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医療の暴力とジェンダーVol.20 医療産業と性産業

安積遊歩2022.06.13

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医療産業と性産業。

医療産業と書いたが、医療を産業と言い切るには抵抗がある人が多いだろう。医療はビジネスではないと信じたい人たちが、私にとっては、現在の医療の歪さ、残酷さ、暴力性を見えなくしていると思う。

ここから書くことは、私が私の身体をもって、私の目線で書いている私的なものである。多くの人にとってはあまりに極端に思われるだろうが、私にとってはそれが現実だったのだ。幼少期、服従を強いられたものの、呻き声を聞いてもらえたらと希う。

私は生まれた時に、人より脆い骨を持って生まれた。生後40日目に股関節の脱臼検査で、それが発見された。発見されたことによって、私の身体はある種の植民地のような扱いになった。つまり、医療は侵略者となり、私の身体は植民地とされ、服従を強いられたのである。

医療者(侵略者)は、骨が弱いとされた私の身体(植民地)に対してやりたい放題をしてきた。私のためと称して、1日おきの男性ホルモン投与が始まった。母によれば、まだ3、4キロの体重しかない私の身体に一日置きにブツブツと注射を打ってきたのである。侵略者(医療者)にとっては、植民地のために完全に良いことを行っているというスタンスだったろう。

そして私の母親に対しては「この治療をしなければ長くは生きられない」と言い続けた。大学病院だったから医師も大勢いた。診察の度に変わるその医師たちが、次々に勝手な予測をした。「この注射をしなければ3ヶ月しか生きられない」とか、「治療しなければ小学校入学前には命が危ない」とか、「最高長い寿命でも20歳までは難しい」とか。

寿命宣告は母にとっては呪いの言葉だった。母は私を産む5年ほど前に、最愛の双子の妹を結核で失っていた。貧しさ故に抗生物質を買えなくての死だった。だから私が女の子として生まれた時には、妹は助けられなかったけれど私は絶対助けようと思っていたに違いない。

母が医療者のする実験的な男性ホルモンの投与に全く抵抗しなかったのにはこうした背景があった。

また、母は父の暴言に一言も抗うことなく、沈黙で応え続けた。母は勉強が好きだったのにも関わらず、貧しさ故に中学校にも行っていない。当時、義務教育は高等尋常小学校までだった。そこを卒業して、東京の軍需工場に12歳で働きに行った。今なら完全に児童労働と言われる。

私が20代の終わりの頃、オノヨウコ(ビートルズ、ジョン・レノンのパートナー)が、「女は最後の植民地」という歌を歌っていた。その時にはあまりよく分からなかったが、母と自分のことを考えるとそうだなと納得できる。植民地とされることから抜け出ようと、フェミニズムという金棒を持って立ち上がってきた女性たちもいる。しかし、その金棒とも巡り会えない貧しい女性たちはただただ追い詰められ続ける。主張するための言葉も一切奪われてきた。

そして、障がいを持たない女性が最後の植民地なら、障がいを持つ少女たちはその中でも究極の植民地だ。圧倒的な大人社会の中で、子どもたちは言葉を聞かれることは無い。その上、障がいを持っていると、その身体は常識である優生思想のターゲットだ。命を長らえる為の治療というよりは、医師の向学心や野心の為の実験材料、消費物として機能させられる。

冒頭に書いたように、私の身体は13歳まで究極の植民地として扱われてきた。その扱い・暴虐に「NO」を言えなかったのなら、今頃私は首から下が全く動かない状態となり、病院か施設にいたに違いない。そうした仲間を何人か知っている。いや、もしかしたら私は医師の呪いの言葉通りに、10代のうちに命を閉じていたかもしれないとさえ思う。

私は13歳の時に植民地とされた身体をもって独立運動を始めた。その後、整形外科医療からは完全に近い解放を果たしてきた。脊椎側湾が10代以前から少しずつ激しくなっていた。もし治療をしなければ脊椎損傷になるだろうと医療から脅された。しかし、その為の治療として提示されたのは手術。既に私はそれまでに足の湾曲を治すということで、8回手術されていた。

手術のたびに、骨折以上の痛みで苦しんできた。そこにまた今度は「脊椎側湾を手術しろ」と医療者(侵略者)たちは言うのだった。今思えば、さすが侵略者である。植民地の改革は自分たちに課せられた絶対の使命であると言わんばかりの宣告だった。「短命である」もそうだが、「脊椎損傷になる」という脅し。2つともが呪いの言葉になった。

それにプラスして、私の大腿骨には左右1本ずつピンが入ったままだ。これは手術の後に湾曲を防ぐ為に入れられたものだ。本来なら入れっぱなしにはしないと言われたが、私はこれ以上の植民地化、つまり取り出す時の手術が嫌でそのままにした。

長い長い間、植民地とされた私の体は抵抗すること敵わず、注射以外にも夥しい数のレントゲン=放射能、ギブス=拷問にも等しい身体拘束、そして、究極には手術=メスによる切開で大出血と死ぬほどの痛み、を味わわされ続けた。

障害をもつ少女の身体は、医療産業に追い詰められ、貧しい女性たちの身体は性産業に追い詰められる。そこには命に対するリスペクトも多様性の尊重という意識もカケラも微塵もない。女の身体を最後の植民地とする歴史を終わらせるために、どんな小さな抵抗でもし続けよう。

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安積遊歩

安積遊歩(あさか・ゆうほ)

1956年2月福島市生まれ
20代から障害者運動の最前線にいて、1996年、旧優生保護法から母体保護法への改訂に尽力。同年、骨の脆い体の遺伝的特徴を持つ娘を出産。
2011年の原発爆発により、娘・友人とともにニュージーランドに避難。
2014年から札幌市在住。現在、子供・障害・女性への様々な暴力の廃絶に取り組んでいる。

この連載では、女性が優生思想をどれほど内面化しているかを明らかにし、そこから自由になることの可能性を追求していきたい。 男と女の間には深くて暗い川があるという歌があった。しかし実のところ、女と女の間にも障害のある無しに始まり年齢、容姿、経済、結婚している・していない、子供を持っている・持っていないなど、悲しい分断が凄まじい。 それを様々な観点から見ていき、そこにある深い溝に、少しでも橋をかけていきたいと思う。

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