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先月25日にアメリカ、ミネソタ州ミネアポリス市で白人警官が黒人男性ジョージ・フロイド氏を圧迫死させた事件は、フランスに大きく波及した。

6月2日、パリ17区の司法裁判所前に若者を中心に2万人を超える人々が集まり、警察による暴力と人種差別に対して抗議の声を上げた。リヨン、マルセイユなど他の大都市でも抗議集会が開かれ、参加者は全土で数万人に達した。コロナ対策でロックダウンはまだ完全解除にはならず、デモや集会は禁止だったにもかかわらずである。

呼びかけたのは、4年前に憲兵隊に追われ圧迫死したアマダ・トラオレの姉妹アサ・トラオレとその団体「アマダ・トラオレの真実を求める委員会」。アマダの死因が司法解剖の鑑定で心筋疾患とされ、憲兵の責任が問われなかったことに納得がいかず、アサは真実の解明を求めて闘ってきた。アマダ・トラオレはフランスのジョージ・フロイドとなり、フランスにも警察の暴力と人種差別があることを人々に強く意識させた。続く6日の土曜日もフランス各地でのデモが2万3000人を集めた。セーヌ=サン・ドニのある市では2人を並べて描いたフレスコ画が描かれた。アサは本年度のBETアウォード国際賞を受賞した。

アメリカと同じ文脈で差別を語れるのか、という反発は当然起こった。フランスは本土では奴隷制を敷かず、植民地にはあった奴隷制も1791年と1848年と2回廃止している。「出自、人種、宗教によって差別されない」と共和国の普遍的な平等主義を憲法にもうたっている。アメリカは奴隷制、人種隔離政策の歴史を持ち、銃の保持が認められ、警察は年に1000人を殺している。片やフランスは20人だ。そうした明らかな違いを考慮しないのは短絡だという立場は理解できる。

しかし、人種差別は個々人の中にはあっても国家にはないという従来の考え方に対し、今回の運動は、フランスにも「白人特権」があり、「人種」による不平等が存在する、国家権力である警察が差別する側にいると正面切って突きつけたところに特徴がある。

興味深いのは、従来の人種差別反対団体が呼びかけた6月9日のデモには、数千人しか集まらなかったことだ。ここから、アマダ委員会が従来の反差別団体と連動していないことがわかるし、人種差別反対の運動のあり方としても違うことがうかがわれる。

SOSラシスムに代表される従来の人種差別団体は、フランスの普遍主義を踏襲しており、すべての人種差別および性的マイノリティーへの差別など含めて差別に反対するのだが、今回の運動は明確に「黒人(含まれるとすれば他にはアラブ人)差別」のみを対象としており、つまりこれらの人種に対する偏見、差別こそ、フランスで問題にすべきだと言っているのだ。

フランスでは、普遍主義を掲げるため、人種について語ることがタブーである面があり、統計などを取るときに人種別には決して取らない。だから、最近のコロナウイルスにしても、犠牲者が多く出たのは「貧困が問題になっているセーヌ=サン・ドニ県」という情報は得られるが、「黒人、アラブ人が多い」というような情報は出てこないようになっている。それがフランスの人種差別を見えにくくしている部分もある。

人種問題に注目することはいや応なくフランスの植民地主義に目を向けさせる。現在、ルイ14世の宰相で植民地西インド諸島の黒人奴隷の地位を定めた黒人法典を作ったコルベールの像に落書きがされたり、19世紀後半、第3共和制下で二度首相を務めたジュール・フェリーの名を冠した通りの名前を変えるべきかという議論に現れたりしている。ジュール・フェリーは宗教色のない無償の義務教育を確立した業績で知られているが、熱烈な植民地主義者だった。

これに対し、マクロン大統領は、「共和国はその歴史に残されたどの名前も消さない」、銅像を降したり、道の名前を変えたりしない、と明言している。さらに言えば、大統領は「フランスは人種差別、反ユダヤ主義、その他の差別に譲歩することは決してない」と人種差別を他の差別と同等に並べた後、人種差別だけに焦点を当てた運動を「コミュノタリズム(共同体主義)におちいる分離主義」として断罪した。警官による、システムに組み込まれた人種差別も認めていない。

警察に内在化した人種差別は存在するのだろうか。5月に発表された、人権擁護人としてジャック・トゥーボンから提出された報告書は、外見から判断した相手に侮辱的な言葉をぶつけたり、身元確認をしたりというシステム化した差別が警察にあることを確認している。過去5年間に警察に身分証明書の提示を求められた人は全体の15パーセントだが、黒人とアラブ人に限って言えば、その数は5倍になると報告書は言っている。コロナ対策のロックダウン中、外出の際に外出証明書を持っているか尋ねられた数も黒人、アラブ人の住む地域では他よりも多い。実際、彼らが就職時に差別を受けていることなども知られていないわけではない。

今回の「フランスの人種差別」の意識化の背景には何があるのだろうか。歴史学者のエマニュエル・ドゥボノは、「ルモンド」のインタビューに答えて、アマダ委員会のような人種を強調するアンチ・レイシズムの台頭は、国民戦線の成長とサルコジ時代の「アイデンティティー」の強調、そして2005年の郊外暴動以来、何も改善しないことへの反発から生まれたと説明している。1990年代末から2000年代、移民排斥を訴える極右政党、国民戦線が大きく勢力を伸ばし、移民とその第二世代は治安の悪い郊外で貧困に閉じ込められ、警官に追われた少年たちが変電所に逃げ込んで2人が感電死したことをきっかけに、あちこちで車が燃やされる郊外暴動が起きた。あれから15年、一つの世代が育つのに十分な時間だ。

フランスはアメリカとは違うし、フランス独自のコンテクストというものもあるけれども、ワインスタイン事件がフランスでも #balancetonporc 運動を起こし、女性をめぐる状況が大きく変わったように、アメリカを震源地とする意識の変革がフランスの意識にも影響を及ぼすということは、十分あるだろう。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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