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TALK ABOUT THIS WORLD フランス編 平和のための鶴を折ってみた

中島さおり2022.12.15

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ヨーロッパではウクライナ戦争がいつ果てるとも知れず、核兵器使用の可能性までチラつかせられ、極東の島国は戦争放棄をうたった憲法があることも故意に忘れて「敵基地攻撃能力」だのと浮き足立っている。

そんな中、鶴を折ってみても世界が平和になるとは信じられない私が、フランスの高校生たちと鶴を折ってみた。夏もとうに終わった季節外れの10月末のことだ。
「オクシタニー日本週間」というイベントが始まって、私の勤めている高校も、オクシタニー(南フランスのモンペリエとトゥールーズを中心とした地方)で有数の日本語を教えている学校なのでぜひ参加しろと、八方から言われてしまったのがきっかけだった。

主催アソシエーションには、生徒を集めてシーツに平和のための大きな絵を描いてはどうか、後でパッチワークにするプロジェクトがあるからとすすめられたのだけれど、そんなシーツをどこから調達するのか、絵の具は、描く場所はと考えるとあんまりやりたくない企画だった。
そこで生徒に何がやりたいと聞くと、折り鶴を折りたいと言う。ああ、それならちょうどいい、日本人なら誰でも知っている「サダコと千羽鶴」の話を勉強して、平和のための鶴を折ろう、と私は思いついた。生徒に確かめてみると、サダコの物語を知っている者も数えるほどしかいなかったし、ツルを折れる者もほとんどいなかった。

「日本人なら誰でも知っている」と私は書いた(し、そう思っていた)が、数人の知り合いに話したところ、驚いたことにサダコと千羽鶴の話を知らない人が2人もいたので、一応、ここに書いておくことにする。
2歳で被爆したサダコは、10年間は何事もなく元気で成長したが、突然、白血病を発症した。入院中、病気が治ることを願って千羽鶴を折り、その数は千を超えたが、回復することなく短い命を終えた。死後、旧友たちが呼びかけてサダコを記念するために像を建てた。それが広島平和記念公園にある、原爆の子の像である。現在では世界中から寄せられる平和への願いを込めた千羽鶴がその像のまわりを飾っている。

この物語を日本語で勉強させようと思ったが、いかんせん、私の生徒たちは一番できるクラスでも去年の秋に日本語習得を始めたばかりで、読むのはなかなか難しい。何度もかみ砕いたやさしい日本語の文章を書いてみたが、読ませたら意味を取るだけでへたばってしまいそうだったので、結局、カタカナとひらがなを習得したばかりのクラスのために用意した「つるにのって」というアニメ短編映画をこちらにも見せることにした。

つるにのって」は、1994年に作られた映画だ(プロデュースしたのはフランス在住のミホ・シボさんという方で、実は私は面識もある)。この映画はなかなかよくできていて、広島原爆資料館の展示がアニメなりにリアルに再現されているし、爆風や焦土の様子など、文章(しかも簡単にしすぎた文章)では伝えられないことが伝えられるので、こちらのほうがよいと思ったこともある。
ちょっと感傷的だと思うだろうか、どんな反応をするだろうと思っていたら、高校生たちはとても素直で、映画の後に拍手が起こった。感想を聞くと、「悲しいお話だった」と言うので、「現実はもっと残酷だった。なかなかよく作ってあるよ、この映画は。博物館の展示は、私が見たままだよ」と返しておいた。

映画で主人公の少女が平和記念博物館を訪れて最初に目にする「原爆人形」が、今は撤去されてしまったことを私は知っている。映画の中で、浅はかさ丸出しの若い女性が「こわーい」と嫌がっている人形だ。この女性の意志に沿う形で、リアルな原爆人形が展示されなくなったことをなんと思うべきか……。
また平和記念公園を訪れる現代の少女とも子と、原爆の子の像から生き返って友達になるサダコがともに「私たちの国が世界に先駆けて戦争をしないと憲法で誓ったと学校で習ってすごくうれしかった」と言い合う、その憲法第9条が、今は改正も議論もされないまま、ずるずると形骸化しようとしていることも。
広島と長崎を経験した、世界で唯一の被爆国でありながら、核兵器禁止条約に日本が参加していないことも。

私はツルの折り方を教え始めたけれど、ツルを折って平和が来ると一番思っていないのは私だっただろう。今の時代に、私が子どもだった頃と全く同じ平和教育でいいんだろうか、しかもフランスで、という気持ちが胸をよぎるのだった。
「いいと思う。フランスだから。ヒロシマは劣化しない」とある友達が言った。そして彼女は正しかったのかもしれない。
「こちらはMayors for Peaceのフランス支部だが、あなたのプロジェクトに協力したいので連絡を」というメールが舞い込んだのだ。主催アソシエーションと高校の国際担当が「登録しろ」とうるさいので、形だけ「オクシタニー日本週間」のイベントとして登録しておいたのを見つけたらしい。原爆に関する展示ポスターと被爆者の証言ビデオを貸してくれるというので、渡りに舟とお願いすることにした。ツルだけではさすがにどうかと思っていたし、生徒に原爆に関する展示物を作らせるには時間がなかったから。

その後で私は知ったのだけれど、Mayors for Peaceというのは、平和首長会議といって、Wikipediaによれば、「反核運動を促進する世界の地方自治体で構成される国際機構」で、「1982年に当時の広島市長の呼びかけで設立され、市長が参加を表明すれば、その地方自治体は核兵器廃絶を目指し、そのための交渉を推進することを約束する」のだそうだ。私の住んでいるモンペリエ市は、前市長の時にこれに参加し、現市長はこの8月に広島に行って、被爆イチョウの種だか苗木だかをもらって来たのだという。
私は、フランスは核を持っているし、核兵器廃絶なんていう訴えは理解されないのではないかと思っていたので、すっかり考えを改めなければと思った。

さて、それはともかく、フランス人に折り紙を教えるのはなかなか大変だ。YouTubeのチュートリアルを使っても、私が説明しても「せんせい、はやいです」「まってくださーい」という声が後を絶たない。一番ていねいなゆっくり進む動画を選んだし、本来の三角からでなく長方形から折り始める、超初心者用の折り方をしているにもかかわらず。間違えて次のステップになるとできなくなってしまう生徒のツルをいちいち直してやっていたら、とても映画の後の30分では終わらず、次の授業時間も折り紙に割くことになった。

しかし生徒たちはとても熱心に、楽しそうにツルを折り、誰もつまらなそうにしないので、とてもかわいらしく、できるようになるまで根気よく教えてあげる気持ちになった。
「千羽にするには、日本語の生徒が200人いるから、1人5つは作ってね」と宿題の紙を渡したら、みんな一生懸命作ってきた。
展覧会の当日は、私ではなく、彼らが、日本語をやっていない生徒たちにツルの折り方を教えるアトリエを開いた。千羽は軽く超えて、二千くらいになった。

さてこのツルをどうしたものか。広島に送るつもりではいるのだけれど、大きさも色も様々なこのツルを分類して糸でつなげる作業は、これからコツコツと私が家でやるのか……。
すっかり慣れてツルが折れるようになった生徒たちは、残念そうに「せんせい、ツルはもう終わりですか」と言う。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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