを包含する)に、ひと時の夢と希望とたたかうことを教えてくれた。アンチ・ヘテロセクシズム、さようなら家父長制度。アノーニの“絶望”から始まるプロテスト、私はそこに静かなる勇気を掻き立てられる。

「Antony and the Johnsons - "Future Feminism"」


「ANOHNI - 4 DEGREES 」

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ほんま えつ

ほんま えつ(ほんま・えつ)

音楽、映画、本をこよなく愛して生きる趣味人女。
小学5年生のとき同級生の友達宅で聴かせてもらった「クィーン」に感動。
以後、洋楽を貪り始める。初めて買ったLPレコードは「アバ」のベスト盤。
いまではこれぞと思った音楽はジャンルを超えてなんでもござれの雑食派。
本連載、約10年ぶりのカムバックです。

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