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「いい母」「いい妻」「いい娘」が、「ダメ男」を製造している

深井恵2017.09.13

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先日、癌で治療をしている知人女性の話を友人から聞いた。術後のきつい身体で、自宅療養中というが、快適な生活は送れていない。その女性は70代で、夫は家事を全くできないという。

友人は数十年前、その女性が結婚して間もない頃、こんなノロケ話を聞かされたとのこと。曰く「妻として、夫の服の脱ぎ着も手伝ってるのよ。靴下も履かせてるの」と。当時、その女性は嬉々として語っていたという。その女性と一緒に旅行した時には、旅行先から夫にモーニング・コールをして、起こしていたとのこと。

友人は、このノロケ話を聞いた当時、「やれやれ、先が思いやられるわ…」と感じていたらしいが、案の定、それから数十年後、「家事のできない男」が出来上がり、女性自身の身に降りかかってきたのだ。

クラス担任をしている私は、必ず毎年年度当初に生徒に話していることがある。一つは「自分の力で起きること(目覚まし時計は可)。もう一つは、「家庭内での自分の仕事」を決めて実行すること。「皿洗い」でも「風呂掃除」でも「洗濯物をたたむ」でも何でもいいから、「お手伝い」ではなく、家庭内での「自分の仕事」として家事をするよう投げかける。家族に言われてからするのではなく、言われなくても自ら行動に移すこと。

家族に起こされている高校生は意外に多い。多くは母親が起こしている。保護者に対しては、PTAのクラス懇談会の際に、「(お子さん)を起こしたくても、ぐっと我慢して、起こさないでください。それで遅刻しても、仕方ありません」と依頼。睡眠時間のコントロールは自立の第一歩だと考えている。

その後の家庭内での実施状況については、家庭訪問や保護者面談で確認している。私から言われるまでもなく、以前から目覚まし時計で起床し、家事をしている生徒もいれば、今年度になって言われて初めて、家事を仕事としてするようになった生徒もいる。残念ながら「まだしていない」場合は、保護者と相談の上、何を本人の仕事とするか決めて実行させてくださいと、直接、保護者に依頼をする。

ところが、そう保護者に依頼しても、「起こさないと起きてこないんですよ」「毎日部活動が遅いし、週末も部活動があるから、手伝わせると、かわいそうで…」「子どもにさせるより、自分がしたほうが早いし…」「私はさせてもいいと思っているんですが、祖母が『孫がかわいそう』と言って、子どもに何もさせないで、祖母がするんですよ」等の答えが返ってくるこっが結構ある。

面談相手の保護者は、大半が「母親」であり、部活動があるからと家事をしないですんでいる生徒の大半は「男子生徒」である。それでも食い下がって、「いまの時代、男女問わず働くのが当たり前ですし、一人暮らしを始めた時に苦労するのは本人ですから」とか「将来、家事をしないパートナーが相手だと、苦労しますからねえ」とか「お子さんが家事をするようになると、保護者の方も少しは楽になるでしょうし…」と、付け加えて説明し、何とかして家事の一端を担うよう促す。

子どもの頃は母親にごはんを作ってもらい、母親に起こしてもらい、母親に洗濯してもらい…。結婚したら妻にごはんを作ってもらい、妻に起こしてもらい、妻に洗濯してもらい…。

いわゆる「良妻賢母」が、「ダメ男」を作っているというこの構図。このことに女性自身が自覚を持って、良妻賢母をやめるべきではないか。そして、「いい妻」「いい母」の定義を変えるべきではないか。そもそも「良妻賢母」に対義語はない。この言葉、明治の女子教育の頃に作られた言葉らしい。

全ての家事を一手に引き受けてこなすのが「いい妻」「いい母」ではない。家族一人ひとりに、自分のことは自分で当たり前にできる力を身につけさせるのが「いい妻」「いい母」という定義はどうだろう。同様にそれができるのが「いい夫」「いい父」であるという定義。いかがだろう。

「女の子だから」と、結婚・出産を機に退職するような価値観を持っている女子生徒の保護者に対しては、「女性も働き続けないと、歳をとってからの年金にも大きく関わってきますから…。高齢女性の貧困問題は既に起きていますし」と、半ば脅しのような話もするのだが、果たして効果のほどはいかに。

そんなクラス担任をしている私だが、先月、私自身の母が入院するという事態に直面した。いまも入院中で、三日に一度程度の頻度で、お見舞いに行っている。いまの季節柄、実家の畑で実ったイチジクとトマトの収穫をして、母に届けているのだが、実は今回の母の入院中、数ヶ月前に計画して航空券も取っていた旅行が入っていた。

母の入院が決まった直後の私は、旅行を取りやめにしようかと思いかけていた。入院中の母の心配もさることながら、入院中に出されるタオル等の洗濯物や、畑で次々と実る野菜と果物の収穫、実家の郵便物のチェック等々、とても旅行している場合ではない気分になっていた。そして何より、母が入院中に娘である私が旅行なんぞに出かけていていいのかという良心の呵責に苦しんだ。

だか、「入院してるほうが、実家で一人きりにしておくより、安全・安心なんじゃないの?」という友だちの言葉と、今回の旅行を取りやめにしたら、次回長期旅行できるのは、2年後以降になりそうな仕事の状況(今年度二年生の担任をしているため、このままいけば、来年度は三年生の担任となり、三年生の担任は夏休みどころではない忙しさだから)で、自分自身のリフレッシュのためには今回の旅行は外せないと、旅行を決行することにした。

入院中の洗濯物は病院にクリーニングを依頼し、畑の収穫物は高校大学時代の友人に頼んで、県外にいる弟には二泊三日程度、母の見舞いに帰ってくるよう要求した。様々な人たちの力を借りて旅行が実現。楽しい数日間を過ごすことができ、二学期からの授業にも役立つ研修もできて、結果的には、旅行をしたことで、全ていい方向に進んだ。

今回の「母入院中の旅行」を経験して感じた、自分の中の最大の気づきは、無意識のうちにも「いい娘」であろうと、自己犠牲を払い続けてきた自分自身のこれまでの生き方だ。四年前に「家出」もして可能な限り抗っているつもりだが、母に遠隔操作されている感は否めない。

旅行中、東京の地下鉄の車内で流れていたPolaのCMが、いまも私の心に焼き付いている。

「この国には、幻の女性が住んでいる。
世間が、そして私自身がつくった幻。
誰かの『そうあるべき』が重なって、
いつの間にか、私が私の鎖になりそうになる。けれど、縛るな、縛られるな。
翼がなくとも、私は飛び立てる。
これからだ、私」。

仕事で、家事で、育児で、プライベートで、日常の様々な場面で、女性であるが故に理不尽な目に遭いながらも奮闘している女性たちが映像として流れ、ナレーションが入る。私の頭の中でも、同じナレーションが流れる。そろそろ「いい娘」をやめて、弟にもっと母の相手を引き受けさせよう。弟を「ダメ男」にしないためにも。

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深井恵(ふかい・めぐみ)

九州某県の高校日本語教員。
日教組の「教え子を再び戦場に送らない」に賛同して組合加入。北原みのりさんとは、10年以上前(ジェンダー・フリー・バッシングがひどかった頃)に組合女性部の学習会講師をお願いして以来の仲。

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