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唐突だけど、男性を甘やかす気になれない。「男は褒めて伸ばして、手のひらで転がす」という考え方が大嫌いだ。だって結局それって、いろいろ気を回してあげないといけない女の側の負担になっている。

経済的な状況とかいろいろな事情が重なって身動きが取れず、少しでも自分の負担を減らすために「褒める戦略」をとらざるを得ない人もきっといるのだと思う。そういう人が悪いという意味ではない。
でも、私はさいわい身動きが取れたので、今年のはじめに4年間くらい結婚していた夫と離婚した。妥協点を探ってかなり努力はしたけれど、無理だった。

自分で選んだことだけど、このことはまだ私の中で傷になっていて、男性のためのフェミニズムガイドや、男の子をフェミニストに育てる方法、出会い系アプリと愛、みたいな本を読んで日々トラウマを反芻してしまう。強迫観念的に、男性というテーマが気になってしかたないというか。

だからこのコラムでは、私のトラウマを少しでも解消するために、「男性と私」まわりのネタについて考えてみることにした。なるべく肩の力を抜いて。

(ちなみに、当初このコラムのテーマは美術とフェミニズムにしようと思っていた。で、あの有名作家をボロボロにこき下ろすというか、批判しようと意気込んでいたのだけれど、それはまだ私の手にあまるような気がしてきたので最終目標はそこに置きつつも、当面は男性問題について考えることにする。)

さて、#MaleTears(男の涙)というハッシュタグをご存知だろうか? これは、「男だってつらい」とか言う男をフェミニストが揶揄する時に使うネットスラングだ。フェミニズムの話をしている時に「男だってつらい」と言って自分の生きづらさをぶつけてくる男性、いないだろうか? そういう男のためのハッシュタグだ。

私は先日、あるイベントでまさにこのハッシュタグが必要な場面に遭遇した。フェミニズムの話をしてい時に、ある男性登壇者がいきなり「男だってつらいんです。この生きづらさを……」と言い出したのだ。ちょっと、思い入れたっぷりの、芝居がかった口調だったこともあって、「そんな話、してたっけ?」という空気と沈黙が会場をつつんだ。心優しい女性登壇者の方々が「はい」とだけ言って、この発言をスルーして進行していったのが、また印象的だった。

この男性が生きづらさを抱えていることはたぶん、間違いないのだろう。男だってきっとつらいこともあるのだろう。でも、それを女性に向かって言う前に、この男性は男性である自分が持っている特権について、少しでも考えたことがあるのだろうか? もし、0.000000000001秒でも考えたことがあったら、あのタイミングであの発言はできなかったんじゃないだろうか。

社会の中で、強さとか経済的優位性とかと結び付けられる男性性は、時には男性にとっても抑圧になる。いわゆる弱者男性論ってこういう話なのだろう。
だけど、それは女性に向かって声高に主張することじゃなくて、男性性をふりかざす男たちに向かって言うべきことだ。
どうして、女に対抗するみたいにして、男のつらさを持ち出してくるのだろう。
結局、自分より強い男に向かっては言えないから、自分より弱い立場の女性に言っているだけじゃないのだろうか。

こうしたもろもろをまったく意識せず、「男だってつらい」などと言ってしまう男には、私はやっぱり「はい、男の涙ね」としか答えられないし、このハッシュタグ流行ってくれないかな、と思ってしまう。

(ちなみに、MaleTearsグッズというのもあって、マグカップなどがネットで買える。皮肉でいいなと思っていたけれど、男が流した涙を飲み干してやるみたいでやっぱり気持ち悪いから私は買わない。)

とはいえ、私はまだどうしても、フェミニズムの運動の中で男性とも連帯できたらいいのにと、もしかしたらすごく難しい理想みたいなことをつい考えてしまう。その時に、私がいいなと思うのが「プロフェミニスト」proféministeという形容詞だ。「フェミニズムに賛同する」という意味で、運動を直接しているわけではないけれど、フェミニズムに連帯し、それを支持する人を指す。主に、男性について使われる言葉。

LGBT+について語る時に、当事者ではないけれど当事者に連帯する人を「アライ」と言うけれど、それに似た、わきまえたニュアンスを「プロフェミニスト」という言葉に感じる。
抑圧する側にいることを自覚して、女性の経験をほんとうにわかったなんて言ってしまうことはできないけれど、それでもフェミニズムに賛同するというような、思慮深いメッセージを私はこの言葉に読み込んでしまう。

もちろん、ラベルが問題ではないのだけれど、自分はフェミニストだと言って女性がやっている運動の中で主導権を握ろうとしたり、女の発言の時間を奪って不要な発言をしたりする男性には、この言葉の意味をよく考えてみてほしいと思う。

ところで、私は細々とだけれど翻訳をしているので、今言ったようなことがわかりやすくまとまっている男性向けの本があったら日本に紹介したいと思い『男性のためのフェミニズム・ミニ・ガイド』(Jérémy Patinier, Petit guide du féminisme pour les hommes, textuel, 2018)という本を読んでみた。昨年、発売直後にやや話題になっていて、『ル・モンド』紙やインターネット・ラジオで取り上げられていた本だ。

作者は男性ジャーナリストのジェレミー・パティニエ。本書はおそらくフェミニズムに興味のない男性を読者層として想定している入門書で、各種統計(家庭内暴力や男女の賃金格差など)や参考文献を大量に紹介しつつ、ものすごく簡単にフェミニズムの考え方を紹介している。

フェミニズムと男性の関係についても取り上げていて、「プロフェミニズム」という言葉も紹介している。いいなと思ったのは、「フェミニズムの運動における男性の立ち位置」(p.83)という章で、そこにはこんなふうに書いてあった。

「フェミニズムのために何ができるか考える前に、自分が今いる場所で女性嫌悪を解消し、平等を実現するために、どんなことができるかを考えるべきだ。つまり、家庭や職場で、友人やその子供たちに対して、あるいは自分自身に対して何ができるかを。」

本当にそうだ。まず、できることからしてほしい。
しかし、私がいいなと思ったのはこのくらいで、読めば読むほど違和感がつのっていった。というのは、この本では全編を通して、「フェミニズムは怖くない。君個人のことを怒ってるんじゃない」みたいなメッセージがやんわりと発されているからだ。

この著者はあちこちでフェミニズムを人種差別との闘いにたとえるのだけど、たとえば「フェミニズムは男性に反対? ウソ・ホント?」という唐突に始まるチェックコーナーではこんなふうに言っている(p.43)。

「反人種差別は白人嫌悪ではない。そうではなくて、人種差別と闘うための運動だ。同じように、フェミニズムの敵も男性ではなく、女性嫌悪だ。」

もっともだけど、「反人種差別は白人嫌悪じゃない」なんて、実際に人種差別と闘っている人たちはわざわざ言うだろうか。白人嫌悪じゃなくても、白人一人ひとりの中にある差別意識を変えたいと思っているんじゃないだろうか。序文でも、

「〔…〕フェミニズムは男性に反対しているのではない。家父長制、性差別主義、不公正に反対しているのだ。」(p.16)

と言っている。

まあ、そうだ。
しかし、男性一人ひとりが自分の中にある差別意識や偏見に目を向けることも大事だ(女性もだけど)。それに、男性が手放さなきゃならない特権もあることをはっきり言ったほうがいいんじゃないか? この本は、全体を通してそういうことにあまり触れていない。

というか、そもそも男のためにわざわざ1冊本をつくり、しかも男が書くという発想がいやだ。「男が言うことなら男も聞くだろう」という作り手の考えがすけて見える。フェミニズムの本なんてよいものがたくさんあるんだから、ちゃんと選んで読めばいいじゃないか。なんでこんなにやさしくしてあげないといけないんだろう。

男性のための入門書を探していたのは私のほうなのだけど、いざ実物を見てみるとなんだか釈然としない気持ちになった。

しかも、今回このコラムのために本書の書評を調べたら、なんと内容の11パーセントがコピペということが判明して、発売から3か月で回収されていたことがわかった。私は発売直後に入手して読んでいたので気づかなかったのだ。ノエミ・ルナールという自身も剽窃の被害にあったフェミニスト・ブロガーが告発。
女性の仕事を自分のものにして得意げにラジオに出るような男が、よくフェミニズムについて語ろうと思ったな、と本気で呆れた。味方のような顔をして近づいてくる男にこそ要注意である。

コピペするくらいなら、最初から黙っていればいいのでは? なぜ、首を突っ込んでくるのだろう。お前こそ、本なんか書かずにまずは身の回りでできることを実践しとけよ、と。

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