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「警察官の考える、理想の痴漢被害者」

牧野雅子2016.06.23

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 あちこちの図書館で、性暴力犯罪についての資料を調べている。事件を報道した記事に統計資料、裁判や捜査に関する記録、防犯運動で使われたパンフレットやポスター、広報紙、機関誌まで。やはりというか、どうしても、警察関係の資料が多くなる。

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 この漫画は、某県警が発行する部内機関誌を読んでいて見つけた。機関誌は、警察職員やその家族の親睦や教養のために各都道府県警察が作成、配布するもので、編集部による記事と、職員からの投稿で構成されている。各部署の活動紹介や、新しい法令の解説、事件検挙の事例といった警察業務に関する情報だけでなく、「新婚さん」の紹介や、独身職員のプロフィールを掲載した今で言うなら婚活コーナー、妻向けと思われる自慢のレシピを紹介するページもある。

 以前、コラムで紹介したことのある、「痴漢撲滅系ポスター」調査プロジェクトサイト http://posterproject.jimdo.com/2015/12/27/014/ でも、この漫画に描かれている女性や性暴力認識の酷さについて取り上げたのだが、マモルくん的視点で読むと、これまた味わい深いものがあるので、こちらでもご紹介しよう。

 作者は、所属名が書かれているので、おそらくどこかの警察署に所属する男性警察官。仕事の合間に、描いたものだろうか。内容は、①女性Aが痴漢被害に遭ったと、叫びながら駆け込んでくる ②それを聞いた男性警察官Aが、すぐさま被害現場に駆け出す ③警察官Aが現場の公園を確認するが、犯人はすでに逃走していた ④警察官Aは女性Aに、犯人を見つけることが出来なかったことを詫びるが、女性Aは警察官Aに「いいんです、別に被害はありません」と言う ⑤警察官Aが女性Aを家まで送る。女性Aは警察官Aにキュン♡となる。
 警察官Aは、正義感あふれるイケメンで、女性の訴えに即座に対応し、犯人を見つけられなかった自分の至らなさを素直に詫びる謙虚さも持っている。言葉遣いも丁寧だ。警察官としてか弱い女性を守るという使命感に燃えていて、いわば、理想の警察官像といえる。

 もちろん、一番の理想は、犯人を捕まえて女性を安心させることだけど、仮に、ここで犯人を捕まえたとしたら、その後の手続き(本署に連絡して、あれこれ捜査書類を書いて…)が必要で、女性を家まで送り届ける余裕なんてなくなる。犯人を捕まえると、女性を送ることは出来ず、「女性を守る警察官」が描けなくなる。女性からの熱い視線や♡も得られないのだ。だから、あえてそこは犯人を見つけられなかった(=加害者が悪い)ってことにして、女性を守るべく家まで送り届けて、その女性から憧れられるというファンタジーを作ったのだろう。

 しかも、この女性Aは、痴漢被害に遭っても、自力でその場から逃げ出し、警察が犯人を見つけられなくても非を責めず、犯人を捜そうとしたことに感謝して、悲鳴を上げて「チカン!」と叫んだ割には被害はなかったと言い、被害届を出さないから警察官の手を煩わせることもない、大変に都合のいい被害者として描かれている。「キャーッ」と叫んだくらい、すでに被害に遭ってるのに、被害はないと言うなんて。いや、違う、作者よ、そんなこと、被害者に言わせんな! いやいや、これが警察官の考える、理想の痴漢被害者なのかも知れない…。

 警察官Aも、たとえ犯人が逃げたとしても、被害者から事情を聞き、広範囲に手配をし、犯人を捕まえるべく仕事をすべきなのだが、被害女性に「被害はありません」と言わせることで、ってことは、事件はなかったことにすることで、それを回避している。面倒な仕事はせずに感謝はされたい、犯罪者からか弱い女性を守る警察官という自己イメージを獲得したい、女性から慕われもしたい、そういうマモルくんの思いが、このファンタジーに投影されている。楽してモテたい的なそれは、読んでいるこちらが恥ずかしくなるほどだ。だからなのか、作者は、その自分のあからさまなファンタジーから読者の目を反らすべく、落としどころとしてトンデモ女を登場させている。女性Bだ。

 漫画の続きはこう。⑤女性Aの様子を見ている女性Bが描かれて、自分もイケメン警察官に送って貰おうという魂胆でいることが暗示される。 ⑥女性Bは痴漢被害に遭ったと叫んで警察に駆け込む ⑦警察官Bは女性Bの外見から、女性Bが痴漢被害に遭うはずがないと思い、薄ら笑いを浮かべて「うそ~!」と言う ⑧女性Bは「フン」と言って立ち去る。

 女性Aは美人で小柄、性格も謙虚。女性Bは美人とは言いがたく体も大柄、痴漢被害に遭ったと嘘を言い、それがバレると悪態をつく、とんでもない女として描かれている。女性Bが「チカン!」と叫んでも、警察官Bが「うそ~!」と疑ってかかるのは、外見から痴漢被害に遭うはずがないと判断した、こんな女を痴漢が狙うはずがない、と思っているから。加えて、そんな女だから事件をでっち上げると言わんばかりだ。A、Bいずれの女性も、「そんな女、おるかいな」とツッコみたくなるのだが、こうした架空の女性像を描くことでしか、自分たちの自己イメージの獲得が出来ず、親睦も図れないとしたら、いろいろ難しいものがありますね。読者には、女性職員もいれば、家族もいるはずなのだが、その人たちが何を思うかも気にした様子は見られないし。

 実は、この漫画が掲載されたのは1974年、今からもう40年以上も前のこと。だけど、古さを感じないのはどういうことだろう…。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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