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モテ実践録(8)(ソフィア・ベルガラに学ぶ)自信を持つこと

2019.11.21

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連載の間があいて申し訳ありません。
約40日間をヨーロッパで過ごし、ようやく帰国してから1カ月が経とうとしている。

海外へ行く際、私は機内で極力寝るようにし、たまに目を覚ますと、座席に備え付けのモニターで20分強の海外ドラマを何本か見ることが多い。あればついつい見てしまうのが、大好きなアメリカドラマ「モダン・ファミリー」で、これは若いコロンビア人と再婚した父親と、娘家族、そして養子を迎えたゲイカップルである息子夫夫(ふうふ)を描いている、まさに、現代の新しい家族関係を描いている番組なのだが、数多い登場人物の中でも、年老いたアメリカ人(父親)と結婚したグロリアを演じるソフィア・ベルガラは、「世界で最も稼ぐテレビ女優」としても有名で、2018年は4250万ドル(46億円超)を稼いだと言われている。

彼女が演じるのは、年老いた会社経営者のアメリカ人と結婚し、風変わりな英語を話す、胸元の開いた服を着た「セクシー」なコロンビア人。ともすると、ステレオタイプの体現のような役柄でありながら、彼女は臆することなく自分の意見を言い、自分よりも年上の義理の子どもたちやその家族たちからも頼られる存在である。夫とは相談して物事を決め、喧嘩もする。一見地味な、日々の生活を描くドラマが10年も続いたのは、ともかく派手なベルガラの魅力によるのだろう。
たまたま今回、行きの機内で目にした「モダン・ファミリー」で、連れ子となった彼女の子どもは、グロリアを「世界一美しい」と言う。それは彼女が「誰よりも自信に満ちあふれているから」だという。確かにグロリアは、胸を張っていて、堂々と意見を言って、だからと言って自分勝手だとは思えない。人には媚びないけれど、周囲の人を大切にしている。彼女の自信満々の姿勢には、テレビの向こうの私も魅せられるのだ。私は、心の中の「モテメモ帳」に「confident」とメモをした。そして、それは私を助けることになったのである。

今回の40日間の滞在は、そもそもは翻訳した書籍がいくつか入賞・ノミネートしたことなどを受けて4週間のドイツ語コースに通うための奨学金が下りたことが大きな理由だったが、会社にとっては「有給」扱いでありながら、政府機関から複数の奨学金を受けて、しがない小さな出版社勤務の自分にとってはあり得ないほどに仕事の面でのチャンスとなった。結局のところ、私は計5カ国8都市で多くの政府機関から助成金の説明を受け、何人もの作者に会い、一人きりで多くの出版社を訪問しては版権について説明を受け、ときには自分が担当した書籍について説明し、ゆくゆくは版権を売り出していける道筋をつけた。

これらをすべて、英語圏への留学経験がない(けれど「ザ・シンプソンズ」オタクとしてほぼ全話を見ている身として)私は、英語とドイツ語で行なったのである。最近は、知的水準というのは幼少期に家にあった書籍の数で決まる、というような調査結果の翻訳がニュースになっていたが、私は育った家には本がなく、自分のために買ってもらった本のほかは図書館で借りたものしか手に届く範囲になかった。あげく、共学化一期生として入学した元男子校の高校では、私が大学に合格すると、おそらくは男子生徒でなかったという理由で、なぜか叱責され即時帰宅を命じられるなど、教育的に、貧しくはなくとも比較しようと思えば恵まれている環境ではなかったので、それが、上司からなどの引き継ぎがない中で、一人きりで(格安航空と相部屋の安宿を使いながら)、スーツケースをゴロゴロと転がして、英語(など)を使って仕事をこなせる、ということは大きな自信となった。しかも、会社が無名であるからこそ(同じ子音を持つ「講談社」に間違われ続けた)、相手は会社ではなく、私を見ている(アルコールが大好きな私は各国のブックフェア後にパーティーへと出かけ、酔っ払っては踊り狂っていたので、そこで強烈な印象を残したらしく、後日の仕事がとてもしやすくなった)。

各国の出版社や政府機関との間でミーティングを重ね、一方ではドイツ語コースで劣っていた語学力が日ごとに高まっていく。せっかく長期にわたって会社も休んだので(就業資格としても通用するレベルの)語学の試験も受けると、それにも合格することができた。そうやって自分を信じることができるようになっていった過程で、一方では、日本にいる「お付き合いをしていた人」からは、自身の仕事の遅れが私との付き合いのせいだと電話でほのめかされることがあった。一方で、私は自信を高めていて、その根拠もあるのに、一方では、私が相手の足かせと言われてしまう。そうなってしまうと、もうダメなのだ。私は、行きの航空機で見たグロリアのように、自信があふれていなければいけない。それは、これまで30年以上生きてきて、自分に足りなかったこと。ずっと他人より体重が重くて、周囲にも溶け込めない私は、自分を卑下して、たとえば、まわりに「与えすぎる」ことで自身の場所をかろうじて確保してきた。しかし、今度こそ私は違う。私は、他人より偉いということではないけれども、自分の価値があることがわかってきた。自信に満ちあふれる私のまわりには、私の価値がわかって、大事にしてくれる人だけが集まればいい。私も、自分のことを大事にしてくれる人を大事にしたい。いちおうドイツへと持ってきた、相手と一緒に撮った写真を私は捨て、帰国前にはしばらくそれ以上の連絡はせずにいた。

しかし、そのうち、帰国まで数日前となったある日、私は親戚からの連絡で、親が命にも関わりかねない重病で入院していること、同時に、海外にいる私を心配させないためにと親がそれを口止めしていたことを知り、その連絡を受けたときにその場にいたアレクサンダー広場の駅で、人目をはばからず私は一人で号泣してしまった。今回の旅行の前に、友人の知人がベルリンで命を落としたので、私は、今回の滞在中に自分が死んでしまうかもしれない可能性があることは覚悟していたものの、まだ比較的若い親(私は両親が若いときの子どもである)の身に何か及ぶということは考えてもいなかった。私はそれから帰国までをフラフラと過ごし、飛行機でも一睡もできないまま成田空港に降り立つと、スーツケースだけを家に送り、そのまま身一つで実家へと新幹線で向かった。「お付き合いをしていた人」は、帰国時に迎えに来てくれるかもしれないと言っていたので、私は、そういった事情ですぐに実家へと帰らなければならないことを連絡し、そのまま会わずにいた。
幸い、その後、数週間経って親も回復し、しかしまだ不安はすべて消えたわけじゃない。そんな中で、帰国前後に親の入院について伝えていた「相手」からは、それからまもないある日に長文のメールが来て、私が相手の気分をいかに害していて、もう耐えられないので関係性を解消したいということが延々と書いてあった。
私は、相手への気持ちはほとんど残っていなかったが、悔しくて泣いた。というのも、私は親のことでいっぱいいっぱいなのに(しかも帰国直後にはイベントがあり休日も毎日出社せねばいけなかった)、その隙を突いて、私はまたも責められる。このタイミングというのは、私を傷つけるためだと思われた。どうしてこんな目にあわなければいけないのか。せめて親が回復してから、直接会って話すのではどうしてダメだったのだろう。私は再度、自分には価値がないようにさえ思われた。一番つらくて、一番時間がないときに、実家と行き来をして疲れ切っているときに、私と一緒にいるのは何よりもつらいことのように言われるのは、私の人間性が劣っているからのように思われた。

でも、そんな中で、暗闇にさす一筋の光のように、おもむろに、頭の中に「ソフィア・ベルガラ」がよみがえってきたのである。心の中のベルガラは、やはり自信に満ちていて、光り輝いていた。何もかもが無理に思えた瞬間で、ベルガラは希望として浮かんできた。
「モテ」とは、自信である。もちろん自らの至らぬところを反省するのは必要だけれど、余裕のないときは、他人の評価はともかく自分のことを大事にできれば二重丸である。まずは自分を大事にする。自信が持てるような自分に寄っていく。私には自信がある。私について行ける人だけ、私を大事にしてくれる人だけがまわりにいればいい。私にもっと余裕が出てきたのなら、私を大事にしない人のことも大事にできるほどの慈悲が芽生えるかもしれない。でも、今は余裕がないので、大事にしてくれる人に「ありがとう」と言えるだけでも、自分としては努力が必要なことである。「私は、自信を持とう! すでに芽生えた自信に、沖ノ鳥島みたいに巨大な防波堤をつけて大事にしていこう」と思えた。英語で仕事をこなす私、様々な国の人に対しても話題を出して会話をしていくことのできる私、自分の意見をしっかりと口にできる私、様々な芸術を目にして様々な料理を口にして深まっていった私の感覚……! 私は、積み重ねた日々の結果として、現在の自分のことを信じたかった。

やや話はズレるが、語学コースへの通学のために毎日片道1時間ほどドイツの地下鉄に乗っていて、私は、自分が意図しないままに表情筋を殺そうとしていることに気がついた。そうして、普段日本では、あらゆるところで笑みを浮かべるようにしていることにも気がついたのである。考えてみると、それはおそらくトラブルを回避するためのものであるらしかった。
日本では、特に男性と接するとき、「むむ」と思うことがあっても、私(たち)は笑うことでその場を収めようとする(ことがある)。セクハラめいたことを言われても、「ははは」と笑うことでその場を流す。気にしていないと言うみたいに。しかし、そんなこと、ドイツだと必要のないことで、むしろ電車などの公共空間で笑みを浮かべていると、「俺に関心があるのか」と思われて面倒なことになったり、さらにそこで、いつもの癖で「あはは」などと笑って受け流したならば最悪なほどに付きまとわれたりする(ドイツでは、少しでもおかしい言説があれば「差別だ」とその場で声を上げる)。地下鉄に乗ると、まわりのドイツ人は、男女ともに笑みを浮かべてなどいない。むしろ笑みはニヤニヤと解釈され、馬鹿の表象のようにも思われる(と私は思った)。つまり、無表情でいても、それは周囲に嫌に思われることがない。笑う必要がない。不機嫌に見えたって、別にいい。というかそもそも無表情でいてもそれが普通なので、「この人、機嫌が悪いのかな?」とは思われないのだ。
そのことも、周囲に好かれる努力をしなければ場所にいる資格が得られないと感じていた私にとっては、驚きで息ができないほどの発見だった。ソフィア・ベルガラだって、ここぞというときには、大きな口を思いっきり開けて輝く笑顔を浮かべるけれども、普段からニコニコ(ニヤニヤ)しているわけじゃない。ともすれば不機嫌とも見えるような無表情であっても、それで責められることなんてない。笑顔は、いざというときのために、取っておけばいい。

しかし、私の芽生え始めたばかりの「自信」は、決意だけでは簡単に揺らいでしまいそうだったので、私は、外から見て自信があふれていそうな服を購入した。つまり、全身にラメが付いたワンピースなのだが、着てみると現在の私にはとてもフィットしていた。もろい私の自尊心が揺らぎそうになったとき、この服は私を支えてくれる。私は外からも、内からも、自信に満ちあふれている。そして、その自信が揺らがないように、揺らぎそうなときはラメの服を着て、同時に内面からは、語学力を維持するための日々の勉強を欠かさない。「あなた」は私を傷つけようとしたが、今の私は最強だ。「あなた」なんかに惑わされない。私は超特急で、世界に向けて存在を拡大させている。私の信じるモテに邁進している。ついてこられる人だけ、ついておいで!!!

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(沼ZINE主宰)

沼ZINE主宰。https://numazine.themedia.jp

大学4年生の夏、内定が出ず定員割れの交換留学に申し込む。翌年、全く話せない状態でドイツへ向かい、毎日サービスデーのバーを回る「居酒屋ドイツ語」と呼ばれる勉強法で語学を習得。帰国後、大学院を経て都内の出版社に勤務しながらドイツ語翻訳を行う。2018年、友人とウェブマガジン「沼ZINE」を開始。趣味は映画・演劇・美術鑑賞、へっぽこ旅。

翻訳したドイツ語コミック「マッドジャーマンズ 」が第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品、第4回日本翻訳大賞二次選考対象作品に。

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