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TALK ABOUT THE WORLD フランス編 成績評価マニュアル

中島さおり2021.10.04

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長いバカンスが明けて新学年が始まり、学校に子どもたちが帰って来た。ワクチンの普及を背景に、フランスはほぼ日常を取り戻している(前回のワクチンパスポートのある世界を参照)。

私は昨年から高校教師になっているのだが、新学期早々、面食らう事態に出くわした。「成績評価マニュアル」の編纂をめぐって学校が(というより全国の高校が)すったもんだしているのだ。

国民教育省のお達しで、学校ごとに「成績評価マニュアル」を作らなければと言うので、全教員が講堂に集められ、壇上には校長と地域(大学区)の視学官が座り、成績評価マニュアルの必要性について説明した。高卒試験兼大学入学資格試験であるバカロレアの制度改革に伴い、バカロレアの一部に平常点が入ることになったため、成績評価の基準を明確化しなければならない、ということらしい。

    フランスは今、前例のないバカロレア改革の真っ只中なのだ。バカロレアは19世紀に設けられて以来、もちろん数度の改革を経て来ているけれども、今までは、時代の変化に合わせて必須受験科目が変わったり、新しい系列が増えたりという内容の変化に過ぎなかった。全国で同一の試験を行い、その試験の点数だけで合否を判定する、という根本は揺るがなかった。ところが今回の改革は、今まで13科目受けていた試験を4科目と大口述試験という総合的な試験大幅に減らして、後は平常点で判断するというのだから今までとは質が違う。全国どこで受験しても、どの学校で準備しても、同じ試験を受けて合否判定されたのだという質の保証がなくなってしまって、「この学校の卒業資格はあの学校の卒業資格より劣る」というような相対性がバカロレアに持ち込まれてしまった。そういうことにならないよう、学校間の点数の差などは後で専門の委員会が調整したりするのだそうだけれど、その根拠になる数字は、過去のバカロレアの結果だったりするのだろうから、今後は何を根拠に学校間格差の調整などをするのだろうか……。

 やれやれ、全国一律同じ試験で判定していれば問題なかったのに、平常点を盛り込もうなんて、国が厄介なことを考え出してくれたものだからこんなことになるんだよ。平常点なんて全国的に平等にできるわけがないじゃないか、と私は思ったが、そういう制度に変えてしまった以上、ある程度の基準を定めなければならないというのは、可能かどうかは別として、理解できる話だと私は思った。

 ところが、校長の指示通り、教科ごとの話し合いの部屋へ向かおうとしたところ、なぜか大方の教員は散り散りにならず、教員室のところで溜まってしまっている。私の同僚のフランス人日本語教師が、「なんかやるらしいから、見てからにしましょう」と言うので、私も教員室で足を止めることにした。

 教員たちは怒っていた。「成績評価に基準を持ち込もうなんていうのは、教育の自由の侵害だ」と言うのだ。「成績評価は我々の職業の要だ。外から枠をはめられては困る」。怒りの発言が相次ぐのを見ていて、さほど怒りもしなかった私は、自分にはやはりフランスの常識(伝統)が欠けているのだなと思った。一つはこうしてみんなで大反発して、「ボイコットだ。各教科に別れて話し合うなんて、やってはダメだ」と盛り上がるところ。私は長い間、フランス社会で働いていなかったので忘れていたが、昔、新聞社で働いていたときも、何かと言うと幹部に対抗して会議が開かれてしまい、抗議文とか要請文の作成に一行ずつ修正を加えては評決して行くので仕事もできないし帰れないということがあったのを思い出した。私は日本人としては割と民主的な育てられ方をしたと思うし、民主的な手続きなどもわりとよく知っている方だと思うのだけど、フランス人の中に入ると、本当にこの人たちはこういうことに手慣れているなあと感心する。

   もう一つは、フランスの教師たちが当たり前のように口にする「教育の自由」という言葉が、ほとんど初めて耳にするように私には身についていなかったことだ。「1学期に少なくとも3つの試験を」と具体的な数をマニュアルに盛り込むよう、国民教育省の作った手引き(法的強制力はない)に基づいて校長は勧めたのだが、そんな数に縛られたくないというのが大多数の意見だ。たしかにテストをするのは大変負担なので、もちろん3回ぐらいはやったほうがいいだろうけれども、義務にはしたくないと私も思うので賛成しておいた。

「日本だったらどうだと思います?」と日本で6年教えていたと言う同僚が私にきく。私が高校にいたのはもう随分前のことなのだが、こういうことは起こらないのではないかと思った。日本の成績は中間、期末の平均点で出るし、その中間、期末の試験は教科共通で作るから先生が違っても同じ試験だし、第一日本の試験では記述は少なくて客観テストがほとんどだから、採点の仕方だってあまり先生によって変わらない。厳しい先生に当たってしまったから悪い点、と言うことはあまりない。そう言う意味では、こんな会議をやる必要もなさそうな気がする。

 けれど、フランスでは教員は自分のクラスでは本当に自由なのだ。もちろん、カリキュラムは定められていて、教えなければならないことも定められている。でも、それは例えばフランス語だったら、「16世紀の詩を扱え」くらいの縛りなので、どの詩人のどの作品を具体的に取り上げるかは、先生が勝手に決めていいのだ。あるいは取り上げなければならない作品が決まっていることもあるが、それをどう教えるかは教師の自由である。教科書だって使わなくていいし、教材は自分で決めていい。試験も自分で作って、配点も自分で決めて、好きなように採点できる。生徒にしてみれば、去年は厳しい先生に当たってしまったので点が悪かったけど、今年は甘い先生に当たったから点がよかったりする。それはそういうものと、生徒も承知していて、「点は厳しいけど良い先生だ」とか「授業はつまらないけど点が甘い先生だ」とか思いながらつきあっている。

 なるほどなあ、フランスの学校はそういう伝統があったのだなと改めてわたしは思った。

 すっかり感心して会議を終えた私は、同僚の日本語の先生と、交流関係など別の話をするために別室に行った。すると驚いたことに、彼は開口一番、成績評価基準について話し出したのである。
「でも先生」と私は日本語で言った。同僚はあまりに日本語が流暢なので、私は易きに流れて日本語ですませているのだ。
「その話はしないことになったんじゃないんですか。ボイコットするって」。
 すると彼は落ち着き払った顔でこう言ったのだった。
「あの人たち、優秀な人たちだと思いますよ。だけど、結局、やらなきゃならなくなる。だってこれ、全国、どこの高校でもやってるんですよ。うちだけでボイコットしたってダメだ。反対運動はもっと戦略的にやらないと」

 彼の言った通り、1週間もすると、抗議集会を仕切っていた組合員の先生から、成績評価マニュアルの草稿が届いた。「断固対決姿勢を取るのは難しいので、マニュアルを骨抜きにする戦略を取ることにする」とのことで、「可能な範囲内で」とか「複数回」とかの言葉を多用し、拘束力のないマニュアルを提案していた。

 しかしどうなるのだろうか。もっと強行姿勢を取る、別の組合もある。バカロレア改革自体、去年と今年でまた変わっていてなんだか迷走しているようだ。来年の大統領選でもし政権が変わったら、バカロレア改革自体がひっくり返ることもあるかもしれない。

 バカロレアを組織するのにかかる費用を節約し、その分、教員のただ働きの負担を増やそうというバカロレア改革、後戻りはないのかもしれないが……。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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