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ニクイシクツウ  合計特殊出産率、2.07という遠い目標

岡野八代2014.05.29

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 5月15日、安倍首相が「私たちの命を守り、平和な暮らしを守るため、私たちは何をなすべきか」と問いかけて、わたしの「いのち」を守るためという旗印の下、日本と仲の良い国に攻撃してきた国の人びとを殺せと命令されるかもしれない、集団的自衛権を「限定的に」認めるという会見をしました。翌日各新聞は一面で、安倍首相の憲法無視の暴走を、それぞれの受け止め方で報道しました。
同15日、内閣府に設置されている有識者会議「少子化危機突破タクスフォース」は、合計特殊出産率(女性が生涯のうちで産むと推測される子の人数)の目標値を掲げることは、女性に国が出産を押し付けることにつながる、という意見を重視して、出生率の目標を提言することを見送りました。
「いかなる事態においても、国民の命と暮らしは、断固として守り抜く」
 国の命令で敵国とみなされた者たちを殺す命令をする首相を選んだ社会は、いま、子どもを「産ませない」社会でもあります。そもそも、「少子化危機突破タクスフォース」というなんとも勇ましげな会議で問題とされた、この出生率について少し考えてみましょう。
 日本の人口減少が止まらない!これはどうにかしないと!ということで、政府が女性手帳を配布して、女性たちに少しでも妊娠・出産してもらおうと(本気で考えていたのでしょうか?――だとしたら、子どもを産んでからの生活がいったいどうなるのか、その不安を解消して欲しいと思っている人の方が多いのでは?と思わざるを得ません。出産して〈終わり〉ではないのですから)、「女性手帳」を配布する計画が、多くの女性たちの反感をかって断念せざるをえなくなってから、約1年。
 4月21日に50年後も1億人の人口規模を維持するために、「少子化危機タクスフォース」は、2020年から2030年のあいだに人口規模が均衡するとされている合計特殊出生率を2.07まで回復するという目標を設定したほうがいいのでは、と提案しました。
 国勢調査などの推計データによれば、現在のように一人の女性が生涯に産む子どもの数の平均が1.4程度だとすると、20年後には人口は1億人を下回り、人口減に歯止めが利かなくなるようです。
また、出生率の回復目標は必要だという提案がなされた直後、今度は有識者らでつくる民間の研究機関である「日本創世会議」は、この数年で若年女性(20歳- 39歳)が半減している自治体は「将来的に消滅する可能性がある」と発表しました。
 こうした二つのデータは、将来的にどのように人口減少が進むかをわたしたちに知らせ、とくに後者の報告には、具体的に地方自治体の名前の一覧を提示しながら、2040年には若年女性の人口がどれだけ減るかが示されているだけに、かなりの衝撃が走りました。その推計によればたとえば、夜景や五稜郭で有名な北海道函館市では、2040年には人口約16万人に対して、若年女性は約1万2千人になり、2010年の人口と比べるとなんと60%以上も減少するというのです(ちなみに、函館市の人口全体の減少率は、約42%)。若年女性の減少率ワースト自治体と銘打たれたその表を見ると、たしかにすべての自治体において、女性の減少率のほうが高くなっています。ワースト一位とされた群馬県南牧村などは、人口626人に対して、若年女性はたった10人となると発表されました。少し想像してみるだけでも、なんだか暗い気持ちになってきます。
 こうした女性に特化した二つの試算は、いうまでもなく人口減少にどうしたら歯止めをかけることができるか、といった政府はじめ日本社会におけるある種の危機感を表したものだといえるでしょう。しかしその一方で、人口問題となれば、女性の生き方や働き方に注目される。こうした注目のされ方には、今回の目標の断念に見られるように、女性に対する目線がどこかおかしいのでは、という疑問もむくむくと湧いてくるのも確かです。
 そこで、未来に対する漠とした危機感、日本社会はそんなに小さくなって大丈夫?という気持ちになる前に、過去を振り返りながら、この2.07という数字に注目してみましょう。
 まず合計特殊出生率ですが、女性の出産に関して政府が介入するさいに、必ず思い出される「産めよ増やせよ」といった戦時下の掛け声。じっさい当時では、21歳までに結婚して5人産むことを目標に掲げられていました。そして、恐ろしいことにデータをみると、戦時中そして、もっとも出生率が高い1947年には、4.5人にまで合計特殊出生率は上がっています。政府が「目標を掲げること」の大切さがこの事実からもぞっとするほど伝わってきませんか?
 さて、日本社会はそこから10年かけて、「ちびまるこちゃん」家族モデルの出産傾向を示すようになります。つまり、合計特殊出生率は2.0へと減少していくのです。そして、1975年を境にして、日本人女性の合計特殊出生率は2.0を超えることはなくなりました。また、ここ数年では少しずつ増えてはいるものの(でも、15歳未満の子どもの数は、33年連続して減少しています)、1.3と1.4の間を推移し、ここまでくると2.07の数値目標というのは、とんでもない大風呂敷のように見えてきます。
 たとえば、戦前に比べ、女性が生涯で産む子の数が減少傾向にあるのは、先進諸国に共通の特徴です(お隣の国、韓国では、1960年には6人を超えていましたが、いまでは先進国で最低レヴェルの1.3にまで減少しました)。ですが、面白いことに、日本がちょうど男女雇用機会均等法を導入し始めたころから、たとえば現在、少子化対策がうまく機能している国として有名になったフランスは、出生率を増加させていきます。
 小林美希さんは、『ルポ 産ませない社会』で、日本社会では出産すると、「夫やパートナーがいても実際には母子家庭のようで、母ひとりによる「孤育て」となっています」と、多くの女性たちへのインタビューに基づいて、妊娠を理由にした雇い止めや、高齢出産を余儀なくされる働き方、親になることを否定されるような職場環境、そして、お産の現場や小児科がいかに疲弊しているかを詳細に紹介しています。
 他方で、横田増夫さん『フランスの子育てが、日本よりも10倍楽な理由』をはじめ、フランスにおける子育て支援の在り方についての書籍は、数多く日本で既に出版されています。
 「いのち」の始まりだけでなく、「いのち」を育むことの大切さを、社会全体で受け止めることを国家の第一課題とせず、あたかも子どもを産まない女性たちの問題であるかのように、真の問題の在り処をみようとしない日本社会。

 勇ましく、こぶしを振り上げ、日本を守る!と日本を取り戻す!と訴える安倍首相ですが、靖国参拝に象徴されているように、かれの言動は、日本を取り囲む東アジアの情勢を悪化され、日本への敵意をあおっているようにしか見えません。「いのち」を守るためには、振り上げたこぶしを下ろし、声を荒げるのを止め、小さな社会の悲鳴に丁寧に耳を傾けることから始めなければなりません。
 「いのち」は誰かに育まれなければならない、その大切さと有難さを受け止める社会を、まるで逆さまにしたような安倍首相の世界。5月15日の首相の記者会見と「産ませない社会」をめぐる議論はその逆さまの世界を象徴しています。冒頭タイトルの、ニクイシクツウは、逆さまにすると、「ウツクシイクニ」。そう、ご存知の方も多い、安倍晋三の主著のタイトルです。いま日本社会は、猛烈なスピードで逆走しているように感じているのは、わたしだけではないのではないでしょうか。

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岡野八代(おかの・やよ)

同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教員。
主な著作に『フェミニズムの政治学--ケアの倫理から、グローバルな社会へ』『シティズンシップの政治学--国民・国家主義批判』『法の政治学--法と正義とフェミニズム』
趣味は女子プロレス鑑賞。プロフィール写真は加藤園子さんと一緒に。

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