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No Women No Music Vol.7 パティ・スミス

ほんま えつ2003.10.14

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何年も前のことである。吉祥寺駅からかなり歩いた街道沿いに、‘酔舎’というロック酒場があった(今もあるのかもしれないけれど…)。バウスシアターで音楽(ロック)ものの映画が上映されると、かならずロビーのカウンターには、この店のマッチが置いてあった。マッチケースはパティ・スミスのレコードジャケットがデザインされていた。吉祥寺から中央線でさほど離れていない場所に住んでいたその頃、私は1人でよくそのお店へ行っていた。なんて暗くて寂しい行為だろう。いまその頃を思い出すと、ぐぐぐぐっと寂寥感に苛まれる。痛い。。。

私にとってのパティ・スミスはこのお店に行って聞く音楽だった。毎週何曜日だったかがパンク&ニュー・ウェイブの日となっていて、私はこの曜日によくでかけていた。メモ用紙にアーティスト名を書いてミッキー吉野似(わかるかなぁ?)の店主に渡すと、ほとんど間違いなくかけてくれた。でもパティ・スミスはリクエストしなくても必ずかかっていた。アングラ系な男ロック・ファン(マニアに近いか?)にとって、パティ・スミスはきっと女神なのだろう。そしてロック&文学好きの女たちにとっては、なりたい存在であったに違いない。

自分はそれほど、パティ好きってほどでもなかったけれど、ロバート・メイプルソープやアーニー・リーホビッツなどの写真で見るだけでもそのカッコ良さにはため息がでてしまう。爪の先ほどでもあやかりたい存在だった。

 そんなパティ・スミスを、今年7月にやっと生で拝むことができたのだ。もうかれこれ何度か来日しているので、なにを今更なのだが、なぜかこのパティ・スミスの来日ライブ、いっつも行けなかったのよ。こんな今更なだけあって、とにかく死ぬ前にいちどは見ておかなきゃなぁなんていう、伝説のパンク女王を拝みにいくにはちょっと不届きな心構え。

 実際にみたパティ・スミス、いちばんビックリしたのは、顔がおじいちゃんみたいだったこと。単に骨格が男顔というには、含蓄が深すぎるおじいちゃんの顔だ。女王の全盛期のイメージを崩さない男前な黒ジャケットの服装がさらにおじいちゃん度をアップさせていた。  

1946年シカゴの労働者階級に生まれたパティは詩人ランボー、そしてローリング・ストーンズ、ボブ・ディランに傾倒しNYへ。当時新進写真家だったロバート・メイプルソープとの共同生活はあまりにも有名なエピソード。75年のレコードデビュー後、そのエキセントリックかつアヴァンギャルドな歌とあまりにも文学的な詩世界でパンク・ロックの女ランボーとし一世を風靡するも、全盛期にミュージシャンと結婚して即引退、伝説となる。なんか山口百恵みたいだ。  

が、2児を出産して突如9年振りの復活が1988年。わたしゃビックリしたねぇ。あのパティ・スミスが復活! 当時は興奮したよ。その後また家庭へ戻るも最愛の夫が94年に心不全で死亡、その他メイプルソープをはじめかつてのバンド仲間など数人が死去。96年に再復活した彼女には、いたたまれない切なさを感じたものだった。  

カリスマ度が濃かった70年代から、実生活の幾多の修羅場を経てたどりついた現在(いま)、ステージ上で歌うパティ・スミスには様々な顔があった。パンクの女王という称号からかけ離れた無邪気な愛らしい少女のようなひとときに、あぁパティ・スミスもこんなに円く穏やかな人になったのかと感慨にふけるも束の間、一変してステージ板に唾をはき、叫ぶはアジるは…。こんな煽りとかつて馴染んだリズムに我を忘れ、強暴なアドレナリンを発しながら、あのロック酒場へと駈りたてた過去を清算せんとばかりに、ステージに猛進する自分がいた。そして拳をふりあげ、「グロリア」(彼女の代表曲)を合唱していたのである。

 パティが70年代に発した叫び、10数年前に私を虜にしたパティのその名曲の数々は、わたし自身の中にある、打ち砕きたい自分への苛立ちにリアルだった。そして、2004年に聞いたパティの歌声で駈りたてられた衝動は、内なる自分から外へむけられるものへ変わった。 

波乱万丈ながらも歳月とともにそれなりに穏やかさや円さを得てきたようにみえるパティ・スミス。それとは裏腹に不穏となっていく外の世界。いま彼女の怒りと攻撃性も、あきらかに外へ向けられている。敵は、NYを襲い、未だ無意味な爆撃を繰り返すテロリストかもしれないし、彼女自身が愛するアメリカをダメにするずるい拝金主義者、そして偏見にみちた差別主義者かもしれない。

日本も世界ももう行き着くところまでいかなければ再び良くはならないだろう。そんな悲観とあきらめが自分を支配する中、パティの「ピープル・ハヴ・ザ・パワー」を聞いていると、まだちょっとがんばってみようか、という一抹の希望を感じて気持ちが少し救われる。

2002年にリリースされたパティ・スミスのベストアルバム『ランド』。スーザン・ソンタグの序文がすばらしい。

……みんな音楽の上昇気流に乗り、意気揚揚と体を揺さぶっていた。退屈など無く、落胆も存在しない。女たちはもっと生意気で、もっとセクシーだった。なぜならそこにはあなたがいたから。……

70年代ニューヨークの匂いがする。永遠に体験できないあの時代あの空気である。

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ほんま えつ(ほんま・えつ)

音楽、映画、本をこよなく愛して生きる趣味人女。
小学5年生のとき同級生の友達宅で聴かせてもらった「クィーン」に感動。
以後、洋楽を貪り始める。初めて買ったLPレコードは「アバ」のベスト盤。
いまではこれぞと思った音楽はジャンルを超えてなんでもござれの雑食派。
本連載、約10年ぶりのカムバックです。

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