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モテ実践録(16)思い直すとしっかりと傷ついている、そんな経験

2020.11.04

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世間的にはどうでもいい、あるいは忘れ去られているのに、友人と会うと、その話題で1時間も2時間も盛り上がってしまう話題がある。それが、お笑い芸人、渡部建の不倫である。「ブランチ」のメインMCをするほどに上りつめ、女優の佐々木希さんと結婚していた彼の不倫が、6月18日号の「週刊文春」で暴露され、その不倫場所というのが六本木ヒルズの多目的トイレだった。30回以上、1回あたり3〜5分以内で行為に及び、帰り際に1万円を手渡していた。私の友人の誰一人、以前から渡部のファンだった人はいないのだけれども、それでも私たちは現在に至るまで、この出来事によって、何かしら自分につながるものを感じてしまっている。

7月の時点で友人の猫島さんは、この事件によってひどく傷つき、実際に六本木ヒルズの多目的トイレを見に行ってしまったとコラムに書いていた。(猫島さんのコラムはめちゃくちゃ面白いのでぜひ全部読んでください)

彼女は「だって私は、好きな人に多目的トイレに呼び出されたら、絶対に行くほうの女だから」と書く。このコラムを読んだ時点では(そして今でも)私は多目的トイレに呼び出されたことはないし、行った経験もなかったので、「ふーん、そういう人もいるんだね」というような読み方をしていた。
ところが、である。私はだんだんに「私は行く側の人間かもしれない」と思い始めた。というのも、数カ月前にイタリアに住む男友達から自分の立ち上げた会社で働かないかと言われて、行くべきかどうかかなり真剣に考えていたし(最近になって、すぐには行けないと返事をした)、その前にはスウェーデンに住む男友達から「日本人は入国規制の対象外だから遊びにおいで」と言われて航空券を買った(ロックダウンが始まったので来年まで延期せねばいけなくなったけれど)。ふっとわが身を振り返ると、ちょっとメッセージをもらえばスウェーデンに行ってしまう、あるいは、言語が話せないイタリアに行って、住み場所も職業も変えることを真剣に考える私が、電車でちょっと行ける範囲のトイレに行かないはずがないというふうに思われた。

私のまわりには、猫島さんを含めて、トイレに行ってしまう側であると言う人(あるいは、若いときに呼び出されていたら行ってしまっていたと言う人)が多いので、世の中ではどうなのかと思い、とりあえずTwitterでアンケートを取ってみることにした。あまり細かいシチュエーションを問わずに「渡部みたいに共同トイレに呼び出されたら?――行く/行かない」という二択で答えを募った結果、80人もの方にご投票いただいた(ご協力くださった方々、どうもありがとうございました)。
結果は、ちょうど「行く」派が20%、「行かない」派が80%だった。とすると、「行く」と答えたのは16人。この結果を見て、「行く(若いときだったら行っていた)」と答えた友人は、少ない、と言っていただけれども、私は案外多いかなという印象だった。突然変異的な数字(5%など)ではなく、一定数の人たちが「行ってしまうかも」と思っていることは、私自身にとって、一人じゃないという励みのようなものになった(20%というのは、日本におけるB型の人の割合と等しい)。
別の友人には、質問が「渡部みたいに」とあったことから、渡部に呼び出されたら「行かない」という意味で「行かない」に投票したものの、一般論だったら話は異なると言われたので、練った質問・選択肢であったのならば、もう少し「行く」派が増えたかもしれない。

私の場合は、「トイレに来て」→「はい!」というのとはちょっと異なり、以上に書いたような理由から、トイレに象徴されるような「どこにでも」自分が行ってしまうかもしれないと感じ始めていた。それに、今までの数少ない恋愛? 関係でも、思い返せば、私は自分が断るというのがすごく怖かった。それはたとえば避妊のことであったり、あるいは何を食べるのか、どこに行くのかというチョイスについても、相手の意見に賛同する以外のことができなかった。嫌われるのが怖かったからだ(今では、そこまでして合わせなくちゃいけない相手とは、どうせうまく行かないとわかっているけれど)。
相手にひどい扱いをされたり、それも、あたかも当然のように要求されたりしたら、それに応えなければと思ってきたし、現実に自分が好意を寄せる対象に何かを要求されたのなら(ちなみにイタリアの男友達も、スウェーデンの男友達も、特別な恋愛感情を抱いているわけではないのに、それでも)、特に20代ぐらいの頃であったのなら(そしてきっと今でも)あらゆることについて、あまり何も考えずに応じたと思う。トイレ、というのは、あくまで象徴で、そこまでしてしまう自分というものを感じていた。

Twitterのアンケート結果を受けて、改めて友人に意見を聞いてみたが、やっぱり大なり小なり、トイレに象徴されるような「ひどい扱い」を受けて、それを許容していた過去が、誰にも一つはあるらしかった。人間みんな、最初から判断能力が備わっているわけでもない。備わっていればよかったけれど、実践する前に十分に学習する機会もなかったし、学んでいたとしても実践できるかはわからない。何かを要求されると、自分が必要とされている、ましてや愛されていると自分の頭の中で理解しようとする。あなたの望みは叶えるんだから、私も大事にしてくれるだろうと。それを必要条件のように感じる。でも、本当は全然そんなことはなかった。要求に応えれば応えるほど、自分に対する扱いは雑になっていく。先に私は、トイレに象徴されるようなひどい扱いを「何も考えずに応じる」と書いたけれど、実のところは、何も考えていないわけじゃない。最初は、ホルモンか何かの影響でハイテンションになって、これでいいんだ、自分はこれで納得しているんだ、と全力で信じることができていても、あるとき、これはおかしい、あるいは、あのときの自分のみじめさに気がつく。なぜあんな扱いに応じていたのか、自分の価値が低められたように感じる。そのときはそうするしかないと思ったけれども、そこまでしなければならない相手や関係性ではなかったのに(そしてこれは恋愛関係だけじゃなく、たとえば「仕事だから」と、頭の中では整理できたと自分で思っていた事柄にも当てはまると思う)。

猫島さんは、渡部の件が報道されたことで「傷ついた」と話していた。そして友人たちも、自分たちのそうした過去(トイレに呼び出された人はあまりいなかったけれど)を思い出して傷ついていたし、渡部に呼び出された女性のことも、きっと傷ついたに違いないと心配していた。私たちは彼女のことはほぼ何も知らないけれども、共同で想像を巡らせた結果、最初はトイレじゃなかった、という推論を導き出した。きっと最初は、合コンのような飲食店の集まりで知り合って、そのうちホテルに行ったりして、でも、だんだんとトイレに呼び出されるようになったのだろう。彼女は、最初は、「まあ渡部も忙しいししかたないか」などと考えて、それが1回きりのことだと思ったに違いない。渡部は、セキュリティーやプライバシーに厳しいホテルや、マンションを準備することもできたのに、そうしなかったのは、トイレという場所に興奮したのかもしれない……とも想像するけれども、相手にそこまで用意する必要を感じなくなったのだろう。女性は1回だと思ったトイレでの逢瀬が定番となっていき、時間は短く、事務的に、そして事後に1万円を渡されて(この金額だって、あるときに「ごめん、今手持ちがなくて」なんて言って下がったものなのだろう、と友人が話していた)、どんな気持ちだったのか。

以上は想像に過ぎないのに、やっぱり書いていると傷ついてしまうし、それは彼女を思って、彼女のために傷つくというんじゃなく、自分の、もう消し去った記憶の中に、そのようにだんだんと雑になっていく扱いを受けた経験、自分は納得したと思っていたけれども、思い直すとしっかりと傷ついている、そんな経験がうずいているからなのだと思う。
今、私は好きな人もいないので(もしかして、いるかも、と最近思っていたが、ちょっとした瞬間にもうダメかなと思った)実際に自分が好意を寄せる人を前にすると、ホイホイ共同トイレに行ってしまうかもしれない。それでも、相手に好かれるがために自分を低めることで傷つくということを学んでいる。だから、そんなことはもうしない、と(とりあえず今は)思っている。でも、私が無自覚にも(あるいは反対に「私は納得してます!」と誇って)そうであったように、相手に合わせようと頑張りすぎてしまう人はいるかもしれない。その人へは、16人の「行く」派の人へは、仲間として、行かなくてもいいんだよ(行ってもいいけど、あなたの選択としてね)と言いたいし、もしあなたの選択で行ったのなら、心から楽しんで!!! と言いたい(ただし利用者の方などに迷惑はかけないでね)。

先日、素敵な女性たち3人と、まるで往年の「セックス・アンド・ザ・シティ」のようにごはんに行き、そこで、みんなで家を買おう、私が子どもを産んでみんなで育てよう、という話をして、心の中に躍動を感じた。一緒にいて傷つく相手と無理にいるためのモテはいらない。この連載を始めたころはわからなかった気持ちが、今、むくむくと湧いている。

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(沼ZINE主宰)

沼ZINE主宰。https://numazine.themedia.jp

大学4年生の夏、内定が出ず定員割れの交換留学に申し込む。翌年、全く話せない状態でドイツへ向かい、毎日サービスデーのバーを回る「居酒屋ドイツ語」と呼ばれる勉強法で語学を習得。帰国後、大学院を経て都内の出版社に勤務しながらドイツ語翻訳を行う。2018年、友人とウェブマガジン「沼ZINE」を開始。趣味は映画・演劇・美術鑑賞、へっぽこ旅。

翻訳したドイツ語コミック「マッドジャーマンズ 」が第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品、第4回日本翻訳大賞二次選考対象作品に。

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